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変わり者公爵令嬢の危機と歓喜 3

「あなた、まさか‥‥‥。冬斗ですか?」


アンリが震える声で尋ねると、先ほどまでの男の表情が一変する。

まるで人が変わったかのように目を丸くして驚く男は、普通の人のように思えた。

アンリは驚きを隠しきれない。

「本当に。本当に、冬斗なんですかっ?」

アンリには珍しく、声が裏返っている。


アンリの頭に浮かぶのは、ある少年と過ごした一か月間の記憶だ。


スラム街を出た十一歳のアンリは、行く当てもなくさまよっていた。

「お前、孤児だな?」

初めて彼に声をかけられたときは、驚いた。

同時に、警戒もした。

こんなに身なりが綺麗な少年が薄汚れた自分に声をかけてくるなんて、何かあるに違いないと思ったからだ。

二十歳くらいだろうか。

若そうな見かけでアンリをだますつもりだろう。

少年が異様な行動を見せたら、即逃げる!

そう決めて、アンリは少年を睨みつけるように見つめた。


だが、アンリの予想に反して、彼はひょうひょうとした様子で言った。

「お前、腹空いてるか?」

「‥‥‥」

警戒して答えないアンリに対して気を害した様子もなく、少年は話を続ける。

「腹空いてるならさ、これ食べろよ」

そう言って少年が取り出したパンに、アンリの目はくぎ付けになる。

本当は、彼の言う通りだった。

腹が空いて空いて、飢え死にしそうだった。

無意識にパンに手を伸ばしたアンリにパンを手渡すと、少年は「じゃな~」と行ってしまった。

一人残されたアンリに、もう理性は残っていなかった。

毒が入っているかとか、罠なんじゃないかとか。

警戒すべき理由はいくらでもあったはずなのに、腹が空いて限界だったアンリは、パンを全て食い尽くした。

後悔しても、後の祭り。

理性が戻ったアンリが、毒が入っていたのではと心配するものの、特に体調が悪いわけでもなく、その後も体調に変化はなかった。


アンリはパンをくれた少年に感謝をしながら、その夜は近くの裏路地で眠った。

朝、目を覚ましたアンリの傍に、昨日の少年がいた。

「‥‥‥!?」

驚いて飛び起きたアンリに、昨日と同じように、ひょうひょうと彼は告げて見せた。

「寝床をやるよ。ついてこい」

迷うアンリだったが、昨日の一件もあって軽く距離を保ちながらもついていくことにした。

そうして案内されたのは、古びた、でも立派な小屋だった。

目を見開くアンリを楽しそうに見つめて、彼は「じゃ、これは今日からお前のもんだ」と言って、昨日と同じように行ってしまおうとした。

「ちょ、ちょっと待って!」

驚いたように少年はアンリを振り返る。

「お前、喋れたのか。初めて聞いたぜ」

「どういうことなの? 昨日はパンをくれて、今日は寝床をくれてなんて、あなたの行動は意味不明よ。ちゃんと説明してほしいの」

少年はちょっと眉を寄せた。

「おいおい、そこはまず、『ありがとう』だろうがよ」

ハッと気づいた。

彼の言う通りだ。まだ、お礼を言っていない。

「あ、ありがとう。お礼言ったんだし、説明して」

今思えばかなり生意気な発言だが、少年は肩をすくめるだけだった。

「そうだなぁ。まあ‥‥‥、気が向いただけだ」

「気が向くって‥‥‥、そんなわけないじゃない!」

「気が向いたんです~」

それ以上応える気がなさそうな少年に、アンリは追及することをあきらめたのだった。

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