変わり者公爵令嬢の危機と歓喜 1
アンリは嬉しげな笑みを浮かべ、躊躇せず空中に向かって飛び出した。
落ちていく。
落ちていく。
空気の抵抗がアンリにまとわりつく。
落ちていく――。
時間がゆっくりと流れていく。
アンリはここで正気に返った。
目を見開き、自分の状況をいち早く確認すると、少しでも落下速度を緩めようともがく。
その間も、アンリの体は落ちていく。
アンリは諦めた表情で、目をつむった。
恐怖で気絶したアンリの体は起きていた時よりも重くなり、落ちるスピードが増す。
地面に激突する、ほんの一秒前。
一つの影が飛びつくようにしてアンリの体を抱え、一緒に近くのアパートのベランダに転がり込む。
優しくアンリに囁くと、影はアンリの体を地面に置き、素早くその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
‥‥‥どれくらい眠っていたのだろう。
目が覚めたアンリは、状況を確認するため体を起こした。
顔を上げたアンリの目に映ったのは、美しい夕日だ。
ぼんやりとした頭の中で考える。
(あんまり寝てなかったみたい‥‥。よかった)
アンリが本当に気絶していたのは一秒にも満たない、ほんの短い時間だ。
意識ははっきりとしなかったが、その後は起きていた。
なので、見知らぬ陰に助けてもらったこともアンリはわかっていた。
「助けてもらっちゃった‥‥‥」
アンリは自らの体を支えるように、ゆっくりとアパートから出た。
体がだるい。
ため息をついた後、ふと夜空を見つめる。
‥‥‥きっとあの子も、夜空を眺めている。
顔は見えなかった。
でも‥‥‥。
アンリの耳に囁いた、あの優しげな声。
あれは――――。
‥‥‥カイの声だ。
◇ ◇ ◇
アンリを助けた少年は、ビルの屋上から先ほどのアパートを眺めていた。
強い風が髪を揺らす。
「‥‥‥元気そうでなによりだ」
ぽつりとこぼれた言葉は意図せず発されたもので――。
そんな自分に、少年は驚く。
(あの少女のことは‥‥。もう忘れたと思ったのに‥‥‥!)
その時、少年の後ろでのんきな声が響いた。
「あっれれ~、おっかしいぞ~」
振り向いた少年の先には、ピエロのような白と黒の服装をした、小さな男の子がいた。
少年と呼ぶよりも男の子と呼ぶほうがあっているその子は、「なんてね☆」と言って、茶目っ気たっぷりに笑った。
「うふふ、もしかしてカイが恋の病?」
明日は雪かな、それとも雹かなぁ~?
楽しそうに歌う男の子にカイはひざまずいた。
「玲様。どうかされましたでしょうか?」
「そんな堅苦しくなくていいのになぁ~。ふふ、なぁに、ここらへんに殺人鬼が潜んでるみたいでねぇ、しかもそいつなっかなかの凶悪犯でね~」
目を見開くカイを見て肩をすくめた男の子は、続けて言った。
「さっきカイが助けてた女の子さ、危ないんじゃない? あのアパート、殺人鬼のアジトだよ?」
しかもしかもさ。さっき僕、その殺人鬼がアパートに向かってるの見ちゃったんだよね☆
楽しそうな少年の言葉は、いつまでもカイの耳にこだましていた‥‥‥。




