1-6 ハリスパーティと(後編)
エイダン君の声を聞き前方に意識を向けると砂煙の中にうっすら影が見える。
「ウインド!!」
すかさずデルラちゃんが風魔法で砂煙を払うと中にいたのはアルマジロの上に乗っかる小さなカンガルーみたいなモンスターだ。
いや、二足歩行のウサギかな?
「ママラだ!!」
「お前ら今度は2人でひと組だけ相手にしろ!」
「おっけー!」
「チヨちゃんはどこでも弓バンバン打ってくれ!」
「はい!」
ハリスさんが合図をくれたのですぐに弓を構える。
どこに向けて引けば良いのかしら。
敵の方を見れば前衛の仲間が戦っている。
「チヨちゃん大丈夫」
戸惑う私の手にコーダさんの大きな手が重なり弓を引く。
「良いよ、手を離してみて」
「いきます!」
構えた手を離し、ヒュッと矢を放つ。
そしてハリスさんの横を通り抜け矢は敵を射抜く。
「ナイスチヨちゃん!!どんどん打ってくれ!」
「は、はい!!」
チラっとコーダさんを見上げると声には出ていないが「頑張れ」と言ってくれた様な気がした。
私は改めてしっかり前を向き弓を引く。そしてヒュッと矢が飛んでいく。
繰り返し何度も何度も矢を放つ。
その矢は全て敵に命中。
おかしいわ、私の矢がこんなに敵に当たるはずがないのよねぇ。
最初の1発はコーダさんのサポートがあったからだと思ったが、よく見るとハリスさんが矢の先に敵が来る様にしてくれているのが分かる。
ふふ、私が本当に子供だったら簡単に騙されて喜んでいたところだったわ。本当に皆んな優しいんだから。
「チヨちゃん最高だぜ!」
「ハリスさんが敵を投げてくれるから安心して打てます!ありがとー!!」
前方ではエイダン君とジョン君が苦戦していたがやっと敵2匹の分断に成功したようだ。
「こんのチョロチョロしやがって!!」
「はーやっと倒せる!」
ジョンくんが順当にアルマジロを倒す。
エイダン君もママラの攻撃を剣で受け流しながら自身の攻撃につなげて倒していく。
「「よっしゃー!!」」
ハリスさんの方も食い止めてた敵を一気に全滅させる。
ふう、群れの残りは居ないかな?
「っ!!!」
弓を下げようとした瞬間後ろから嫌な気配がした。
勢いよく振り返るとコーダさんの矢が木陰から飛び出て来た敵を射抜く光景が広がる。
「びっ、くりしたぁー!」
「サディ今やばかったなー!コーダさんきゅ」
「コーダ先生ありがとー!!もう勝手にうろちょろしないの!」
「あっははは、だからそれは無理だって」
「んもぉーーー!!」
「もう敵は残ってないから大丈夫だよ、さあ進もう」
周りを見れば大人達は全員背後の敵に気付いていた様だ。
呆気に取られている子供達は背中を押されて前へと歩き出す。
「ここのダンジョンはアルマロージとママラが道中のメイン敵って感じだな。一度だけ他の奴も居たからまだ他にも生息はあるだろうけど、それはギルド員や他の冒険者が追々見つけていくだろう」
「そうですね、今後は僕が調査を続けていく予定ですがダンジョンレベルを決めたら冒険者にも解放していきます」
「どうせ特殊ダンジョンなんてすぐに消滅するかもしれねぇぜ」
「いやぁ案外消えずに数年残るかもしれませんよ?まあ何にせよギルド側としては一応調査とレベル査定はしなくてはいけない規定ですから」
ハリスさんとコーダさんの会話から他にもモンスターがいる様だが今回は見かけることは無さそうだ。
その後も道中に数回群れと遭遇したが全てアルマジロみたいなやつとママラと言われてるモンスターだった。
たまに採取の為に道から逸れる事もあったが他のモンスターは居なかった。
ちょっとだけ会ってみたかったわねぇ。
ゲームの知識としてモンスターの情報はあるけれど、いざ目の前に現れると想像以上の実感が湧き起こる。
「お前らこっから先はボスエリアだぜ」
そして特にダメージや疲労もなく特殊ダンジョンのボス前まで来てしまった。
「俺たちはサポートに回るから最初は子供達だけで頑張ってみろ」
「おう!やってやるぜ!!」
「魔力はある…頑張る…」
全員で顔を見合わせて一歩前へと足を運ぶ。
ボスエリアに入ると少し冷えた空気を感じる。
緊張のせいだろうか。
「敵はどこにいるんだ」
「分からない、姿が見えない」
エイダン君とジョン君が張り詰めた声でじっと敵を探る。
どれくらい経っただろうか。
ボスエリアに入ってまだ数分かもしれないが見えない敵を待つというのは想像以上に神経を削る。
そんな時わずかに地面が揺れた様な感じがした。
「下だ!」
「地面の中から何か向かってくるぞ!」
そう言いながらエイダン君が勢いよく走り出す。
揺れは大きくなり敵が近づいて来ているのが分かる。
そして徐々にボコボコと音を響かせながら盛り上がる土が走るエイダン君の後を追う。
「よし、足音に釣られてきてんな!」
エイダン君が地面を蹴り付けて飛び上がると一瞬で地面が崩れ中からボスが姿を現す。
あれはモグラだ!
モグラのボスが鋭い爪で宙を引っ掻くがエイダン君には届かず空振りをする。
子供達はボスの姿を確認すると各々持ち場に向かう。
ボスの視線の先でエイダン君が挑発をしてヘイトを買っている。
ジョン君はボスの背後から拳闘士のスキルを打ち付けてダメージを与え、デルラちゃんも離れたところから魔法を唱えている。
私はサディちゃんの近くに行きボスの側面から弓を放つ。もちろんその前にリュートで物理攻撃と魔法攻撃アップのスキルを奏でて。
モグラのボスは上半身のみ地表に出して両手を振り回している。太く鋭い爪はきっと当たったら相当なダメージを受けるだろう。
エイダン君はボスの攻撃を避けるのに専念している。
持久戦になったら厳しいわねぇ。
なんとかエイダン君が避けてくれている間にダメージを沢山与えなくちゃだわ。
幸いにもボスの体は大きく、移動もしないので弓を当てやすい。
あら、そろそろ攻撃力アップのスキルが切れそうね。
「スキル掛け直しします!」
スキル効果が切れる前にリュートを手に持ち音を奏でる。
まず物理攻撃アップ、そして次に魔法攻撃アップを奏でる。
その瞬間エイダン君が吹き飛ばされるのが視界に映る。
一瞬の出来事だった。
私が2つ目のスキルを奏でるとボスの視線がこっちに向いた。それに焦ったエイダン君が攻撃を仕掛けるとボスの鋭い爪に弾き飛ばされたのだ。
爪はなんとか剣で受け止めたものの体は勢いよく地面に叩きつけられた。さらにボスは追い討ちをかける様に鋭い爪を振りかざしている。
透かさずサディちゃんが魔法を唱える。
移動速度アップだ。
エイダン君は軋む体を動かし素早くボスの爪を回避する。
そして回復魔法で体力を回復するとまたボスとエイダン君の攻防が始まる。
吹き飛ばされてから復帰までがあまりにも一瞬で、呆気に取られそうになったが私もすぐに弓を構えて攻撃に移る。
程なくして急にボスが地面の中へ潜っていく。
「良くやった!ここからは俺たちも参加するぜ!」
「後衛はオーモンの近くに!前衛は回避に専念して!」
ハリスさんが地中のボスに向けて挑発をして、スコットさんがエイダン君とジョン君を両脇に抱えて飛び上がる。
私はオーモンさんの近くに行こう。
「チヨちゃんはこっち」
「ひゃあ!コーダさん!?」
びっくりしたわぁ!
サディちゃんとオーモンさんの方に向かって行こうとしたら急にコーダさんに抱えられ体が浮き上がった。
「一緒に弓の練習しようね」
「は、はい!お願いします!!」
「っしゃあ!!出てこいゴラァ!!!」
コーダさんと持ち場に着くとハリスさんの大きな声と地面を割る様な音が鳴り響く。
無理矢理引き摺り出されたモグラのボスは激怒している様だ。
さっきまでとは比べようも無い速さでハリスさんに攻撃を仕掛けている。
そしてそれを軽々と避けたり剣で受け流している。
「凄いわねぇ」
「ほらチヨちゃんも弓を構えて」
「はい!」
スコットさんに抱えられていた2人もいつの間にか各々攻撃に参加していた。
私もボスに狙いを定めて弓を引く。
「うん、そのまま」
コーダさんは私のすぐ後ろで地面に座り、私の弓の指導をしてくれる様だ。
彼の大きな手が私の手をしっかりと支えてくれる。
「まだだよ、もうすぐ敵が弱点を出してくるからね」
「弱点ですか?」
「そう、このボスは尻尾の付け根が弱点なんだ。普段は土の中に隠しているけどそろそろ」
「オラァ!!いけスコット!!」
「はいはーいっとね!!!!」
ドガンッボコンッ!!!
ハリスさんがモグラの顎を思い切り切り上げる。
モグラもやられまいと必死に爪で押さえ込むも上体が起き上がる。
そこに後頭部からスコットさんの強烈な一撃が入りモグラの全体が地表へ出てきた。
「チヨちゃんいくよ!」
「はい!!」
「せーのっ!」
コーダさんが狙いをモグラのお尻に定めて手を離す。それに合わせて私も手を離す。
放たれた矢は真っ直ぐにボスのお尻に突き刺さった。その瞬間ボスは自身のお尻を見る様にぐるんと向きを変えた。
「ぁっぶねぇーーー!」
「回避に専念って言ったでしょう!?」
「まさか尻尾があるなんて」
前衛は振り回された長い尻尾に当たらない様に後ろに下がる。
ちなみにエイダン君とジョン君はスコットさんに後ろに投げ飛ばされていた。
その時2人にはシールド魔法が付いていたのでサディちゃんがやったのだろう。
向きを変えてハリスさんにお尻を出してしまったボスはそのまま彼の攻撃で大ダメージを喰らい息絶えたようだ。
ふっとボスエリアの独特な空気感が無くなり討伐完了したのだと感じとる。
「ふぅー!お疲れぃ!!」
ハリスさんの声を合図に皆んなが駆け寄っていく。
「ほらチヨちゃんも、消える前に素材になるものは取らないとね」
「はーい」
素材を頂いてボスが消えると転送ポータルと宝箱が現れた。
「おっ、なんだぁー!?」
「デルラとサディとチヨちゃんで開けてきて」
「わーいやったー!」
「良い物あるかしら…」
「何があるかねぇ」
宝箱自体はフィールドモンスターや日差しの丘ダンジョンで何回も見てるし開けているが、やっぱり初めての場所だとドキドキしちゃうわね。
「いくよー?せーのっ!!」
サディちゃんの掛け声に合わせて手に力を入れる。
パカっと開いた宝箱の中身は拳闘士用の爪武器とネックレスが入っていた。
「ジョンくーん!」
サディちゃんが爪武器を持ってジョン君に渡している。
デルラちゃんはネックレスを手に取りハリスさんの元へ。
「ほー、幸運のお守りか。誰でも良いぜ」
「じゃあ…チヨちゃん…いる?」
「私?私は大丈夫よー、幸運のアクセサリー持ってるからぜひデルラちゃんが使って」
「いいの?…ありがとう」
はぁー可愛いわねぇ。
デルラちゃんのにっこり微笑みに何でもプレゼントしてあげたくなってしまうわ。
「チヨちゃん幸運アクセ持ってるのに着けてねぇのか?」
「あっカバンの中に入れてて」
ほら、これです!とポシェットから取り出したアクセサリーは以前コーダさんから頂いた髪飾りのアクセサリーだ。
「おー!持ってるならちゃんと身に付けてねぇと効果出ねぇぞ」
「そうよねぇ、でもなんだか汚しちゃいそうで勿体なくってねぇ」
「良かった、好みに合わなかった訳じゃ無いんだね?」
「まさか!こんな素敵な物!!」
「じゃあしっかり着けててね」
コーダさんが私の手から髪飾りを取り手慣れた様子で着けてくれる。
「なんだまさかコイツから貰ったのかあ!?」
「コーダ、チヨちゃんはまだ5歳ですよ」
「まあチヨちゃん美人だものねえ」
「貴方達ね、別にそんなんじゃなくてチヨちゃんが初めてスキルを覚えたお祝いにプレゼントしただけですよ」
大人達はコーダさんを囲って楽しそうにしている。
子供達の方へ視線をやると皆んなでジョン君の新武器お披露目会をしているようだ。
そして私はと言うと、商人であるジョン君のお父さんにマジマジと見られている。
「ほほう、これはまた良い髪飾りですね」
「ぁ、ありがとうございます」
「ぜひこれも売る時は私の元へ痛っ!!!」
ガツンと鈍い音が鳴り屈み込んだジョン君のお父さんの後ろを見るとコーダさんが握り拳を作っていた。
「だからチヨちゃんの持ち物を狙わないで下さいよ、全く。それじゃあ皆んな戻ろうか」
「そうだな、名残惜しいけど全員ポータルで出るぞ!」
「「「はーい」」」
ポータルに触れるとダンジョンの入り口まで一瞬だ。
こうして私の初めての特殊ダンジョンは無事に終わり、同時に子供達、ハリスパーティと別れの時間になってしまった。