特別編:シャフト
●カクヨムのサポーター様向けに近況限定ノートとして公開していたエピソードです。
ケラトの犠牲によって、宇宙人達の虜囚の身から脱した私。
しかし、脱出した所で後ろ盾のない私の生活は苦しかった。廃墟で身を寄せ合うように暮らす人々からも姿を隠し、住居とも呼べないような崩れたコンクリ壁の陰で朝露を凌ぐ日々。
その理由はいうまでもない。
ケラトが別れ際に産み付けていった卵。私の足はそのせいで歪に膨らんでおり、迂闊に彼らに発見されれば善意の元にこれが切除される恐れがあった。
それは受け入れられない。
今となってはこれは、我が子達との間にのこされた最後の絆、彼らが生きた証なのだ。もし、卵が死んでしまえば、彼らがこの宇宙に残した最後の物が消えてなくなってしまう。
だから私は人目を避けて隠れ住み、そしてついに、その日を迎えた。
『みゅ……みゅ……』
「ふぅ……ふぅ……んっ。大丈夫? 私の赤ちゃん……」
血塗れになった脚を布で縛って止血しつつ、私は生まれてきた小さな赤子を抱きしめた。
……あきらかに未熟児。余裕のある腹部ではなく、太ももに卵を産み付けたせいだろう。筋肉に阻まれて成長できなかった他にも、ケラトはそもそも繁殖期に到達していなかった為、未成熟な卵だったというのも考えられる。
手も足も無い、ウナギの稚魚のような姿をした我が子。この子が寒さに震えないよう優しく抱きしめるも、少しでも力加減を間違えたら潰してしまいそう。不安と恐れに心を締め付けられながらも、私は必死に我が子に呼びかけた。
「大丈夫、大丈夫よ、シャフト。貴方はきっと元気な子に育つわ。だから、もう少し頑張るのよ……頑張って。お願い……」
『みゅ……』
か細い鳴き声に涙をこらえながら、私はこの子が生き延びられるよう、何度も何度も、居る訳もない神に祈りを捧げた。
それが、ほんの1週間前の事。
『ぴぃー、ぴぴぃー』
我が子は立派におおきくなりました。勿論、未熟児だった事を踏まえても、身体は軽く、細い。陸生鰻のような体格は頼りないが、それでも元気に育っただけで私は喜びのあまりに涙がにじむ。
「はいはい、ご飯ですね。ちょっとまってね」
『ぴぃー』
鰻といってもその体はつるつるではなく、節くれだった甲殻の関節がいくつも連なって出来ている。なんていうか、名前通り背骨がそのまま動き回っているようにみえなくもない。頭部は、どことなく古代の海にいたという甲冑魚に似ている。口に顎はないのだが、ヤツメウナギのような凶暴な牙つき吸盤になっている。
私はそんな我が子の前に、消毒した右手を差し出した。手首のあたりに我が子が飛びついて、牙を突き刺す。ちうちう、と血を吸われている感触。
「ふふふ。たっぷりお飲み」
『ぴぃ!』
元気良い声に、私の頬も緩む。この子の成長の為なら、血の一滴や二滴、1リットルや2リットルがなんぼのもんよ、である。
そもそもまともに食料も確保できず、何を食べさせたらいいか分からないか、そもそも普通のご飯も食べられない未熟児の我が子に食べさせられる栄養がそもそもこれしかなかった。おっぱいなんぞ出る筈もなく、栄養のある液体といえば血しか思いつかなかったのだ。
それは間違った考えではなかったようで、おかげで我が子は危険な時期をなんとか乗り越え、こうして大きく育ってくれた。
とはいえ、いつまでも血を与える訳にもいかない。
成長してきた所で、そろそろ別の食べ物を探さねば……。気合だけでは、貧血はどうにもならない。
我が子が満腹になったのか口を離す。私はちょっとくらりとしてきた頭を抱えつつ、傷口の止血を行うのだった。
◆◆
廃墟の街を、宇宙人の部隊が探索していた。
ふらふらと歩く黒尽くめの奴隷兵の中心に居るのは、赤黒い布装束で身を覆ったクロノス・オーダーの技師だ。
彼は生体サンプルの採取がてら、原住民狩りを楽しもうと思っていたのだが、今日に限ってあれだけ居たはずの人間の姿が見つからない。
何事か不満を喚きながら、彼は同僚との合流地点に戻っていった。
『4325,4373。4533!』
戻ってみれば、同僚が一人、ぽつんと待ち合わせ場所で待っていた。どういう訳か、その護衛の姿はない。
技師は彼に声をかけつつ、何かあったのかと問いかけるが、同僚はぼんやりとして答えない。
無視されているのかと思った技師は憤慨し、しかしまあいい、と迎えを呼ぶために連絡しようと背を向けた。
瞬間。
3発の弾丸が、技師の体を貫いた。胴体の中枢、予備記憶メモリ、そして脳髄。彼らの致命傷となる部分を的確に撃ち抜く早業に、技師は何が起きたかもわからずに絶命した。
どさりと倒れる技師。その背後では、首を傾けたまま銃を構える、同僚の姿があった。
主人を殺された事を受けて奴隷兵達が動き出す。だがそれも、同僚が手を翳すと不意に鎮静化する。所詮、自我もなくいいように操られるだけの人形。主人と同等の権限を持った相手に何かできる事はない。
そして同僚は、一発一発、丁寧に奴隷兵の急所を撃ち抜いて無力化すると、だらん、と銃を持つ腕を力なく垂らした。
その体が、服の下でゴキゴキ、と不気味に蠢く。傾いた首がぶらんぶらんと揺れたかと思うと、その首筋が俄かにメキメキと盛り上がり、内側から食い破られた。
そこから出てくるのは、青い血にまみれた、蠢く何かだった。
『ぴぃ!』
シャフト。
細長い、“背骨のような”体を持った、虚弱児のチルドレン。それは寄生して乗っ取った宇宙人から奪えるものを全て奪うと、ずるずる、とその体から這い出した。
シャフトが抜け出した宇宙人は、すかすかのぺらぺらになって、空気の抜けた風船のようにくしゃりとその場に崩れ落ちた。
対して、シャフトはどこにその体が収まっていたのか、という3m近くにもなる長大な体をくねらせて、廃墟の瓦礫の物陰に戻っていく。
そこには、一人の少女が我が子の帰りを待っていた。
「おかえりシャフト。鮮やかな手際だった。すごいぞ」
『ぴぴぃ!』
戻ってきた我が子を、私は両手で抱きしめるように迎え入れた。細長い体がくるくると巻き付いてくるのにしたいようにまかせる。
まあ、うん。ちょっと重いのは事実である。細長いとはいえ、3m近くにもなるこの子に巻き付かれるのは、アナコンダに絡まれているようなものだ。
だが、それがいい。
かつての、吹けば飛ぶようなこの子の軽さを知っている身からすると、この重さはいっそ心地よくすらある。この子が無事に育ち、生きてくれている証だからだ。
「それにしても……まさか、あんな芸当ができるとはな。確かに、地球でも一部の寄生虫は宿主の行動をコントロールできるとはいうが、しかしな」
『ぴぴぃ?』
「お前が凄いって事だよ。よしよし」
のっぺりした顔をなでくりなでくりすると、シャフトは尻尾の先をぷるぷる震わせて喜んだ。これだけおおきくなっても挙動や情緒は子犬のそれっぽい感じは変わらない。
しかし、まさかこの子達の主食が宇宙人そのものだったとはな。
きっかけは、隠遁生活中に少し離れた廃墟まで食料を探しにいった時の事だ。たまたま遭遇した、センチネルオーダーの斥候らしき兵士に、私達は襲われた。相手は単独だったもののやはり宇宙人は強く、追いつめられて私がトドメを刺されそうになった所で、物陰に潜んでいたシャフトが兵士を奇襲し、一瞬で仕留めてしまったのだ。そしてシャフトはその首筋に潜り込むと、その兵士の肉体のコントロールを奪い……そしてまんまと、兵士の部隊元らしい、10人程の小隊を壊滅させてしまったのだ。
とんでもない戦果に吃驚したのは言うまでもない。センチネルオーダーの兵士は他の二つの勢力に比べて明らかに強く、戦争なれしている事が人間の間でも知られていたのだ。
と同時に、仕留めた宇宙人兵士の肉を食らった我が子は、これまでとは比較にならない勢いで一気に成長した。それを見て、私は我が子の主食が本当はなんであったかをようやく理解したのである。
「いやしかし、この子の卵は宇宙人どもが扱っていた訳だよな? それが一番好きな肉が当の宇宙人本人達ってどうなってんだ?」
『ぴぴぃ、ぴぃ~』
「まあいっか。よしよし、おまえのおかげでこの辺りに住んでる人も助かったし、よかったよかった」
ちなみにこのあたりの人間は、兵士に寄生した我が子が驚かして避難させた。近くに宇宙人の研究施設とかあるんだし、いつまでも人間がいるもんじゃない。
「さて、あとはこの肉をどれだけ保存できるかだよな。でも冷蔵庫なんて動かないしなあ……。血抜きして干して、干し肉にするか……?」
『ぴぴぃ? ぴぃ!』
「うおー、こら、ちょっと。ぐるぐる巻きにするな、動けないって」




