「先生というヒト」
「人間とはね、所詮そんなものなんだよ。おわかり? 橘くん」
泥が溶け込んだような声色。
世の中の全てを諦観しきった表情とは裏腹に、そういった先生の眼光は強く僕のことを射抜いていた。
先生と最後に話したのはいつだったろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
自分が先生と初めて会ったのは、多感で馬鹿ばかりを行うような中学生の頃であった。
そして、先生と関わるようになったのはその一年後。
先生の授業がカリキュラムに組み込まれていたからだ。
あの頃はまだ目が見えていて、先生の独特な強い視線に皆んな、嫌悪するか魅了されるかの二択であった覚えがある。
中学という、幼いけれど、思春期という難しい時期にかかり、皆大人ぶり出した頃。
誰から見ても異端としか言いようのない先生。
反応が二極化するのも仕方がない。
そして、嫌悪する人の方が多かったのも、当然のことだと言えるだろう。
考えも行動も全て、他の先生とはどこか違っていた。
でも、先生は先生だった。
変わらず先生のままだった
どんなに人から見られても、言われても。
視力を失ってさえ、先生は先生だった。
どこか、現代社会に即した人間ではなかったようにも思える。
人の本質を見抜いて、人を無関心にも傍観しているような人だった気もする。
正直、なんで先生が先生になったのかは知らない。
あんな、人間を諦めきったようなことを言うのなら、人と関わらない職の方がいいんじゃないかと当時は思っていた。
今となっては、まだ、子供の方がキレイに見えたからじゃないかなとも思う。
自分にとって、先生との関わりは人生を変えられたものだった。
周囲との関わりを円満にするために、無意識化で認識しないようにしていたことを表面化させられてしまった。そういえば困ったことではあるのだけれど。
心のどこかでずっと思っていたことでもあったから、とてもしっくりきたのだ。
決定的な、変化はきっと。
あの秋の夕方。
あの部屋で言われた言葉と見た先生の眼光だ。
少し埃っぽい部屋、確かどこかの資料室だったように思う。
開け放たれて、カーテンの揺れる窓に向かって立つ先生は、白衣に身を包んでじっと遠くを見つめていたように思う。
そのとき、自分はなんと言葉をかけたのだったか。
言葉に反応したようにちらりとこちらを一瞥し、先生は窓の向こうを眇めている。
「そういうものじゃないのかい?」
その時のことを、妙に覚えていた。
夕日の赤さも、窓の外のグラウンドも、先生の着ていた服までも。
先生は夕日にでも酔っているようでもあった。
そして、ほんの少し口元を持ち上げて、眼光鋭く言い放った。
その、言葉がいまだに脳裏に響いている。
まるで、あの時あの場所で言われたように。
だから、自分は決めたのだから。
自分らしくいることを。
先生みたいに、なんて。
いや、先生はそんな人じゃなかったかもしれない。




