糸吐き少女が死ぬ前に
少女は糸を吐く。彼を想って。
暗い部屋に青白いパソコンの画面がうつりこむ。膝を抱え込むようにして座る少女の人影にカーテンの隙間から光が差し込んだ。
そして、少女が口を抑えたかと思えば、カハッと何かを吐き出す音が部屋の中にこだました。
ーー糸吐き少女が死ぬ前に
また…糸束を一つ吐き出した。また白い色。いつも霧のように美しい艶やかな白い糸束を吐く。私には白い色は似合わないと、こんな綺麗なものは私が吐いたものではないと…いつも吐き出してから数分は眺めてしまう糸束を手で遊ばせる。その白さを見ているうちに、ふと、白い糸束を吐くのはやっぱり君を思っているからだろうか…なんて考えてしまっていた。糸束を遊ばせたままの手から視線を外し、はぁ…と小さくない溜息をつく。視線の先の君と私が笑顔で写っている写真に私は自然とあの日の事を思い出していた。
そう…、初めて糸束を吐き出したのは11か月前の事。
急な事だった。君が海外へとピアノの修行に行くことになったんだ。君はコンクールで賞をとるくらいピアノがうまかったから、いつかはそうなるとは思っていたのだけれど…。でも、覚悟をする時間をきちんと得られないほどに突然の事だった。有名な先生に会って指導してもらえることになった君はいきなりピアノの修行をしてくるといって海の外へと旅立ってしまった。そんな破天荒ともいえる君が乗った飛行機を、青い空へと吸い込まれるように小さくなっていった飛行機を…私は見送って、帰って、一人カーテンを閉めて自分の部屋にこもった。
君と今まで過ごしてきた日常が壊れるような気がして、君が帰ってこないような気がして…怖かった。その日常を懐かしむように、慈しむように私はいつの間にか自身の昔の一瞬が切り取られたアルバムを手に取っていた。
アルバムが中ほどまで進んで、君も私も大人びた表情をして写真の中に納まっていた。パラリとめくると、そこには1年にも満たないほどの前の写真があった。なつかしくて、君と笑う私の写真に触れる。ふと笑顔がこぼれていた。
だが…突然、喉の奥から何かがせりあがってくるように感じ、息苦しさにのど元を手で押さえる。何かがのどに引っかかって生理的にせき込んでいた。カハッとその何かを吐き出せば、パラリと細かい線が私の手の上に落ちた。アルバムの上にまで垂れているその線の色は赤。血でも吐瀉物でもなかったことに私は安堵して、でも…赤い線…もとい、赤い糸束を吐き出したことに頭が真っ白になった。予想外だった。ファンタジーだった。これは夢なのかとまわらない頭で何回も考えた。でも…夢でもファンタジーでもなくて、紅い糸束を吐きだしたことは…現実だった。糸の手触りも、血や私の匂いが糸束についていないことも…すべてが現実だった。
少し時間がたった。こうしてはいられない…。赤い糸束を握りしめ、まわらない頭のまま、藁にも縋るような思いで調べようとパソコンを立ち上げた。わずかな時間がもどかしくてたまらない。パソコンが立ち上がったと同時に検索サイトを開いて文字を打ち込む。いつの間にかアルバムは私の膝の上から滑り落ちていた。3回も打ち間違って文字を打ち直すはめになる。どうやら冷静と言われているらしい私でもこんなに焦るようだ。どこか現実からひとつ離れているような気分だった。
『糸 吐く』で検索。エンターキーをふるえる指で押した。すぐに画面が変わって検索結果が表示される。
薄暗い部屋に検索画面の白さがうつりこむ。
…あった。でも…小説の想像上の奇病。
糸吐き病、正式名称は魂糸嘔吐病。魂である糸を吐き出すというもの。実質は寿命を糸に変えて吐き出しているのと同じこと。初めに吐き出した糸の色によって死ぬまでの長さが違う。例えば、赤なら1年、青なら2年といったようにだ。完治の方法は、…。
完治の方法は…その先を呼んで愕然とする。その先を信じたくなくて、現実だとは思いたくもなくて…。その小説の名前を見て検索しなおした。
けれど、やっぱり結果は変わらない。その一文が否応にも私の頭の中で存在を主張する。
『完治の方法は未だに小説内でも明かされておらず、不明である。』
こんなこと信じたくなくてもやっぱり…糸の手触りは、匂いは色は現実で…。でも、信じたくなくて、気がつけばその小説を手に入れるためにカートのアイコンをクリックしていた。
ただ、完治のための方法を探すためだけに手に入れたその小説『セカイを彩るそのイトに』は、普段から本を選り好みして読んでいる私でも気に入ってしまうほどの面白いものだった。私が普段読まないような恋愛小説。それでも続きを早く読みたくて仕方がなかった。
でも…最終巻がまだ発売されていない今では完治の方法は探るすべもなくて、いくつかの重要なピースはあるのに、最後のピースのみが見つかっていない状態。探偵でも謎解きが得意なわけでもない私にはそのピースなしには答えを…完治の方法を組み立てられなくて。
悩んで、悩んで、悩んで…いつの間にか11カ月もたってしまった。あの青い太陽の眩しい空に消える飛行機を見送った夏がもうそろそろやってくる。後…残り1カ月。私は…君に会えるのだろうか。連絡手段を持っていない私が君には伝えることができないこと。この残り1月に君は戻ってくるのだろうか…。
もう1つの…最後の重要なピースはきっと君が持っているんだ。わたしには組み立てられなかったこのパズルを君なら組み立てられるはずなんだ。
早く…早く帰ってきて。
ーー私が死んじゃう前に、さ
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”糸吐き病”もとい、”魂糸嘔吐病”
『セカイが彩るそのイトに』という小説に出てくる想像上の奇病。(この本もフィクションです。)原因不明だが、裏設定では愛する人を思って発病するもの。現に”私”も幼馴染との間で発病した。
又、初めに吐く糸の色(赤なら1年、青なら2年(これ以上は考えてry ))により余命が決められており、小説内では何人もが苦しめられてきた。ちなみに、小説内では、完治者はいるにはいるが主人公たちは知らない設定。
”私”
女の子。たぶん大学生。なぜか小説の奇病にかかってしまった子。この原因は不明。(主な原因は”私”の幼馴染(”君”)への無自覚な恋心だが…)初めに赤い糸を吐いたので、余命は1年。といっても後1月。父親が写真家でアルバムや写真は家の至る所にある。その父親は世界へと写真を撮りに行っていないので家では今は一人。たぶん、大学生になったから、父親もいいやと思って世界へと旅立ったに違いない。母親は、どっかのブランドのデザイナー。しかも結構売れてる。しかも家が普段の仕事場になってる。だから”私”が吐いた糸が増えていても気がつかない。(っていうか、”私”も手芸が得意。なので増えていても買ってきたの~?で済ませられる。)
”君”
男の子。たぶんこちらも大学生。ピアノがとてつもなくうまく、多くのコンクールで賞をとっている。ただし、顔ばれを避けるため、ステージ上ではいろいろと小細工して印象を変えてる演技派。”私”を無自覚に振り回すたちの悪い子。”私”は被害者といってもいい。これも”私”に恋心を気がつかせるため(気づくため)にやった。でも事態は悪いほうに転がる。”私”がやばいことを知らない。ちなみに、帰国予定日は旅立った日の2日前。
花吐き病(花) → 糸吐き病(糸)
余命半年(残り1週間) → 余命1年(残りひと月)
青 → 白




