『かくも魅惑的な料理の味』
「ほわぁああ……ああ……!」
急遽用意されたテーブルの席に着き、私はスプーンを右手に目の前でほかほかと湯気を立てる“食事”を前に小刻みに震えていた。
皿の上にのっているのは、白い固形物と茶色いトロミの強いスープ。固形物はつぶつぶ、つやつや、てかてか、照明の灯を受けて艶やかに輝く楕円形。
茶色いスープは、どろりと濃厚な旨味が溶けだしているのをはっきりと予感させる、にじみ出た油が微かに浮き上がる複雑な色。茶色ではなく、多種多様な色がにじみ出て混ざり合った旨味のカオス。そして鼻を衝くスパイシーな刺激臭は、どうしても消しきれない臭みやえぐみを包み込み、豊潤な美味しそうという予感だけを私の鼻腔に伝えてくる。スープにはごろっと肉や野菜が浮いており、どれも合成ではないという事をありありとそのリアリティで伝えてくる。
こ、これは……まさか……!
「はい。ジャパニーズ・カレーライスでございます。もちろんレトルトではなく、シェフがスパイスを選別して作り上げたクラシックスタイル。当船の名物でございます」
「お……おおお……おおおお……!!」
『ピリルルル……(ママが感動で咽び泣いてる……)』
いやだって!
カレーライスだぞ! カレー!
いや、人類軍だって糧食にカレー採用してたけどさ、あんな合成スパイスに合成肉に合成米、挙句品質の悪いレトルトパウチでビニール臭くて、逆に言えばカレーみたいに匂いの強い料理じゃないと誤魔化しきれないようなアレだったんだぞ!?
ましてやカレールーではない、ガチのコンソメとスパイスで煮込んだカレーなんて、私が子供のころの平和な時代ですら滅多にお目にかかれなかった高級品だぞおい!?
信じられない! まさか夢でも見ているのか?
食糧事情が滅茶滅茶改善してるのは小金井さんの家でご飯作ってたからわかってたけど、それでもやっぱり昔の時代とは違うなー、合成食糧がメインかー、あっ! でも卵は本物だなー、ってがっかりと喜び半々ぐらいだったのに!!
「あ、あー。民間では確かに合成食糧多いですね。でもそれ、ないがしろにしてるとかというよりは、単に安いんですよ。播種船団向けに大量生産してるから、その一部が民間に格安で下ろされてまして。普段、味にこだわったりしないならそっちばっかになるんじゃないですかね」
「そ、そうか……そうなのか。ところでなんで私の心の呟きに返事があるんだい?」
「全部口に出てましたけど」
えぇーーー!? まじで!?
アースに振り替えると、きょとんとした様子で肯定の反応。
知らなかった。今明かされる驚愕の真実! い、いや、以前からこうだったとは限らない、あれだ、200年間一人でやってたから独り言と呟きの区別が……多分、こう、あれだ! そうに違いない!
「そうですね……。その調子で爆弾情報ばら撒かれても困りますから、少しずつ慣れていきましょうね」
「しゅいません……」
しょんぼりんご。
落ち込みながらカレーを貪る。いや、反省はしてるんだよ?
でも久しぶりの文明の味にどうしてもテンションあがっちゃう!
「このお米も肉も野菜も、全部本物なの?」
「そうですね。天然と人工の意味合いは大分変わってしまいましたが、そうですね……種を蒔いて、畑で育てて、という意味では、そうです。あ、別に高級食材という訳ではないのですよ、申し訳ないのですが。葛葉様は、そういったものを好まれるであろうと、統合本部から意見がありまして」
統合本部グッジョブ!! いや統合本部が何かは知らないが、大分私についてプロファイリングしてくれているようである。その心遣いに感謝して名前を覚えておこう!(当人にとっては名誉と同時に厄介な出来事のフラグが立ったようです)
そうだよー、こう、手を尽くしました! って感じの超高級食材が美味しいのは当たり前でさー。手は込んでるけど一般市民に近いグレードの食材を通してこそ、今の世の中の復興具合とか見えてくる訳でさー……。えへへへへへ……。
最後に食べたのなんだったっけ、ああそうだ、軍艦の上で糧食分けてもらってさあ。あれも、手心尽くしてアレンジしてもらってたねえ。
その前は……あれか。廃墟で見つけた、賞味期限とっくに過ぎたよくわからないビスケットみたいなやつ。味しない上にちょっとお腹がゴロゴロしたっけな。アステリオスと一緒に海を渡る間、お腹を押さえてた覚えが。
それを思うと、うーん。ギャップが凄い……。
ていうかカレー美味しすぎ、スプーンがとまらぬ。
「あ、でも銀シャリ麦じゃないんだ。あれ、カレーにも合うはずなんだけど……」
「そ、その。銀シャリ麦は、50年ほど前までは非常にお世話になっていたのですが、第一次産業が復興してからは、その、控えるようにしてまして……。葛葉様の一部である、と判明した今現在では、特別な日にのみ食するようになっておりまして……」
「それはもう聞いたけど、私としてはせっかく作ったんだから食べて欲しいなって……でも無理強いする事でもないかあ。ちょっと大げさだよー私の一部とか」
今を生きる人達からすると銀シャリ麦は、あれか。昔話の、旅人の為に焚火に身を投げたウサギみたいな感じなのかね。
そりゃあ確かに食べづらいか……。そんな深刻な物じゃないんだけど。
ううーん。どうやったらみんなに食べてもらえるのかなあ。
銀シャリ麦を米みたいに炊いたら、基本ベースはジャポニカ米な感じでかつ、べちょっとならなくて粒が立つ感じになるはずなのだ。それでいて、ランダムにちょっと質感の違うやつが混じっていて、ちょっと麦飯っぽくなる。この、複数の触感のランダム性が生み出す触感はそのまま食べても美味しいし、カレールーをかけても絶対馴染む筈なんだよなあ。
なんなら脱穀せずにさっと火で炒めて熱を通せば、内部はパフ状になって外はカリカリ、その状態でカレーをかけてもきっと合う感じである。
調理方法は無限大! まさに夢の食材であるはず!!
どうにかならないかなぁ~。
まあ、これでも美味しいんだけど。むしろ美味しすぎるんだけど。200年ぶりのカレー、うめぇ……。とりあえず食べながら対策考えるか……。
何がいいかな。アースに頼んでもらって全宇宙に超次元ゲート開いて宣伝するとか?(この草案を後日聞かされた統合政府のお偉いさんは卒倒した)
……ん?
「あれ。じゃあ、このお肉も天然っていうか、家畜の?」
「ええ、はい。そうです。九州北部に、あの状況でも畜産業を絶やさなかった気合入った農家がありまして、そこから家畜の養殖を再開できまして……」
「いや、そうじゃなくて。よく食べる気になったね?」
人間からすると、言葉で会話できない、という意味ではフレンドも家畜も一緒である。人としての器を捨て、生命の真理サイドを反復横跳びしてきた私からすれば、フレンドと動物には絶対に越えられない一線があるのは自明の理だが、そんな所に踏み入ってない人類からすれば似たようなもののはず。
かつて、知性がある生き物は可哀そうだから食べるなとか、クジラは賢いから食べるなとか、盛大に勘違いしたネガティブキャンペーンをやらかした人類らしくもない。
正直な意見を言うと、ひく、と美鶴さんが頬をひきつらせた。おっと、センシティブな話題だったかな。
「い、いえ。随分はっきり言われるな、と。まあでも、そうですね。そのあたりは確かに揉めに揉めたのですが、ご先祖……柏木元帥の鶴の一声で纏まりまして」
「ほほう?」
「“彼らを家畜として品種改良し、霊長に辿り着く未来を潰したのは我々だ。であるならば、その選択に責任を持ち、その命と尊厳を背負うのが我々の義務だろう。正しさを理由に責任を放棄するのは、恥ずべき者の行いだ”と」
おおー。
さすが柏木少将……元帥? はいい事を言う。
「気持ちのいい事を言うねえー、流石柏木少将。大人だ」
「ふふ、ありがとうございます。ともかく、ご先祖の一言で家畜は家畜として養い消費し、種を絶やさぬ事が我々の責任として、今に至る訳です。他の農産物なども全て同じ理由で引き継がれています。ちなみに、あれから多種多様な知的生命体や異星文明に触れた事で、今現在は“知性テスト”というのが行われるようになりました。全一万項目あるこれを三割突破すると文化形成が可能な知性体として認定される訳ですね。残念ながら、家畜や犬猫、そういった動植物で、この知性テストを突破できた種は存在しておりません。勿論、テストに合格しないからと軽く扱う訳ではありませんが」
「ほほー」
なるほど、今はそんなのがあるんだ。そういえばテレビでいってたな、なんとかルチャルル?? みたいな、熊っぽい獣人。ああいうのが12もあるらしいから、知性の幅もそれぞれなんだろうなあ。
うむ、多様性、多様性。
そしてその間をフレンドが取り持ってる訳だ。
素晴らしいね。
「ちなみに人類はそのテスト、どれぐらいパスできるの?」
「残念ながら四割から五割、ギリギリです。今度、葛葉様も戯れに挑戦してみますか?」
「やるーー!!」
『ピピィ!!』
なんか面白そうー! アースもやるよね!!
うへへへ、楽しみが増えた。いやー、思った以上に愉快な事になってるね、人間社会!!
うふふふふ!
尚。
その知性テストの結果、ビッグママが項目を全てクリアしてしまったために、誰一人として全制覇できない宇宙連合の種族は揃って頭を抱える事になるのだが、それはまた別の未来の話である。
『どうしよ……知的生命体の定義が揺らいでしまう……』
《全制覇できるはずがないのに……そういう風に出来ているのに……。炭素系生物とケイ素系生物と金属生命体とが直接意思疎通できるはずがないんだが……》
「というか我々ホモサピエンスが4割なんだが? え、葛葉様からこの世界ってどう見えてるの? なんで会話成立してんの??」
どっとはらい。
●オマケ話
知性テストの内容:思考力や創造性の他に、社会性があるか、集団を維持できるか、その行動に一貫性はあるか、偶然性に依存していないか、自力で知性を維持できるか、個を越えた視点を持てるか、等様々な項目をテストされる。実は種族単位では突破できているとしても、個人で見ると割と落第してる知性体は多い。現状の動植物とされる生命体は、偶然性にあまりに依存しているため突破できないようだ。
基本的に、偶然を意図的に繰り返し必然とする事が出来るのを知性と呼ぶ傾向がある(逆に言うと、全てが無秩序に拡散し偶然すらあり得ず無意味化する量子空間で自己を維持できるような知性があるとしたら、当然……)。
ちなみに侵略クソ宇宙人どももこの知性テストは突破できる事が捕虜を使った実験で判明しているが、それとは別次元で連中はクソなので発見し次第、宇宙同盟の全力を以てぶちのめしにいく事になる。
一番大事なのは、知性があるかどうかではなく、それで何をするかである。
なおフレンドは平均8割である。
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●作者からのコメント
作中で説明されている知性体とそうでないものの境界線、作者としては絶対的なものとして決めているわけではありません。明確に線を引くと、それは差別や弾圧の温床になってしまうからです。運用するものが不完全である以上、完全なシステムなどありません。
それでも、フレンドという生命体と共生していく以上、どこかで線引きは必要な事で、この世界の人々はそれが絶対に正しいわけではないと知りつつ線引きをし、区別をして生きていく事を決めました。
宇宙ではまだ戦争が続いているし、全ての生命に知性を見出したらご飯も食べられません。この世界に生きる限り、他の命を奪う事は避けられないのです。家畜を食べないとしても、プランクトンなどを食べるだけで、結局何も変わらない。将来牛や豚に罵られるとしても、それを受け入れよう、と柏木さんは考えたわけです。
その上で、知性テストの基準は12の知的生命体の概念を参考にして決めましたし、それでも主人公にひっくり返されて頭を抱えたように、これはどこまでも不完全な線引きです。あくまで、この世界、この時代に生きる人々が必死で考えた、一つの考え、と受け止めて頂ければ幸いです。




