『人類は侵略者にボコボコにされました』
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古くから、人類は多くの物語を想像してきた。
現実には存在するかもわからないもの。宇宙の果てからやってくる侵略者たち。言葉も通じず、圧倒的な科学力で人類を蹂躙し、慈悲無く滅ぼしていく者達。
何故、そのようなものを想像したのか? 宇宙に存在する知的生命体は敵であると本能的に断言していたのか、ただ圧倒的な敵に逆転するカタルシスを味わいたかっただけなのか。
喜ぶがいい、その空想は現実となった。
空の果てからやってくる侵略者達は実在する。
国境も人種も男女も老いも若きも、美醜も貧富も問わず一切合切を蹂躙する絶対的な悪がここにある。
人よ。思うがままに、破滅に抗うがいい。
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西暦2036年5月22日。
グリニッジ標準時11:13。
北緯35経度139。
新宿。
かつて、日本という国家の最も繁栄した都市の一角だった場所。
侵略初期に行われたバイオ兵器による浸食により、比較的早期に放棄されたこの区画は、しかし幾度ともなく戦火にさらされ、荒れ果てた様を晒すがままにしていた。
ビルというビルの窓は割れ砕け、灰色の外壁はひび割れている。錆びついた看板が、かろうじて支柱から傾いて垂れ下がっていた。
その看板の向こうに、一つの大きなビルが見えた。
新宿のランドマーク、東急歌舞伎町タワー。かつては繁栄と富の象徴であったその高層ビルの存在は、今となってはただ、空しいだけだ。
そのビルの根元で、どずん、と灰色の爆発が起きた。
音を立てて、ガラガラとランドマークタワーが倒壊を始める。計算された破壊によって振り下ろされるように倒壊する超高層ビル。遅れて、爆発と崩壊に伴う轟音が聞こえてくる。
押し寄せる、灰色の暴風。それに煽られて、朽ちかけていた看板がからん、と支柱から転げ落ちた。
「やった!? やったよね!?」
「いいから走れ!!」
崩壊するビルの根元から逃走するように、二人の人影が道路を走っていた。
二人とも、まだ年若い二人の少女。ボディースーツの上から機械的なアーマーを装備し、脚部に装備したインラインスケートのような装備が火花と共に唸りを上げている。
姦しく怒鳴りあいながら、二人は崩壊した道路上を疾駆する。その速度、時速200キロ以上。
それもその速度で走りながら、亀裂や段差を飛び越え、路上に放置された車両や倒れた標識などの障害物を回避していくのは人間離れしていると言える。
崩壊によって発生した土煙から逃げるように走る二人は、十分な距離を取れた事を見て取って、安堵したように少し速度を緩めた。
「ふぅ、これだけ距離を取れば……」
「……危ない!!」
警告の声を共に踵を返す二人。はじかれた様に左右に分かれた二人の間を、青白い荷電粒子ビームが横切り、路上に放置されていた自動車を貫いた。
赤熱、膨張。一瞬の後、爆発。
炎上する車の左右に分かれてドリフトターンのちに停止、顔を上げる二人が崩壊するビルの根元に視線を向ける。
そこで不可解な現象が起きていた。
倒壊するビルの上半分。鉄槌のように振り下ろされるそれが、空中で不自然に停止している。
巻きあがる土煙も、飛散する破片も、全てが空中で時が止まったように停止していた。それらすべてが、青白いドーム状の光の中に包まれている。
そのドームの中を、ゆっくり歩いてくる影があった。
最初に見えたのは、二足歩行する巨大なロボット。首のないダチョウのようなシルエットを持った歩行機械が、首の代わりにレーザー砲を旋回させながら、ずしゃん、ずしゃんと音を立てて歩いてくる。さらにそれに続いて、土煙の中から黒いシルエットが次々と姿を顕す。
全員、真っ黒なコートに身を包み、鉄仮面を被った兵士のような人物たち。彼らは手にパラボラ状の発信部を持つ光線銃のようなものを手にしていた。首筋や胴体に走るラインが、内部からの光で青白く明滅している。
「クロノス・オーダーめ……!」
「ダメじゃん、全然効いてないじゃん!?」
「作戦は失敗だ、逃げるぞ!!」
敵の姿を確認した二人の武装少女が再び逃走に入る。
一方、クロノス・オーダーと呼ばれた武装勢力は悠々とビルの崩壊範囲から歩み出る。彼らが十分に距離を取ると、青白く輝いていた光のドームが消失した。
その途端、時間が動き出したかのようにビルの崩壊が開始される。地響きを立てて崩落するランドマークタワー。しかし、その周囲にクロノス・オーダーの姿はない。
走って逃げる少女二人。彼女たちの左右、そして前方に、まるでコマ送りのように、突如黒づくめの集団が出現した。
「時間加速か!」
「ひぃいん! だからやっぱ無理だってぇ!!」
周囲を取り囲む黒服達が一斉にレーザー銃を少女に向ける。発振されるレーザー光を、スピードを落とさず回避する二人。道路を疾駆する二人に、黒服達はまるでテレポートしているかのように次々と立ち位置を変えながら追撃する。
「くそ……!」
少女の一人が舌打ちしながら己の得物を構えた。華奢な体には不釣り合いな重厚な砲身を持つガトリングガンを振り回し、自分達を包囲する黒服達に狙いをつける。
吐き出された猛火が、人間に認識できない速度で黒服ごと彼の立つビルの屋上を削り飛ばした。
「ああもう、こうなったらやけだぁ~」
もう一人の少女も泣き言を叫びながら、アサルトライフルを両手に弾幕を張る。さらに背中のランチャーから誘導弾が発射されて、内部の対人ベアリング弾を雨のように降り注がせた。
たちまち廃墟の一角が戦火に包まれる。少女たちの攻撃が通じているのかはわからないが、絶え間なく吐き出される銃火によって黒服達の追撃が途絶えた。
ガトリングガンを手にする少女の横顔に希望が過る。
「よし、これなら……」
「危ない、葵!」
「!? ……がっ!?」
油断か、慢心か。警告も間に合わず、一瞬の隙をつかれた少女は、突如真横に出現した歩行機械の剛脚による一撃を受けて吹き飛ばされた。がっ、ごぉん、と音をたてて道路をバウンドして転がったその手から、ガトリングガンが手放されて地面に転がる。射手を失った赤熱化したバレルが、ゆっくりと回転を止めた。
「う、ぐ……」
地面に這いつくばったまま顔を上げる少女。その眼前に、ずしゃりと鋼鉄の足が踏み下ろされた。見上げれば、歩行機械のレーザー砲が、ゆっくりと地に伏せる少女に狙いをつけている所だ。
「葵!!」
もう一人の少女が血相を変えて救助に入ろうとするが、その体を四方からのレーザーが射抜いた。声もなく前につんのめるように道路に崩れ落ちる少女の周囲を、ゆっくりと歩いてきた黒服達が取り囲む。
「ゆ……ゆきな……」
這いつくばったまま、倒れた相棒に手を伸ばす少女……葵。だが、煙を上げて地に伏せる相棒は、顔を伏せたままぴくりとも動かない。
絶望に唇を噛む少女の頭上で、レーザー砲がゆっくりと光を蓄え、そして。
「喧しいね」
甲高い破砕音が、廃墟に鳴り響いた。
金属が引き裂かれる高音、背筋を震わせる破音。それと重なって、獣の雄叫びのような声が響く。
耳を劈く不快音に、葵は顔をしかめながら顔を上げる。
「え……」
彼女が目撃したのは、今まさに彼女に死を齎さんとした殺戮ロボットの上半分がすっかり消滅し、膝から下だけになった足がぐらりと倒れる様子だった。
地響きを立てて倒れる機械の脚部。その向こうに、得体の知れない何かを彼女は見た。
『グルルルル……』
それは、獣だった。
彼女がこれまで見たことのない、少なくとも地球では確認された事のない異形。
黒色の甲殻を鎧のように身にまとい、ビニールのような質感の黄色い肌をもった、直立二足歩行する恐竜のような異形。
頭部は、外骨格を兜のように備えた爬虫類のような顔つき。だが目は昆虫のように複数あり、いずれも瞳孔の無い黄色く濁った玉のよう。口元は首まで深く裂け、青白い体組織が露わになっている。
脊椎からは太く長い尾が伸び、道路を割り砕きながら打ち付けられている。その両手はカマキリを思わせる巨大な鎌のような爪となっており、ぐしゃぐしゃになった鉄塊のようなものを刺し貫き、ぶら下げていた。
その鉄屑が殺戮ロボットの上半分だと葵は遅れて気が付いた。
「な……なん……」
言葉を失って動揺する葵。見れば、周囲を取り囲む黒服達もまた、怪物の登場に慄いているようにも見えた。
「いや……」
違う、葵はすぐに気が付いた。彼らのバイザーに覆われた視線は、怪物ではなく、葵の方を見ている。
倒れている葵の方を、まっすぐに。地面に目を向ける事なく。
誰かが。
背後に居る。
「危なかったね」
こつこつ、小さな足音が響く。倒れてる葵の視界に、小さな黒のローファーが映りこんだ。履きつぶされた、ボロボロの。
顔を上げる。
視界の中に、ボロボロの布を体に巻き付けた、浮浪者のような少女が入った。
葵よりも幼い、おそらく12歳前後の子供。
明らかに無力そうな幼い少女は、邪悪な侵略者の集団に銃を向けられながらも、大胆不敵に微笑んだ。
「だけど、もう大丈夫だよ。うちの子は、強いからね」
『グルァアアア!!!!』
少女の声に応じるように、怪物が雄叫びを上げる。
これが葵にとっての“探索対象X-0”……通称、《ノワールクイーン》との初接触となった。




