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第5話

 リューラック村。

 もちろん俺には、初耳の地名である。

 何故ここが、異世界の可能性が高いと思えてきたのかというと。

 シンプルな話、リューラックといった名前は日本の地名としては微妙な響きに思える。特にラックの部分が。実際にあったならそこは申し訳ない。

 何より、あんな人が多い商業施設のエスカレーターの降り口で一切の素振りも無く、前にいたカップルから数秒と待たずに動いた俺だけをピンポイントでこんな大自然に飛ばすなんて、世界中の科学技術の粋を集めて地球上のどこか僻地に飛ばしたと考えるより、魔法や神秘と考えた方が納得しやすい。

 そもそも科学技術の粋としたって、俺を対象にする理由が全くもって無い。純粋に費用の無駄遣いでしかないのだ。

 権力に塗れた地球社会の陰謀説よりも、神の気紛れやご都合展開で召喚対象といった、ファンタジー要素で俺が巻き込まれたと考えた方が、俺の頭には理路整然としている様に感じられるという事もある。まあどちらにせよ、ぶっ飛んでいる思考ではあるが。

 勿論、ここが異世界であって欲しいという、俺の願望も少なからず含まれてはいるけれども。

 ともあれ、一旦はやはりここが異世界だと認識して物事を進める事とする。

 しかしながらこちらから、魔法について直接聞く事はしない。

 万が一、地球社会の陰謀説だったとして「魔法なんてある訳ないじゃんっ、中二病乙っ!」なんて言われた日には、耐えれるか分からないから。


「……リューラック村って言うんですね、ありがとうございます」


 お礼だけでは話が進まないので、言葉を続ける。


「……すみません、色々聞いたのにまだ名乗ってませんでした。僕は、カズヤって言います。よろしくお願いします」


 このタイミングで名乗りを行う。

 出来れば最初に名乗っておいた方が、警戒心を下げる意味でも良かったが、状況が状況の為、何の脈略も無しに出合い頭いきなり名乗るなんて、気味の悪い事は出来なかった。

 今ならばまだ不自然にはなり切らない程度での名乗りにはなったかと思うので、とりあえずは及第点としておく。

 そして苗字を名乗らなかった理由は、異世界に良くある平民は苗字を持たないという可能性を警戒してである。

 ここが日本では無い確率が高い以上、日本人らしく苗字だけ名乗るなんて事もする必要が無いと思い、名前を伝えた。

 相手の名前を聞かないのかというと、相手がまだこちらに警戒心を残している状態で、こちらが名乗ったのだからそちらもという様に名前を求めるのは、単純に馬鹿か自分に多大な自信のあるナルシストだけだ。

 相手の名前を聞くという事は、相手からすれば自分のプライベートに踏み込まれるという事に他ならず、より一層こちらに対して警戒フィールド全開になってしまう。

 今は相手の名前よりも、相手の警戒心を少しでも解く事が最優先である。

 名前は後から聞いても何とかなるし。

 そして最後に伝えた「よろしくお願いします」の一言。

 これは多少というか多分に打算を含んでおり、


「…………お願い、しま、す……」


 ほら、こうして返してくれた。

 理屈は単純。

 内向的な彼女は特殊な状況下でも、つい自分に非がある言動を普通にしてしまう程、言ってしまえば卑屈な性格をしている。

 そんな彼女に対して、頭を下げたらどうだろう。

 相手が頭を下げているならこちらも頭を下げないと申し訳ない、はたまた気まずいといった心境になり、相手の対応に合わせざるを得なくなる。

 こちらがお願いしたら、相手もお願いせざるを得なくなる。

 そして今回は互いに姿が見えない状態で声だけのお願いします。

 ならば彼女から返ってくるのも、同じく声でのお願いします。

 姿が互いに見えている状態であれば、小さく頭を下げるだけで済む行為だが、こちらに近寄る勇気もない彼女は、無言で頭を下げても相手に見えていないから声を出さなきゃと考え、頑張って声を出す。

 "お願いします"という言葉は不思議なもので、それが自分にとって嫌悪感のある内容であれば話は別だが、嫌悪感や抵抗感がそこまで無い「お願いします」という言葉は、口にする事でそれを向けた相手にある種の信頼感が生まれてくる。

 販売業でも同じで、一度お客側がお願いしますと言うと、続け様に違う物を紹介してもお願いしますとなる事が多い。

 もちろん話術等の接客スキルによる所も大きいが、それでも一度「お願いします」と言うと、不思議とこの人は信頼出来ると思える様になるのだ。

 信頼といっても、そこまで過度に信頼される訳では無く寧ろ小さい方だが、目の前の彼女の様な性格の場合は、少し話が変わる。

 今回の様な、俺が誘導した側面はあるとは言え彼女としては自発的に「お願いします」と言葉にした場合、俺が彼女にお願いし、彼女もまた俺にお願いをした。

 つまり無意識に「この人とは対等の立場なんだ」と認識しやすくなり、今まで怖い人という、自分とは全然違う別の階層の人間といった隔絶した立場から、対等の立場という思い込みが作用し、僅かにだが近い階層まで近寄って来てくれるのだ。

 彼女としては俺が、彼女が今自分がいると思っている低い階層に近い場所まで俺が降りてきたと思っているが、外側から見た場合はその真逆。

 俺のいる階層は変わらないのに、彼女が知らず知らずの内に、自ら上がってきている様に見える。

 彼女は、俺が彼女に合わせていると認識しているが、実際は彼女が俺に合わせてくれるという事。

 似ている様で、それらは全く異なる。

 彼女が俺に合わせるという事は、無意識の内に俺を認めて、パーソナルエリアに入れても良いと思える様になるという事で、彼女の警戒フィールドをすり抜けられる様になるのだ。

 勿論すぐすぐそうなる様なチョロインでは無いだろうが無意識に、まるで遅効性の毒の様に無自覚に、俺の存在が彼女に侵食していく。

 そして極め付けはやはり、彼女の「お願いします」の返事。

 お願いします効果については先程の通りだが、彼女があえて「お願いします」という言葉を使ったという事が何よりも重要。

 無論、彼女にとっては敢えてその言葉と言ったという意識は無く、そう言うしかなかった程度の認識だろうが、こちらからすれば見方が変わる。

 彼女にとって、今回の返事は二種類から選べた。

 一つは彼女が言ってくれた「お願いします」。


 もう一つは「はい」という二文字。

 俺からすれば、彼女の様な性格の場合「……はい」と控えめに答える可能性が高いと思っていた。

 はい、という言葉は非常に便利な日本語だ。

 同意にも使えれば、相槌のみにも使える。

 同意と見せかけて話を聞いているだけ、という意味合いにもなる。

 はい? と言えば、疑問の言葉にもなる魔法の言葉。

 内向的な彼女からすれば、自分を曝け出せる存在と認識していない俺に対して、本来は可もなく不可もなくやり過ごす言葉で答えるのが、彼女の精神衛生上最も楽な選択肢であるはず。

 はい、という回答であれば、言葉は返したが別にそれ以降相手にする義理は無い。

 しかし「お願いします」と返したならば、それは「はい」以上に相手を意識しなければいけなくなる。

 だがそれを敢えて「お願いします」と答えた理由。

 それは彼女の中で、俺を敵だと認識していた感情が、この短い間で徐々に薄れてきたという事。

 そして彼女は相手の顔色を常に伺いながら、それに合わせないと生きられない。

 極論を言えばそんなタイプとも思えた。

 正解は本人にしか分からないし、そもそも本人ですら理解していないかもしれない。

 それに俺が、単に深読みしすぎている可能性だってある。

 だが当たらずとも遠からずではあろうと、経験則からは感じていた。

 であれば僅かに距離を詰めてみよう。


「……こんな時間に女性一人で作業なんて大変ですね」


 俺の言葉に、返答は早かった。


「…………いえ……慣れている、ので……」


 彼女の返しに抱いたのは違和感。

 言葉自体は当たり障りの無い回答ではあったものの、確実に下がった声のトーンと、先程以上にこちらへと届かなくなった声。

 そして悲しそうな声色へと変化した様に感じた。

 異世界で僻地の田舎の村ならば、若い女性一人で何かしら作業を行わなければ家族の生活が回らないといった事態はあるだろう。それは地球上においても、どこかでは起こっているであろう出来事。

 しかしそれならば、貧乏ではあるが仕方ない。そういった、あくまでもどこかこの現実を受け止めているという様な、吹っ切れたニュアンスになりそうではないか。

 彼女の声色は確かに現実を受け入れていそうではあるが、明らかに悲しいといったニュアンスが含まれるのは何故だろう。

 今までも声色を聞いていたからかもしれない、その違いはハッキリと感じた。

 そこで思い浮かべるのは、これまで読んできた異世界モノの世界観や設定の記憶。

 良くあるものは何だ。

 剣と魔法の世界、魔王討伐、冒険者、ギルド、貧富の格差、中世ヨーロッパ風。

 そこまで考えた時、体に電撃が走った様な感覚へと陥った。

 現実を受け入れるが、何故悲しくなるのか。

 一度は、思い浮かべた異世界モノの定番に対して「いやいや、そんな馬鹿な」と頭から振り払うが、考えれば考える程にその可能性が現実味を帯びてくる。

 確かに考えれば異世界モノではある程度の制度――。


 奴隷、という言葉が俺の心に重くのしかかった。

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