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3:思い出してみれば

 あの衝撃的な結婚に関する裏話を聞かされてから一年近く。本日、十一歳の誕生日を迎えました。前の時はお父さんから誕生日プレゼントとして子犬をもらいましたが、今回も子犬です。わたしのリクエスト。お母さんからは毎年一緒の日記。尚、弟達もやっぱり日記をお母さんからはもらってますね。上の弟が「なんで日記なの」 と不満を言ったら、お母さんは「お父さんが毎年あなた達の欲しい物をあげているから、私は要らないと思う物をあげている」 と言ってたのは……わたしが十四歳の時だったかしら。要らない物をあげるってよく分からないって弟が言ったら、要らなくてもありがとう、という感謝の気持ちをいつでも持って欲しい、とお母さんは言ってた。あれは多分、本当に要らない物でも感謝して欲しいという気持ちを持って欲しいのと、欲しい物ばかりが手に入る人生は無いってことでもあったのだと思う。


 欲しい物がいつでも手に入るとは限らない、ということよね。でもお父さんが欲しい物を買っているから意味がない気もするけど。


 そういえば、誕生日で思い出したけれど。わたしが十六歳の誕生日に夫と婚約したことを知らされ、その後夫と顔合わせをして……。一目惚れはしたけど考えてみたら夫から婚約者としての義務以外の交流くらいしか、接点が無かったですね。婚約しても結婚してもプレゼントなんて貰ったことはなかった。既婚者の証として贈られる腕輪は結婚式の時にもらったけれど、それくらいじゃなかったかしら……。


 というか。

 婚約時代、わたしは夫に誕生日プレゼントは贈ったけれど、あちらの執事を通して渡しただけでその後お会いしてもお礼なんてなかったわね。

 それに。

 夫は相思相愛の元婚約者さんと、定期的に会っていたのよね……。一度、婚約者同士の交流で夫の家を訪ねた時に笑い合っているのを見たわ。

 あれって……経緯はどうあれ、わたしと婚約していたのだから、浮気、よね? 元々相思相愛の婚約者だったのだから。婚約が解消されたけれど、恋人同士として付き合っていたのではないかしら。

 わたしに気付いた夫が、元婚約者さんをエスコートして、わたしから彼女を隠すように彼女を帰した所まで見たけど。


 元婚約者さんは愛しい恋人を見上げて、夫の厚い胸板に頬を寄せてたわね。……男爵家を継ぐことは決まっていたけれど身体も鍛えていたそうで、遠くからでも高い背に逞しい身体付きは下位貴族の娘さん達から熱の籠った目を向けられていたものね。そしてわたしは嫉妬されていたし、相思相愛の婚約者同士を引き裂いた、と蔑ろにもされていた。

 あの後、夫は何事も無かったように彼女のことについて何も言わなかったし、わたしも尋ねなかった。きっとわたしの知らない所ではいつも会っていたのでしょうね。


 あら? そういえばあの頃は既に元婚約者さんは子爵家の息子さんと婚約していませんでした? いえ、もう結婚していたかしら……? どちらにしても二人共に浮気ですね。


 夫に一目惚れしたくらいだからわたしも素敵だとは思ったけれど。だからこそ、わたしには笑顔も無い、会話も必要最低限の夫と幸せな結婚生活なんて送れない、と理解出来たのよね。初夜に言われて、絶望というより納得しかなかった。

 そう、納得しかなかったのよ。

 だってあんなに愛する恋人が居たのだもの。


 でも、そう考えると。

 何故夫はわたしが殺されたあの日、あんなに顔色を悪くしてわたしを助けようとしていたのかしら。

 どう考えても夫のあの動きは、わたしを助けようとしていたわよね。

 でも、わたしが死ねば相思相愛の元婚約者で恋人と結婚出来る可能性が高くなったのよ? それも、夫も元婚約者さんも何の非も無く。

 悲劇の婚約者同士の仲を引き裂いた悪女が、家で殺されたのだし。犯人をそのまま騎士に引き渡せばお二人は晴れて結婚出来たんじゃないかしら。


 貴族に嫁いだわたしは貴族として見られるから、犯罪者を捕えるのは騎士団。そして屋敷内だったから、使用人に騎士を呼びに行かせて、犯人を引き渡せば夫も元婚約者さんも誰にも気兼ねせずに結婚出来た。

 あ、でも、そうね。いくら嫌う妻でも自分の屋敷で殺されるのは嫌かもしれない。それに、一応妻なのだから犯人と鉢合わせしている事だし、助けようとするわよね。そうか、後味悪い思いはしたくないわよ、誰だって。そりゃあ助けようとするわ。それに人でなしではないのなら、殺されそうになっている人を見たら助けようとするのは、当たり前のことなのかもしれないわね。

 人でなしでなかった。

 殺されそうになっているのを助けようと思える程度には、わたしを憎んでも恨んでも嫌ってもなかった。

 それが分かっただけ良かったと思うことにしよう。


 ただ、そう考えると。やっぱりわたしは誰に殺されたのか、それが分からないのよね。理由も分からないわ。夫以外から恨みや憎しみを買っていたのかしら。結局、疑問は振り出しね……。

 おまけに、思い出してみれば、他にも不思議なことがあったわね。

 少し冷静になってきたから思い出せるけど。


 あの日だけでなく、普段からわたしは殆ど外出しなかった。そして屋敷内には没落寸前の男爵家だったのをわたしの家が支援したことで解雇した使用人が戻ってこられた。つまり、あの日も、使用人が居たのよ。執事やわたし付きの侍女やメイドが何人かに料理人も居たはず。

 夫だと思っていたから疑問に思わなかったけど、わたしを殺したのが夫じゃないのなら、じゃああの誰かは、使用人の誰にも咎められずに屋敷の中に入って来たのかしら。玄関から? 玄関から奥様……この場合わたしね……の私室まで距離があるわ。だって、当主の部屋が一番奥でその手前だったのだもの。それなのに誰にも見咎められずに?

 それに夫が慌てて入って来て止めようとしていた。でも夫は結婚式の初夜前にわたしにあの発言をするため、私室を訪れた以降はあの日のあの時まで、わたしの私室を訪れて来ることは無かった。

 という事は、私室の扉は開いていたのでは? だから夫は閉めようとしたのか、不審に思って覗いたのか、知らないけれど、わたしの部屋を見て慌てて入って来た。

 わたしは夫だと思っていたからわたしの意識では抵抗しなかったけど、それでも苦しかったから無意識に抵抗したかもしれないし、苦しくて声を上げたかもしれない。覚えていないから分からないけど。

 それなのに、夫が入って来るまで、使用人の誰一人として気付かなかったのかしら。

 それとも苦しむ声は小さくて抵抗もしなかったから気付かれなかった?

 でも私室の扉は開いていたと思うのよ。閉まっていたら夫は通り過ぎるだけだもの。きっとわたしが殺されかけていても扉が閉まっていたら通り過ぎるだけで気付かなかったと思う。


 誰にも見咎められず、扉が開いていても誰も気付かない。


 そんな事ってあるのかしら。……可能性の一つとしては、使用人の誰かは知っていたけれど、見なかったフリをした。もう一つは、使用人の全員が不審者に気付いたけど、見なかったフリをした。あるいは……使用人全員が犯人に心当たりがあって、止めようとはしなかった。


 としか考えられないわね……。つまり、わたしを一応奥様と呼んでいた使用人の誰か、若しくは全員が、わたしを奥様と認めていなかったのかもしれない。かもしれない、というか、認めていなかったのでしょう。だって当主である夫から顧みられない妻だったのだから。そんな妻が居ても邪魔だった。そう考えれば使用人の誰か若しくは全員が、居なくなれって思っていた。だからわたしが殺されかけても誰も助けなかった。不審者なんて見なかったということにすればいいのだから。だって見ていたなら、不審者を屋敷に入れないとか咎め立てするとか、そういったことがあるわけで。そんなことがあれば、いくら屋敷の奥に居たわたしだって騒がしくて気付いたと思うもの。


 一人以上の共犯者があの屋敷にいた、ということ。それが積極的な共犯者なのか消極的な共犯者なのか、知らないし、知りたくないけど。どうでもいい。共犯者が居た、それで十分。


 ……これだけ分かればもういいわ。

 誰に殺されたのかも理由も分からないけど、もう知りたくない。

 使用人にも厭われていたことが分かったのだもの。わたしの一年半の結婚生活全てが無駄だった、と判明しただけよ。


 これからは、夫と結婚しないように、夫との婚約が決まる前にお父さんとお母さんにお願いして結婚はわたしの自由にしてもらえばいいんだわ。後はお父さんが夫の家に関わったとしても、わたしは関わらない。


 もう、それで終わり。

 わたし、今度は自分の幸せを考えたいもの。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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