タイトル未定2024/06/28 10:50
なんにせよ、
青い空に、稲妻は、よく似合う。
稲妻が、走る。
稲妻が、落ちる。
青天から、落ちる。
青天に、走る。
空から地へ。
いや、正確には、宙から地へ。
気象衛星は、観測する。
大気の動き等を観測し、地上に、伝える。
地上では、それを元にして、気象予測を、する。
気象衛星は、落とす。
人工的な稲妻を、地上に、落とす。
地上に、気象予測した結果を元に、気象制御の為の稲妻を、落とす。
未だ、人工的には、微々たる稲妻しか、起こせない。
そんな稲妻では、気象制御に、使えない。
稲妻の威力を、増幅する必要が、ある。
気象制御に使える稲妻にする必要が、ある。
それには、増幅装置が、必要。
増幅装置と云うか、そう云うものが、必要。
色々、試した。
無機物から、有機物まで。
鉱石・薬品から、昆虫・動物まで。
結果、一つのものに、落ち着く。
人間に、落ち着く。
それも、濃い記憶を有している人間、に。
濃い記憶を持っている人間ほど、役に立つ。
気象制御の為の、稲妻増幅に、役に立つ。
記憶が濃い程、稲妻は、増幅される。
が、身体に、電気(稲妻)が走る訳なので、無事には、済まない。
人間の神経や脳には、電気信号が走っている訳なので、無事には、済まない。
代償として、増幅装置になった人間からは、失われる。
増幅装置として使われる程、記憶は、失われる。
新しい記憶から、最近の記憶から。
法律が、制定される。
その法律の為、気象制御を名目に、人が、強制的に招集される。
体のいい、祭の際の人身御供、戦時の赤紙招集。
招集する人間は、その資格から、高齢者が、多くなる。
が、『濃い記憶を持っている』資格さえあれば、若年者も、招集される。
表立っては、苦情を、言えない。
災害を防ぐことは、多くの人の利便に関わること。
そうやって、善意の犠牲者を出し、日々は、続いてゆく。
{case 15}
センター員は、ボタン類、レバー類に、指を、伸ばす。
伸ばし続けて ・・
気付く。
気象センターの、あるセンター員が、気付く。
気象制御は、何かの役に立つはず
今、飛んでいる気象衛星は、ローザ1号。
気象制御できる衛星は、ローザ1号。
気象衛星は、地球を、周回している。
約一時間半で、地球を一廻りする、
気象衛星のカメラからは、地球が、見渡せる。
約一時間半で、地球の全大陸を、見渡せる。
どこの大陸でも、飢餓が、起こっている。
弱い者に、皺寄せが、集まっている。
どこの大陸でも、戦争が、起こっている。
弱い者に、皺寄せが、集まっている。
果てしない無力感に、センター員は、囚われる。
自分には、何も、できないのか ・・
気象制御を役立てることは、できないのか ・・
その時、ローザ1号は、海に、入る。
カメラに映る景色は、限りなく碧。
それが、広がっている。
正に、水平線。
センター員は、思い出す。
ローザ1号で行なうテストを、思い出す。
ローザ1号が、海の上空に入った時、テストを、行なう。
竜巻発生のテストを、行なう。
センター員は、スイッチを、押す。
ローザ1号内の、稲妻増幅用乗務員に、電気が、走る。
ギラッ ・・ ギラッ ・・
・・ ・・ ・・ ・・
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
海に、稲妻が、落ちる。
・・ ギュ ・・ ギュルル ・・
海に稲妻は落ち、その周辺の水面から、渦巻が、巻き起こる。
・・ ギュルルギュルルギュルンギュルンギュンギュンギュン!!
渦巻は、速度を速め、中心に向かって収縮し、水面から立ち上がる。
・・ ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった渦巻は、竜巻と化し、進み始める。
ギュンギュンギュンギュン!!!!
ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった竜巻は、進み続け、アフリカ大陸に、達する。
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
ローザ1号から、再び、稲妻が、落ちる。
稲妻は、竜巻を、直撃する。
・・・・・・・・・ シン ・・・・・・・・・・
音がするかの様に、稲妻が落ちた辺りは、静寂に、包まれる。
竜巻の姿は、跡形も無い。
竜巻が、陸地に上陸すれば、被害が出るのは、必至。
だから、海から陸地に差し掛かった途端、稲妻を落とす。
竜巻を消去する為に、稲妻を、落とす。
稲妻が落ちた辺りは、竜巻が消え去った辺りは、色々なものが、浮かんでいる。
竜巻に巻き上げられ、取り込まれたもの、だろう。
岩、木片、プラスチック、硝子、等々。
腹を見せて浮かぶ、魚類、哺乳類、等々。
もったいない
それが、センター員の感想、だった。
何かに、使えるんとちゃうか?
何かに、役立つんとちゃうか?
ローザ1号のカメラは、映す。
搭載カメラが、映し出す。
アフリカ大陸の、そこかしこで発生する飢餓。
原因は様々、だ。
食料不足、水不足、等々。
日照り、大雨、気象変動、等々。
バッタの大群来襲・鳥の大群来襲と云った、虫害・鳥害、等々。
小さいのに、お腹がやけに出っ張っている、子供たち。
痩せ細って、ガイコツの様な、大人たち。
何かを諦めた目をしている、老人たち。
子供たちには、これから幾つ、試練が待っているのだろう。
大人たちは、これから幾つ、諦めて行くのだろう。
老人たちは、既に死を、覚悟しているのだろう。
センター員は、画面に映る現実に、フリーズする。
ローザ1号のカメラから送られて来た映像に、時が、止まる。
何か、できないのか?
何か、できるんやないか?
センター員は、思う。
・・ 何か ・・
先程思ったことに、思い至る。
竜巻に巻き上げられ集まったものが ・・
・・ 何かに、使えないか ・・ ?
センター員の眼に、真っ先に映ったのは、魚。
巻き上げられ集まり、腹を見せて浮く、魚の大群。
・・ 計算、してみよう ・・
センター員の手が、キーボードに、伸びる。
タタタタタタタタタタ ・・
タタタタタタタタタタ ・・
タタタタタタタタタタ ・・
タタタタタタタタタタ ・・
軽やかに、高速で、キーを、叩く。
十指が、踊る様に、キーの上を、滑る。
・・ 出た
計算結果が、出る。
どのタイミング・地点で、稲妻を落とし、
どのタイミング・地点で、竜巻を発生させ、
どのタイミング・地点で、竜巻を消し、
どれくらい上空まで、魚群を跳ね上げ、
どれくらい辺りまで、魚群を落とし、
どれくらいの人々にまで、魚群を供給するか。
これらを行なえば、飢餓を解決することにはならなくても、その一助にはなる、はず。
センター員は、再び、キーボードを、打ち込む。
指示が、走る。
ローザ1号まで、指示が、走る。
ローザ1号に乗る、稲妻増幅用乗務員に、電気が走る時間・地点を、指定する。
時は、来る。
電気は、走る。
稲妻増幅用乗務員の身体に、電気が、走る。
稲妻が、できる。
稲妻増幅用乗務員は、記憶を、失う。
稲妻は、増幅される。
ギラッ ・・ ギラッ ・・
・・ ・・ ・・ ・・
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
海に、稲妻が、落ちる。
・・ ギュ ・・ ギュルル ・・
海に稲妻は落ち、その周辺の水面から、渦巻が、巻き起こる。
・・ ギュルルギュルルギュルンギュルンギュンギュンギュン!!
渦巻は、速度を速め、中心に向かって収縮し、水面から立ち上がる。
・・ ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった渦巻は、竜巻と化し、進み始める。
ギュンギュンギュンギュン!!!!
ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった竜巻は、進み続け、アフリカ大陸に、達する。
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
ローザ1号から、再び、稲妻が、落ちる。
稲妻は、竜巻を、直撃する。
・・・・・・・・・ シン ・・・・・・・・・・
竜巻は、消え去る。
後に残るは、様々なもの。
岩、木片、プラスチック、硝子、等々。
腹を見せて浮かぶ、哺乳類、等々。
いや、まだ舞っているものも、ある。
落ちてないものも、ある。
キラキラ光りながら、舞っている。
青く光りながら、廻っている。
その落ち先は、コントロールされている。
計算済み、である。
飢餓の地へ。
みんなが、腹を空かせている地へ。
その地は、多岐に渡っている。
が、その地全てに、魚群が落ちる様、コントロールされている。
そうなる様に計算され、稲妻を落としいる。
そうなる様に竜巻を作り、消している。
賞賛、だ。
賞賛の嵐、だ。
気象衛星(ローザ1号)の稲妻落としによって、飢餓は軽減される。
稲妻落としによって引き起こされた竜巻は、アフリカ大陸で起こっている飢餓の軽減に、役立つ。
その成果に、全世界中が、注目する。
全世界中が、賞賛する。
ノーベタ平和賞も、確実視されている。
受賞するのは、稲妻増幅用搭乗員に、なりそうだ。
センター員、ではなく。
センター員は、キーボードを叩いただけ。
ローザ1号に、指示を、出しただけ。
稲妻増幅用搭乗員は、記憶を、失くしている。
記憶を失くして、稲妻を増幅している。
その増幅された稲妻を落として、竜巻は、作られている。
その竜巻が、飢餓の軽減に、役立っている。
取れなかった。
結果から言うと、確実視されていたのに、受賞できなかった。
ノーベタ平和賞を、逃す。
飢餓対策だけではあかん、と云うことか ・・
センター員は、思い詰める。
飢餓軽減の為の、気象衛星からの稲妻落としだった、はず。
稲妻落としからの、竜巻起こし魚群落としだった、はず。
それが、
ノーベタ平和賞受賞目的に、変わっている。
手段が目的化、している。
あと、何をすれば ・・ ?
センター員は、思いを、巡らせる。
飢餓軽減だけでは不充分とすれば ・・ ・・ !
センター員は、思い至る。
次は、紛争解決、やな
紛争とか内紛とか、内部抗争を解決するのに手っ取り早いのは、
外に敵を作る、ことやな
外に敵を作る ・・
さすがに、他国を戦争に扇動することはできんから、
環境的に、自然災害的に、気象的に、煽ることにするか ・・
電気は、走る。
稲妻増幅用乗務員の身体に、電気が、走る。
稲妻が、できる。
稲妻増幅用乗務員は、記憶を、失う。
稲妻は、増幅される。
ギラッ ・・ ギラッ ・・
・・ ・・ ・・ ・・
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
海に、稲妻が、落ちる。
・・ ギュ ・・ ギュルル ・・
海に稲妻は落ち、その周辺の水面から、渦巻が、巻き起こる。
・・ ギュルルギュルルギュルンギュルンギュンギュンギュン!!
渦巻は、速度を速め、中心に向かって収縮し、水面から立ち上がる。
・・ ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった渦巻は、竜巻と化し、進み始める。
ギュンギュンギュンギュン!!!!
ギュンギュンギュンギュン!!!!
立ち上がった竜巻は、進み続け、アフリカ大陸に、達する。
・・ ドーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!
ローザ1号から、再び、稲妻が、落ちる。
稲妻は、竜巻を、直撃する。
・・・・・・・・・ シン ・・・・・・・・・・
空から、降って来る。
魚群が、降って来る。
いや、魚群だけでは、ない。
魚群と共に、降って来る。
木材、コンクリート、鉄骨等。
瓦礫、だ。
当たったら、人は、怪我をする。
当たったら、建物は、壊れる。
紛争どころでは、なくなった。
敵・味方関係失く、瓦礫が、降って来る。
等しくみんな、全国民、怪我に悩まされる。
軽傷から、重傷まで。
擦り傷から、重体まで。
「紙一重で助かった」から、「当たって死んでしまった」まで。
敵・味方関係失く、瓦礫が、降って来る。
等しくみんな、全国民、寝る処に悩まされる。
半壊から、全壊まで。
「雨漏り」から、「空が見える」まで。
「かろうじて家に住める」から、「避難場所に数ヶ月」まで。
紛争どころでは、ない。
国を挙げて、全国民が協力して、臨まねば。
それを前提として、各国も助けてくれている。
人的にも、経済的にも。
身体的にも、精神的にも。
結果として、紛争問題は、失くなる。
飢餓問題は、既に、解決の道筋が、付いている。
その過程で、気象衛星は、酷使される。
特に、ローザ1号。
ローザ1号は、特例で、連続運用される。
また、稲妻増幅用乗務員も、酷使される。
一人六ヶ月までの乗務が、六ヶ月以上になる。
乗務員交代も、期間ではなく「増幅可能か?」が、交代判断基準となる。
「この乗務員は、まだ、稲妻が増幅できるかどうか?」が、判断基準となる。
体のいい、とっ替えひっ替え、使い捨て。
結果として、
ノーベタ平和賞は、取れる。
が、
受賞者(及び受賞機)は、稲妻増幅用乗務員(及びローザ1号)。
受賞者は、記憶を失いながら、訳も分からず、褒め称えられる。
受賞機は、その機体に、誇らしく、受賞記念のエンブレムを、取り付けれられる。
気象センターでは、その受賞者(及び受賞機)の銅像を、設ける。
その計画の際、一般市民にアンケートを取る。
その結果は、ほぼ100%で、賛成だった。
銅像の除幕式の日が、来る。
センター員は、気象センターの中で、相も変わらず、気象衛星の管理。
除幕式の喧噪は、蚊帳の外のこと、遠い世界のこと。
俺が思い付いて実行したことなのに、誰も気に掛けてくれへんやんけ
世間はセンター員に、無視、無関心。
センター員は、虚無感に囚われる。
ガヤガヤガヤ ・・
ワイワイワイ ・・
ガヤガヤガヤ ・・
ワイワイワイ ・・
・・ 記憶を失くしてまで、人類の為に貢献するだけでなく ・・
・・ 飢餓解決や紛争終結にまで貢献し ・・
・・ その礎である気象衛星のローザ1号にも ・・
受賞祝いスピーチは、続く。
遠くから、鳴り響く。
センター員は、除幕式の遠い音声を、聞くともなく聞く。
聞いている内、沸々と湧き上がる。
ある地点まで来ると、急上昇で、湧き上がる。
強い疑問が、湧き上がる。
・・ なんでやねん ・・
・・ なんでやねん ・・
・・ なんで、乗務員とローザ1号ばっかりやねん ・・
受賞スピーチの声が、遠く、響く。
センター員については、何も、無し。
おそらく、名前は知られず、名前は残らない、だろう。
センター員の前には、キーボード等、計器類、画面類がある。
考えたのは、俺やぞ
センター員は、再び思う。
何で、俺は、蚊帳の外やねん
センター員は、思い詰める。
おかしい
おかしい
おかしい ・・ !
センター員は、憤る。
センター員の前には、キーボードが、ある。
ボタン類も、レバー類も、ある。
メーター等の計器類も、ディスプレイ等の画面類も、ある。
現在飛行している気象衛星(ローザ1号)の運用に関するものが、全て眼の前に、ある。
センター員は、眼をやる。
計器類、画面類に、眼をやる。
センター員は、伸ばす。
センター員は、キーボード等、ボタン類、レバー類に、指を、伸ばす。
伸ばし続けて ・・
1ミリ
2ミリ
3ミリ
じりじり伸ばす。
4ミリ
5ミリ
6ミリ
じりじり伸ばす。
7ミリ
8ミリ
じりじり伸ばす。
9ミリ
10ミリ
じりじり伸ばす。
・・ ・・
・・ ・・
伸びが、止まる。
センター員は、動作を、止める。
固まる、フリーズする。
指は、伸びない。
伸びないが、震える。
震えながら、丸まる。
「まっ、やらへんけどな」
センター員は、呟く。
{case 15 終}
{case 16}
うるさい
周りが、うるさい
乗務員は、思う。
稲妻増幅用乗務員として、長らく、気象衛星(ローザ1号)に乗っている。
が、最近、周りがうるさい、騒がしい。
受賞が、どったらこったら
ノーベタ平和賞が、どったらこったら
乗務員にはもう、記憶が無い。
家族・親戚、先輩・後輩、友人・彼女との記憶は、既に無い。
記憶が無いから、縁も無い。
様々な縁を、既に、失くしている。
僕に、ノーベタ平和賞をくれる、そうだ
僕に、国民栄誉賞をくれる、そうだ
乗務員には、ノーベタ平和賞も国民栄誉賞も、どんなものだか分からない。
記憶が無いから、分からない。
有難味も意義も、分からない。
乗務員に分かるのは、ローザ1号のことだけ。
乗り込んでいる、そして記憶が完全に失くなるまで、これからも乗り込むであろう、ローザ1号のことだけ。
なんでも、銅像が立つらしい。
ローザ1号と、それに手を掛け並び立つ乗務員の、銅像が立つらしい。
コンコン
ドアが、ノックされる。
ガチャ
女性が一人と、男の子が一人、入って来る。
この二人の記憶は、無い。
なんでも、乗務員の家族だ、そうだ。
そう云えば、男の子は、そこはかとなく、乗務員に似ている。
女性が、あれやこれやと、世話を焼いてくれる。
男の子が、笑いかけて来る、抱き付いて来る。
ごめん
君のこと、全然分からへんから、気持ち悪いだけやねん
二人は、顔と身体を強張らせる乗務員を残し、去る。
笑い掛け、去る。
朗らかな雰囲気を残し、去る。
「奥さん」
部屋を出ると、乗務員の妻は、呼び止められる。
そこに居たのは、気象センター長。
センター長に、いざなわれる。
会議室に、いざなわれる。
会議室には、既に、人がいた。
乗務員の妻が部屋に入ると、立ち上がり、近付く。
近付き、握手を、求める。
乗務員の妻も、握手を、返す。
二人共、にこやか。
親密で、穏やかな雰囲気だ。
会議室にいた人間が、口を、開く。
「契約更新をしたいんですが」
「今回更新する契約内容を、教えてください」
契約書が、差し出される。
乗務員の妻が、契約書を、確認する。
毎回、内容的には同じなので、金額と期間を、主に確認する。
・・ ・・
・・ ・・
「はい、OKです」
乗務員の妻は、速攻で、了承する。
乗務員の妻、会議室にいた人間、センター長は、がっちり握手。
Win‐Win‐Winの関係。
三人とも、にこやか。
三人とも、自分の手は、汚れない。
自分の手を、煩わすこともない。
それでいて、金と名誉が、付いて来る。
割を食うのは、当の稲妻増幅用乗務員のみ。
いや、それでも名は残る(ノーベタ平和賞受賞者として)わけだから、ただの被害者とは、言い難い。
記憶が無いわけだから、何も被害が無いと云えば、そうとも云える。
その後、ノーベタ平和賞を、当の稲妻増幅用乗務員が受けてから、増加する。
稲妻増幅用乗務員希望者は、増加する。
なんてことはない。
稲妻増幅用乗務員に選ばれたら、ますます断りにくくなっただけ、だ。
世間体的に、赤紙招集にますます従わざるを得なくなっただけ、だ。
記憶を失ってまで、気象衛星に乗らざるを得なくなっただけ、だ。
善意の被害者であることを、みんなが、受け入れているだけ、だ。
当の、ノーベタ平和賞を受けた稲妻増幅用乗務員は、何も知らない。
自分が及ぼしている影響について、何も知らない。
記憶は、既に、失くしきっている。
最新で得た記憶も、すぐに、失う。
既に、思考能力も、失っている。
創意工夫能力も、失っている。
ハッキリ云えば、植物人間状態だ。
本能に従って、『食う、出す、寝る』を、するだけだ。
運動能力や筋力はあるから、身体的には、動ける。
「用済み」だと、思われるかもしれない。
もう、「稲妻増幅に使える記憶は無い」と、思われるかもしれない。
一見、もう、使い出が無い。
が、本能の記憶は、ある。
「食う、出す、寝る」の記憶は、ある。
本能の記憶が無くなるまで、使えるまで使い切るつもり、だ。
カスカスになるまで、絞り取るつもり、だ。
当の稲妻増幅用乗務員が、「息する肉体」になるまで、使い倒すつもり、だ。
いや、「息をする」記憶まで、使うつもりなのかも、しれない。
当の稲妻増幅用乗務員は、分からない。
友達も、先輩も後輩も、分からない。
妻も子も、もはや、分からない。
色々と、分からない。
様々と、分からない。
分かる気も、無い。
分かるのは、周りが、うるさいことだけ。
分からない、と云うことだけ。
それも、いつしか分からなくなる、のだろう。
乗務員は、溜息をつく。
もはや、何が分からないのかも、分からない。
ただ本能的に、溜息をついている。
乗務員の頭に、メロディーが、流れる。
勿論、乗務員には、『何の歌だったか?』、分からない。
が、この場には、合っている様な気がする。
分からないまま、心に言葉を、浮かべてみる。
そして、僕は、途方に暮れる
{case 16 終}
{了}