精霊の愛子
ぶわりと怒気が噴出して、辺りに広がる。
体にかかる圧力はこれまで彼女が発したことのあるものよりも桁違いに大きかった。
「っ、リリー様っ!」
なんとか声を絞り出す。
神と帝の差は人が思う以上に大きい。
リリー様はこれまでちゃんと手加減をしていたのだとわかる。
「なぁに。フィーネ」
平静と変わらぬ声。だが、その平坦さが逆に恐怖を煽る。腹の底から震え上がるようなほどの怖気を小さく息を呑み込んで抑えた。
「リリー様、お待ちください」
怒気を発したまま、周囲を威圧しながら宮を出ていこうとされるリリー様の前に立ちはだかる。
光を失った瞳、抜け落ちた表情に思ったよりも事態が悪いことに気がつく。
「……風の子を見殺しにでもするの?」
そういえば、このようなことは初めてであった。
こてりと首を傾げる仕草はとても可愛らしいのに、ない表情が足元から冷気が忍び寄ってくるように恐怖を掻き立てる。
「ちがいます! リリー様、風を異端にするおつもりなのですか!?」
このまま彼女をいかせれば、彼女はあの国を滅ぼしてしまうだろう。
そうなった後に待ち受けるものは、風の愛子、風の子への迫害だ。
「リリー様ご自身で滅ぼしに行くのだけはなりません! 制約を、お忘れですか」
彼女は、風神であるが故に、主神と交わした制約があった。
そうでもしなければ、力が強すぎて、この地に降りることができないのだ。
なかった表情が戻ってくる。
噛み締めた歯、握られた拳。激情を押し殺そうと、目を瞑る。
ふっと怒気が霧散した。
「忘れてないわ。わすれるわけがないわっ! けれど、けれど! 我らが子を見殺しになんてできるわけがないじゃないっ!」
苦痛そうに歪められた顔。それでもなお衰えないその美貌は神であるがゆえだ。
「リリー様、先に捕まってはいない子らを戻してからでいかがですか」
隣に立っていた、もう一人の帝級の彼、ディオンが割り込んできた。
リリー様は動かない。
「「リリー様!」」
歪めた顔で、小さく息をついた。
閉じられた目が開かれて、そのエメラルドの美しさに魅了される。
「わかったわよ、フィーネ、ディオン」
玉座の如き、在します座に戻られ、スゥと息が吸い込まれた。
すっと前に右手が差し出され、横に滑らされる。そして、詠う。
『風の子よ、皆、我が宮に戻れ』
ぶわりと広がった風が、言葉をのせて世界中へと広がってゆく。
精霊の耳、稀に聞こえる人もいるけれど、その例外を除いたすべての耳にその言葉は届く。
風が通れば、どこまでも届く。
早速と言わんばかりに精霊が宮へと戻ってくる。
その精霊らを一瞥だけして、リリー様は奥の部屋へと進む。
「フィーネ、ディオン。ついていらっしゃい」
そのまま奥の部屋へと消えていったリリー様。
ディオンと目を交わした。
「どう、なるのでしょうね」
「もう、止められないだろうな。各地の風の管理者さえ、呼び出している」
「そうね、各地の管理に関しても何も言わなかったもの、リリー様」
「すでに、賽は投げられた」
「えぇ、ひとびとのの出方次第ね」
スルリとディオンは奥の部屋へと進む。
ちらりと辺りを眺め。
そう、既に賽は投げられた。どうなるかは、神のみぞ知るってところかしら。
奥の部屋に進んだ。




