『おかあさんといっしょ!』
地球。
極東、日本国。
旧埼玉県、桜川幼稚園。
そこでは今日も多数の園児とそのフレンドが、にぎやかにわやくちゃになりながら保母さんにお世話されていた。
「しっぽ、しっぽ~」
『クルルッ、クル』
「せんせぇー、ミーちゃんがおしっこしたぁー」
『ミミミィー、ミィ、ミミィー……』
とにかくなんていうか、騒がしい光景である。それもそのはず、フレンドと共生を始めてから、人類の人口は実質的に倍になった。特に何世代か経た頃には、人間の赤子と赤子のフレンドはセットであり、実の兄弟のように寄り添って育つ。その関係か、フレンドの側も人間に合わせてゆっくりと成長するようになった為、兄弟同士じゃれあいもするし喧嘩もする。その分、幼いころから心を通じ合わせた彼らは大人になってもベストパートナーになるのだが、今現在では自己境界線も曖昧な幼児そのものである。
とたた、と駆けるフレンドの尻尾を追いかけてぐるぐる回る子がいれば、トイレを我慢できずに漏らしてしまい泣きじゃくってるフレンドを保母さんに報告する子もいる。
「はいはい、わかったからちょっと待ってねー」
『プルルルゥ』
それに対応するのは人間の保母とそのフレンドである。人間は人間が、フレンドはフレンドがそれぞれ、慌ただしく駆け回って面倒を見る。
と、教室の片隅で不意に大声が響いた。
「びぇえええええええ」
『ピエエエエエエエ!!』
「クー君がぶったぁ! あぁああああああ!!」
今度は兄弟げんかでどっちかが手を出したらしい。泣き叫んで要領を得ない二人から事情を聴いて、とにかく宥める保母さん達。どうやら、クー君とやらの玩具を男の子が取り上げようとして喧嘩になったらしい。喧嘩両成敗というより男の子が悪いのだが、まずは泣き止ませてからだ。というか、クー君も強く殴った訳ではないようで、単純にびっくりしたらしい。
男の子が吃驚して泣き出して、それにつられてクー君も泣き出す。そうすると、周りの子供たちもなんだか悲しくなって泣き出してしまう。たちまち泣き声の大合唱が始まって、休憩していた先生も駆けつけてくる。
今日の幼稚園もしっちゃかめっちゃかであった。それもまた、平和の証。
が、それも数時間後にはぱたりと静寂に満たされる。
お昼寝の時間。皆、それぞれのフレンドと抱き合うようにしてタオルケットの下で大人しくしているのを確認して、先生たちはそっと扉を閉めた。
子供たちの様子は、同じく保母のフレンドに任せる。彼らの方が感覚は鋭いので、子供たちの異常にもいち早く気が付いてくれる。というか単純に体力が違いすぎる。人間と違って、彼らはまだまだ元気だ。
別にフレンドに仕事を押し付けている訳ではない、その分幼稚園を運営する為の書類仕事等は人間の担当である。要は適材適所、という訳だ。
「今日も皆元気ですねえー」
「賑やかなのはいい事だけど、ちょっと疲れた……」
口々に疲労を語りながら、事務所に戻る保母さん達。
と、その中の一人、一際若い紫色の髪の女性を呼び止める声があった。
「紫雲せんせ、ちょっと」
「? なんです、園長先生」
紫雲、と呼ばれた先生を呼び止めたのは、何を隠そうこの幼稚園の園長先生だ。宇宙船の事故で両目を失ったため真っ黒なバイザーをつけた彼は気が優しく穏やかなのだが、見た目がかなりいかつい風貌でちょっと誤解されやすい。傍らに寄り添っている、毛玉団子みたいなフレンドが無ければ、色々と要らぬ誤解を招きかねないタイプであった。
勿論、紫雲は長い付き合いで彼が穏やかな人柄であるのを知っている。特に動揺する事なく、首を傾げながら園長先生の元に向かう。
「どうしました、先生?」
「うん。ちょっと、相談があってね、少し時間いいかい?」
「ええ、どうぞ」
「来賓、ですか?」
改まってお茶なんぞを用意して園長が切り出したのは、幼稚園への来客の話だった。
きょとん、とする紫雲に、園長先生は何故かハンカチでしきりに汗をぬぐいながら、どもりつつ説明する。
「う、うん。そうなんだよ。あるお方が、是非とも我が園を視察したい、と仰ってるようでね。そ、それで、よろしければその時、紫雲せんせにそのお方の案内をしてほしいんだ」
「それは別に構いませんけど……ある、お方ぁ? 何です、あらたまって。大げさな……天皇陛下でもいらっしゃるんです?」
極東……否、日本において今も絶大な求心力を持つ象徴の事を口に出す紫雲だが、当然そんな事はないというのは分かっている。あくまで例えだ。
実際は、人類軍のお偉いさんか何かの査察だろう。定期的に、フレンドが粗雑に扱われていないか、対応マニュアルは適切か、抜き打ち審査しているという噂がある。
実際の所、要らぬ心配というか。人類誰もがフレンドと生まれた頃から一緒に育つ今の世の中、フレンドを知性体と思わぬ人間はいないし、彼らを軽く見る人間も居ない。そもそもフレンドは隣人というより、もう自分の一部のようなものだ。誰が自分自身を、そんな風にあつかうものだろうか?
「そ、そそ、それは、その……ま、まだ詳しくは言えないんだが、当たらずとも遠からずかも……」
「……え?」
そして、当日。
紫雲は、ひきつった顔を何とか笑顔の形に整えて、園児たちにその“来賓”を紹介していた。
「そ、そそ、そういう訳で、今日は皆さんに会いたいというお客さんがいらっしゃいます。……く、くく、葛葉、零士さん、です……は、拍手ぅ~~……」
「葛葉零士だ、よろしく頼む。こっちは私のフレンドのアースだ、仲良くしてくれ」
『ピルルルゥ』
きょとんとした顔の園児たちのまばらな拍手を受けて、ふんす、と胸をはる小柄な少女。その背後では、銀色に光る竜のようなフレンドが、喉を鳴らしながら園児たちを睥睨している。
傍から見たら、変な喋り方をする唯の幼女……な訳がない。
葛葉零士。
今、全宇宙で一番ホットな人物。地球の救世主、エイリアンを殺す者、ビッグママ、クイーン・オブ・アヴェンジ……。
宇宙連合の頂点に立つ、知的生命体全ての守護者ともいえるお方である(なお当人は頑として頂点なんてとんでもない、と辞退しまくっているが周りも引かない)。
特に、先日の宇宙連合の式典の生中継において、虚空から光と共に降り立った姿は紫雲も見ている。というかそのあと何千回とニュースで再放送されたので、連合所属の知的生命体でその顔を知らない奴は宇宙に存在しない。
紫雲は心の中でいくらなんでもVIPが過ぎる、どうしてこんな小さな幼稚園にこの人が来るのを受け入れたの!? と絶叫した。
なお、紫雲のフレンド、ラッピィは顔合わせした場で泡を吹きながらひっくり返って昏倒したままである。気の弱い彼女には刺激が強すぎたらしい。
ちなみに余談として、この超絶VIPを受け入れるにあたって、幼稚園を中心に半径3キロに人類軍の特殊部隊が展開していたりもする。
ビルの間に対空砲が設置され、哨戒機がぶんぶん音を立てて宙を飛び回る。紫雲の耳にも無線機が装着されており、そこからは警戒線の報告がちょこちょこ入ってきていた。
『こちら、A-03。警戒線を突破しようとしたマスコミの記者をフレンドともども捕縛した。所持物を確認した上で拘束しておく』
『了解。身元をはかせろ、会社の方に猛抗議する。ただで済むと思うなよ』
「は、はわわ……」
ほとんど映画の戦争のような有様である。いや、人類軍は本気も本気なのだろうけど。万が一、ママに手傷の一つでも負わせてしまったら政府のお偉いさんが揃って切腹するかもしれない。
まあ実際の所、アースとかいう最強の護衛がいるので、葛葉自体はいつだって宇宙で一番安全なのであるが……。説明されたアースのスペックを思い返し、紫雲はズキリと頭に痛みを覚えた。
傍らで手足の生えた核弾頭が身じろぎしているような気分のまま、それでも紫雲はプロ根性で笑顔を浮かべて園児たちに語り掛ける。
「葛葉さんは、むかーしとっても凄い事をした人類皆の恩人で、フレンドの大切な人なの。今日一日、皆お行儀よく過ごしてね」
「はーい!」
元気よく返事する園児たち。が、まあ、わかってないんだろうなあ、わかるわけないよねえ、と紫雲は先行きが不安でしょうがなかった。子供たちからしたらなんかテレビで見た顔のお姉ちゃんでしかないのだろう。その無邪気さが微笑ましい一方でとてつもなく不安である。
一方、園児たちのフレンドは話が終わるまえからそわそわと動き出し、今は一斉に葛葉の足元に集まっている。尻尾をふるふる、目をキラキラ、全身で感動を示しながら集まってくる小さな怪物達に、葛葉が目尻をほにゃっと緩める。
「や、やあ、子供たち。200年ぶりかな?」
『ピィピィ!』
『キュクルルル!』
『ミィウ! ミィウ!』
葛葉の言葉に小さなフレンド達がわっと反応して足元に群がる。よじよじその体をよじ登って肩や頭に張り付く子供たちに、葛葉が慈愛のこもった笑みを浮かべた。
「こらこら、慌てない。私は逃げないぞ」
「あっ、ミーちゃんずるーい」
「僕も僕も」
相棒達が嬉しそうに群がってるのを見て、園児たちも集まってくる。ぴょんぴょん跳ねたり、くっついてきたり、思い思いに葛葉をもみくちゃにする。
……ちなみに、葛葉の背丈は小学生低学年ぐらいしかない。集まってきた園児とフレンドの山にあっさりと埋まって、その姿が見えなくなる。
紫雲は慌てて超VIPを人の山からひっぱりだした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「はははは、大丈夫大丈夫。子供は元気に限る」
顔に手や足の跡をつけながら、からからと笑う葛葉。彼女はぱんぱん、と服についた汚れを払いながら起き上がると、傍らの銀竜に声をかけた。
「とはいえ、私一人じゃ体が足りないな。アース、遊んであげて」
『ピリルルル』
母親の合図に応じて、アースがぴかっと青い光を放つ。
すると、もみくちゃの山になっていたフレンドと人間の幼児たちの姿が、青いオーラに包まれた。
あわあわしている紫雲の目の前で、小さな子供がふわり、と風船のように宙に浮かぶ。
「わ、わあ、凄い、飛んでるー!」
「なにこれー!」
『キャウキャウッ!』
子供たちは恐れるどころか、それぞれ手足をじたばたさせて空中浮遊を楽しんでいる。アースが指先をつい、と回すと、浮遊する子供たちは教室の中をぐるぐると飛び始めた。
はしゃぐ子供たち。
対して紫雲は愕然としている。
「あわわわわ……」
「大丈夫、子供たちに害を与えるようなヘマをアースはしないよ、超音速飛行中でも風圧もGも感じさせないぐらいの制御だって朝飯前だからね」
あっけらかんと言う葛葉。いやまあ、あのビッグママの言う事を疑う訳ではないが、単純に自分の理解を超えた事象を前に紫雲の頭がオーバーヒートしそうである。
改めて、目の前の少女が地球を救った超常者、現人神そのものである事を思い知らされて、紫雲は胃がギリリギュウ、と痛んだ。
そして数十分後。
遊び疲れてお眠になってしまった子供たちに、せっせとタオルケットをかけて回る葛葉の姿があった。
VIPになんてことをさせてるのかしら、と思いつつも、紫雲は彼女の仕草一つ一つに深い慈愛が込められているのを見て取り、なんだか不思議な気持ちになった。
「……子供、お好きなんですね」
「そりゃもう。大好きさ」
最後の一組にタオルケットをかけて、眠る幼子の頭を撫でまわす葛葉。人間、フレンド問わず、海のような深い愛情を、紫雲はその仕草に見出した。
目の前の小さな女の子が、まるで年経た老人のように一瞬見えて、紫雲は目を瞬かせる。
いや、実際に、この人物は見た目通りではないのだ。
200年の眠りから目覚めた、伝説の人物。彼女にはこの世界がどう見えているのだろうか。
「それにしても、ああ。なんて言ったらいいんだろうな、幸せ過ぎて言葉にならない。まさか、平和が戻ってきただけでなくて、こんな風に子供たちが一緒に暮らす日が来るなんて、夢にも思わなかった」
「その……」
「あ、ああ。紫雲先生にはピンとこないよね。……当時は、本当に酷かったんだ。人間の社会は完全に破壊され、生き延びた人々にも余裕なんて微塵もなくて。いや、この場合は心の余裕なのかな。親を失った子供たちが子供たちだけで廃墟で生活していたり、そこに後からやってきた人々が子供たちを厄介者として排斥したり、もう、本当に酷い時代だったんだ……」
物憂げに目を伏せながら、小さな少女が語る凄惨な昔話に、紫雲はなんていったらいいのか分からない。
200年前の事は、誰もが歴史の勉強で習いはする。だが本当の意味で、それがどれだけ酷い時代だったのか、それを知る者はもう居ない。
目の前の、小さな女の子、唯一人を残して。
不意に、200年、という年月の重みが少しだけ紫雲には理解できた気がした。
「それが、今はどうだ。こうやって幼稚園で、小さな子供たちが何の心配をする必要もなく、無邪気に体力が尽きるまで遊んでいられる。ああ、そのなんて幸福な事か。私は別に人を救おうだとか救世主になろうだとかそんな大それたことを考えていた訳じゃないけれど、これを見ると頑張ったのは間違いじゃなかったって励まされるような気持ちになるよ」
「そ、そうですか。それはよかった……」
うってかわって晴れやかな笑顔になる葛葉に、紫雲は曖昧に頷いた。
なるほど、幼稚園の見学をしたい、と言い出したのはそれが理由か。自らがつかみ取った平和を間近で見てみたかった、と。
その気持ちはとてもよく理解できる。だが出来れば他の幼稚園にしてほしかった。
傍らで気持ちよさそうに伸びをしている銀竜を視界にいれないようにしつつ、紫雲は切実にそう思った。
「あの、ところで、なんでウチを選んだんです? こんな小さな幼稚園……他にも色々とあったんじゃ……」
「え? いや、特に理由は。適当に乱数吐き出すプログラム組んで、ランダム抽選したらここが出たから」
「……そ、そう、ですか。あはははは……」
ひぃーん、と紫雲は己の不運さに心の中で泣いた。




