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短編集  作者: 燐火
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伝説の解放

あぁ、本当にうまくいった。あんな小僧にあんな十分な金など必要もなかったのだ。取り立てと勘違いしてほぼ全額をこちらに返す小僧は本当に哀れだ。いや…いいカモだ。しかもあの小僧の借りた金の出どころは有名な闇金。今頃どこで何をされているのやら…。

伝令が叫んだ。

「商人!前から魔…」

ばちゅんという肉の音とともに伝令の声がかき消される。馬車の外をのぞけば…迫り来た魔力の塊。あの小僧の顔が最期に見たものだった。


***


「…妻になってくれないか、ファナ」

率直なほうがいいだろうと思って紡いだ言葉。あんな自分がこんなことを口にするようになるとは…。自分でも信じられず、苦笑するしかない。

「…いいよ?」

ルーに、何時か言われるかもしれないと覚悟していたこと。ずいぶんと予想外な率直さだったけれど、そして口をついて出た簡素な言葉に自分でも苦笑いした。


***


どういうことなんだっ…その言葉は自身のうちに閉じ込めなければならなかった。いや、自分は知っていたはずだった。自分が強ければ…あの子を犠牲にする必要などなに一つなかったはずなのに。あの子…辛いだろうに自分たちの世話を一手に引き受けて、美味しい料理をよく作ってくれたあの子。そこまで思って自分たちは気がついた。自分たちはあの子の名前すら知らなかったのだ…と。使い勝手のいいただの駒としてしか見ていなかったのは自分たちもではなかっただろうか。そのことは、自分たちも罪人なのだと自覚させられる。全ては…自分たちのせいでもあるのだ。そう思って一人の勇者は筆を手に取った。真の歴史を途絶えさせないために。あの子の…ために。


***


一番上はとある商人への魔王の復讐。

二つ目は元魔王と少女のプロポーズ。

最後は勇者の懺悔(これによって魔王の前日談と少女の話は有名となる)。

“伝説と呼ばれた魔王は光に選ばれし勇者一行と封印の代償となった一人の少女によってとある地に封印された”


かの有名な魔王伝説はこの一節でピリオドが打たれている。ただ…現実においていまだにこの伝説が続いていることを…誰も知らない。


***


何かを代償として発動される魔法は攻撃や回復ならば高い威力を発揮し、防御は強く長く、封印となると信じられないほど長い年月の間その封印を保つ。そして、そのことは古くから知られてきた。本来、魔法というものは魔力だけを代償として発動するものだ。しかし、魔法の威力を楽に大きくしたいと考える者は尽きたためしがない。人道的な問題からその代償として人間が使われることはほぼないが、それでもやむを得ないということはある。


人を代償とするということから、長年とある禁書の棚に秘されてきた魔法。きっと、人の世界ではいまだに禁書の棚と呼ばれる大図書館に眠っているのだろう。


そんな魔法が、魔王を倒しきることができなかった勇者一行が魔王という脅威を一時期でもいいから封印するために使った魔法であった。


ただ、そんな魔法が実は人が内に入ることで閉められる封印だということを知る者はもう人の世にはいないだろう。


いや、はるか昔の人の世でさえ、知っているものは開発者とその周りのものだけに違いない。


何しろ、封印を解いたころにはもう封印の中のものに殺されたか、長すぎる生と暇に耐えきれず自殺してしまったか…誰も帰ってきた実例はなかったのだ。


たった一人、そのことを知る人はこの封印の魔法にとらわれた少女だけであった。


「ルー! この状態は何っ!?」


大量の本を広げて物思いにふける自分を叱咤する声に意識が浮上する。


その声の主は、封印の魔法にとらわれた少女だ。

まだ20代半ばにしか見えないその少女。


現在、体の年齢のみが流れないこの封印のうちにて、3216歳の少女。


そう、かの魔王伝説よりもう3200年もの月日がたったのだ。


少女は、元々の体質故か封印に入ったことで体の時が止められていた。


「すまない。魔法式を解く方法を考えていたんだが…やはりもう少しまたないといけないようだ」


外を見てみたいと、3200年も経ってようやく我儘を言うようになった少女である、我が妻のために私はこの封印を破る手立てを模索し始めた。


…それが、散らかったこの状態を招いているわけだが。


「別に…いいよ? …それより早く片付けてよ!」


少し顔を赤くして少女は、指をパチリと鳴らす。


すぅと風が部屋の中を通り抜けて本を傍らに積み上げていく。少女が魔法を行使したのだ。

私が魔法式を解くことを再開しやすいようにしているのも合わせて、随分と上手になった。


「さて、久しぶりの食事にしよう?」


どうやら作っていたらしい食事をまた、パチリと指を鳴らしてこの部屋に持ち込む少女。


随分と昔に聞いた少女の生い立ちから、封印前は毎日作っていたのを私は知っている。


いつも美味しい食事。


本来なら、いらない食事も楽しめるほどに。


一口、スプーンですくって口に入れたスープを味わいながら飲み込んで、私は少女に聞いた。


「……外に出たら…なにがしたい?」


もともと無口で、喋らないが故に色々と誤解を生んだ私をここまで喋るようにした少女はすごい。


少女はきっと、私よりもどこか強いところがある。


…あの頃、3100年以上も前は何一つ言葉を交わすことなく、ようやくぽつぽつと喋るようになった2900年ほど前。3200年もの時間はありとあらゆる柵を失くさせるほど長く、無情にもそこにあった。


「……買い物! …あと、旅行!」


3000もの年月を過ごしても、人との関わりがなければ人はそこまで成長しないものらしい。


どこか幼く聞こえる少女の声に私はくすりと笑いをもらして言った。


「…そこも行こうか」


あぁ、外の事も調べないといけない…な。


そう思いつつ。


***


パリン……


その音は世界の風を震わせて、響き渡る。


その中心に位置する2つの人影は笑いあったかと思えば、手を取り合って、ふわりと空中に浮いた。


「さて…どこから行こうか? ファナ」

「んーと、あっち!」


1つの方向を指さすファナと呼ばれた人影。


「じゃあ、そっちからだな……行こうか、ファナ」

「うん、ルー、いこう!」


そして、遠くの空の彼方へと2つの人影は消えていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


*ルー(もとい、魔王)


作中では本名は出ていないが、魔王。3400年ほど前より魔王として活動した史上最強の魔王。魔法の天才で戦闘はほぼ魔法(ただし、体術ができないとは言っていない)。

元は人として生まれたが、劣悪な環境、人間関係しか持たず、死後魔人となって魔王へと上り詰めた。つまり人間側の自業自得…ともいえるかもしれない。

魔王の力というものは、いきなり体に表れ、その人の人格を支配するものである。そのため、もとは復讐だけであったはずが、人間全体への攻撃となった。

封印直後は精神的に荒れたが、魔王としての力が抜けたことで、落ち着くように。復讐は終わっていたので、自分の魔王としてやったことにしばらくの間呆然としていた。

性別は男。


*ファナ(もとい、少女)


こちらも愛称のみになってしまったが魔王を封印する当時、封印のいけにえとして差し出された少女。当時第一の魔力を持っていたが、下町の娘であったことより勉強も何もかも受けておらず宝の持ち腐れだった。とある宿屋の娘で家事能力は万能。王家によって魔王封印のいけにえに選び出され、家族は泣く泣く少女を手放すことに。

取り敢えずと、結界の魔法だけを教えられ、封印の代償となった。

しかし、代償になったのに死なず、あれと思い目を開けてみると、目の前に魔王がいてめちゃくちゃびっくり。

でも、家族といきなり引き離されたことでここにきて精神的ショックが強くなったのか長い間声が出せなくなる。

実は魔法に関してはルーと同じくらいの天才であった。つまり、育てれば魔王は倒せたのに、魔王と一緒に封印したことで行く先々で人々を巻きこむ天然夫婦が誕生することになった。

性別は女。


*勇者一行


少女を封印の代償にするとは前もって何も聞かされていなかった人たち。講義はしたかったが、すると大変なことになるのは分かり切っていたので、黙殺せざるを得なかった。



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