貴族令嬢、取り調べを受ける
私が留置所に入ってから、警察の取り調べをうけたのは一度だけ。しかし振り返れば、幾度となく経験しているチャメシ・インシデント (忍殺語) でもある。
【表 side】
・路上で痴漢を逮捕
・万引きを逮捕、犯人に殴られそうになる
・釣銭泥棒を逮捕
・始発の地下鉄で置き引きを逮捕
・放火犯を逮捕 (表彰された)
・ケンカを止めようとして殴られ裁判所へ出廷
【裏 side】
・面倒な知人が暴行事件を起こし、組対の尋問を受ける
・大きな〇物事件に巻き込まれ、組対が動く
・某左翼系政治団体と揉め街宣車が来て、警察が動く
etc……
(注釈:「組対」とは組織犯罪対策課、昔は「マル暴」と呼ばれていた。そっち関係の事件はここが捜査に入る。意外にも見た目イカツイ人は少ない、それはむしろ機動隊。しかし尋問は厳しい。)
……ぶっちゃけ私は激レアさんである。人に言える話だけでこれだけあるし、口が裂けても言えない話もある。言わないよ?〇〇されたくないし。
私は警察関係者でもなければ、反社会性パーソナリティの持ち主でもない。もちろん犯罪者を探し求めて街をさ迷い歩いているわけでもない。
「観の目」と言われればそうなのかもしれないが、本心は社会の底辺に見える裏と表の狭間に魅かれているのかもしれない。
でもそれは、誰もが持つ普遍的な好奇心ではなかろうか。
◇◇◇
私は留置されている警察署で二度目の取り調べを受けた。一度目は事件の翌日、地元の警察署だ。
今回の取り調べは、被害者の主張と私の供述とのわずかな相違点のすり合わせ。とはいえ些細な違いがあるだけで、量刑に影響を及ぼすものではなかった。
「若く美しい黒い安息日さん、被害者は両手で胸倉を掴まれたと言ってますが」
「ホーホホホ!私は右腕に障害があって掴めませんでしてよ、障害手帳をご覧になって?」
「なるほど……被害者の思い違いですね」
刑事さんが手元にある分厚い調書をめくる。時折見える被害者の写真。プププ、殴られたときの再現写真を撮られてやんの。なんで真顔なんだよ、笑っちゃった。てか私は拳で殴ってないぞ?まあどっちでもいいけど。
そのときチラリと見えた被害者のレントゲン写真、その奥歯。あああ……これはやりすぎだ。ここまでしちゃいけない。さすがにかわいそうなことをした。一生の不覚、心が痛む。
刑事さんがノートパソコンのキーボードを叩き、調書を書きはじめた。これが結構時間が掛かるのは経験上知っていたので、もう一人の刑事さん、おそらく逮捕当日に私の手錠をかけた人と雑談していた。若く細身のイケメンだ。
「ぼく機動隊にいたんですよ、その時の上司が怖くて……」
「ねえ、もし上司が革マル派のシンパで勧誘してきたらどうなさいます?」
「あははは、とりあえず困っちゃいますね」
そんな爽やかトーク (実話) をしていると、調書を書いていた刑事さんが、カメラを手に立ちあがり、胸倉を掴むシーンを撮影したいと言い出した。私は椅子とともに縛られていた手錠と紐を解かれ、撮影のためにイケメン刑事の胸倉を掴んだ。
パシャ。
パシャ……
もはやアンティークとも呼べるデジカメの人工的なシャッター音が聞こえる中、イケメン刑事の目からスッと光が消えるのを感じた。
本エッセイの六話「観の目」で、私が〇〇経験者から話を聞いたことがあると書いたが、彼らはその話をするとき、決まって目の光が消えるのだ。他の犯罪は嬉々として目を輝かせ語るのに、〇〇だけは無表情で淡々と話す。
私は悪趣味で下世話なのだろう、逆に目を輝かせて話を聞いていた。恐ろしくはなかった。恐ろしいのは〇〇経験者の一人は、数ある前科の中に〇〇罪が含まれていないことだ。
イケメン刑事は平均的な体重で、過剰な筋力は感じないが、非常に体幹が鍛えられている。会話では軽く見えたが、芯のある強い男だと感じた。そして、そんな彼がこんな目をするのは、事件として〇〇を何件も見てしまったからだろう。陳腐な表現だが、深淵を。
葬儀や聖苑の関係者で、こんな目をしている人はいなかった。医者もこんな目をしていないだろう。こんな冷たく恐ろしい目を。
そして、明るく会話していても、私は犯罪者なのだと自覚した。彼の目が、そう言っている。
◇◇◇
調書が書き終わり、朗読され、私が相違ありませんと答えて取り調べは終わった。最後に刑事さんが私に聞いた。
「ところで、この被害者の人、なんで数十回もドアを開けようとしたんですかね」
「こっちが聞きたいですわ!」
「ですよねえ……」
「私が自宅に帰ったあと、このオッサンがまたドアを開けようとしたらどうすればよろしくて?」
刑事さんは小さくうなり、こう答えた。
「とりあえず110通報でおねがいします、あと、ふつう逆なんですけど被害者に引っ越しするよう説得しています。本人は反省してると言ってますが、実際これだけ迷惑行為を重ねてるわけですからねえ……」
反省してるなら被害届取り下げろ!とは思いつつ、やりすぎだし当然と納得もしつつ、私は留置所に帰るのだった。
◇◇◇
次回は最終回!
黒い安息日、ついに判決が下る!
その驚くべき罪状は……第一話の冒頭に書いてますわよ、ホーホホホ!