変わり者公爵令嬢と専属メイド 1
「しかしお嬢様ぁ、あの情報だけじゃ流石の私も難しかったですよぅ」
「メイルならわかるって信じていましたよ!」
にこっと笑うアンリと、眉を下げて笑うメイル。
実はここだけの話、メイルは元警視総監なのだ。
だから恐らく今回も、色々なコネを使ったり、頭を回転させてアンリの居場所を見つけてくれたのだろう。
あの誘拐事件の後、一週間がたった。
アンリの父親は部屋を訪ねて体調を伺いに来てくれたものの、母は電話も寄こさず、今もきっとパーティで狂ったように遊んでいることだろう。
「‥‥‥ねぇ、メイル。お母様のお電話は、今日もありませんでしたか?」
一瞬言葉に詰まったものの、メイルはゆっくりと頷いた。
「‥‥はい」
「そっか‥‥。別に、いいんだ。私には、メイルとお父様がいるもの」
俯くと、よく見知った床の木目調が見える。
メイルはアンリの専属メイドなため、この家の中で一番アンリと関わりがある、アンリの数少ない大切な人だ。
「‥‥お嬢様。知っていますか、『アンリ』という言葉の意味を」
アンリが俯いたまま首を横に振ると、メイルはアンリの手を取って、語りだした。
「『アンリ』とは、家を守る支配者、という意味です。私が奥様と当主様にお尋ねして、直接聞かせていただいたものです」
「‥‥‥家を守る支配者って、家のことだけ考えて、家を守れってこと?」
自分で口にして悲しくなって、アンリは自分のことを馬鹿だな、と思った。
「違いますよ」
「‥‥!」
目を見開いて顔を上げたアンリの目に映ったのは、いつだって大好きな、メイルの優しい笑みだった。
「お嬢様。家を守る支配者は、一人で家を切り盛りすることはできません。誰かの助けを借りて、誰かに助けを求めて、初めてできることです」
メイルの言葉を聞いて、アンリの脳内に浮かんできた、一つの情景。
『アンリ。家を、家紋を、自分を守る支配者。誰かの助けを借りて、誰かに助けを求められる人。アンリ、そんな人になってね』
おぼろげな記憶の一欠片。
あの時の母は、どんな顔をしていたのだろう。
どんな時に、この言葉を言ってくれたのだろう。
あの時の表情も、どんな時の言葉なのかも。
忘れてしまったことが多い中、母の声がとても優しかったことと、一語一句、言葉だけは覚えていた。
知らず知らずのうちに涙がこぼれていていたことに、メイルが優しく涙をハンカチで拭いてくれた時に初めて気づいた。
「あっ‥‥、ありがとう、メイル」
※ ※ ※
涙で光る眼で、優しく微笑むお嬢様。
あぁ、この方は、今までどれほどの負担を抱えてきたのだろう。
‥‥私・メイルの脳内に、たくさんの情景が思い浮かぶ。
人を初めて撃った時のこと、人を初めて逮捕した時のこと、大切な人を初めて失ったこと。
まだ警視総監になる前も、警視総監になった後も、色々なことがあった。
‥‥‥自己防衛のために、人を殺したこともある。
私はいつからか、薄汚れた道を歩いていることに気づいた。
私の手はもう真っ黒で、普通の人には戻れないことも。
でも見ないふりをして、気づかないふりをして。
がむしゃらに『人のため』だと思って、色んなことをしてきた。
――思えば、17歳の時、警察官採用試験を受けて、受かった時から、もう私の道は決まっていたのかもしれない。
ふと、アンリ様との出会いを思い出した。
22歳という驚愕の若さで異例として警視総監になって、23になった時。
アンリお嬢様と出会ったのだ。
その日は仕事が休みで、ぶらぶら好きなところに出かけて、好きなものを食べて。
ちょうどお昼を過ぎ、遊園地に来ていた時のことだ。
ドォォォンッッ!
いきなり音をたててメリーゴーランドが爆発した。
ちょうどその日はメリーゴーランドが壊れて、誰も乗っていなかったため、怪我人も死人もでなかった。
だが当然遊園地内はパニックになり、放送ミスで、パニックになって怒鳴りあう遊園地のスタッフの声が流れてしまい、余計にパニックが悪化した。
私はすぐに遊園地の放送室に向かった。
その時、放送で「ちょっと子供!? 誰よ子供入れたの!」「知らねえよ! 早く追い出せ!」「でも貴族の子っぽいぞ!? 貴族を怒らせたらダメだろ!」という会話が聞こえた。
そして―――「はあい、皆さん落ち着いて聞いてくださいね~。さきほどの爆発は、アトラクションのものでもないし、何かの仕掛けでもなく、正真正銘の本当の爆発で~す」若い女性——いや、子供の声が流れ始めたんだ。
みんながいぶかしげな表情をしてスピーカーを見つめたり、パニックになっている中、声の主はずいぶんとのんびりした声で告げた。
「でも~、こういうときはパニックを起こしちゃダメなんですよ~。こういうときはねー、吸って―はいてー吸って―はいてーってやって、呼吸を整えて、心を落ち着かせるのがいいんですよ~。さあ皆さん、落ち着いて、走ったり、押したりしないで、回りの建物やアトラクションから離れて『子供広場』へ向かってくださぁい。そこは爆弾を仕掛ける場所もないし、電場がとても悪いので、万が一爆弾が仕掛けられていても遠隔操作などで爆発する心配はないので~、ここの遊園地内ではそこが一番安全で~す。さあきちんと『おかしも』、おさない・かけない・しゃべらない・もどらないを守って『子供広場』へ向かってくださいね~。守れなかった人は小学生からやり直しましょう~」
声の主は子供だし、今は緊迫している状況だっていうのに、なぜか、そののんびりした声は人々に余裕を与えた。
いつの間にかパニックになっている人はいなくなっていたし、走って逃げる人もいない。
しかも‥‥、私が放送室についたら言おうとしていたことばかり、この声の主は喋る。
どういうことだろうと思いつつも、周りの人間が全員同じ方向、『子供広場』へ向かっていることに驚く。
嘘だろう‥‥? 私だってここまで大勢の人をなだめ、一か所にまとめることは無理だ。
でも‥‥‥、この声の主は、何か安心させるような、信じても大丈夫と思わせるような、そんな何かを持っていた。
自分の足が止まっていることに気づき、再び放送室に向かう。
そして放送室の光景をみた私は、愕然とした。
スタッフが一人もいない‥‥!
いるのは、小学六年生ほどの子供だけ。
「君が、さきほどの放送をしていたのか‥‥?」
「うん、ねえお姉さん、ここから離れたほうがいいと思うよ?」
私、爆弾見つけちゃったんだ。
そういってふわっとほほ笑む子供を見て安心しそうになり、そんな自分に驚いた。
「爆弾を‥‥!? どこに!?」
「お姉さんの足元~」
「何!?」
確かに、爆弾はそこにあった。———床に偽装されて。
しっかり見つめてもわからないほど、床にそっくりに偽装されていて、この少女が気づいたことに疑問を持つ。
私は警視総監をしていることもあって勘は鋭いほうだが‥‥。
そんな私でも、ぱっと見ただけじゃわからないものを、この少女が‥‥?
「驚いてる暇はないよ~?」
そう言われて、慌てて爆弾を確認すると、タイマー式の爆弾だということがわかった。
「後30秒‥‥‥!?」
これじゃ階段を降りてちゃ間に合わない!
私はのんびりと椅子に座っている少女を抱きかかえ、窓から飛び降りた。
ドォォォン!!
後ろで爆発音がなり、私は少女を守るような態勢を取って、落ちていく。
運よく木の上に落ち、勢いが削がれた後、私と少女は枝と葉っぱの中をこすれるようにして地面に落ちた。
「き、君、大丈夫か!?」
「うん、問題ないよ」
「‥‥なぁ、君は何者だ?」
放送の的確な指示、床の爆弾の偽装を見抜く鋭い観察力。
絶対この子は、普通じゃない‥‥‥!
「私? 私は、一か月前に公爵令嬢になったただの小娘だよ」
さきほどまで笑顔だった表情から、一切の感情が消えた顔で、少女は平坦な声でそう言った。
「‥‥‥そうか。いや、今はこんなことを会話してる場合じゃなかったな。ちょっと失礼っ」
そう言って私は少女をおんぶして、『子供広場』へ向かって走り出した。
※ ※ ※
その後、『子供広場』に無事に到着し、少女——名前はアンリというらしい――と別れ、事件を部下たちに任せ、私は家へ向かって歩いていた。
あのアンリという少女‥‥‥きっと将来、すごい人になるだろう。あの子の成長を、あの子が人を救う姿を、見ていたかった。
そんなことを考えながら歩いている私の目に、一つの掲示板の文字が目に留まった。
” ~アンリ・フェリーの専属メイド大募集中~ その他、フェリー家のメイド・執事も "
アンリ・フェリーだと!?
さっきの少女の名前じゃないか!
専属メイド‥‥‥! なんて偶然だ、あの少女と一緒にいたいと思った矢先、こんなものを見つけるなんて。
数日後、私は――部下たちに何度も責められたけれども――退職届を出し、フェリー家の屋敷で、面接届を出した。面接は一週間後ということなので、絶対に選ばれるため、その一週間私はメイドの仕事について学びまくった。
そして―――無事私は、合格したのだった。
‥‥‥まぁ、アンリお嬢様は私のことを覚えていなかったようだが。
ま、まあとりあえず私はそういう経緯でアンリお嬢様の専属メイドになり、口調も変えた。
男っぽい口調から、のんびりとした口調に変えたんだ。
※ ※ ※
久しぶりに昔のことを思い出しましたぁ。
懐かしいですねぇ。
でもぉ、今はアンリお嬢様も泣き止んだことですしぃ、あったかいホットミルクでも持ってきましょうかねぇ。
もちろん、はちみつをたっぷりかけたやつを、ね。




