1-8 旅立ち
コーダさんに魔法攻撃を教えてもらった日から毎日欠かさず鍛錬に励んだ。
難しいのは最初だけで、魔法に慣れると発動は簡単に出来る様になった。
ただ魔力を消費する為そう何回も出来るものでも無かった。
リュートの強化に必要な糸集めも順調に進んでいる。
初めてソロで日差しの丘ダンジョンへ行った時は時間こそかかったが敵の攻撃を避けながら矢を放てばダメージを受ける事なく倒せる事が分かった。
さて、花たちに水をやって朝食にしましょうかねぇ。
小さなお茶碗にご飯をよそって、お味噌汁と卵焼き、キウイフルーツを準備したらいただきます。
ふー、食後にお茶を淹れて一息ついたら時計を見る。
そろそろ彼がくる頃かしら。
ドタバタドタバターガチャン!
「おい!今日も来たぞ!」
「あらあらリアムくんいらっしゃい」
予想をすれば玄関から8歳の男の子、リアムくんがズカズカと家に上がり込む。
最近知り合った彼は騎士に憧れる男の子だ。
ある日街からフィールドに出る所で急に声をかけられそのまま一緒にバッタを倒していたらなんだか懐かれてしまった。
あの時は彼がまさか冒険者登録をしたてで初めてのモンスター討伐だとは知らずに着いて行ったのよねぇ。
本当に着いて行って良かったわ。
当時を思い返すと心底そう思うのは仕方がないことだろう。
あの時の彼はいきなりバッタに木の棒で殴りにかかったと思ったらすぐに返り討ちにされて全身傷だらけになってしまった。
私が居なければどうなっていたか分からないのだ。
「どうぞ」
彼がソファーに着席したのを見てキウイフルーツとお茶を出す。
私も横に座ってお茶の続きだ。
「チヨのお茶は最高だな!キウイと茶を飲んだら今日は森に行くぞ!」
「森はまだリアムくんには早いんじゃないかねぇ」
「ふん、そんな事は行ってみなければ分からないだろう。とにかく今日は森だ!」
初めて会った時から彼はこんな感じで常に自信に満ち溢れていた。
最初は無謀とも思えたが彼は瞬く間にレベルを上げスキルを覚えて行った。
それに意外と考えているらしく本当に無理な事はしないようだ。
きっと今も無茶はあれど無事に終わるだろう。
「どっこいしょっと。どれどれ、食器を片付けてくるからちょっと待っててね」
「おう!」
こうして新しい友達、リアムくんと出会ってからは毎日彼に付き添いながら私は私のやりたい事をやっている。
今日は森ねぇ。
リアムくんが1人でも森のモンスターを安全に倒せる様になった頃が目処かしら。
それもきっとすぐなのでしょうね。
毎日朝お迎えに来てくれてお喋りをしながらフィールドへ。
モンスター討伐時は各々目は届くけど少し離れたところで。
彼は自分よりレベルの高いモンスターにも挑みいつも傷だらけだ。
一度だけ助けを呼ばれた事がある。
冒険者レベルはすぐに10になり剣士に転職した時の事だ。
ウサギと対峙していたら次から次へと集まってきて、敵の攻撃を避けるように後退していたら後ろにもまたウサギがいて、四方八方囲まれていた。
リアムくんは防御に徹しながら私の名前を呼んで助けを求めたのだ。
私はすぐにウサギを倒して彼にポーションを渡した。
彼は「ありがとうチヨ、助かった!」と言ってまたウサギに挑んでいった。
「どれどれ、お待たせしたねぇ。それじゃあ森に行こうか」
「おっしゃー!!」
森のモンスターは出入り口付近ならウサギや鳥、森深くへ進むと加えて猿や熊も出てくる。
彼のレベルは分からないがきっと今日も傷だらけになるんだろうな。
「リアムくんはなぜそんなに強くなりたいのかねぇ」
「ん?そんなの当たり前だろ!強い男は格好いいじゃねえか!!だから俺は強くなって立派な騎士になるんだ」
イシシと笑う彼は眩しいくらいに真っ直ぐだ。
「そっか」
「おう!男は皆んな格好良くなりてぇからな」
「ふふ、今日も頑張ろうねぇ」
そうして森に辿り着いた私たちは少しだけ距離をとって武器を構える。
本当は心配だし近くにいたいのだが、なにせ彼の攻撃やスキルは彼に似て豪快なのだ。
私が近くにいたら邪魔になってしまう。
なので何かあればすぐに助けられるように私の弓の届く範囲内で別行動をする。
案の定今日も彼はボロボロになっていた。
「っ、ここの敵の攻撃はなかなか痛いな」
「そろそろお昼にしようか、ポーションも使ってね」
「ありがとう」
「無茶しすぎないでね」
「ふん、俺は無茶はしない」
いやいや、初めて会った時から毎日無茶の連続ですよ。
そう言おうと彼の顔を見るとあまりにも真剣な表情をしていて思わず言葉に詰まる。
「まだチヨには言ってなかったな」
「?」
「実はな、俺は兄貴になったんだ」
「あにき?」
「そうだ、妹が出来たんだ」
「あらまあ!!それはめでたいねぇ!!リアムくんおめでとう!!」
「兄貴は妹を守るもんだ。だから俺は強くなってこれから永遠に妹を守る騎士にならなければならない!だからこれくらいの怪我は怖く無いし、妹を守らずに死ぬ気もない」
「妹が可愛いのねぇ」
「ふん、当たり前だ」
そう言ってリアムくんは持ってきたサンドイッチをガツガツと食べ始め、その瞳は希望に満ち溢れていた。
午前中に森のモンスターに慣れてきたのか、昼食後は大きな怪我もなく解散の時間になった。
最近帰りはいつもバラバラだ。
彼は家へ、私は日差しの丘ダンジョンへ。
「また明日」と、別れたら魔力回復薬を使用してダンジョンへ挑む。
道中は弓矢やリュートの物理攻撃で進み、ボスは弓と魔法を使って倒す。
倒したら糸を集めて帰る。
「あら、これで糸15本集まったのね」
家で荷物整理をしているとリュートの強化に必要だった素材が全て集まっていた。
私は早速技工士に簡易転職を行いリュートの修復と強化をする。
ついでに弓の修復もしておこう。
今日の様子を見るにリアムくんは1人でも大丈夫だろう。
無茶な所はあるが本当に危険な事とは一線引いた行動ができる子だ。
明日リアムくんとコーダさんに会って、明後日ここを出よう。
なぜこの世界に来てしまったのか分からないが、せっかく与えられたこの人生。
広大で美しい世界を旅してみたい。
目標だったステータスアップにリュートの強化も達成した私は期待と寂しさを胸に眠りにつく。
翌朝早くから教会へ行き吟遊詩人に転職をしてまた家へ戻る。
朝食の準備をして鍋を火にかけている間に植木の水やりを済ませる。
するとすぐに鍋からコトコトと音がしてくる。
一人前なので少ない量だが大きくカットした野菜と出汁が入ってる鍋にに味噌を溶いて卵を落とす。
卵白が固まったら具沢山味噌汁の完成だ。
「いただきます」
この家で食事をするのも明日の朝で一旦終わりになるのねぇ。
引っ越しではなく旅行として家を空けるのでまた帰ってくるが期間は決まっていない。
朝食を終えたらお茶を淹れてリアムくんが来るまでゆっくりと過ごして待つ。
ドタバタドタバターガチャン!
「チヨ!今日も来たぞ!」
「ふふ、リアムくんいらっしゃい」
「今日も森だ!」
「はい」
用意していたリンゴとお茶を出して出発の準備を整える。
「そうだリアムくん、私ね、明日から旅に出ようと思って」
「そうか!じゃあ今日が最後だな!チヨには世話になった。明日は餞別になにかやろう!」
「こちらこそお世話になりました。朝早くに出る予定だから気にしないで」
「そうはいかない!チヨには助けてもらっただけでなく俺の為に薬草やポーションも沢山消費させてしまったからな。朝は得意だ、必ず見送りにくる」
「ふふ、ありがとう」
「よし!支度はできたか?行くぞ」
私たちは今日も森で各自鍛錬に励む。
リアムくんの方をチラッと見てみると昨日とは打って変わって怪我も少なくモンスターを倒しているようだ。
彼はとても飲み込みが早い。
レベルだって私の倍以上のスピードで上がっているんじゃ無いかとさえ思える。
「なんだか調子が良いみたいだな」
「昨日武器の修復をしたからかしらねぇ」
今日も朝から日が傾くまでひたすらにモンスターを倒した。
もう日差しの丘ダンジョンへ行く必要はないので行きと同様に彼とお喋りして帰路につく。
「武器の修復か。俺もそろそろ新しい剣にしないとな」
確かに彼の剣はすでにボロボロで耐久値が心配である。
そして何より彼のレベルに見合ってないような気がした。
未だに初級武器を使ってある私が言うのもなんだが普通なら自分のレベルに合わせて武器防具もより強い物を持つようになるもんだ。
私も新しいリュートを買いに武器屋へ行ったんだけど取り扱ってなかったのよねぇ。
初級武器は一通りあるけど他は剣や杖等の人気武器が並んでいる店ばかりだった。
「チヨはギルドに寄って行くんだったか?」
「えぇ、お世話になった職員さんへ挨拶をしたくてねぇ」
「そうか。俺は家で妹が待ってるから先に帰るな!」
「あらあら、それは早く帰らなきゃ。リアムくん今日もありがとうねぇ」
「おう!また明日な!」
街に着くと彼は颯爽と家へ駆けて行った。
私はそんな彼の姿を見送ってギルドへ足を向ける。
ギギギィと重たいドアを開けて中へ入る。
冒険者の姿はちらほらとあるが受付は空いている。
「お姉さん」
「あらチヨちゃん、こんばんは」
この世界に来て最初に担当してくれた受付のお姉さんだ。
冒険者カードの事とか色々な事を教えてくれた。
隣の窓口にはお勧めの依頼やレベル上げに良い場所など相談に乗ってくれたお姉さんも居る。
私は2人に聴こえるように少し大きな声で明日旅立つ事を伝えて感謝を述べる。
「チヨちゃん1人と言うのは心配ですが、レベルを考えるとそうですよね」
「ふふ、そろそろね色んな所に行ってみたいなって。これね黒糖のお饅頭なの。よければギルドの皆んなで食べてください」
「わあ、ありがとう!」
職員の人数が分からなかった為多めに準備しておいた黒糖饅頭を渡してキョロキョロと周りを見渡す。
「コーダは今外に出てて戻るのはまだ後になると思うわ」
「そうなんですねぇ。コーダさんにもお世話になりましたとお伝え頂けるかしら」
「もちろんよ!」
1番お礼を伝えたかったコーダさんはどうやら不在らしく直接挨拶はできなかった。
でも連絡先は知ってるしお礼の文を送ろうかしらねぇ。
「ではお仕事中にすみません、失礼しますねぇ」
「チヨちゃん元気でね!」
ギルドを出る時に冒険者の方々からも「気をつけろよ」「困った事があれば帰って来い」など色々声を掛けてもらいこの街の温かさに涙腺が緩くなる。
第二の人生がここからで良かった。
「皆さんもお元気でー!!」
家に帰ってからは夕食前に荷物の片付けを行った。
と言っても主に植木の片付けだ。
家の中の鉢をクローゼットに仕舞ってアイテム化しておく。
これでこの子たちは枯れないはず。
それから・・・庭の鉢は大きくて重たいから運ぶのは無理ね。
雨頼みになっちゃうけどきっと難しいだろう。
ここで暮らして感じた事だが雨季と言うものはあまり無いらしく、雨は毎月に1回降るかどうか程度だった。
あまり水分を必要としない子たちなら大丈夫かも知れないが、きっと枯れちゃう子たちも出てくるだろう。
申し訳ない気持ちはあるがどうしようも無い。
片付けが終わり夕食、お風呂を済ませていつもより早い就寝にする。
翌朝早くに目が覚めて顔を洗って朝食を済ませると一息つく間も無くドタバタドタバタと最近聴き慣れた音が耳に届く。
「チヨ!起きてるか!?」
「ふふ、リアムくんおはよう」
「良かった。いや、ちょっと早すぎたか?」
テーブルの上に目をやるとまだ朝食の片付けが済んでいないのが分かったのか彼は少しだけ気まずそうにする。
「大丈夫よ、今お茶をいれますからねぇ」
「チヨちゃんおはよう。僕の分も良いかな?」
「あらまあ!コーダさん!おはようございます。もちろんです。さ、入って入って」
玄関でリアムくんを招き入れると後ろにはコーダさんも居たらしい。
昨日ギルドで聞いて来てくれたのだろう。
手際良くテーブルの上を片付けて3人分のお茶とブルーベリーを並べて席に着く。
「リアムくんもコーダさんもありがとうねぇ。今日会えて嬉しいわ」
「これ、俺が作った御守りだ。本当は妹の為に作ってたんだがチヨに持って行ってもらいてぇと思って昨日完成させたんだ」
「あらあら、そんな大切な物頂いちゃって良いの!?」
「ああ、これはチヨにもらって欲しい。それに妹の分はまたこれから作れば良いだけだからな!」
「ありがとう。大切にするね」
「おう!」
リアムくんから手渡されたのは鳥がモチーフになっている木彫りのキーホルダーだ。
早速ポシェットに取り付けてみるとサイズ感も丁度良く馴染んでいる。
「チヨちゃん、僕からはこれね」
「まあ!コーダさんまでありがとうございます!」
「いつかこんな日が来るとは思っていたけど、まさかこんなにも急だとは思わなかったよ。困った事があっても無くても、いつでも連絡してね」
「コーダさんにも本当にお世話になりまして、また帰って来たら旅の話をさせて下さいね」
「うん、楽しみにしてる」
コーダさんから頂いたのはケープの様な腰上までの羽織ものだ。
出発の時に肩に羽織るとして今は膝掛けにさせて頂こう。
「2人とも本当に本当にありがとう。私からもこれ、良ければ使ってね」
リアムくんへのプレゼントは昨日決めていた剣だ。
コーダさんは会えると思っていなかったので何も用意してないが確か記憶通りならクローゼットに未使用のアクセサリーが眠っているはず。
ゲーム時代にレアドロップしてダブったアクセなのだが、あまりにも性能が良くいつか友達ができたらプレゼントしようと思い取っておいた物だ。
1つは私が元々身につけていたのだが吟遊詩人に転職してレベルに見合わない為クローゼットへ仕舞い込んでいた。
クローゼットから新品のそれを取り出してコーダさんに、ポシェットからはリアムくんに準備していた剣を渡す。
「うっわあ!マジで!?いいのかチヨ!!ありがとう!そろそろ新しい武器が欲しかったんだ!!」
「昨日お話しした時にプレゼントしたいなって思ってたの。リアムくんのレベルが分からないんだけど使える様になったら使ってね」
彼に渡したのはステータス的には中級帯の剣だ。
一見、物攻・魔攻の攻撃全振りに見えるステータスだが、追加の特殊ステータスで物防の魔法付与がされている。
剣なのに魔攻も高いのは魔法発動にも適しているからだろう。
彼に何かプレゼントをと思った時に真っ先にこれが思いついた。
少しでも怪我が減れば嬉しいのだけれど。
「明日から楽しみだ」
「ええ!?待ってリアムくんってもうレベル35なの!?」
「へへ、今は34だけど明日こいつでレベル上げすればすぐに適正レベルになるぜ」
確かに適正レベルに満たなくても扱う事は出来るけど、それよりも既にレベル34になっていた事が驚きだ。
リアムくんよりも数ヶ月早く吟遊詩人として日々鍛錬して来た私の今のレベルは35だ。
「私が遅いのかリアムくんが早いのか・・・」
「チヨちゃんは吟遊詩人だからね。剣士とかの戦闘職はレベルが上がりやすいんだよ」
「へ?私は戦闘職じゃないんですか?」
「あはは、そうなるね。チヨちゃんは弓も使うしリュートで殴ったりもしてるけど、本来なら吟遊詩人はサポート職だ。だから2次職も無いしレベルも上がりにくいんだ」
サポート職1人で旅に出るなんて本当なら引き止めたいんだけどね?
なんて言いつつも送り出してくれるらしいコーダさんに感謝しつつ今まで戦闘職だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
「まあチヨちゃんなら隣町行くくらい大丈夫だよ。それより遠くに行く時は連絡してね。あとこれ、ありがとう」
「ふふ、よくお似合いです」
コーダさんはプレゼントしたイヤーカフを器用に着けて見せてくれた。
「こんな良い物貰っちゃっていいの?」
「はい!実は私も同じのもってるんです」
「そうなんだ、じゃあお揃いだね。大切にするよ」
お茶も飲み終えプレゼント交換、お世話になった挨拶も出来たのでそろそろ旅立とうと思う。
2人はこのまま森まで送ってくれると言ってくれたが私はお断りをして街の出入り口で別れることにした。
街を振り返ったり思い返しながら歩きたい。
そう告げると2人とも理解し納得してくれた。
庭の植木にはリアムくんがたまに水遣りをしてくれるらしい。
忘れてたらごめんな、なんて言っていたので気にしなくて大丈夫と伝えていよいよ本当にお別れだ。
「コーダさん、リアムくん、本当にありがとう」
「へへ、またなチヨ!必ず元気でいろよ!」
「チヨちゃん、無理はしないでね。楽しい旅になる事を祈ってるよ」
「はい!また帰ってきますからね!2人ともお元気で!沢山沢山ありがとう!!!」
ぶんぶんと手を振りお辞儀をしてフィールドへ出る。
森を抜けて隣街を目指して。
この街で出会った人たち、美味しいご飯、海外の様な美しい街並み、どれもこれも新鮮でドキドキワクワクの日々だった。
そしてどれもこれも大切な宝物の様な時間だった。
隣街でも楽しく過ごせると良いな。
思いを馳せながら小さい体を動かして前へと歩んでいく。
どこかでハリスさん達にも会えたら良いなぁ。