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書き出し祭り参加作品

追憶、お売りします

作者: 三撫 浩司

第15回書き出し祭り投稿作

レポート3:被験者名「出羽紗夜(いずはさや)


◆◆◆


 大画面に映った三毛猫が、大きく口をあけ、あくびをした。

 新宿駅東口の階段を出た先は、大学生の頃とは大きく様変わり。


 死んだ父さんが勤務していた交番前の道路は消え、アルタ前の広場は大きくなっている。

 献花台が置かれていた、みらいおんの像は移動していた。


 あのテロ事件から、2年。

 にぎやかに人が行き交う光景は、まるで何も無かったかのよう。

 当事者だった私達以外には、過去のニュースでしかないのか。


 ううん。愚痴を言うためここに来たんじゃない。

 私は、スマホを取り出し、献花台があった場所に向けてARアプリを起動した。

 画面に映し出された掲示板に、話に聞いた合言葉を書き込む。「Χ(カイ)Ψ(プサイ)Ω(オメガ)


◇ ◇


 大脳を走る電気信号の解析が進み、仮想現実が身近になった時代。

 良質な映像と高度なAIが提供するVRドリームのサービスに人々は夢中だった。


 そんな中、ある都市伝説が静かに広がっていた。


 今はもう会えなくなった人と、もう一度話すことが出来る。

 忘れかけていたあの頃を、思い出させてくれる。


 眉唾な情報だとか、詐欺や怪しい宗教だと叩かれながらも噂は消えず、時間と共に詳細が追加されていく。

 ・遡れるのは20年程度

 ・案内人は、妖精、ジャケット姿の逞しい男性、黒いスーツにサングラスの二人組など

 ・過去を視るには、その場所に実際に行かなければならない

 ・相手と強い精神的なつながりがなければ、望みはかなわない

 ……etc


 サービス提供者への連絡方法については、枚挙にいとまがない。

 とあるラジオに賛美歌13番をリクエストするだとか、新宿駅東口の掲示板にXYZと書くだとか。

 映画や漫画をネタにした、信憑性の低そうな話ばかり。

 ただし、そんな頼りのない噂を追いかけ、一部の人達が希望を託していたのも事実だった。


◇ ◇


 送信ボタンを押し、しばらく待ったが何の反応もなかった。

 伝言表示だけで自動応答さえないなんて、いまどき珍しいくらいの不親切。

 詐欺やイタズラだとしても、もう少し反応はするだろう。


 諦めて、スマホを鞄にしまおうとした時、メッセージの着信音が鳴った。

 画面に表示されているのは、翠色の髪に水色の瞳をした少女のアイコン。

 何かのキャラクターだろうか。

 吸い込まれるように、画面をタップする。


『ご依頼ありがとうございます。詳しい話をしますので、こちらにおいでください』

 短いメッセージとともに、案内地図が映し出された。

 カフェMASTER。

 ルートの行き先は、歌舞伎町のメインストリートから一つ裏にある店のようだ。

 いわゆる「それ系」ホテル街の入り口でもある場所に呼び出すなんて、何を考えているのか。

 それでも行って、自分で確かめるしかない。


 アルタの横を抜け、靖国通りを渡る。

 一番街と表示されたアーチを横目に細めの路地に入った先が目的地、なのだけど。

「ここ?」

 VRドリームカフェ MASTER。

 看板には、そう書かれていた。


 あっけにとられる私の手元で、再びスマホがメッセージの着信を告げる。


『信頼いただきありがとうございます。202番の個人用ブースを予約してありますので、中へどうぞ。

 打ち合わせは仮想空間にて行います。

 なお、店の宣伝と思われるのは自由ですが、ここで帰ると後悔しか残らないですよ』


 仮想空間で過ごす場合、現実世界への反応は散漫になる。

 そのためVRドリームを提供する施設では、昔のネットカフェのような設備の他に、鍵のかかる個室を用意する事が法律で定められている。

 車で連れ去られたり、怪しい部屋に閉じ込められる危険がない分、まともだと考えればいいのか。

 正直な話、如何わしさ9割以上。

 疑えばキリがないけど、ここまで来て今更でしょうね。


 受付は、普通のVRカフェと同じ。

 案内された部屋には、ゆったりとした椅子と、机。

 VRギアと設定用のタブレット。

 狭いけど、横になれるだけのスペース。

 特に変わった様子もない。


 タブレットを起動すると、希望する夢の条件一覧が並んだ。

 世界観、シチュエーション、性別、年齢。

 自分の望む夢を見せてくれると言うのが売りのサービスだけど……。

 画面をスクロールした指が、VIPと書かれた項目で止まった。


『追憶社』


 見たこともない項目。これで間違いないと思う。

 迷うことなくタップし、祈る気持ちでVRギアを身に着けた。


◇ ◇


『2年前の新宿東口テロ事件で亡くなった父親に会いたいという事ですね。承知しました』


 何もない真っ白な空間で、宙に浮かんだ薄青いローブを着た少女が話している。

 アイコンで見たアニメキャラのような顔だけど、声は大人の女性のもの。

 カウンセラーのような話し方に、思っていた事を全部引き出されてしまった。


「ちょっと待って。私、まだ合意してないわよ。勝手に話を進めないで!」

『料金は3000円が最低金額です。それ以上は、出羽さんの満足度に応じてお支払い下さい』

 それじゃ、VRドリーム1回分と変わらない。


「子供だましのVRで誤魔化すつもりなら、許さないわよ!」

『それは、旅を終えた後で判断願います。


 旅を始める前に3つ注意しておきます。


 1つ目。

 これから行く過去世界は、時が遺した記憶の欠片です。

 どんなに現実的に見えても、起きた事実を変えることは出来ません。


 2つ目。

 相手との会話は可能です。ですが、場違いな話をしても答えてくれるとは限りません。

 出羽さんとお父様の関係次第です。


 3つ目。

 過去に触れた結果おきた精神的な影響について、追憶社では一切保証しません。

 思い出は美しいものとは限らない。

 事実はずっと醜かったという事も当たり前です。

 特に、今回のように悲惨な出来事の場合、身体は平気でも心が大きく傷つく可能性があります。


 以上に納得されるのであれば、OKボタンを押して下さい』


 目の前に「同意書」と題した画面が表示された。

 言われた3つの項目と、自分の名前、そしてOK/NGのボタンが並んでいる。

 迷うことなくOKのボタンを選ぶ。


 目の前に、虹色の光が弾けた。


◇ ◇


 急に戻ってきた雑音に、思わず耳を塞いだ。

 世界がまぶしい。


「何、これ……」


 VRドリームは、私も利用したことがある。

 けど、こんなリアルな世界は初めて。

 雑然とした人並みや、街の音、空気に混ざった排気ガスの匂い。

 視界の端に浮いているウィンドウが無ければ、本当にタイムスリップしたと思えるほど。


 あたりを見回すと、どうやらアルタ前の広場のようだ。

 ただ、来た時と風景が違う。

 見上げたビルにクリアビジョンはなく、駅の階段のすぐ前に車が停まっているのは、数年前のまま。


『2年前の7月4日。現在の時刻は12時ちょうどです。事件が起きるのは、これから30分後ですね。

 現実の肉体が怪我をする事はありませんが、見るのはお勧めできません。

 故人に伝えたいことがあるなら、お急ぎください』


 言われなくても、そうするわよ。

 私は足早に道路を渡った。


「お父さん!」

「紗夜、今日は講義がある日じゃなかったのか。それに、その恰好はどうしたんだ」

 制服姿の父さんが、驚いた顔をしている。

 社会人になった私と話すことは出来なかったし、戸惑うも無理はないか。


 悲しさも、寂しさも、悔しささえも、もう慣れた。

 辛くても苦しくても、生きていれば心の傷は薄れてしまう。

 ここに来た理由は、感傷なんかじゃない。


「お願い! 遺言状を預けた、貸金庫の暗証番号を教えて!」


◆◆◆


「以上が、今回の経緯です」


 窓のない部屋で、数名の男女が実験結果の検討を行っていた。


「それで、最終結果の方はどうなんだ」

「想像以上の成果です」

 所長の問いに、プレゼンを行っていた女性が答える。


「視覚と聴覚に並行して、側頭葉及び後頭葉に信号を送る事で、より鮮やかな感覚が再現出来ています。

 視覚からの信号により匂いを感じさせる機能については、ほぼ実用レベルと言えます」


「で、肝心の部分はどうなん?」

 今度は、別の男性研究員が聞いてくる。


「知っての通り、大脳をスキャンしただけの情報では、AIの人格データとして使えません。

 脳の記憶領域は暗号化されており、自由に参照するには復号する必要があります。

 ですが、現在の技術では『対話』によるアクセスが精一杯です」


「そうやね」


「被験者が『父親』から聞いた暗証番号は正しいものでした。

 親しい人間を通すことで、極めて個人的な情報でも取り出せることが証明出来ています。

 感情の深い部分を刺激した際の信号情報は、今後の解析にも有用と考えられます」

 華々しい報告の割に、表情は暗い。


「どうしたん?」

「こんな、人の心を弄ぶような実験を続けて良いのでしょうか、所長」


「今後のAI時代を支えるには、大量の『データ化した経験情報』が必要だ。


 その下準備として、年次国民健康診断での身体スキャン時に大脳の構成情報を取得している。

 それは絶対の機密事項だから、広く協力は求められん。

 なら、研究所で可能な方法を重ねるしかない。


 アプローチ方法の良否でなく、結果の成否を一つ一つ確認することに意味があるんだ」


 実験は、これからも続いてゆく。


 追憶、お売りします。

 ご協力ください、未来のために。


「思い出売ります」「過去お見せします」「逢いたいあなたへ」など色々考えていて、一番耳になじみがあったタイトルを選んだのですが。


実は、タイトルは何名もの方に指摘された通り、ディックの短編「追憶売ります」が由来でした。

検索がしやすいかを、予めエゴサしてみて、初めて気が付きました。

映画トータルリコールの原作です。

この作品が載っている短編集を持ってますし、そりゃ聞き覚えがあるわけですね(^^;


内容的は、記憶へのアクセスを扱ったSFですし、完全な的外れでもないので、そのまま採用しました。


正直な話、全くのゼロから書き起こした事もあり、素材をうまく扱い切れなかったのが反省点です。

前作が「未来からのメッセージ」を扱った内容だったので、今回は「過去へのアクセス」と言うテーマだけは決めていました。


ただ、それをどう形にするかが難産でした。

一番最初の案だと、過去を視る事そのものがメインで、紗夜さんはCityHunterで言うところの槇村香の立ち位置でした。

(だから舞台が新宿なのだな)


ところが「何故過去が見られるのか」を考え始めて、思考の沼に(~_~;)


投稿作では「VR世界とデータ化した人間の記憶」になりましたが、もう少し別の見せ方があるんじゃないかと、今も悩んでいます。


そんな迷いのある作品なのに、1位に投票していただいた方がおり、ひたすら感謝です。


このままで続きを書くのは無理ですが、構成を見直して書いてみたい設定です。



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