変わり者公爵令嬢の記憶喪失 1
すみません、タイトルを一部変更させていただきました。
物語の内容は変わっていません。
星が美しく輝く、ある晴夜のこと。
一週間前に退院し、頭の怪我も薄くなったアンリは家を抜け出し、行く当てもなく夜の道を歩いていた。
ぼんやりとして歩いていたら、海の傍に来ていることに気づいた。
月明かりが少し眩しくて手をかざそうとした時、アンリの目が大きく見開かれた。
「リ、アン‥‥‥?」
遠くの橋の上の人影。
それは、スラム街で孤児仲間だった " リアン " という名の少女にとても似ていた。
橋の上の人影は、月を見ているようだったが、踵を返しアンリのいる場所とは逆方向に歩き始めた。
「あっ‥‥! リ、リアン、待って!」
急いで走り出したアンリは、気づかずに道路に飛び出し、我に返ったときにはトラックが正面に迫っていた。
「ッ‥‥‥!」
目を瞑って衝撃を待った時。
「アンリ様ぁっ‥‥‥!!」
メイルの声を聴いたような気がした。
その瞬間、アンリの体が誰かに抱え上げられ、その誰かと一緒に吹き飛ばされる。
――――キャアァァァ!!
耳をつんざくような叫び声がかろうじて聞こえた。
‥‥‥なぜだろうか。
トラックに吹き飛ばされたはずなのに、痛みを全くと言っていいほど感じない。
「救急車を!」
「何があったの?」
‥‥野次馬の声が聞こえる。
「道に飛び出した女の子を女性がかばったの!!」
‥‥‥え?
道に飛び出した少女とういのは、私のことだろう。
では、私のことをかばった女性とは‥‥‥?
トラックに轢かれる直前のメイルの声。
私をかばったという女性。
全てのパーツが、アンリの頭の中で繋がった。
まさか‥‥‥‥!
アンリが上体を起こすと、手に何か生ぬるい液体がついていた。
それは、メイルの頭の下から続いているように見えた。
「そんな‥‥! 嫌だよメイル! メイルッ!!」
慌ててメイルを揺さぶろうとした瞬間、いつの間にか到着していた救急隊員がアンリをメイルから引きはがした。
アンリに許されたのは、メイルが担架で救急車に運ばれるところを見守ることだけ。
「嫌っ、離して!! メイルっ!!!」
力いっぱい叫ぶが、大人の力には流石に敵わず、アンリも別の救急車に乗せられてしまった。
‥‥‥それから先のことは、正直覚えていなかった。
救急隊員さんに何か質問をされたのは覚えているが、なんと返したのか全く覚えていない。
ただぼんやりして、メイルのことを思い返す。
あんなに血が出ていて、メイルは大丈夫なのだろうか。
私が道路に飛び出さなければ‥‥。
いや、そもそも夜に家を出るなんてしなければ‥‥‥!
救急隊員さんにやっと解放されたアンリが唇を血が滲むほど噛み締め、手術室で治療されているメイルを待っていた時。
やっと、メイルとお医者さんが中から出てきた。
「あの、メイルは‥‥」
一刻も早くメイルの安否を確認したいアンリが必至な表情で聞くと、医者は静かに首を振った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥お力添えになれず、大変申し訳ございません」
「ッ‥‥‥‥!」
アンリは医者を押しのけ、移動式ベッドに乗せられているメイルのもとに飛び出す。
「メイル! ねえ、メイル!! どうしたの、目を開けてよ!!」
我慢していた涙が一気にあふれ出し、鼻水をすする暇もなくメイルを揺さぶる。
「ねえったら!! なんで、なんでよメイルっ!!!」
ぼろぼろとあふれ出す涙が、メイルの顔に音を立てて落ちていく。
「ね、え、メイル‥‥‥。お願いだよ」
目を開けて。そう言ったアンリの声は酷くかすれていた。
その後、強制的に父親にタクシーに乗せられたアンリは、眠っている間に先ほどのショッキングな出来事をなかったことにしてしまっていた。
「ん‥‥‥‥‥」
「‥‥起きたか、アンリ」
目を覚ましたアンリは寝ぼけた表情で社内を見回した。
「あれ、ここどこ‥‥?」
「タクシーの中だよ。泣き疲れて眠ったお前を、私が運んだんだ」
「泣き疲れてって‥‥‥なんで?」
不思議そうに首をかしげるアンリの表情を見て、アンリの父・ファスカルは驚いたように息をのんだ。
(アンリはメイルとの出来事を覚えていないのか!?)
とりあえず事実はまだ伝えないほうがいいと判断し、ファスカルは取り繕うように笑みを浮かべた。
「いや‥‥、苺を食べ損ねたお前が、ずっと駄々をこねていたからだが‥‥。覚えていないのか?」
ファスカルの質問を聞き、アンリは考えるように手をあごの下に動かした。
「あんまり‥‥‥覚えてないや」
「‥‥そうか。眠かったら、もう少し寝ていいぞ」
「うん。おやすみ」
アンリは笑みを浮かべて目を閉じた。
「どうしたものか‥‥‥」
タクシーの中で一人、ファスカルはため息をついた後、悲しそうにメイルの写真を取り出したのだった。