1-3ダンジョン攻略
ぐるりと周りを見れば朝から人が多くカウンターはどこも満員だ。
今日私はコーダさんに誘われてギルドへ来ている。
なんでも冒険に出ていたパーティが帰ってきているようで、今日はそのメンバーの一部がダンジョン攻略へ行くらしい。
そこでせっかくスキルを覚えたなら一緒に参加してみると良いと声をかけてくれたのだ。
「おはようチヨちゃん!もうすぐ賑やかなのが来るよ」
パーティ参加に興味があった私は二つ返事でぜひ行ってみたいですとお願いした。
するとコーダさんはすぐにお相手に連絡をして承諾を得てくれた。
「なんだか緊張してきたわねぇ」
「あはは、チヨちゃんなら大丈夫だよ」
「ちーす!今日はうちのメンバー共を宜しく頼むぜ!」
「おっ!どーもどーもハリスさん!この子が昨日言ったチヨちゃんです。レベルはまだ低めですが範囲バフスキルが使えるので今回お役に立てるかと!」
「ほーお!吟遊詩人とは俺もパーティ組んだ事ねぇな。今度おっちゃんとも一緒にパーティ組んでくれよな!」
「えぇ是非とも、宜しくお願い致します」
「おぉーい!お前ら入ってこい!」
挨拶が終えるとハリスさんと呼ばれた大柄な男性はドアに向かって大きな声で誰かを呼びはじめた。
「先生ただいまー!」
「父ちゃんうっせえよ!」
「早くダンジョン行きたい…」
「サディも早く行きたーい!」
ギギギィとドアの向こうからは子供達が4人、仲良さげに入ってきた。
「みんなお帰り。旅の話も聞きたいけど先に紹介させてね。今日一緒に行くチヨちゃんだよ」
コーダさんがみんなに私の紹介を、私には4人の子供達の紹介をしてくれた。
ギルドへ入ってきた順に、のんびり屋のジョン、ハリスさんの息子でしっかり者のエイダン、双子の女の子デルラとサディ。
ハリスさんは3家族で冒険しているパーティのリーダーで、今回はその子供達だけでダンジョン攻略へ行くらしい。
「ジョン、今日はお前がリーダーだ!チヨちゃんの事頼んだぞ。それからパーティメンバーはリーダーを支えてやってくれよな!全員無理せず無事に帰ってくるのが目標だ!」
さあ行ってこい!とハリスさんの一声で子供達はギルドを出てダンジョン日差しの丘を目指す。
「チヨちゃん!こっちこっち!はぐれないようにサディがおてて繋いだげるね!」
「ありがとうサディちゃん」
ダンジョンについての説明など無く、急に行ってこいと言われ呆気にとられていた私はサディちゃんに手を引かれ出発した。
後ろからはコーダさんやギルド職員、冒険者達の「行ってらっしゃい」と言う声が聞こえる。
「ここが日差しの丘だ」
エイダンくんが緊張した声で言う。
所々の柵と看板で仕切られているだけで一見普通の丘だ。
看板には主にレベルについて書かれている。
【日差しの丘】適正レベル20〜
モンスターレベル5〜15
ボスモンスターレベル18〜23
「みんないい?いくよ」
「いつでも準備万端だよ!」
ジョン君の声かけにサディちゃんが答え、エイダン君とデルラちゃんが頷く。
私もリュートをぎゅっと握りしめてジョンくんに大丈夫と視線を送る。
一歩ダンジョンに入ると空気が変わったのがわかる。
後ろを見ればいつも居る平野フィールドなのにまるで別空間のようだ。
「久しぶりだなこの感じ。いつもダンジョンでは父ちゃん達と一緒だったけど今日は俺らだけでも出来るって証明してやろーぜ!!」
「そうだね、でも無理は禁物だよ」
「当たり前だろ、怪我して帰ったら次は子供だけで行かせてもらえなくなるかもしれねーからな!」
剣士のエイダン君と拳闘士のジョン君が前を歩き、その後ろを魔道士のデルラちゃんと修道士のサディちゃん、そして吟遊詩人の私が続く。
ダンジョン入口付近はフィールドよりも少し敵が丈夫だなと思うくらいで前衛の2人が難なく討伐し進んで行く。
中層あたりからはデルラちゃんの魔法も加わり、3人の攻撃に敵は耐えきれず倒れていく。
全員がこのままボスまで行けそうだと思ったその時ネズミの群れが向かってきたのだ。
「やべぇ!イッカクラットの群れだ!!」
1〜2匹なら先程から倒してきたが多数で次から次へと襲い掛かってくる敵を前に全員に緊張が走る。
なんとか前衛が止めようと拳を打つけ剣を振り健闘する。
しかし抑えきれず前衛から後衛まで向かって来る敵もいた。
「わりぃ!!1匹そっち抜けた!!!」
「…だめ、早くて追えないっ!」
バコッッ!!!
「こっちに来たやつは私が叩くから怯んだ所に魔法をお願い!」
「チヨちゃんすごーい!」
前衛で敵を止めてくれている間にスキルを使わなきゃねぇ。
先程殴りに使った武器を楽器として持ち替えてスキルを発動する。
辺りに広がる弦楽器の心地よい音色。
物攻アップ!
「ありがてぇ!力が湧いてくるぜ!」
「このまま押し切るよ!」
前衛2人の火力が上がって後ろまで抜けてくる敵も少なくなった。抜けてきたとしても残り体力も僅かで私の一撃で倒れる。
その後のみんなの動きは効率的で大怪我もなく群れを倒し切る事ができた。
「はぁー疲れたねー」
「はぁはぁ、きっちぃな!」
「2人とも体力だいじょーぶ?」
地面に座り込んだ2人へサディちゃんが薬草を手渡している。
回復魔法を使うわけじゃないのね。
2人は受け取った薬草を握りしめて体力回復をしているようだ。
「あらまぁ、薬草ってそうやって使うのねぇ」
思えば薬草の採取・納品はやっていたけど使った事は無かった。
ポーションへの素材になる他、薬草そのままでも微量の回復になると言うのは知っていたがてっきりモグモグと食べるんだと思っていたわ。
「チヨちゃん使った事ないの?アイテムはね手に握って祈ると使えるんだよ!そのまま食べても良いんだけど味は美味しくないの。あとはポーションとか液体の物なら体に掛けても効果でるんだよー!」
「なるほどねぇ、色んな使い方があるんだね」
サディちゃんに教えてくれてありがとうと伝えると少し照れたようにはにかんで「分からない事はなんでもサディに聞いてね!」と返ってきた。
みんな良い子だねぇ。
もし私に子供や孫がいたらこんな感じだったのかしら。いや、この子達の年齢だとひ孫くらいかしら?
「みんな、もうボスまで近いよ」
体力回復したジョン君が立ち上がって言う。
「おうけーい!」
「ラストスパートだな」
「…いつでも行ける」
「気合いれなくちゃねぇ」
全員やる気十分といった表情をしている。
「よし、行こう!」
ダンジョンに入ってからかなり奥まで来たような気がする。道中でレベルも上がったようだ。
群れの敵はあの1回だけでその後はまた無難に突き進む。
「あら…」
空気が変わった。これはもしかして…
「ボスエリアに入ったみたいだな」
本日何度目かの緊張が走る。
「前から来るよ!」
ジョン君の声を合図に前衛2人が前へ、後衛2人が後ろに下がる。私は後衛よりも少し前に陣取りスキルを発動させる。
ボスは大きな青虫だ。
体をくねらせて前衛2人に体当たりしている。
2人は交わしながら反撃をするもあまりダメージが通っていない様子だ。
「デルラ!こいつ魔法の方が弱いかも!」
打ち付けた拳に手応えが無かったのかジョン君が後衛に伝える。
すると透かさずデルラちゃんの杖からファイアボールが投げつけられる。
「的が大きくて当てやすい…」
「どこ見てるんだよ、お前の相手はここに居るだろ?」
ファイアボールを当てられた青虫は後衛のデルラちゃんへ意識を向けた。
しかしエイダン君の連続切りで再度前衛との攻防が始まる。
私はスキルの効果があるうちは隙を見て石を投げつけ攻撃に参加する。
効果が切れそうになったらまた音を奏でる。
サディちゃんは前衛がダメージを負ったら体力の減りを見て回復魔法をかけているようだ。
前衛で詠唱時間を稼ぎデルラちゃんの魔法攻撃で体力を減らす。そんな状態が続きボスの体力も残り僅かとなった時、ボスは急に今までと違う行動をしてきた。
尾を振り体当たり、頭を振って頭突きしかして来なかったのに急に身体を起こし立ち上がったのだ。
全員がなんだ!?と身構えたその一瞬で後衛への攻撃を許してしまった。
口から勢いよく糸を吐くボス。
その糸は真っ直ぐに、確実にデルラちゃんへ向かっている。
彼女は詠唱していて動けない。
「「しまった」」
前衛と私の声が重なる。
間に合わない!
糸はドーンと大きな音と砂煙を上げてデルラちゃんに直撃する。
「「デルラ!!」」
「デルラちゃん!!」
しかし私たちの焦りの叫びとは裏腹に、砂煙の中から1つの灯りが見える。
「ファイアボール!!」
その灯りは砂煙を吹き飛ばしボスに大ダメージを与えて勝利を告げた。
空気が戻った。
ボスエリアに入った時の独特な空気感が無くなり討伐完了した事が分かった。
「良かった」と前衛2人と私が安堵したのも束の間。
今度は後衛から悲痛な声が聞こえる。
「サディ!!サディ!!!」
デルラちゃんの足元を見るとサディちゃんが倒れている。
ボスの糸は真っ直ぐにデルラちゃんへ向かっていた。それは確かに直撃したはずだった。
だがデルラちゃんは無傷で魔法を放ちボスを倒したのだ。
その違和感が一気に消えて全員が青ざめる。
デルラちゃんの近くにいたサディちゃんはボスの攻撃に怯む事なく身を挺して守ったのだ。
急いで駆け寄り彼女の受けたダメージの大きさに気付かされる。
ロッドは砕け散り身体中の傷から血が流れている。
早く処置をしなくては!このままでは命まで危ない!
回復魔法は彼女しか使えない。
何か、何か…っ
「薬草じゃ回復が間に合わない!」
ジョン君がサディちゃんの手を取り薬草と一緒に包み祈っている。
そうだ、ポーション!ポシェットにポーションが入ってるはずだわ!
慌ててポシェットからポーションを取り出してサディちゃんにかける。
1つじゃ足りないかと2つ目も取り出してジョン君に渡す。
そして3つ目のポーションをエイダン君に渡そうとした時、横たわっていた身体が起き上がりポーションを渡す手を静止した。
「もうだいじょーぶ。ポーションは要らないよ。みんなありがとう」
サディちゃんが笑顔で言う。
その顔はとても青白く、笑顔なことが余計に心配になる。
彼女は立ち上がってパンパンと体に付いた砂を払っている。
傷は消えたようだ。
だがボロボロになった武器防具が彼女の受けた痛みを物語っている。
「もー!みんなサディは大丈夫だよ!ボス倒してくれてありがとうね!早く帰ろう」
「サディ、お前心配かけんなよー!本当に大丈夫なんだな?どこも痛くないか?」
「だいじょーぶだって!」
「サディ、守れなくてごめんね」
「ダンジョンクリアできたのはジョンくんがリーダーだったおかげだよ!また来ようね!」
「サディちゃん、生きててよかった」
「チヨちゃんありがとう!ポーション助かったぁー!」
「デルラ、最後の攻撃中断しないで打ってくれてありがとう!視界遮っちゃってごめんね、へへへ」
「…サディ、サディ、ごめんね、ありがとう、ありがとう。サディが来るの分かって私、詠唱続けてボスを倒さなきゃって」
「それで良いんだよ、サディは攻撃魔法打てないしデルラがやらなきゃいけない場面だったもん。だからありがとう!」
全員がサディちゃんと言葉を交わしてやっと安心したのか、張り詰めていたものが解け体が強張っていた事に気が付いた。
デルラちゃんは大声あげて泣き出して、私たちもつられて涙を流し、大怪我したサディちゃんが困ったようにはにかんだ。
ボスの遺体はいつの間にか消えていて、そこには転送ポータルが出現していた。
「みんな、帰ろう」
ジョン君の言葉に全員で頷いてポータルに近付く。
「わぁ!みんな後ろ見てごらん!」
サディちゃんの視線を追って来た道を振り返るとそこには絶景が広がっていた。
だいぶ登ったんだねぇ。
丘のてっぺんから見る景色に心打たれながら私たちはポータルに触れた。
なんの振動も無く一瞬でダンジョン入り口へ戻ってきた私たちを待っていたのはコーダさんとハリスさんともう1人の男性だった。
「おかえり」
「なんだおめぇら顔真っ赤にして泣いたのか?」
「みんな大きな怪我は無いみたいだね」
「あー!お父さん!!」
「うっせぇ!泣いたのはデルラだけだ!」
「おや、デルラどうしましたか?」
会話を聞くに、どうやらこの男性は双子のお父さんだということが分かった。
ロッドを持っていることから回復魔法が使えるのだろう。
何かあったらすぐに対応出来る様に待っていたのね。
「…サディが」
「ねーお父さん!サディ出発前と今で違う所がありまーす!それはなんでしょー!」
「うーん?なんだろう?顔色が悪いね、それからレベルがあがったかな?」
「もーおー!もっと言う事あるでしょー!」
「ハハ、難しいなあ。答え教えてくれる?」
「しょうがないなあ。じゃーん!!サディのお洋服みて!チヨちゃんがくれたの!ちょー可愛いでしょ!!」
デルラちゃんの言葉を遮ってサディちゃんが楽しそうにクルクル回って見せている。
ボス戦でボロボロになってしまった服のままで街へ戻るには可哀想だと思いポシェットに入っていたワンピースをプレゼントしたのだ。
この世界の武器防具は持ち主に合わせてサイズが自動で伸縮するためサディちゃんは素敵に着こなしている。
「おや、本当だね、初めて見る服だ。とっても似合っているよ」
「…お父さん、サディ怪我したの」
「ちょこっとだけだよ!もうだいじょーぶ!」
「…死んじゃうかと思った」
終始笑顔のサディちゃんとは裏腹に、デルラちゃんは不安でいっぱいと訴える。
「見た所怪我や状態異常は無いみたいだけど、服が駄目になる程の怪我をしたとなると心配だね。貧血も起こしている」
「もーおー!!確かにちょっと怪我したけどチヨちゃんがポーションで治してくれたもん!」
「ハハ、そうかそうか。えーと、チヨちゃん?サディを助けてくれてありがとうね」
「いえいえ、元はと言えばサディちゃんがみんなを守ってくれたお陰で私も無事に帰ってこられたので。ふふ、2人とも良い子ですねぇ」
あの時サディちゃんがデルラちゃんを庇わなければボスの勢いに押されていただろう。彼女は本当にパーティ全員を守ってくれた。
「これは驚いた!2人より小さいのにしっかりした子だね」
「そうでしょう、僕もギルドで初めて会った時から小さい身体で大人の発言をするから思わず気にかけちゃってね。さて、皆んな無事ならギルドへ戻ってダンジョン報告をしてもらおうかな」
ギルドに着くなり今回のパーティリーダーであるジョン君がダンジョンでの様子や出来事を報告していく。
カウンターのお姉さんはそれを記載してまとめている。
近くではハリスさんとコーダさんも報告を聞き何か言い合っている様だ。
そして私たちメンバーは離れた所で雑談をして報告が終わるまで待機する。
「みんな、お待たせ」