『じゃんじゃん美味しいごはんをよろしくね!』
◆◆
「いやあ、バレちゃいましたか、もう」
『ミルル』
船のキッチンに突撃今日のお昼ごはん、をかました結果、そこにいたのは予想通りの人物であった。
困ったように笑うお人よしっぽい青年……料理研究家のトオル君である。そしてそのフレンドであるカフェオレちゃん。
彼の料理番組に出演したのは記憶に新しい。あの時味蕾に焼き付いた、簡素ながらも確かな技術と下ごしらえに支えられた味が、ぴこーんと私の中で繋がったのである。
やっぱり君だったかあ!
『ピリルルルゥ』
『ミルミルミルル』
人見知りしまくるアースだが、珍しくトオル君とカフェオレちゃんには気を許しているようで、さっそくカフェオレちゃんと顔をくっつけあって挨拶している。フレンド同士だと割とああやって、脳波動を通じて情報交換するらしいが……大丈夫? アースから流れてくる情報量、過多じゃない?
微笑ましいんだがちょっと不安になってくる光景にそわそわしつつも、私は腰を落ち着けてトオル君に疑問を向けた。
「でも、なんでここに? いや、いくらお仕事といってもここ、地球からみたら宇宙の果てでしょ?」
そうなのだ。トオル君は配信業が中心とはいえ、あくまで地球に住む一般人。いくら超空間ゲートが一般化しているとはいえ、ここまでくるのは並大抵の事ではない。そもそも彼は一般人だ、政府要人が詰めているこのアマノトリフネにどうしているのだろう。
「ええと、実は、統合政府の偉い人に誘われまして。葛葉さんの次の訪問先に、料理人としてついてきてくれないかって。その、葛葉さんも慣れない環境でストレスを抱えている節があるから、少しでも、と」
う゛。
それを言われると、私は言い返せぬ。つい先日、船を燃やしかけたからなあ。あれが潜在的なストレスで失調したから、と言われたら、否定できない……。
でもそれをいうなら、あんな大仰な歓待とか扱いやめてもらえば……はい、言ってみただけです。わかってます。
向こうも立場があるもんね……社会人大変……。
「そりゃあ有難いんだが……そのためにわざわざ? 申し訳ないなあ」
「いえいえ、こちらこそ、今回の申し出は渡りに船です。なんせ向かう先は、“ミストルティン”の母星、海洋惑星“ティターニア”ですから。料理人としてはこのチャンスは逃せません」
ガッツポーズをしてみせるトオル君。まあ、本人がそう言うのなら、そういう事にしておくか……。
しかし、ミストルティンか。
彼らについては、最低限の知識は私も得ている。
以前、TVを見ていた時に見た、動く水槽に入っているホヤみたいな種族。あれがミストルティンだ。彼らは脳機能に特化して進化した知的種族で、宇宙連合に所属する勢力の中でも上から数えた方が早いぐらいに脳波動を使いこなせるらしい。それによって互いの意思疎通ばかりか、精神的なネットワーク社会を築きあげていたそうだ。ある意味ではナチュラリスト以上に、非物質的な社会の形成に成功していた訳だな、生きたインターネット回線みたいなもんだ。
まあそれ自体は不思議ではない。地球のホヤだって、無脊椎動物の中ではもっとも脊椎動物に近いレベルに進化した種と言われているし、それ故にマウスのような薬学実験の対象にもなっていた。海しかない惑星でそういう霊長が発生するのは、道理の通った話だ。
そんな彼らの惑星は、豊かな海洋資源に恵まれた宇宙の宝石だと聞いている。残念ながら物の価値が分からない侵略宇宙人に汚染され、一時は生き物の住めない環境になりかけていたというが、そこに人類がマザーツリーを持ち込んだ事で環境浄化が進み、今はある程度回復しているのだという。
ちなみに、結構宇宙連合参加種族の星ではある事らしい。大体クソバカどもが星を汚しているので、マザーツリーを植えて浄化していくのはしょっちゅうだそうだ。そこからフレンドも生まれてくるのでいいことずくめだし、やらない理由はない。
いや、うん。私は知らなかったけどねこんな事。木と同化している間は意識も曖昧でさあ……でも言われてみたらここ50年ぐらい、処理タスクがやたら増えていたような気がする。あれそういう事だったのか。地球環境の回復と反比例してるんで首傾げてたんだよ、首なかったけど。
『ピピルピ……』
ちょ、アース、そんな呆れた顔しないで! お前だって手伝ってたじゃん?! ……え? お前は知ってた? 人類の生息環境とは違う感じだったから、そっちで調整して合わせてた?? え?
……知らなかったの、私だけ???
「orz」
「あ、あの? 葛葉さん、その、どうしました? 急に落ち込んでるように見えますけど……」
「ぬぁんでもなぁい……(涙」
服の袖で涙を拭って仕切り直し。
まあとにかくそういう事なら楽しみだなあ!! 美味しい料理を期待しているよトオルくぅん(やけくそ)!
「ははは、そこはご期待を。でも現地には現地の料理人がいるんじゃないですかね。食文化のメッカでもあるんで、腕のいい料理人が歓待してくれると思いますよ。ほら、地球の海産資源、9割がディスペア災害で壊滅しちゃって、今はすっごくシンプルな生態系になっちゃってますから……。食料目的での資源採取も厳しい管理がされていますからね」
「あー、うん。そうだね……」
『ピルル……』
アースの頭をよしよし、と撫でながら頷く。まあ、さすがに環境はどうにかなったけど、喪われた生物種を0から復元は私でも無理だったからねえ。幸い、プランクトンとか、海藻類、ある程度の魚は生き残ってくれたから、今はそれらが海洋環境のサイクルを回してくれているけど、かつてのような多様性を取り戻すには長い時間がかかりそうだ。
「まあ、それはそれ、これはこれ。人間の食への執着を甘く見ないでくださいな。最近は、過去に存在した食材の再現研究も進んでですね。そのうち、ご試食いただけたらと思います。数少ない、当時の味を知る方として、葛葉さんの意見も聞いてみたいですしね」
「お、おお! それは楽しみだ。食事もさー、家畜が生き残ってたから鳥肉卵はかつてと変わらぬ美味しさだけどさ、魚とか出てこないのはちょっと寂しいんだよー。期待してるぅー」
「ははは、魚介類をお望みですね、分かりました! こうご期待を!」
わあい、トオル君が言うなら期待できるぅ!
「何にせよ楽しみー。あ、そうだ、五十嵐さんに頼んでお小遣い貰おうかな。それでティターニアの海産物を買えるだけ買って、料理してもらうってのは?」
「今度こそティターニアが終わるんでやめてあげてください」
え、ええ? そんな買い占めるような事はしないよぉ! あくまで常識的な範囲の話で……え? 財団が本気で動くからまじでやめろ? しゅん……。そうだった、あの人達ちょっと加減とか限度を知らないもんね……自粛しましゅ……。
と、そこで、ぽーんとスピーカーがアナウンスを告げた。
『統合司令部より通達。葛葉様、トオル様、出立の準備が整いましたので司令部にお越しください。繰り返します……』
「あ、お呼びだ」
「そうですね、いきましょうか」
二人で席を立ち、司令部に向かう。そんな私達を、カフェオレちゃんをお手玉みたいにしながらアースがついて歩く。
『ピピルル』
『ミルルルミル』
丸まってドーナツ状になったカフェオレちゃんをくるくる回したりポンポン投げてみたり。
……ええと。それ楽しいのカフェオレちゃん? 超楽しい? そ、そう。まあ、アースにも友達が出来たならそれはいい事か……。
「その、すいません。うちのカフェオレが……」
「あ、いや、気にしなくていいよ!? こっちこそうちのアースがごめんねー」




