『フレンド全滅?! 宇宙で一番凄い奴』
「よし、ついたぞ。これがワシの家だ」
「ありがとうございます!」
小金井さんが、少し古めかしい感じの一戸建ての前に車を寄せる。ちょっとがたつきながら車が停止するのを見て、皆でぞろぞろと降りていく。
なんていうか、懐かしいのが変な感じだ。
コンクリートブロックを積み上げたブロック塀に、すのこみたいな入口の門。奥には飛び石のような道が続いていて、他は砂利で埋まっている。
家は漆喰か何かが外装の有り触れた平屋。ただ、全てがディスペアに薙ぎ払われ平らにされた地域にこの家が残っているはずもなく、あれから新しく、わざわざこんな古めかしい家を建てて回ったという事なのだろう。
周辺を見渡すが、そこそこの間隔をあけて、似たような家が一杯建っている。庭が広いというより、土地を大胆に使っているというか。まあ、そりゃそうか。人口に対して土地が広すぎるもんな。
というか多分、不動産とかの概念一新されてるんじゃないかね、今の世の中。どう考えてもこれまでのやりかたじゃ駄目だったろうし。
まあ、貧富の差が極端だったり、貧しい者が理不尽に搾取されるような世の中でないのならいいや。
「素敵なおうちですね」
「だろう? 祖父から引き継いだ家だが、まだまだ住めるぞ」
「物持ちがいいんですねえ」
私は腕の中に抱きかかえたボクシー君の喉を撫でさすりながら、小金井さんの家の庭を覗き込む。ボクシー君は最初の硬直はどこへやら、今や私の腕の中ですっかりくつろいでデロデロに溶け切っている。ふふふ、可愛いね。
「よしよし、大人しくて可愛いねお前は」
『プキィ……(恍惚)』
「あ、あの……お嬢ちゃん? その……あっちは、どうするの?」
と、そこで荒川さんが苦笑しながら声をかけてくる。
あっち?
なんのことかな、あっちには何もありませんよ。恩人の車を壊しかけた銀色のおばかさんなんて私知りませんけど?
「しりません、ぷい」
「あらあ……」
荒川さんが苦笑いするが、ここは私も譲れない。思えば私は子供たちをちょっと甘やかしすぎたのだ。これからはちゃんと厳しくする。
あの子がしょんぼりと首をうなだれて尻尾を引きずるように後をついてきていても、私は情けなんかかけないんだから。
『ピ、ピィ……』
「ふんだ。恩を忘れて悪い事するような子の事は知りません、ぷい」
『ピィイ……』
そんな哀れっぽい声を出しても、ほ、絆されたりなんかしないんだからね! ママは怒っているのです!!
「あ……、まあ、母ちゃん怒らせちまったもんは仕方ないさ。ワシは気にしてないから、な?」
『ピィィ……』
「さ、ほら。うちに入れ。ワシのフレンドにでも話を聞いてもらえ、ほれほれ」
小金井さん、うちの子を甘やかさないで! 全くもう!
とはいえ私もおせっかいになっている身、文句も言いづらく、しぶしぶ小金井さんに導かれてアースと一緒に庭に入る。
と。
『ボロロン……』
「おう、ただいま、クロボウズ。ちゃんとお留守番できてたな、偉いぞ」
『ボロローン』
砂利を踏みしめて、真っ黒な毛玉の塊としか言えないフレンドが小金井さんにすり寄っていく。
どうやらずっと庭先で帰りを待っていたらしい。
確かに大分大きい、これでは車には乗らないだろう。トラックだったらいけるか?
なんていうか、ちょっとミニモを思い出す感じの子だな。思えば私の子って大体毛が薄かった、ふさふさしていたのはあとはキティぐらいか? あんまり毛のある動物を食べなかった反動だろうか……。
『ボロロ?』
「うん? ああ、この人達はワシの客人。挨拶しな。お嬢ちゃん、こいつはワシのフレンド、クロボウズだ。見た目に因らず気のいい奴でな、遊び相手になってやってくれると助かる」
のそのそと向き直ったクロボウズちゃんが頭らしき部位をぺこり、と下げる。
ふぅむ。この感じ……もしかして戦闘タイプか? だけど血の匂いが全然しない、一度も戦った事はないと見た。
ああ、本当に地球は平和になったんだなあ。
私は和やかな気持ちで頭を下げ返した。
「こんにちは、クロボウズちゃん。しばらくお世話になります、よろしくね」
『ボロロー………ン????????』
お互いに頭を下げた所で、私をじっと見ていたクロボウズちゃんが突如フリーズする。カチンコチンに固まって動かない黒い巨体。
え、またなの? 私、何か変だったりする?
いやまあ、マザーツリーと融合していた肉体を再構成する過程で、体組織は大分変質してるとは思うけど、見た目じゃわからないはず……。
ちなみに、今の私の体は、内臓は心臓と腸ぐらいで、腸は外と繋がっているから真の意味での臓器は心臓だけである。細胞単位で栄養の吸収分解分配貯蓄ができるから、内臓があっても意味がないんだよねー。血管で血液を全身にぐるぐるしているだけで全部事足りるし、酸素も皮膚呼吸で十分。実は髪の毛も全部、人間のそれとは違う意味で体組織が変化したものなのだー。
なんでそんな肉体にしたって? いやだって、あんな何の機能があるのかわからん内臓増えまくった体は不安だし……。
『ボロ? ボロロ? ボロローン?? ボ???????』
「どうした、クロボウズ。何をそんなに混乱しとるんだ、可愛いお嬢ちゃんだろうが。あ、そうだ、そこのしょぼくれてる銀ピカの話し相手になってやれ、お前なら体格が近いし、話が合うんじゃないか?」
『ボ? ボロロ………ン゛ッ!? ボ、ボロロロォ!? ロンッ!?』
小金井さんにぽんぽん肩を叩かれたクロボウズちゃんが、アースに向き直って……なんか仰け反るように体を反り返らせた。吃驚しすぎて毛皮に埋まってる目が見えるぐらい見開かれてる。ていうか、目、そこにあるんだ……胴体の真ん中に一つ目って、随分ユニークな体の造りだね。個性的ー。
『ボ、ボロロ、ボロロロロ、ボロ!? ボロロン!? ロロン!?』
「お、おい、なんだクロボウズ。ワシをそんなに揺さぶっても晩御飯は早くはならんぞ?」
かと思ったら今度は小金井さんの肩を掴んでゆっさゆっさ揺さぶっている。手は熊みたいね、四本あるけど。
どうしたんだろ。アースを見てひと目でスペックを把握した? はは、まさかね。
私は腕の中に抱えたままのボクシー君の顎をうりうりと撫でさすりながら、ついでにお腹もさすさすと撫でまわした。
いやあ、この子毛並み、というか甲殻のすべすべ感がたまらないわー。永遠に撫でまわしていられる。
「なんだか皆大変だね、ボクシー君」
『ぷきききぃ~~~~……』
「ボクシー……いやそれ大丈夫か? 骨が溶けてない? 元に戻れる?」
ははは、皆おおげさだなあ。
うりうり。
あ、そうだ、クロボウズ君もおいでよ、撫でてあげる! ふっふっふ、君みたいな大型個体は……ここでしょ? ここがいいんでしょ、うりうり!
『ぼ、ぼろろぉ~~~~ん……』
「うぉ、クロボウズの奴がペルシャ絨毯みたいになってる……」
「虎の敷物みたいになってますね、本物見た事ないですけど……」
ふぅ、良い仕事した。
……やれやれ。ほら、いつまでもしょぼくれてないで、おいでアース。
『! ピロロロゥ~~』
全く、いつまでも親離れできないんだから。ふふ。
「もしかしてお嬢ちゃん、全宇宙撫でまわしチャンピオンか何かか?」
「見事なまでに3タテですね……」
えへへ、それほどでも……あるかな!
◆◆
「緊急事態、緊急事態!!! マザーツリーに異常発生、固有の生体パルスの消失を確認!!!」
「全警戒ラインに最重要警戒態勢!! 生物調査班、すぐに出撃しろ! 全ての監視映像を過去24時間徹底的に調査するんだ!!」
「地球環境の観測データを照らし合わせろ! 手遅れになってからでは知らんぞ!!」
一方、その頃。
人類軍改め、地球統合政府の本部は大騒ぎになっていた。
理由は言うまでもない。
地球環境の維持の要であり、全人類の心の支えである偉大なる母樹、その観測データに異常が生じていたからだ。
母樹のデータは、成立以降、常に人類はあらゆる手段で観測し続けていた。その中に、ここ100年ぐらいでようやく観測可能になった、ある特殊な信号がある。
あらゆる角度から検証した結果、それは母樹と一体化した葛葉零士の自意識であると人類軍は考え、それに影響が及ぶような事を禁忌として徹底回避し、監視に努めていた。
それが、今朝、突如として母樹から消失した。
その意味を、理解できないものはここには居ない。最悪の事態を想定しつつも、本部は混乱しながらも冷徹に事実の確認に努めた。
その結果、彼らは徒に混乱を広げる前に、ある事実の確認に成功する。
「これです! 早朝、現地時間8:12。マザーツリーの一部に、極端なエネルギーの集中を確認。生体パルスは消失したのではなく、ここに移動したものかと」
「観測班から報告、ここ50年、マザーツリーの頂上にあった孵らずの卵が孵化している痕跡が発見されたとの事! 現場には卵の殻だけが残されており……ちょ、調査の結果、殻の強度は核融合炉の障壁を凌ぐ強度との事で……そ、それが、内側から突き破られています……!」
「監視カメラに、ツリーから飛翔する銀色のフレンドと、その背中に小さな女の子らしき人影が写っていました! 現在、周辺の人間に聞き込み調査を行うべく、部隊を派遣中!」
それらの報告は、ある意味で本部を安心させるものではあった。
少なくとも、想定していた最悪中の最悪……ツリーに宿っていた、ノワールクイーンの自我が限界を迎えて消滅した、という事ではないらしい。それを確認できた本部の間に、深い深い安堵の息が漏れた。
しかしそれは同時に、新たな混乱をもたらす報告でもあった。
葛葉零士は消滅した訳ではない。だが、ツリーの内部に反応はない。
そして、なぞのフレンドの孵化と、目撃された謎の人影。
誰もがある結論を想像しながらも、それを口に出来ないでいる。
そんな中、本部を統括する総司令は、豊かな顎髭を撫でながら、ふむ、と一連の報告が示す真実を口にした。
「つまり……。地球環境の維持が必要ではなくなった事で、ノワールクイーン……葛葉零士が、マザーツリーから分離した、という事か?」
『プルルウゥ』
「そ、そういう事かと、思われます。……いかがなさいますか、総司令?」
秘書の声は震えている。
無理もない。今の人類にとって、葛葉零士は救世主、生きた神といっても過言ではない。
地球だけの話ではない。播種作戦によって宇宙の彼方に散っていった同胞達で、マザーツリーの枝とフレンドに助けられぬ者はいない。言うなれば全ての人類の母であり、敬意の対象であり、信仰の対象である。願えば応える神、それがノワールクイーンなのだ。
それが、再び肉の器をもってこの世に現出した。
対応を一つ誤れば、人類の間に再び不和を招きかねない。そしてその対応を決定する責任者は、総司令の他には存在しない。
その、極めて重い責任に胃をキリキリと痛めつつ、総司令は表向き冷静を保ったまま、厳粛に指示を下した。
「マスコミへの発表は控えろ。各国首脳陣に、超A級機密情報として情報を通達、続いて、特務部隊を編成。ノワールクイーンの行方を捜索しろ。全て、最上級の機密とする」
「了解しました! トリプルブラック発令! 総司令部の人員の出入りを全て制限します!」
「タスクフォースを招集しろ! 外宇宙で活動しているブラックエージェントを呼び戻せ、仕事の時間だ!!」
再び騒がしくなる総司令本部。ふぅー、と座席に身を預ける総司令を、彼のフレンドである空飛ぶクラゲが、お疲れ様、とでもいうように肩を触手でもみもみした。
尚。
この後、件のフレンドと少女が、現地住民と喋ってたとか、飛行機を追いかけてスクランブルを招いただとか、迎撃機の上に曲乗りしただとか、挙句なんかそのあと民間の警察官と一緒に車にのっていただのという情報が飛び込んできて、総司令本部は混乱と驚愕のズンドコに叩き落されるのだがそれはまた別の話である。
「何やってんの母樹様!???!!!」
「あ、あの……同行していると思われるフレンドの推定スペック一覧が流れてきたんですけど、流石に冗談ですよね、これ?」
「冗談だったらどれだけよかったろうなあ(白目」
どっとはらい。




