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短編集  作者: 燐火
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君と僕と悪

何時だったか忘れたけど、だいぶ前に友人に君と僕と悪で書いたら人によってかなり違って面白いよ、的なことを言われて書いたもの。

2年は前なので……。


もうこれ以上は書けないかなと思ったので投稿。


確かに、これで書こうと思ったら人によってかなり異なるよねと思って、ほかの人のものも読みたいと思わないこともないけども……。

チャイムの鐘の音が授業の終わりを告げる。教授の講釈を述べる声が止まり、次の授業の予習について話し始めた。


開いていたテキストを閉じ、ルーズリーフと共に鞄の中へしまう。僕はただ、ブラックホールが頭の中にあるように、茫然としていた。携帯の上にのぼる通知には、また今度ねと、君からの遠回しな断り文句が並んでいる。


古めかしい音を立てて、この講義室の古い扉が開いて、閉じた。教授が退室したらしい。人のいなくなった壇上に周りの生徒がざわざわとしゃべりだす。


鞄を肩にかけて、立ち上がり、緩やかで人の靴によって長年磨かれた美しい亜麻色の階段を降りる。携帯はパーカーのポケットの中に滑り込ませる。通知には既読無視をしておくことに決めた。どうせ、見なかったとして、君は何も言わないのだろうし。


油をさすべきであるほどに固くなった扉を開けはなち、廊下へと出る。

初夏の陽気が肌を緩く暖める。窓の外で、存外に強い日差しが細長い窓の外の土をじりじりと照りつけていた。


“戦争は正義と正義のぶつかり合いだ”

高校生の頃読んだ小説にそう書かれていたような気がする。なんていう題名の本だっただろうか。いや、誰か……先生が言っていたことかもしれない。思い出してしまったのは……きっと、今日の授業のせいだ。


“ある人にとっての悪は、ある人にとっての正義である”

また、逆も然り、だ。

そう、結局。人間が70億も存在する以上、そうなるしかないのだ。納得できるかはどうであれ。


今日はもう、これで授業は終いだった。センサーが反応して開いたガラスの引き戸の向こうからむわっと、初夏にしては強い熱気が漂う。この日差しの中を、熱気の中を歩かねばならないことに辟易として、仕方ない、と一歩を踏み出した。


キャンパス内で、緑がないのはこの教室棟だけであった。だから、少々歩きさえすれば、比較的ましにはなるはずだ。そう思って、歩を進める。


悪なんて、結局はその人その人によって定められる基準の中のものでしかないのだ。明確な、それこそ、線引きできる事実的な悪など、本当には、実際には存在していないのだ。

ただ、あるのはその行為、その思想だけ。僕たち全員の判断でそれは価値すら決まってしまう。永久に、という可能性が低いというのも救いであろうか。


道の左右を挟む並木は正午過ぎの光で短い影を作っていた。その下に潜り込んで、ほぅと息を吐く。


“そして、同時にある人の正義は、ある人の悪であるのだ。”

まぁ、その正義が、正義と定義できるのかどうかでさえ、曖昧であるのだが。わかりやすいと言えばわかりやすい。


言葉すらもあいまいなのだ。僕たちの持つすべては。

人によってはきちんと概念付け、決まっているという人もいるだろう。

でも、本当にそうであろうか。本当に決められているのだろうか。概念外のものが存在しないと、無知である僕たちはいかにして決められるのであろうか。


黒い石造りの、年代を感じさせる門を通り抜けて、木々の葉に日光を遮られた涼しめの歩道を歩く。少し歩けば、駅に着く。そこからは長いとはいえ、一本なので、楽なものだった。


IFという存在は往々にしてありうることと同時に、ありえぬことも内在している。あり得ると言えながらも、あり得ないとも言えるのだ。僕の思うことがどうして本当であり得ようか、どうして嘘でありえようか。


科学という存在も、本当に絶対であろうか。メモリというものも、本当に信用できるだろうか。

突き詰めていけば、日常など、夢幻の塊でしかないのかもしれない。

自然を支配した気になっておきながら、自然は依然として僕たちを支配しているのだ。きっと。


不意に立ち止まって、空を見上げる。木々に遮られた空は小さく見える。依然として、木の葉がなければ雄大で、太陽は燦々と輝いている。


そう。結局のところ。

僕が話していることも誰かにとっては純然たる悪にすぎないのだろうし、その逆もまた然り、だ。


そして、僕が君に憤っていることも結局はそういうことなのだ。

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