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短編集  作者: 燐火
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「手を伸ばした先」





潮騒が遠くから風に乗って運ばれてくる。

途切れ途切れに聞こえている音に、ゆっくりと組んでいた手を離す。


いつも通り。変わらずに。

段の上には神像が仰々しく祀りたてられている。

なぜか胡散臭く感じる。そして同時に、神聖な感覚も感じるのだ。

長い間座り込んでいた足は大理石に熱を移して、冷たくなってしまっている。

転んで作ってしまった傷を保護するためとはいえ、長いスカートの裾を包帯がわりにするのは早計だった。


裾を継ぎ足した方がいいだろうか。

どうせ、毎日ここにはくるのだし。


さて、今日やることは、スカートの裾を直すことにしよう。

冷えたせいか同じ体勢だったせいか痺れていた足が、いくらかマシになったことに気づき、そばにあった木製の椅子に手をついて立ち上がる。


時を告げる鐘が教会を静かに揺らした。もう、半刻もたっていたようだ。

まだ動きづらい足を叱咤して、重い木製の扉を引いて外に出た。


やわらかで、それでいて熱量を伴った朝の光を一身に浴びて、大きく伸びをする。

抜けかけた力をなんとか踏みとどまって苦笑して。

また、毎日変わらない1日のサイクルへと戻ることにした。


***


手を伸ばして、それを掴もうとして気がついた。

これは、夢だと。


結局指に触れることのなかったそれに息を漏らす。

それは、安堵か諦念か。


いつ見ても焦燥感を強く募らせるこの夢。


半透明に透けた体。

夢だと気がついたから半透明に変わったのか、それとも、元から半透明なのか。いつも体が半透明になったと気がつくのは夢だと思ってからだから、定かではない。


走って、白濁色に消えていくいつか見た背中。

何度も何度も止めようとして、伸ばした腕は、あと一歩の差で掴むことは一生なかった。


掴んで、そう。

掴んだとして、何ができただろう。


けれど。その差は、私の心のうちから消えることはない。

何度も、何度も夢に見るほどに。


原因になったのは、私だ。

あの子が、走っていってしまって、落ちることになったのは、私のせいだ。

あの言葉を、私が口にしなければ、あの子はまだ、隣で笑っていてくれただろうか。


後悔しても、あの子が戻ってくることはない。

この時が戻ることもない。


そして、この記憶が消えるわけでもない。

あの時感じた無力感さえも、褪せることはきっと。ないのだろう。


***


また、鐘が時を知らせた。

風がいつのまにか音をさらって、遠くまで届かせている。

太陽の光を眩しく感じる。浮かび上がってきた意識に、ガラスを透過したオレンジ色の光が周囲を暖かく照らしていた。


西に傾きかけた太陽に笑みをこぼす。

朝の祈りと同じく、冷たくなった足をゆっくりと動かして、立ち上がる。


あぁ、また。

明日も同じ1日が過ぎてゆくのだ。


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