ベテランのほうき乗りは、今日中に届けろという無茶な依頼をされたので全力で飛んでみた。
ーAM6:00ー
「今日中ですか!?」
「あぁ、そうだ。正確には今日の日の入りまでだな。」
運送ギルドのギルド長に突然呼ばれ、
寝ぐせがついたままで向かうと、無茶な依頼が待っていた。
正規ルートなら5日かかる場所へ、今日中に荷物を運んで欲しいらしい。
「理由を聞いても?」
「魔物の大量発生とその防衛線は知っているだろう?」
「まぁそれは。」
隣国で魔物の大量発生があり、
各国の実力者が連合を組んでその対応に当たっていることは有名だった。
「戦況が良くなくてね。支援物資を届けて欲しい。あぁ、これは機密扱いね。」
「あ~。そんなに切羽詰まっているので?いきなり話すなんて。」
「そうだ。それに君以外に頼める人はいない。」
頭をポリポリかきながら状況を理解した。
防衛線の苦戦は公開されればみんな混乱するだろうから、機密事項で間違いないだろう。
「ん〜。それは光栄ですが、1人で運ぶには限界がありますよ。」
「心配はいらない。エリクサーを10本用意してある。」
「え?」
「連合国すべてが同じ量を準備する。豪華だろ?」
エリクサーは1本であらゆる怪我を癒す。
切り落とされた腕を元に戻すことさえできる。
豪華と言われればその通りだが、逆に言えばそれだけまずい状況ということだろう。
「は〜。すぐに準備します。」
「そうか。そう言ってくれると思っていたぞ。必要なものは遠慮なく言ってくれ。」
「ちょっと待ってください。必要なものは。」
目的地までの正規ルートでは5日かかるが、これは遠回りになっているからだ。
直線距離なら1日でなんとかなる。
ただ直線距離の場合、
途中で大蜘蛛の森に
標高8000mの山々が連なる大山脈と
ワイバーンの縄張りまで横切らなければならない。
私の魔法のほうきは世界樹製の一級品だから、障害を突破することは問題ないだろう。
あとは自分の身を守る装備だが。
「大賢者のマントは貸してもらえますか?」
「ふむ。」
「山を越えて、ワイバーンの中を突っ切るので、どちらともに対応できない。」
「よし。いいだろう。ついでにマント以外の装備も相応しいものを用意させよう。」
「いいんですか?」
「もちろんだ。他には?」
顎に手を当てて少し考える。
「いえ。大丈夫です。無駄にものを持っても邪魔になるので。」
「そうか。わかった。では頼む。」
一礼するとギルド長室から出ていき、装備を整えるために一度家に戻った。
ーAM6:30ー
ギルドに戻ると受付から手招きされる。
大賢者にマントとともに高級装備一式が渡された。
至れり尽くせりだなと思いながら装備する。
最後に依頼品のエリクサーが入った背負いカバンを受け取り背負った。
使い古した世界樹製のほうきを手に取り、ギルド会館の出口へ向かう。
長年愛用している相棒は、傷だらけなのに十分頼りになる力強さを持っている。
ギルド会館から街道に出る。
ほうきにまたがり飛翔し、緊急用の高度まで上がる。
ギルド長が手を振っていたので、私も手を振り返し、目的地に向けて出発した。
体を前に倒しながら、速度を上げていく。
ほうきも自分の体も地面と平行になる。
風を切る音が鋭くなっていく。
そのまま街道沿いに進む。
早朝だからかほうきで飛んでいる人は少ない。
やがて一般用の高度で飛行する人が見えてきたが、
あっという間に追い抜いていく。
いつもなら立ち寄る茶屋も今日は素通りしていく。
いつも通る街並みも、いつも通る果樹園も、いつも通る田舎道も
今日は素通りしていく。
そして街はずれで街道を外れ、大蜘蛛の森へと進路を変えた。
ーAM8:00ー
大蜘蛛の森が見えてきた。高さ10mほどの大木が連なっている。
森の中には大蜘蛛が巣くっていて、油断すると蜘蛛の巣に捕まってしまう。
森の上空を進めばその心配は無用になるが、
10m以上の高度を維持して飛行するのは森が広すぎて不可能だ。
高級装備のおかげで思った以上に消耗は少ないが、それでも森の中を突っ切るしかない。
低空であれば木の枝がないので、幹と蜘蛛の巣に気を付ければ問題ない。
そして意を決して森に入る。
葉がびっしりと生い茂っていて、森の中は薄暗くなっていた。
その中で幹を避けながら森を進む。
速度を落としたら本末転倒なのだが、街道を進むほどの速度は出せない。
それでもなるべく速度を落とさないようにする。
幹を避けていく。
まっすぐ進むために、左右順番に避けていく。
木の枝はないが、背の高い植物が群生している。
いちいち避けるわけにもいかず、木の葉が舞っていく。
幹に衝突したらただでは済まないだろう。
そんな速度で突き進んでいく。
左右に避けて進むだけの単調な動作をひたすら繰り返していく。
速度は落とせない。間に合わなくなるから。
想像以上に神経がすり減っていく気がした。
だから反応が遅れたのか。
目の前に蜘蛛の巣が見え、そのまま突っ込んでしまう。
蜘蛛の糸がまとわりつく。
そのまま失速する。
相棒のほうきとともに、ぐるぐると回ってしまう。
大賢者のマントに魔力を込める。
風魔法を発動する。
蜘蛛の糸を切り裂く。
風を操りなんとか体勢を立て直す。
なんとか墜落も回避する。
少しホバリングして息を整えた。
そしてまた幹の合間を疾走する。
蜘蛛の糸も避けていく。
それでも全ては避けきれず、そのたびに風魔法で切り裂いていく。
何度も同じことを繰り返し、流石に慣れてきた。
高速で飛行しながら、蜘蛛の巣は避けずにあらかじめ風魔法で切り裂き突き進んでいった。
ーAM10:00ー
やっと森の出口が見えてきた。
薄暗い森を抜けると日の光がとても眩しく感じた。
目が慣れてくる。
森を抜けた先には広い草原が広がっていて、その先には高い山々が連なっている。
山に向かって飛んでいく。
草花が舞い上がっていく。
山に近づくに連れて、植物が少なくなり、岩肌が目立つようになる。
登りになっていく。だんだん傾斜がきつくなっていく。
だが、特に障害物はないので速度が落ちることはない。
街道を進むのとほとんど変わらない速度で山を登っていく。
順調に進んでいたが、三合目に差し掛かったところで雲行きが怪しくなる。
雲が厚くなっていき、日の光が陰ってくる。
それでも登り続ける。五合目に着いた頃に水滴が顔に当たる。
ポツリポツリと、雨が降り始める。
最初はただの小雨程度だったが、雨足はどんどん強くなっていく。
大賢者のマントに魔力を込めて、また風魔法を使う。
頭上を覆うように風を纏うことで雨を防ぐ。
山を七合目まで登ると、雨足はひどくなっていく。
頂上は厚く、どす黒い雲で覆われている。
雷光が何本も通っているのが見える。
周りの山も確認する。全ての山に黒い雲がかかっている。
避けて通れそうにない。マントに込める魔力を強くする。
あえて速度を上げて飛行する。
進むにつれて視界が白くなり、さらに進むと暗くなっていく。
雨が激しくなり、ほうきも激しく揺らされる。
突然周りが光る。そして雷の轟音が鳴り響く。
余りの音量にあやうくほうきから落ちそうになる。
次々に雷光が走る。轟音も鳴り続ける。
方向感覚がわからなくなっていく。
岩肌が目前に迫っていた。
あわててほうきを上に向ける。
なんとか衝突は避け、再び登り始める。
ひときわ大きい雷が鳴る。
視界が真っ白になり、周りが熱くなる。
マントが電気を帯びていて、雷が直撃したことに気づく。
相棒のほうきを握る手に力を込める。
風魔法の出力も上げて、一気に雲の中を登っていく。
もはや辺りは真っ暗で何も見えない。
ほうきが激しく揺れる。水滴が激しく打ちつけられる。
雷光で視界が眩しくなる。雷鳴で感覚がおかしくなる。
どれだけの距離を進んだのかわからなかった。
だけれど、突然視界が開けて、日の光を浴びる。
どうやら雲を抜けられたようだった。
ーPM1:00ー
雲を抜けた後、日の光が眩しすぎてしばらく動けなかった。
目を開くと、周りには雲海が広がっていた。
雷が鳴り響いていた雲の中とは打って変わった静寂。
風も穏やかで、照りつける日の光も心地良い。
ホバリングしたままポケットから携帯食を取り出した。
雲海の向こうには巨大な世界樹が見える。
偉大なる母の樹を眺めながら、携帯食をたいらげる。
ゆっくりしたかったが、予定より時間がかかってしまっているので、
名残惜しいが先を急ぐことにする。
頭の中の地図と世界樹の位置から、目的地への方角を確認し、雲の上をまた進み始める。
そのまま穏やかな雲の上を進められるなら楽なのだが、高高度を維持し続ける魔力はもう無い。
また雲の中に入らないで済むように祈りながら進み、やがて雲の切れ目になる。
一安心し急降下する。
山肌が見えてきたので、ほうきを制御して速度を落とす。
そのまま山の斜面沿いに下っていった。
ーPM3:00ー
山を下りて飛び続ける。ゴツゴツした岩がそこかしこに広がっている。
たまに転がっている大きな岩を避けながら、目的地へと急ぐ。
ワイバーンはとても縄張り意識が強い。
そして、ここは周辺国の中でも最大の広さを誇る縄張りになっている。
少しでも縄張りに入ると、ほぼ全てのワイバーンに襲われることになるため、
街道は巣を大きく迂回するように通されていた。
どうせ少しでも入れば襲われるのだから、今回は中央突破することに決めていた。
遠くから獣の雄たけびが聞こえた。
ワイバーンの巣が近づいているようだ。
出来れば気付かれるまでにもっと進みたかったが、
そこまで都合よくはいかなかったようだ。
それでも、このあたりで気付かれるのは想定していたことなので問題はない。
ただ、雷雲のおかげでここまでの到着時間が予定より1時間程度遅れてしまっていることか。
雄たけびが大きくなってきた。1頭の声だけではない。
黒い影が飛び立つのが見えた。影はどんどん増えていく。
ほうきを強く握りしめる。
1頭が先行してくる。大きな翼を羽ばたかせている。
まっすぐ前に進む。後ろに他のワイバーンがたくさん控えているので、避けても意味がない。
ワイバーンとの距離がつまる。
その姿がはっきりと見えてくる。
長い首に、翼膜が張っている2枚の翼、発達した2本脚に、先端が鋭くとがっている長い尾。
黒ずんだ鱗に覆われ、目は赤く、鋭い牙が無数に並んでいる。
もう少しで衝突するかというところで、ワイバーンは翼を大きく羽ばたかせ急停止する。
そして脚のかぎ爪で掴みかかってきた。
体を左に大きく倒し、ほうきにさかさまにぶら下がり、そのまま高度も下げる。
かぎ爪を躱し、振り返らずにそのまま進んでいく。
後ろからワイバーンの雄たけびが鳴り響いた。
振り返るとこちらを追いかけてきている。すぐに追いつかれてしまい、右横を同じ速度で並走される。
首を伸ばし噛みついてくるので、もう一度左に倒れて回避する。
かぎ爪がまた迫ってくるので、右足で思い切り蹴り飛ばしながら後ろに跳ぶことで距離を取る。
尾を鞭のようにしならせて打ちつけてきたので、風魔法で弾き返す。
もう魔力がほとんど残っていないので、魔法は多用できない。
ワイバーンの攻撃を何とか避けるが、前方から大量のワイバーンが迫ってくる。
視界が暗くなる。
ちらりと上空を見ると、ワイバーンで埋め尽くされている。
鳴き声がうるさくて気が狂いそうになる。
鋭い牙で、かぎ爪で、尾で次々に攻撃される。
躱しきれずに風魔法を展開するが、魔力が切れてしまい、長く保つことは出来なかった。
風魔法が切れたあともなんとか攻撃を躱すが、ついに脚で思い切り蹴とばされる。
衝撃で意識がとびそうになる。
なんとか意識を保ちながら体勢を立て直し、装備の1つを発動する。
尾を鞭のように打ちつけられて直撃した。そのまま地面に叩きつけられる。
薄れゆく意識の中で、エリクサーの無事を気にかけていた。
ー?M??:??ー
ごくごく平凡な家庭で育った。
ありふれた幼少期。英雄にあこがれた少年期。特に語ることのない青年期。
自分の才能の限界を感じ大人になる。
職はなんでもよかった。
いろいろ試したがどれもうまくいかず。
唯一長続きしたのが運送業だった。
ただそれだけのことのはず。そう思っていた。
何度も同じものを運ぶ。何度も同じ道を通る。何度も同じ人と挨拶する。
ある日珍しい依頼が来た。
エルフの里への届け物だった。
いつも通り荷物を受け取る。いつも通り街道を進む。いつも通り関所を通る。
関所の先のエルフの森は、とても幻想的な場所だった。
荷物を届けた後、依頼人から森を歩かないかと誘われた。
エルフが森の案内を申し出るのは気に入られた証拠らしい。
断る理由もないので、一緒に森を散策した。
そして散策を終えて、それを手渡された。
それが相棒のほうきとの出会いだった。
世界樹で作られたほうき、乗り手を選ぶものらしい。
相性が良さそうだからと勧められて受け取った。
相性が良かったからなのか、ほうきの品質が良いものだからか、
相棒と出会ってからは順風満帆だった。
何度も同じものを安全に運ぶ。何度も同じ道を最速で通る。何度も同じ人と一日に何回も挨拶する。
いつしか評価も高くなり、国で一番の乗り手と評されるようになった。
そんな自分を誇りに思っていた。
平凡だった自分が、才能が無いと思っていた自分が、ここまで頼りにされるようになったから。
だから今回の依頼も、無茶な依頼だったが、達成したいと思っていた。
「思っていた?思っているのではなくて?」
「え?」
「私はあなたと飛び続けたいと思っています。思っていたのではなく。」
「君は?」
「もう飛ばないのですか?」
「いや。」
「飛びましょう。共に。」
「でも。」
「大丈夫。まだ間に合います。」
「・・・。そうか。そうだな。」
ーPM5:00ー
ふと、目が覚めた。夢だったのかと思う。
最後に発動した魔除けの装備のおかげで、ワイバーンはやり過ごせたらしい。
エリクサーも無事だった。
手元を見ると、相棒のほうきをしっかりと握っていた。
傷だらけだったのに、ほうきは何故か新品のようになっていた。
「あれは、お前だったのか?」
夢の中の声はほうきの声だったのかと思いたずねる。
ほうきからの返事はない。でも、一緒に飛ぼうと言われてた気がした。
ほうきにまたがり、魔力を込める。
いつもより力強く感じる。脚を蹴り上げ飛翔する。
近くのワイバーンがこちらに気付く。
ほうきに込める魔力を大きくしていく。
ほうきの意思を感じて、さらに魔力を込めていく。
すると、ほうきから結界が生じ、周囲を覆った。
ワイバーンが攻撃してきた。
口を大きく開き噛みついてくる。だが、結界がそれを阻みワイバーンは後退する。
目的地へ飛ぶ。ワイバーンの大群を押しのけながら。
牙も、脚も、尾も全て弾き返しながら。真っすぐに進んでいく。
ーPM6:00ー
「依頼のエリクサーです。」
魔物の大量発生に対応している前線基地に、
エリクサーを期限の日の入りまでに届けることが出来た。
「え?もう来たのか。どうやって?」
テントに入ってエリクサーを渡すと、担当者はすごく驚いていた。
「こいつのおかげです。」
そういいながら、相棒のほうきを見せる。
「なるほど。それがうわさの世界樹のほうきか。聞いている話よりも良い性能をしているようだな。」
「ありがとうございます。」
相棒が褒められて思わず得意げになってしまう。
「しかし、これはいつから使っているんだ?まるで新品みたいだが。」
「それはですね。」
ワイバーンの巣で起きたことを話した。
担当者は信じられないという顔をしていたが、結界を見せると納得した様子だった。
一通り話し終えると、気が抜けたのか一気に疲れが襲ってきた。
その日はテントの中の寝床を使わせてもらいゆっくりと休んだ。
依頼を終えて、正規ルートの街道を通り運送ギルドへと帰り、ギルド長にも同様の報告をした。
そして噂はあっという間に広まり、皆が結界を見せて欲しいと訪ねて来る。
運送者としての評価も一段と上がってしまい、今まで以上に忙しい日々が待っていた。
fin
読んで頂きありがとうございました。
今後の作風の参考にしたいので、
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