1-4 サディの苦悩(後編)
初めて会った時に彼女がしてくれたように、今度は私が彼女の手を取り歩き出す。
気分転換と言ったら戦闘で身体を動かすか、女の子だし買い物も良いかな。
あぁ、でも気を遣われるのを嫌がる子だし私の用事に付き合ってもらうほうが良いだろうか。
だったら…
「スーパーに行って美味しいお菓子を買いたいんだけどサディちゃん付き合ってくれる?」
「ぅん」
街へ着くなりスーパーへ向かう。
繋いでいた手を離し買い物カゴを持つと「サディが持つよ」と代わりに持ってくれた。
先程までは私の鍛錬の邪魔をしてしまったと暗い顔をしていたが、やっと笑顔を見せてくれた。
それは今日会った時のような元気のない笑顔だが、それでも少し安心する。
こういう時は甘い物かねぇ。
普段お饅頭ばかり食べているけど若い子ならチョコレートとかかしら。
製菓コーナーで睨めっこをするも何が美味しい物なのか分からず適当にアレもコレもとカゴに入れていく。
「チ、チヨちゃん?そんなに沢山買うの?」
「どれも美味しそうだから全部買ってみようかなって思って」
「もー、買い過ぎても食べ切れないしお金も勿体無いよ。サディのおすすめ教えてあげるね」
「ふふ、ありがとう」
私が乱雑にカゴに入れた物から彼女が選別していく。
これとこれは似た様なお菓子だから1つで良いとか、これは硬すぎるから食べ難いとか。
そうしてあっという間に手際良く分けられレジへ向かう。
「チヨちゃんお菓子ばっかり買ってお母さんに怒られないの?」
「うぅーん、両親とも優しい人だったからねぇ」
とうの昔に亡くなった両親を思い返すが2人とも優しい人だった。とにかく自分のやりたい事をやりなさいとよく言われたものだ。
もちろん何でもかんでも我を通すという訳ではなく信念を持てという事ではあるが、例え今この時代この世界に両親が居たとしてもお菓子の大量買いを怒られる事は無いだろうな。
むしろ2人にもこんな美味しいものがあるんだと食べさせてあげたかった。
なんて、私までしんみりしている場合じゃない。
「サディちゃん、私の家で一緒に食べよう」
購入したお菓子はポシェットに入れて再び手を繋いで歩き出す。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「ふふ、誰もいないから緊張しなくて大丈夫だよ」
おずおずと付いてくるサディちゃんに声をかけてミルクを温める。
可愛いマグカップを2つ、ホットミルクを注いでソファ前のローテーブルへ持っていき、そのまま「どっこいしょっと」と腰を下ろす。
彼女もソファへ座るのを見てから買ってきたお菓子を取り出しテーブルに広げる。
「どれから食べてみようかねぇ。この家で友達とお菓子パーティーなんて初めてでワクワクしちゃうわ」
「えっとね、サディはこれ食べたいな」
「よし、じゃあ私もそれにしよう。サディちゃん2つ取ってくれる?他のも全部開けちゃえ、好きなだけ沢山食べよう!」
「チヨちゃん大胆、あはは」
「ふふ、サディちゃんも遠慮なく食べてね」
食べる前からお菓子を次から次へと開けるのが面白かったらしくサディちゃんから笑顔が溢れる。
たまには馬鹿みたいな事で息抜きもしなくちゃねぇ。
「チヨちゃんありがとうね、サディのこと励ましてくれて」
しばらく他愛のない話を続けているうちに沈んでいた気持ちも軽くなったのか、いつの間にか普段のサディちゃんに戻っていた。
「元気でた?」
「うん、元気でた」
「良かった。ねぇ、何があったのか聞いても良い?」
「うーん、んんー、うん。あのね、えーっとね」
「ゆっくりで大丈夫だよ。何でも良いから1つ声に出して言ってごらん」
何から言ったら良いのか分からない様子だ。きっと悩みや弱音を声に出してきた経験が少ないのだろう。
「あのね、サディは役立たずだから練習いっぱいして頑張らなくちゃいけないんだけど、なんかもうどう頑張ったら良いのか分からなくなっちゃって。やってるつもりなのに全然みんなの力になれないから、足引っ張ってばっかりで。それでちょこーっと悩んでただけ!ごめんねこんな事で迷惑かけちゃって」
「役立たずって、サディちゃんが?」
ヒーラーはパーティに1人は必要な人材だ。
そんな大事な役割の彼女が役立たずな訳がない。
「みーんな言ってるよ!あ、もちろんパーティの人たちはそんな事言わないけど、でも今まで冒険してきたあちこちで散々言われてきたし、サディだって分かってるもん。
チヨちゃんも知ってると思うけど、サディのお父さんヒーラーでね、それもめちゃくちゃ凄い人なんだよ!あのね、1人で全員の体力把握して1人でみんな回復させちゃうの!魔力だって全然無くならないし」
ハリスパーティが名の知れたパーティと言うのはコーダさんから聞いていた。
元々大人4人の冒険者パーティで実力派として有名だったがリーダーの結婚を機に一時解散、数年後子供達も交えて再結成したとか。
高難易度ダンジョンも攻略していたそうだし、確かに凄腕のヒーラーなのだろう。
「サディちゃんのお父さんが凄い人であってもサディちゃんが役立たずな訳ないじゃない。だって私が初めて組んだパーティの大事なヒーラーだよ?サディちゃんが居たから安心してダンジョンに挑めたのよ」
「でもダンジョンだってサディ魔力少ないから皆んなの体力回復が薬草で足りる時は薬草使ってもらってるし、戦闘中もすぐ回復してあげたいけどスキルでの回復量と体力の減りを見て耐えてもらってるし。それに最近はダンジョンでも皆んな強いからそんなにダメージ受けないし。それにね、サディは攻撃魔法覚えてないから敵を倒す事も出来ないんだよ」
それにそれに・・・と、溢れ出てくる悩みの多さに驚かされる。
いつも明るい彼女の心の内にこんなにも苦悩があったなんて。
話をまとめると要はこう言う事だろう。
お父さん1人でヒーラーは足りている。
子供達とのパーティでもヒーラーとしてやる事が無い。
敵も倒せないし、そもそもヒーラーとして魔力量に自信がない。
さらに外野から役立たずだのなんだの言われてきて心が参ってしまったのだ。
私もパーティの時はステータスアップのスキルくらいしかやる事無くて悩んだけど、彼女の場合はもっと深刻そうねぇ。
「よし!サディちゃん、こう言う時は同じ職でもあるお父さんに相談するのが良いよ!若い頃どうやって練習してきたのか聞いてみよう」
「だ、だめだよ!それはだめ!皆んなには迷惑かけたくないの。それに前にね、お父さんに昔の話聞いた事はあるんだけど教えてくれなかったし」
「ねぇサディちゃん、もし私が悩みがあるってサディちゃんに相談したら迷惑?」
「えっ、チヨちゃんの悩み?全然迷惑じゃないよ!サディで良ければ何でも言って!」
「ふふ、そうでしょう。サディちゃんが相談して迷惑と思う人なんて居ないよ。でもそうだねぇ、お父さんが駄目ならコーダさんに聞いてみようか」
コーダさんは昔ハリスパーティの1人だったと聞いていたから何か知ってるかもしれない。
私ではサディちゃんの悩み解決には力になれなさそうなのでここは彼に話を聞いてみよう。
冒険者カードからコーダさんの連絡先を指定してメールを送る。
「コーダ先生!?それもだめだよチヨちゃん!今まで誰にも言わないで頑張ってきたのに」
「サディちゃんは頑張りすぎ。それにもうコーダさんに連絡しちゃったし仕事終わったらここに来るって返信もきてるよ」
「どうしよー!こんな事で呼ばれて先生怒らないかな!?チヨちゃーん!」
「もう諦めて全部相談してみよ。ね?コーダさんならサディちゃんのパーティでの立ち回りとか鍛錬の仕方なんかもアドバイスくれるかもしれないし」
「ぅん、そうだよね。ごめんね、チヨちゃんはサディのために色々してくれてるのに」
「んーん、私は何もしてあげられなかったけど、でも一緒にコーダさんに聞いてみようね」
「うん、ありがとう」
今まで誰にも相談できずにいたのだろう。
なんとか解決できれば良いが。
コーダさんが来るまでの間、また緊張してしまったサディちゃんを宥めつつお菓子パーティーを再開する。
ピンポーン
あれから2時間ほどが経ち、窓の外を見れば陽が傾いている。
「コーダさんお仕事終わったみたいだね」
「う、うん」
だいぶ緊張も取れリラックスしてきたと思ったがインターフォンの音でまた少し張り詰めている。
「いらっしゃいコーダさん。お仕事お疲れ様です」
「やあチヨちゃん、お邪魔します」
コーダさんをサディちゃんの方へ促し、私は彼のコーヒーを淹れにいく。
するとなんだか楽しそうな声が聞こえてくる。
勝手に私のペースで呼んでしまったけど大丈夫だったみたいねぇ。
「コーダさんコーヒーどうぞ」
「ありがとう」
「ヂヨぢゃーん!!」
「あらまぁ」
ソファへ戻るとコーダさんの笑い声とは裏腹にサディちゃんが泣きべそかいてるわ。
「コーダさん苛めちゃだめですよ」
「あはは!そんな人聞きの悪い。苛めてないし寧ろ僕は褒めてるんだよ、サディをね」
「だって、だって、うわーん!!」
コーダさんが酷い事を言ったりする事は無いだろうが、私がコーヒー淹れてる間に一体何があったんだろうか。
「サディ、やっと相談する事が出来たんだね。ずっと心配してたんだよ。サディが他所で陰口を言われてるのを知る度に何度殴りに行こうと思ったか」
「コーダさん知ってたんですか?」
「うん、僕はこの街に居るから直接現場を見た事は無いけどパーティメンバーからはよく連絡が来てたんだ。サディに声をかけても大丈夫の一点張りで傷ついたそぶりも無いしどうしたら良いんだってね」
「そうだったんですか」
確かに冒険先のあちこちで言われてたならメンバーも聞いているはず。しかしそこで相手と揉めるのはきっとサディちゃん本人が1番嫌がる事だろう。自分のせいで問題が起こるのを許せるような子じゃない。それこそ本人が相談してくれれば何か言いようもあったかもしれないが。
「だから今回子供達だけでパーティを組ませるのに帰ってくると聞いた時は良い判断だと思ったんだよね。ヒーラー1人なら役立つ体感も得られるし、この街にサディの事悪く言う奴も居ないし。何よりサディの母親もいるからね」
「あれ?サディちゃんのお母さんはパーティに入ってないんですか?」
「うん、サディの母親とエイダンの母親は冒険者じゃないからね。夫婦で出てるのはジョンの所、スコット夫妻だけなんだ」
へぇ、そうだったのね。
てっきり3家族全員で1パーティなのかと思ってたから以外な言葉に話がずれてしまった。
「でもサディがチヨちゃんに相談したのは予想外だったな。てっきり言うなら母親かと思ったよ」
「だってお母さんに言ったら心配かけちゃうし、それにお父さん怒られちゃうもん」
「あはは、そっかそっか」
「あの、サディちゃん他にも悩みがあるんです」
「うん、言ってごらん」
コーダさんの優しい声色に徐々に落ち着きを取り戻したサディちゃんがポツリポツリと話し出す。
なんとなく察していそうだったがそれでも彼女の言葉を遮る事なく話を聞いてくれる。
「あのね、だからね、お父さんが居るからサディは要らないし、でも今更転職しても足手纏いだし、でも修道士で居ても足手纏いだし…」
「うん、うん。そうだなー、何から伝えようかな」
サディちゃんが話し終えたのを見て今度はコーダさんが話し出す。
「先ずそうだね、サディが転職まで考えてると思わなかったからコレから伝えようか。
子供達が冒険者レベル10になって転職するって言う時大人達は皆んな緊張してたんだ。好きな職に就いてほしいって思いと、次世代として子供達4人でバランスの良いパーティになってほしいって思いがあったからね。そしてエイダンがタンクの騎士、ジョンとデルラがアタッカーの勇士と隠者を選んで最後にサディがヒーラーの神官を選んだ。もうね、皆んな大喜びしたよ。子供達がやりたいって言った職がそのままパーティとしてもバランスが取れていて嬉しかったんだ。それにもう一つ、サディが神官を選んでくれたおかげで大人達の夢も見えてきた」
「夢?」
「そう、超高難易度ダンジョンの攻略。サディの父親がヒーラーとして凄いのは分かっているけどそれでもヒーラー1人では攻略不可と言われているダンジョンが世の中にはいくつもある。サディがヒーラーとして成長したらきっと大人達は行きたがるだろうね」
超高難易度ダンジョン、ゲームの時に行きたかったがソロプレイヤーだった私は足を踏み入れる事なく終わったのよねぇ。
「だからサディが神官を選んでくれた時は2つの意味で大喜びだったよ。出来ればそのまま修道士として成長をして神官を目指してほしいな」
「そうだったんだ。でもサディ魔力低いしお父さんみたく出来ないよ」
「あはは、それこそ何の問題も無いよ。ステータスの上がり方は個人差がかなり出るのは知ってるだろ?同じ職、同じレベルでも皆んな違う。確かにサディは今魔力が少ないのかもしれないが、それを上回るほどのヒーラーとしての才能がある。それが何か分かるかい?」
「んんー、サディ何も無いよ」
「いい?サディの優れた才能、それはずば抜けた状況把握能力だよ」
状況把握能力…。
私もサディちゃんも分からないという様に頭上に?マークを浮かべる。
「サディは皆んなの体力を把握して自分の魔力を上手に使っているだろ。それは修道士なら誰でも出来るわけじゃない。お前の父親すら今のサディのレベルの時には出来てなかった事だ」
確かにサディちゃんは体力の減りを見てアイテムとスキルの使用を分けていると言っていたが、それが修道士としてじゃなく彼女の才能だとしたらそれって…
「それって、とっても凄い事じゃない!?」
思わず凄いわサディちゃん!と抱きついてしまった。
「お父さんが出来てなかったこと…?」
「そう。お前の父親は今でこそ名の知れたヒーラーだけど子供の頃はそれはもう酷いもんだったんだよ」
何度前衛が死にかけたことか…と、コーダさんは過去を懐かしむように笑っている。
「だからサディ、今は年齢的にも色々な悩みが出てくる時かもしれない。だけどね、サディにはこのまま修道士の道を突き進んでみてほしい。今後必ずパーティにサディの力が必要な時がくる。その時が来たら皆んなを支えてやってくれ」
「…ぅん。先生もチヨちゃんもありがとう。サディに何が出来るか分からないけど、でも2人と話してなんだか元気でた!くよくよするのはサディらしく無いし、それにサディね、修道士が好きだから、お父さんみたいな立派なヒーラーになれるように頑張ってみる!」
「ありがとう。また何かあれば今度はすぐに相談するんだぞ」
「はーい」
コーダさんに聞いてもらって良かった。
サディちゃんのすっきりした表情を見て心からそう思う。
「チヨちゃんも悩みがあればいつでも相談してね。それじゃあ時間も遅いしサディを送って帰るよ」
「ありがとうございます。2人ともお休みなさい」
「またねチヨちゃん!」
バイバーイと手を振りながら帰っていく2人を見送り家の戸を閉める。
いつもフィールドに出て練習ばかりだったけど、たまにはこういう日も良いわね。
今日はこのまま家でのんびり過ごそうかしら。
ホットカフェラテを入れてまたお菓子をつまむ。
「サディちゃんが元気になって良かったわ」