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短編集  作者: 燐火
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「さよならが言えたなら」

「愛」をテーマに。ひとつめ。

 もうこの人に自分は必要ないんだな、と理解してしまった。


 薄々、そうなってしまう予感はしていたのだ。いつのころからかはわからないけれど、胸に巣食うようになっていたその重く濁った予感。


 誰にも気が付かれないように、蓋をして日常に浸っていたけれど、日常に浸るにはその予感はどうにも重すぎるもので、濁りすぎていたらしい。


 それが、自分でも気が付かないうちに態度ににじみ出てしまっていたのだろう。

 ……きっと。


 そうでないのならば、私は幸せだったに違いない。……けれど、それを持ち続けるうちにまた、気が付いていた。どうせ、自分に幸せな恋なんてできないということを。


「……好きだよ」


 そう、私の知らない綺麗な人につぶやいたあなたの声。

 脳裏に焼き付いてしまって、一週間はたったはずなのに、未だに鮮明で。黒く塗りつぶされたままの思考はあなたの言葉を、壊れた機械のようにリピートするばかり。


 見てしまったあなたの告白現場は忘れたくても、現実とわかっているがゆえに忘れさせてはくれない。見まいとして目を伏せて、聞かまいとして耳を塞いだ。それは行動に移すにはどうにも遅かったようで。


 ――やっぱり、あなたも私から離れていってしまうんだね。


 電灯のついていない暗い部屋。ディスプレイの光だけが照らし出す部屋は、いつも見ているそれとは違う世界を映し出す。ヘッドフォンに流れ続ける惰性な音楽はいつのころか、はまっていたはずのもの。


 机の上で書き散らした、曖昧無意味な言葉の文字列をそっと指先で掬い上げる。もうこんなもの、今の私には必要ないだろう。ゆっくりと、千々に破って、放り投げる。

 空気に揺られて落ちてくる紙吹雪。あとの掃除が大変かもしれない。でも……。

 あぁ、いったい何をしていれば、私は、強くあれたのだろう。そうだ、幼いころから私は変われてなどいないのだ。何一つ。


 ならば、いったい私はどうすればよかったのだろうか。


 無意味に書き連ねた言葉の、手紙ともいえないそれを渡してしまえばよかっただろうか。

 それとも、未だにまとまっていない頭の中から言葉をひねり出して伝えでもすればよかっただろうか。


 ……もうすでに遅いことだ。変わることは何一つといっていいほどに何もない。


 伝えたとして何になるというのだろう。陳腐な恋愛小説にも劣る泥沼を繰り広げようとも思わない。……きっと、もうすでに敗北していたの。


 「さよなら」と言えればどんなに、どんなに楽だっただろうか。



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