変わり者の公爵令嬢、アンリ・フェリー 2
よろしくお願いします。
少しばかり文章を直させていただきました。
物語の大まかな内容は変わっていません。
「待って。情報量が多すぎですわ」
そう言って手を額に当てた男爵令嬢は、次の瞬間にはキッとアンリを睨みつける。
「あなた、さきほど私をお、お友達、といいましたわね!?」
「は、はい‥‥。言いましたけど、嫌でしたか?」
お嫌でしたら、取り消します。申し訳ありません。
そう言ったアンリの目にうっすら涙がたまっているのを見た男爵令嬢は、慌てたように手を動かした。
「や、いやっ、決してい、嫌だったとかではっ‥‥‥! はっ、何を言っているんですの、私!」
「わあっ、嬉しいです! あなたも私をお友達だと思ってくれていたのですね!」
「えっ、いや、だから、ちがっ―――」
男爵令嬢が何かを言おうとしているのは聞こえたが、自らの感情のままに彼女の手をとり、ぶんぶんと振る。
「本当に嬉しいです~! 私の初めてのお友達! これからよろしくお願いしますねっ!」
にこっと笑ったアンリを見て、男爵令嬢は顔を赤くした。
「あ、あなた、その武器の使い方はちゃんと考えたほうがよろしくてよ! 私を魅了してどうするんですの!」
「武器、ですか‥‥‥? それに、魅了とは‥‥?」
アンリの頭の上に?が浮かんでいるのを見たご令嬢は、小さく「自覚なし‥‥。一番厄介ですわね‥‥」と呟いたものの、その呟きがアンリの耳に入ることはなかった。
それから男爵令嬢は、「気分が悪くなりましたわ‥‥」
そう言ってさっさと帰ってしまった。
もちろんアンリは「私が保健室まで付き添いましょうか?」と申し出たのだが、ご令嬢は「余計に悪化しますわ!!」と叫んで、ずんずんと大股で歩いて行ってしまったのである。
「どうされたんでしょう‥‥? まぁ、ご自分で保健室に行かれますでしょうし、大丈夫ですよね」
一瞬頭に浮かんだ心配はすぐに消え、アンリの頭の中は「今日の夕食のメニューは何か」で埋め尽くされた。
「ハンバーグ、オムライス、ステーキ‥‥」
何が出るんでしょう、楽しみですね。
そう呟いたアンリの耳に、つんざくような悲鳴が聞こえる。
きゃああああああっ!!
「なななっ、なんですか!? た、確かこっちから‥‥!」
廊下のカーブを曲がったアンリの目に入ってきた光景は――――。
大怪我をしている怪我人。ではなく。
急に倒れた病人。でもなく。
逃げ惑うご令嬢たちの姿と、一匹のゴキブリだった。
無言でアンリは元来た道を急いで引き返し、今見てしまった衝撃的な出来事を見なかったことにすることにした。
「さあ、今日の夕食のメニューは何でしょう~? オムライス、ステーキ、お寿司、ハンバーグ‥‥」
どれも美味しそうです、と呟きながら靴を履き替え、外に出る。
出た瞬間目に入った、校門の傍に泊まっている大型の真っ黒な高級車を見て、「今日はお迎えでしたんでした」と思い出す。
運転手にドアを開けてもらって中に入り、ふかふかの座席に深く腰掛けたアンリは、すぐに眠くなって、夢の中へ引きずり込まれていった。
※ ※ ※
プルルルル
真横にある鞄から電話音が聞こえる。車を運転しながら携帯電話を手に取り、耳にあてた。
「計画通りに実行したか?」
耳に入ってくる声は、少ししわがれた低い男の声だ。
「あぁ、もちろんだ。手筈通り運転手に成り代わって、ぐうすか寝てる能天気なお嬢サマを誘拐してやったさ。もう少しで着く、待ってろ」
そう言ってさっさと電話を切った。
ま、寝るのも仕方ないけどな。なんたってこの車ん中、催眠ガスが充満してるんだから。
そんなことを考えながら男は、車を操作して暗い路地裏に止めた。
ドアを開けた男の前に現れた、全身黒ずくめの男。
「お前、まずはそのガスマスクを取れ。人に見られたら面倒だ」
「あぁ、そうだな、これはとっとかないとな」
そう言ってガスマスクを外した男は、へらっと笑って言った。
「俺の仕事はここまでだ。金はどこだ?」
「金、だと? お前の仕事に見合う対価はきちんと払わせてもらうよ、鉛玉という対価をな」
ニヤッと笑った全身黒ずくめの男は、男の心臓に向かって銃を構えた。
「おいおい、それ最新型のSH68の銃じゃねぇか。どこで手に入れたんだ?」
男のへらへらした態度は、全身黒ずくめの男の癇に障ったらしい。
「本当は命を奪う気はなかったんだけどな」
そう呟いた男の瞳は、剣のように鋭く、冷ややかだった。
黒ずくめの男は引き金に手をかけた。そしてそのまま―――。
パァンッ!
目の前には、真っ赤な血しぶきがそこら中に飛び散った光景が広がっている———はずだった。
全身黒ずくめの男の目に映った光景は、位置だけが少し変わった、相変わらずへらへらしている男の姿。
「避けただと!?」
「いやぁ、こんな予感はしてたんだよ~。悪い奴は退治しねぇとなぁ」
ドゴッ!
男の膝は正確に相手の顎を狙い、音を立てて骨を砕いた。
泡を吹いて倒れた黒ずくめの男を見て、ふざけたように口笛をふく。
「いかなるときも油断は禁物だよなぁ、ホント」
振り返った男の視線の先には、車からトンッと降り立ったアンリの姿。
「よぉお嬢ちゃん、いつから気づいてたんだい?」
「最初から、です」
そう言ってにこっと笑ったアンリを、面白そうに眺める男。
「へぇ、でも催眠ガスで寝てたように見えたけど?」
「そうですね、最初のほうは本当に寝てました。途中からは狸寝入りですけどね」
「何!?」
男の表情が初めて変わった。
「ふふ、どうやったのか知りたいですか? 実はですね、車に乗る前、なぁんかおかしいなと思ったもので、車のドアにストラップを挟んで、少々隙間を作っておいたんです」
ほら、とアンリが見せたストラップは埃だらけで汚れており、通常ではないことをしたのは明白だった。
「まさか、あの時に!?」
「ふふ、ぬいぐるみストラップさんにはもうしわけないですが、わざと落とさせていただきました。後で丁寧に洗わせていただきます」
そう、アンリは車に乗る前、わざとストラップを落としておき、発車する直前にストラップを落としたと言って、一度車外に出たのだ。
そして車から出ようとする運転手に向かってストラップを落としただけだから出なくて大丈夫と伝え、自らドアを閉めれるよう仕向けたのだ。
「‥‥なるほどな。だから最初は車内に充満していたガスがゆっくりと抜け、本来より早く目覚めたのか」
アンリは無言だったものの、ゆっくりと弧を描く唇を見れば答えは一目瞭然だった。
「まさか、いいとこのご令嬢がそんなに頭が回るとは考えてなかったな」
だが、と男は笑みを浮かべる。
「この状況をどうやって切り抜ける? 俺は殺しはあまり好きじゃあないが、色々と知られちゃったからにゃあただじゃ帰せねぇからな」
「‥‥‥‥‥私の予想では、あと五秒です。5 、4 、3 、2 、1」
0、といった瞬間、パトカーがキキィッと路地の出入り口を塞ぐように到着した。
「降参しろ! 貴様はもう包囲されている!」
パトカーから降りてきた警察官を見て、男は目を見張る。
「これは‥‥‥。一杯食わされたな、お嬢ちゃんと会話していた時間はただの時間稼ぎだったってことか」
「そういうことです。ぬいぐるみストラップを拾うとき、私の優秀な専属メイドと私だけしかわからないメッセージを残しておきました」
満面の笑みを浮かべるアンリを見て、男は静かに両手をあげ、降参の意思を示した。
「‥‥‥まさかそこまでやっていたとは、俺もまだまだだな」
自ら警察に手錠をかけられる男の後ろ姿に向かってアンリは言った。
「次からはそのすごい身体能力、いいことに使うといいと思いますよ~っ」
そういった瞬間、パトカーの後ろから出てきたメイドに飛びつかれる。
「アンリ様ぁぁ~。心配したんですよ~ぅ」
「メイル!」
それからアンリはメイルと感動の再会を果たし、警察に事情聴取をたっぷり受けた後、無事に(?)家に帰ったのだった。
※ ※ ※
名前:アンリ・フェリー
年齢:中学二年生、14歳
性格:おっとり、マイペース
IQ:200
閲覧ありがとうございました。