プロローグ
「いまここにチヨ・ハナサキへ吟遊詩人の資格を授ける」
あらあら?なんだかとっても画面が大きいわねぇ。
コントローラーどこに置いたかしら。
あらあら?なにかしら、このちぃこい手は。シワも無くてまぁめんこい手だわ。
「チヨ・ハナサキよ、こちらに立ち祝福を受けるのだ」
あぁはいよ。でもコントローラーが無くちゃどうやって動かしたら良いんだか、手が動かせたんだから私が歩いたらこの子も歩くのかね。
どれどれーーー
あらぁ、歩いた歩いた。じゃあここに立って、と。
ほんの僅かな高さの丸い台の上に乗ると上から白い祝福の光が降り注ぐ。
「おめでとう!今後いつでも転職可能だ」
「あらあら、ありがとうね」
なんだかよく分からないけれど、私が喋ったらこの子が喋るし、私が動いたらこの子も動くのね。
うーん、もしかしてこの子は私なのかしら。
だって名前もチヨ・ハナサキって言ってたし、吟遊詩人の資格ってことは、もしかしてもしかしてここはスターホールファンタジーの世界?
5年前にCMを見て買いに行ったゲーム。今時のゲームと言うのはオンラインと言うやつらしく、購入した電気屋さんがインターネット工事の手配もしてくれた。
最初のうちはなんだか分からない横文字が多くて難しかったけれど慣れてくると頭の体操にもなるしであっという間に毎日ゲーム三昧の生活だ。
そのゲームで今日は久しぶりに新しい職業が追加された。既存の職は全て育てきってしまった事もあり、早速新職資格をとりにきたのだ。
それが吟遊詩人で転職条件は冒険者レベル10以上、資格取得クエストは低級モンスター5体討伐+薬草5個採取という簡単なものだった。
そしてそのクエストもすぐに終わり教会へ報告に来た。
そこまでは確かに普段通りコントローラーを握っていたと思う。
しかしどうしてか、今はゲームの中に来てしまっている。
夢でもみているのかもしれない。
だけどなんとなく、不思議なことに察してしまった。
あぁ、きっと私は生を全うしたのね。
子供には恵まれなかったが夫と2人、良い人生を歩ませてもらったわ。
夫が亡くなった後もご近所さんやヘルパーのお姉さん、介護食宅配サービスのお兄さん、沢山の人が様子を見に来てくれて嬉しかった。
本当に、本当に最高の人生だった。
ありがとう、みんな。
私へ、お疲れ様。
信じがたいがこれは夢ではなく現実だと確固たる自信があった。
教会から外に出れば画面で見慣れた街景色が広がる。
どうやってゲームの中に来たのかは分からないが、これもまた運命。
どれどれ、第二の人生として楽しんで行こうかしらねぇ。
花咲ちよ(享年102)
コントローラーを手に握りテレビには大好きなゲーム画面、最期の表情はとても穏やかであった。