1-5 特殊ダンジョン発見
「おやまぁ」
「まじかよ」
最近は子供達と一緒に平野の奥でレベル上げに勤しんでいる。
今日もまた同じ場所で頑張るぞ!と、気合を入れてやってきたとこ、昨日まで普通のフィールドだったはずの場所にダンジョンが出来ていた。
「やっぱり特殊ダンジョンは異質だな」
「特殊ダンジョン?」
何か知っていそうなエイダンくんの言葉を繰り返す。
「時々こうして何も無い場所にダンジョンが生成される事があるんだ。それはすぐに消えたり、長く残ったりと色々だけど」
「あのね!見つけたらまずね、ギルドに報告するんだよ!」
「生成されたばかりのダンジョンは中の状態も適正レベルも分からないからギルドの人とか上級冒険者が下調べに行く事が多いんだ」
エイダンくんの言葉にサディちゃんとジョンくんが続く。
「なるほどねぇ。皆んな詳しいのね」
「へへ、一度入った事もあるんだぜ」
どうやらハリスパーティで調査を引き受けた事があるらしい。
調査1回目は大人達だけだったが2回目からは全員で行い、何度も念入りに調査をしたそうだ。
ギルドへ報告するため私たちは来た道を引き返す。
そしてギギギィと、重たいドアを引きカウンターのお姉さんに特殊ダンジョンが出来ていた事を伝えた。
「ご報告ありがとうございます。調査が終わるまで特殊ダンジョンには近付かないようにお願い致します」
はーい!と、皆んなで返事をしてギルドを出る。
「今日どうすっかー!もう日差しの丘じゃあ余裕すぎてつまんねぇしなあ」
「この街周辺だと修行になるような所はないもんね」
エイダンくんとジョンくんが今日の修行場所について話し合っている。
もともとハリスパーティとして旅をしていた為みんなレベルはそれなりに高いのだろう。
ここ、アコールスターの街周辺は低レベルのモンスターが多く彼らにとっては退屈みたいだ。
「でもまあ、またそろそろ出発だろうな」
「エイダンのお父さん何か言ってた?」
「昨日母ちゃんと2人で話し合ってるの聞こえてきてさ、あーそろそろ出発だなって感じだったぜ」
「えー!そうなの!?じゃあまたお母さんとお別れかあ」
「…今日は修行やめて家族と過ごそう」
「そうだね、僕のところは両親とも冒険者だけど3人はお母さんとゆっくりする日があっても良いかもね」
「ちぇー、じゃあ今日は解散だな」
修行が出来ず悔しそうなエイダンくんだが、「まあ母ちゃんに沢山顔見せとくか」なんて呟いている。
母思いな一面もあるようだ。
サディちゃんとデルラちゃんもお母さんの元へ急がなきゃと駆け足で帰っていった。
さて、残されたジョンくんと私もとくにやる事はなく解散の流れかしらね。
「それじゃあジョンくんもまたね」
「あっ、チヨちゃん少しだけ僕とお話ししない?」
「あらあら、もちろん喜んで」
ジョンくんと2人で過ごすのは初めてだわ。
「ありがとう。街すぐ近くのフィールドに行こうか」
そう言って懐かしい場所でバッタを倒しはじめる。
私がこの世界に来て初めて薬草を採取しモンスターを倒した場所だ。
あの頃と違い今では一撃で倒すことが出来るようになった。
「チヨちゃんはさ、冒険に出たりしないの?」
「そうねぇ、そりゃ色んな所に行ってみたいわね」
もともと旅行は好きだった。
夫が定年退職した後はよく夫婦で温泉旅行に出たものだ。
この美しい世界でも彼方此方へ行ってみたいと思っている。
「お父さんやお母さんも冒険者なの?」
「いいえ、今はもう亡くなっちゃってるけど、うちは普通の両親だったわねぇ」
「え!?そうだったんだ、ごめんね」
「ふふ、大丈夫よ。今は1人でもコーダさんやジョンくん達が居るから毎日楽しいわ」
「そっか…」
そう言って彼は何かを考え込んでしまった。
2人して黙々とバッタを倒し続ける。
「あの、ジョンくんどうかしたの?」
考え事をしてる最中に声をかけるのはどうかと悩んだが聞いてみることにした。
「なにか心配事があれば言ってね」
サディちゃんも大きな悩みを抱えていたし、ジョンくんも例外なく多感な時期だろう。
「はは、困らせちゃったね。さっき聞いたと思うけど僕等そろそろここを立つみたいでさ、そうしたらチヨちゃんは1人残って修行するのかなーとか考えちゃって」
「あら、あらあらあらあら!ふふ、ジョンくんは優しいわねぇ」
「本当ならチヨちゃんも一緒に行けたら良いんだけど…」
まさか私のことを考えてくれてたなんてねぇ。
確かに皆んなが旅立てば私はまた1人になっちゃうけど、それは仕方がない事だ。
以前ハリスパーティはメンバー募集や他所の子を預かる事は一切しないと聞いた。
そうでなくても私なんかが着いていくには圧倒的経験不足だ。
皆んなと修行するようになってレベルこそ上がったが私はまだこの世界に来てこの街から出た事が無い。
そんな世間知らずな状態でパーティに入れてくれなんて烏滸がましいにも程がある。
「今まで皆んなが一緒に修行してくれたから私は大丈夫よ。それにジョンくんにそんな風に思ってもらえて嬉しいわぁ」
「チヨちゃん…ごめんね、ありがとう」
「出発日が決まったら教えてね」
「もちろん!」
そのままジョンくんと解散の雰囲気になり各々帰路につく。
まだ時間も早いしどうしようかしら。
いつもの修行場所は使えないし、1人でダンジョンはボスが厳しいし。
うーんと唸りながらなんとなくギルドに来て掲示板を眺めてみる。
なにか丁度いい依頼はないかしら。
採取系は常に募集があるけどレベル上げと思うと討伐系を受けたいし、自分の適正難易度だとネズミ30匹以上の討伐くらいかしらねぇ。
その上だと一気に難易度が跳ね上がる依頼しかないのよね。
平野奥に行ければ少し強いネズミも居るけど今は特殊ダンジョンの関係で近寄れない。
今日はのんびりとスキルや武器の扱いを考えながらやっていこう。
お姉さんにネズミ討伐とついでに薬草採取も受けたい事を伝えて手続きをしてもらう。
討伐数はギルドカードに自動でカウントされるので30を超えたら依頼達成となる。薬草は3個以上から受け付けているので好きなだけ採取してきて構わないとの事。
「ではお気をつけて行ってらっしゃいませ!」
「はい、ありがとうございますねぇ」
「あれ?チヨちゃん?」
依頼を受けてギルドを出ようとした時に後ろからコーダさんの声が聞こえた。
「こんにちはコーダさん。今ちょうど依頼を受けてきたのよ」
「そっか、特殊ダンジョンの報告者ってチヨちゃん達だったもんね。今日は解散して1人ってところかな?」
「ふふ、なんでもお見通しねぇ」
「外いくなら気をつけてね」
「ありがとう、コーダさんもお仕事頑張ってね」
ギルドを出て平野の方へ向かう。
今日1日でこの道何回通るかしら。
見慣れてきた街並みを横目に本日3回目の平野へ到着する。
初めて戦った時は苦戦したネズミも今やリュートの物理攻撃で一撃だ。
このまま1匹ずつ倒しても大した経験にもならないので先ずはネズミを3匹以上集めて群れと遭遇した時の練習をしていこう。
今までは皆んながいたけど、これからは1人でダンジョンに行ったり平野奥へ行くようになるだろう。
そうなると今私がやる課題は大きく2つ。
群れへの対処と遠距離攻撃の的中率。今日はここを重点的にやっていく。
まず3匹、慣れてきたら少しずつ数を増やしていこうかしらねぇ。
ネズミは近寄るだけで敵対するのでそのまま攻撃せずに次のネズミに近寄る、さらにもう1匹集める。擬似的な群れだが構わない。
ネズミ達の攻撃を避けながらリュートを打ち付ける。
3匹共が正面に居れば回避からの攻撃もしやすいけど、バラバラな位置から襲われると攻撃するタイミングが無いわね。
こちらの攻撃も掠った程度では一撃で倒せない。
しかし1匹でも倒してしまえば後は簡単だ。
段々と慣れてきたら今度は4匹同時に、そして5匹同時にと1匹ずつ増やしていく。
そして今は7匹と敵対している。
っ、これは思ったよりも大変ねぇ。
ネズミ達は気性が荒く、瞬きする間もなく次から次へと襲ってくる。
7匹みんな視界に入れようとすると自分が後退していってしまい攻撃にまわる隙がない。
かと言って視界外にすると背後から攻撃をもらってしまう。
落ち着いて焦らずやれば良いのよ。
自分にそう言い聞かせて無理に攻撃せずチャンスを伺う。
ふぅ、時間はかかるけどそんなにダメージを負わずに倒せるわねぇ。
しばらくは7匹の即席群れと対峙して感覚を掴んでいく事にしよう。
どれだけの時間ネズミと戦って居たのだろうか。
気が付けば日が傾きはじめ空は橙色から薄紫色に映りかわろうとしている。
ギルドカードを確認すると討伐数は既に150を超えているではないか。
遠距離攻撃の練習もしたかったが今日は薬草を採取して街へ戻ろう。
地面に座り込んで息を整え、そして薬草に意識を向ける。
ぽつりぽつりと僅かに輝いた場所を確認して手近な物をいくつかポシェットに詰め込む。
あとはギルドに報告と受け渡しをすれば終わりだ。
あら?
「コーダさーん!!皆さんもこんばんは」
街と反対方向、平野奥からコーダさんとエイダンくんのお父さん、ジョンくんのお母さん、そして双子のお父さん、大人4人の姿が向かってくる。
皆さんどこかお疲れ気味な様子で何か言い合っている。
「やあチヨちゃん、遅くまで鍛錬お疲れ様」
「おー!チヨちゃん久しぶりだなあ!聞いてくれよ、おっちゃん今コーダの野郎に虐められてよお」
「ハリスさん?余計なことは言わない方が身のためですよ?」
「かー!ハリスさんだなんて白々しいぜ全く!さっきまでハリスてめぇこのやろう!なんて叫んでたくせによお!」
「それ以上お喋りするならもう一回2人でダンジョン戻りましょうか」
おやまあ、なんだかコーダさんの雰囲気が…
あ、そうか。
この4人って以前お話しに聞いていた、若い頃のハリスパーティメンバーなのねぇ。
いつものがギルド職員のコーダさんなら今は冒険者のコーダさんって感じね。
「ふふ、何があったのか分かりませんが皆さんとっても楽しそうねぇ」
コーダさんだけじゃない、他のお三方もまるで少年少女のようなキラキラした表情を見せている。
「そうだね。またコーダとパーティを組めたのもあるし、何よりあのスパルタ具合、なんだか懐かしくなったよ」
「本当にそうね、あの頃を思い出したわ。これもチヨちゃんや子供達が特殊ダンジョンを見つけてくれたおかげよ」
「ありがとう」と、双子のお父さんとジョンくんのお母さんの声が重なる。
「あ!そうだわ!チヨちゃんも一緒に行こうよ、特殊ダンジョンへ」
「へ?」
「そりゃ良い!なんたって発見者だからな。今回はコーダもいるし他に1人加わるぐらい構わねぇだろ」
「実は今僕達特殊ダンジョンの調査の帰りでね。明日・明後日も調べに行くんだけど今日の感じをみると明後日の調査時は子供達も連れて行こうかって話になってたんだよ」
「だからさチヨちゃん!一緒に行こう!ねっ」
ジョンくんのお母さんの突発的な発言に一瞬呆気にとられてしまう。
皆さんと特殊ダンジョンに行ける、なんて素敵なお誘いなのかしら!
「まだまだ未熟ですがご迷惑でなければ是非とも宜しく頼みます」
「んもうチヨちゃんなら大歓迎よ!いつもジョンからチヨちゃんの話を聞いて一緒にパーティ組みたいって思ってたのよね!」
「俺もだぜ。エイダンの話を聞くと俺も一度くれえは吟遊詩人とパーティ組んどかなきゃなあ」
「はー、皆さん話を聞いていれば。それが目的ですか?全く…」
「ちっ、ちがうわよ!そりゃ少しは期待しちゃうけど、それだけじゃなくって私はただチヨちゃんが可愛くて可愛くて!あーもうこんな娘が欲しかったわ!」
「チヨちゃんが迷惑だなんて事は一切ないから安心してね。それにこんなチャンス滅多にないから楽しみにしてて。また詳しくは明日の調査後に連絡するよ」
「ありがとうございますねぇ」
1人盛り上がるジョンくんのお母さんを横目にコーダさんに促されるままギルドへ向けて歩き出す。
道中は子供達に仲良くしてもらっている事の感謝を伝えると改めて皆さんと自己紹介が始まった。
「エイダン・ハリスの父親で一応リーダーをやってる。気軽にハリスおじさんって呼んでくれ!」
「あっ!ずるいわよー!!私はジョン・スコットのお母さんです。チヨちゃんもお義母さんって呼んで良いからね」
「2人とも気持ち悪い事言ってたら引かれますよ。僕はデルラとサディの父でオーモンだ。2人の言ってた事は気にせず、ハリス・スコット・オーモンで構わない」
「ハリスさんにスコットさん、オーモンさん。チヨと申します。よろしくねぇ」
ギルドへ着くと皆さんと別れの挨拶をしてお姉さんに依頼の報告と薬草を提出する。
今日はこれでもう終わりかしらねぇ。
帰りにスーパーでも寄ってお夕飯の食材を買って行こうかな。
なんだか行ったり来たりの1日だったけど群れとの戦いの経験をして、明後日はもしかしたら特殊ダンジョンへ行けるかもしれないという素敵なお誘いを頂くことができた。
想像するだけで笑みがこぼれ落ちそうだ。
明日も良い日になりますように。