4:(元)夫の襲来 その3
「殺された……?」
お父さんが、息を呑んで、そういえば一緒に聞いていたことを思い出しました。何しろ夫の話を聞いていても疑問ばかりが胸に浮かぶのでお父さんの存在を忘れていました。
「はい。妻を……あなたを殺したのは、あなたの母方の叔父でした」
お父さんの問いかけに頷いた夫がわたしに改めて視線を向けて、あっさりとわたしの疑問に答えを与えてくれました。……あら。叔父ですか。
お父さんが「は?」 と戸惑いつつ「あいつ……」 と怒りを滲ませています。お父さんの中では有り得ないと否定出来ないような人なのでしょう。まぁそうですね。夫の元婚約者さんに振られているのにしつこいくらいに言い寄っていたわけですから。何をやらかすか分からない人なのでしょう。
お父さんの怒りを感じているのかいないのか。夫は淡々とあの日のことを教えてきます。
領地の様子を見に行って帰って来たら、珍しくわたしの部屋の扉が開いていたこと。何かあったのか、と覗き見てわたしが知らない人間に殺されかけていると気付いて、慌てて止めようとしたこと。……まぁ止めようとするくらいには人道的な人だと分かりました。それはまぁ良かったのかもしれません。
しかし、必死に止めようとしていたのに間に合わず、わたしが息絶えたこと。
「妻が死んでしまった後。慌てて殺した犯人を捕まえたら……見知らぬ男で。男が妻の叔父だと白状したのです。使用人に騎士団へ知らせを走らせ、男が捕まり……それから数日後。義父殿があの男は妻の弟だ、と教えてくれました」
義父殿、と夫がお父さんに呼びかける。お父さんは困惑しながらも話の続きを促しました。
「妻の叔父は……元婚約者にしつこく付き纏っていた男だとようやく思い出しましたが。何故、妻を殺したかと言えば、その頃には離婚して実家に戻って来ていた元婚約者が、妻の叔父が自分に言い寄ってきていた男だと知って。言葉巧みに、自分が幸せになれないのは、妻が居るからだ、と言ったようで。妻の叔父は、それなら妻を殺せば君は幸せになれるのか、と尋ねたら、そうだと言われたから妻を殺した、と」
えー。わたし、そんな殆ど逆恨みのような理由で殺されたのですか。いくらあまり付き合いのなかった叔父でも親族の情くらいあるかと思いましたが……無かったんですねぇ。その後の叔父は夫の元婚約者さんに唆されたとはいえ、実行した犯人ということで、縛り首になったそうです。母の両親……つまりわたしの祖父母は、叔父をきちんと育てられなかったことの責を取るように、とのことで、重大な犯罪に関わった者達と同じ、鉱山採掘を十年という判決を裁判で下されたそうです。
まぁ。前の生のその後はそんな感じでしたか。
尚、わたしが死んだことで喪に服した夫は、喪が明けた後で元婚約者さんと晴れて結婚した、とわたしは思ったのですが。わたしと婚約していた頃から少しずつ、結婚してからも少しずつわたしとの関係を前向きに考え始めた夫の気持ちとしては、わたしの叔父を唆した元婚約者への愛情が冷めたそうで。なので、再婚しなかったそうです。あらまぁ。
まぁ夫がそう言っていても、前の生ではわたしと距離を縮めることなんて無かったですけども。挨拶すらしないで、本当に必要なことだけ一方的に伝えるだけでしたからね。前向きになっていた、と今更言われても……正直に言っていいのなら
「だからなんだって言うんですか?」
ですかね。
向かいに居る夫が言葉を失っていますね。なんですか? 隣から視線を感じたので、そちらを見ればお父さんが困ったような顔でわたしを見てます。……あら? もしかしてわたしってば声に出してましたかしら。
「お父さん……声に出てました?」
「あ、ああ……」
「それはすみません」
声に出したつもりは無いですが、まぁ出てしまったものは仕方ない。夫にペコリと頭を下げてから、どうせだからと続けます。
「今のお話を聞いてもなんだか物語とかお伽話にしか思えないですけど、その上でお貴族様のお話が本当だったとして。わたしとしては、だからなんだって言うんだろう? と思うのです。お貴族様の心情込みで話を聞きましたけど、事実だけを見ると、とてもお貴族様の心情は、あなたの言う妻であるわたしには届いてないですよね」
お父さんは「お貴族様に対しての言い方では……」 とわたしの物言いを咎めつつも、わたしの言い分に「確かに事実のみだとお貴族様の気持ちは、あなたの言うところの妻である娘には届いてないですな」 と頷きました。
そうでしょう?
夫の心情込みだから夫の気持ちを理解出来るような気がしますけど、冷静に事実だけを捉えたらわたしは単に冷遇されている、蔑ろにされているだけですからね?
「お貴族様。お聞きのように、お父さんもわたしの意見に納得してます。だからこそ質問です。お貴族様の言うように、お貴族様が妻……お貴族様の話を信じるのなら、わたしですよね。わたしとの生活を前向きに考えていた。その気持ちは知りました。でも、お貴族様の話では、わたしは叔父に殺されたわけですよね? 今のわたしは覚えていませんが、それでその話をわたしに聞かせて、だからなんだって言うんですか?」
そう。
殺された理由も犯人も、知らなくてもいい、と割り切った後で知りました。まぁ知らないよりは知って良かった程度ですが、知ることが出来て良かったと思います。
でも。
この話をわたしにする夫は、果たして何を望んでいるのでしょう?
わたしが殺された理由と犯人を教えに来たかった? でもそれならば信じる信じないというのは別としても、手紙に書いて寄越すだけで事足りたと思うのです。
直接、わたしに話すことが、夫なりの誠意だと言うのならば、わたしが夫と婚約してからわたしが死ぬまでの夫の気持ちなど無用だと思うのです。心情など抜きにしてわたしと婚約してからわたしが死ぬまでの日々を事実のみ伝え、最後にわたしが殺された理由と犯人が判明したことを伝えればいいだけ。
夫の心情など聞かされる必要なんてどこにも無いのです。
だからこそ、だからなんだって言うんですか? という気持ちなのです。
……もしかして謝りたいってことですか。
謝られても許すつもりは無いですけど。
いえ。
わたしは前の記憶が無いということになっていますから、謝られたら受け入れることはした方がいいでしょう。記憶が無いので謝られても困ります、とか言いながら、受け入れる。それで夫との今の関係は終わります。
そういうことですか。
それなら記憶が無いという前提ですが、謝ってもらい、受け入れましょう。
それでもう夫とは関わらない。終わりです。
お読み頂きまして、ありがとうございました。