7.ようこそ、グローリアス学園へ!
あれから更に2ヶ月。日本で言うと12月。遂に、試験日となった。
俺は朝昼晩と実技練習は勿論、勉強も続けた。
元の世界へ戻るため、ジュリーに勝つ為、アレセの父に証明するため。
「これより試験を開始する!」
教室に教師の声が響き渡る。いよいよ試験が始まる。決意と意地を込めた試験が。
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筆記は順調であった。アレセに教わったのは勿論、ジュリーに負けじと詰め込んで勉強をしてきたのだ。
自信のほどもある。実技においても同様だ。
怪我をしたにも関わらず、アレセは俺に引き続き教えてくれた。
スピードを出しての回転も可能になった。実技本番においても、ミスをすることはない。
瞬く間に試験は終わった。結果は翌日、発表された。
2位はジュリー。そして、1位はサトシ。俺だ。
「ぐ、ぐやしいですわぁ〜」
廊下の張り出しを見てジュリーは言う。本当に悔しがっている。
だが俺は嬉しさよりも安心が先に来た。
あのジュリーに勝てた。弛まぬ努力を重ねていた彼女に、勝てた。
「ジュリー、ありがとうございます。」
「なんでありがとうなんですの〜!?次は負けませんからね!」
「いえ。その、貴方がいたから、私こんなに頑張れたんですの。だからありがとうございます。」
心からの言葉をジュリーに届けた。彼女は次、と言ったが俺に次はない。
試験で1位を取ったのだから、受け取る奇跡の石で俺は元の世界に戻る。
その前に、ゆっくり話がしたい。
「ジュリー。今度の休日、息抜きをしません?」
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「この通り!私、試験で1位でしたわ!」
アレセの家を訪ねた俺は、早々に報告する。
相手はアレセの父親だ。
「………。」
彼は椅子に座ったまま腕を組んで、此方を見つめる。何も言わない。
「父さん、僕、話がしたいんだ。」
震えながらも、拙いながらも、アレセは口を開く。
「僕のこと、完全に認めなくても、それでも、また、お菓子を囲んで話したいんだ…。」
実の息子の言葉。男はようやく動きを見せる。手元にある紙を眺めると一言。
「今月の末、時間が取れるならそれぐらいだ。」
「………!うん。」
「それと、サトシと言ったな。この間の言葉は取り下げよう。すまなかったな。」
ぶっきらぼうに言葉を紡ぐ男には、以前感じた威圧感はなかった。
俺達はその言葉を受けて、アレセの家を出る。
「………サトシ。ありがとう、本当に。良かったら今度、家に遊びに来てよ。」
「いえいえ!良かったですわ。」
アレセの笑顔に安心しつつも、今度という言葉に胸がいたむ。俺に今度はない。
だからこそ、最後にゆっくり話したい。
「アレセさん。今度の休日、お暇ですか?」
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ジュリーとアレセ、3人で遊ぶ日。俺は正直に言おうと思った。
実は俺は別の世界から来ていて、貰った奇跡の石で戻るのだということを。
洒落たカフェに入る。人気のない席を取って、心の準備をする。
「その、私、お二人に言わなければいけないことがあるんですの。」
注文したドリンクが先に届いて、2人はストローで啜っている。
「えと、私、いや、俺は別の世界から来たんだ。」
「サトシさん…?勉強疲れですの…?」
「いや、ちげぇよ。」
「というか、口調どうしたんだい…?」
「こ、これが元なんだよ。ていうかアレセの前では結構出してた気がするけど…」
「そういえばそんな気も…」
わかってはいたが、まず頭の心配をされた。まぁ信じてもらえなくてもいい。
取り敢えず伝えたかった。嘘をつきたくなかった。
「その、それで、俺、奇跡の石で帰るんだ。元の世界に。だから2人には会えなくなる。」
「「………」」
「なんて、嘘みてぇだよな……」
「いいえ。信じますわ。」
「まじ!?」
「えぇ。なんだか合点いきますもの。おかしな言葉遣いとか。」
「そうだね。時々、びっくりするぐらい勇ましかったしね。」
「そ、そっか。」
2人は疑うことなく、俺の発言を受け入れてくれた。
別に褒められはしなかったが。
「……それで、その、いつ帰ってしまわれるんですの…?」
寂しそうに上目遣いでジュリーが、見てくる。後ろ髪を引かれる気持ちが初めて理解できた。
「明日にも、帰る予定だな……。」
「そっか………。」
アレセも長い太陽のような髪を落として、目を伏せる。
「……よし!では、あちらの世界でも頑張ってくださいな!」
「ジュリー……」
「これが別れなら、暗い顔で送るわけにはいきませんもの!」
「………うん、そうだね。僕も応援するよ。向こうでも頑張ってねサトシ。」
「アレセ…あぁ。2人ともありがとう。俺、頑張るよ。」
明るく振る舞う2人に負けないように、せめて2人がとびきり笑顔で送ってくれるように。
俺も口角を上げて、2人を見る。
「俺、いや私、お二人と出会えて良かったですのん〜!」
「サトシさん!『ですの』で良いんです!」
「間違えましたのん〜!」
「もーう!ワタクシの言葉聞いてまして〜!?」
「あははははっ。」
これが、乙女ゲーの世界のいや、俺の大切な友人達の最後の思い出であった。
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矢野聡士17歳。高校生である俺は、学校へ行く支度をする。
ささっと済ませて教室へついた俺に友人が話しかけてきた。
「よーっす!俺さぁ、昨日、お前に貸してもらったゲームやったんだけどさぁ、」
「おー、どうだった?」
「けっこーおもろかったわ。乙女ゲーなのに、女キャラ攻略できんのな!」
「そうそう!まぁでも男キャラも面白いよ!」
「へ〜。気が向いたらやるわ!」
こいつの気が向いたら、はやらないと同義だ。それを俺は知っている。
が、それでもこのゲームの魅力が伝わったなら感無量だ。
俺は満足気に笑って、たった4ヶ月の、短くて濃くて楽しかった思い出に、胸を馳せるのだった。