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第4話

 会話を決めた要因は単純。

 相手はこちらを認識しているであろう時点で、俺が逃げられる可能性は低い。

 もし日本語だったなら会話は出来るという希望的観測。

 そして何より、相手が声のイメージ通りの容姿だったのなら可愛いだろうという打算が大半。

 一度死んでも仕方ないと自分で決めたのもあるのか、単に目の前の相手が可愛かったら話をして嬉しい気分になりたいという欲求が最大を占めたのか定かでは無いが、逃げる、無言を貫くといった選択肢もある中で会話をするが自分の中で可決された。

 しかし同時に、どう返すのが良いのか悩みも現れる。

 前職まではずっとしがない派遣社員で点々と携帯販売を十年程度続けてきており、数いる販売員の中でも販売力やコミュニケーション力は高い方だと思ってもいる。

 過去に販売台数日本一になったのも、それらのスキルを駆使した結果だという認識もある。

 携帯販売で相手の顔を見ないなんて事はまず無いが、電話対応でクレーム処理やテレマといった販売経験もあり、顔を見ずともある程度相手の声色で感情や心境を把握する事は出来る。

 そこからの経験上で彼女の心理状態を少しでも掘り下げてみた。

 声色は彼女が日本語を話したという前提で考えた場合、怯えが含まれている様に感じる。

 そしてか細い声で、辛うじてこちらに声が聞こえる程度の呟く声で質問を投げかけてきた事を鑑みるに、彼女は臆病な性格、内向的な性格である可能性が高い。

 更に彼女は柵の中にいるだろうに柵の外にいる得体の知れない存在に対して逃げ去る事をしていない。

 通常、嫌であったり恐怖を感じるモノに人は近寄らず、時間が経てば経つ程離れるはずである。

 交通事故の様な一瞬の出来事は咄嗟に対応出来るか別の問題で、包丁を持った殺人鬼が遠くから自分の方に寄ってきたら、それを止めるのが仕事や役割で無い限り、一部の人間を残して皆反対方向へと逃げるだろう。

 目の前の彼女の声色はそんな殺人鬼に立ち向かう様な勇ましい人のモノでは無い事から、逃げられる状況であるのに逃げないという状態を連想させた。

 得体の知れないモノは柵の外におり、自分は安全な柵の中。しかも柵の中は狭い訳では無く、村である為夜とは言え、助けを求めに走る事は出来るだろう。寧ろそうするべきまである。

 しかしそれをしない理由は何か。

 一旦仮決めした相手の性格からするに"逃げない"理由を考えるのは難しく、どちらかと言えば"逃げられない"理由を想定する方がまだイメージしやすい。

 声色は怯え、だけど逃げられない。

 一人しかいない彼女が守るべきものとは。

 思い浮かぶのは一つだけ。

 そう、彼女が重そうに運んでいた荷物だ。

 それを置いては逃げられない可能性が高い。

 つまりはここに留まらざるを得ない訳で、声色からしてもこちらに最初から敵意を向けてくる可能性も低そう。

 それじゃあこちらが行うべき返答は何か。


「……こんにちはー」


 ――この挨拶の言葉が相手にとって侮蔑となる言葉じゃありません様に……!

 そう願いながら、こちらも相手に僅かに届く程度の、しかし相手に向けた声量で言葉を返す。

 携帯販売に問わず販売、つまり接客をするにあたりこちらから声をかける場合、基本的には相手の視界に入ってから相手の手前で落ちる程度の声量で声掛けを行う。

 視界に入り、相手が認識しつつも驚かない程度の声量で声をかける事で、相手に威圧感を与える事無く会話を行う様にする為。

 しかし相手によって対応を変える必要がある時もある。

 今目の前にいる少女であろう人物もそうだが、第一印象で相手がどちらかと言えば内向的な性格と判断した場合は、いつも通りの方法で声掛けをしても驚かれ拒否感を持たれる可能性がある。

 つまりは臆病故にその人が思う大声のハードルが下がり、他の人にとっては普通の喋り声の大きさでさえ大声と判断し、その声の主に対して無意識に拒絶感や苦手意識を持ってしまう時がある。

 その為自分にとっての静かな声ではなく、一旦は自分が思う相手の声量の小ささを意識して声掛けを行う事で、内向的な人物にもある程度スムーズに話を進められる様になる。

 今回は相手が先に声を掛けてくれたので、その声量と声色に合わせて、出来るだけか細く相手に届く前に落ちる位の声量で返事をしてみた。

 そしてもう一つ大事なポイントは相手が内向的な女性の場合、自分が男性ならば意識して僅かに声のトーンを上げて話しかけるという事。

 内向的な女性は声が低い男性というだけで、思わず身を固めてしまう事もある為、出来る限り相手に拒絶されない様に声のトーンを高めて明るく弱い声色で、第一印象の苦手意識を少しでも減らす事が出来る。

 内向的な人はその人のパーソナルエリア、つまりこれ以上近づいて欲しくないと感じる距離が常人よりも広く最初の壁を超えるのが一番重要な為、そこをクリアする事でパーソナルエリアに入ってもまだ大丈夫な人という認識になれば、そこから途端に相手も自分の話をしてくれる様になる。

 なので俺がまずする事は、出来る限り敵意を感じさせず彼女のパーソナルエリアの中に僅かでも入る事。

 しかしまだ彼女の前に姿を現す事は出来ない為、不安定な状態が暫く続くだろうと想定しておく。

 彼女の前に姿を現せないのは単に相手が女性でこちらが男性という事もあるが、恐らく内向的な彼女は現在気を張っており聴覚も過敏になっているに違いない。

 その場合、甲高い音を立てるのは相手を警戒させるだけで得策とは言えず、詰まる所俺が立ち上がったり歩いたりする動作音は、彼女にとって俺を敵だと認識する材料を与えるだけになってしまう。

 その為暫くは声のみでコミュニケーションを図り、彼女の了承を得てから動き始めるという作戦だ。

 俺の予想通りか定かでは無いが俺の声に彼女が微かに息を呑んだのを感じ、概ね外れている訳ではないと認識する。

 そこから二秒、三秒と無音の時間が過ぎ、ここでこちらから改めて声を掛ける事にした。


「……気付いたらここにいて、あなたを驚かせるつもりはなかったんです」


 再度相手に辛うじて聞こえる程度で話す。

 これ以上の沈黙は相手が内向的であった場合、頭の中で言葉を考えているが静寂が長くなり、自分から声を掛けるには勇気がいる状況になってしまう可能性があり、相手と話をしたくても声を掛けられないとなってしまう。

 そうすると先程までの、一往復分のコミュニケーションが無駄となり、また一から相手とコミュニケーションをとる必要が出てくる。

 しかしその場合、相手から声を掛けてくれた状況とは違い、こちらから声を掛ける状況となる為、相手は先程よりも警戒した状態で、こちらの話を聞くという事になってしまう。

 何故ならこちらから話しかけるという事は、何か尋ねるという行為であり、即ち警戒している相手に対して、自分の情報を教えるという構図になるからだ。

 それならばこちらから、多少無理をしてでも二言目を告げる事で相手にとって、自分の言葉に対して返してくれている、という状況を維持出来る現状の方がマシである。

 俺の考えが正しかった様で。


「…………いえ、かってにおどろいてしまった、わたしもわるい、です……」


 恐る恐るという声色は変わらないが、程なくして彼女から再びか細い言葉が返ってきた。

 そこで確信出来た情報が二つ。

 一つ目は、彼女は間違いなく日本語を話しているという点。でなければ、ここまで完璧な意思疎通は出来ない。

 二つ目は、俺が感じた彼女の性格がやはり間違っていなかったという点。

 そして「こんにちはー」で殺される事はなさそうで安堵。

 こんな状況で、自分に非がある様な言動を行った事が、俺にその確信を持たせた。

 普通、得体の知れないこちらが先に非を認めている状況で、ハッキリと自分にも非があるという人は少ないだろう。

 恐らく、殆どの人は「いえ…」という相槌程度の返しで留める可能性が高い。

 そこからこちらが脅すといった行為に行かない限り、自分からすらすらと自身の非を認める言葉を吐く人は少ない。

 何故なら、下手に出てはいるが得体の知れない相手に、こんな状況で自らの非を認めるといった行為をする事は、単純に自分で自分を不利状況に追い込む事に他ならないからだ。

 大抵の人は早く離れたい為、そもそも最低限の話で済ませてしまいたいと考える。

 それが自分を護る事に繋がるから。

 そして彼女がそんな自分を不利にする言葉をすらすらとこんな状況で吐けたのは、恐らく普段からそういった自分の非を認める事が普通の環境にいて、そうする事が彼女にとって普通なのだとも考えられる。

 販売業でもそうだが、こういった人相手の方が正直やりやすい。

 もしかしたらこのまま生き残れる可能性も出てきた、なんて打算も生まれてくる。

 とにかく今は、せっかく彼女が言葉を返してくれたチャンスを無駄にしない為にも、会話のキャッチボールに思考を割く事にした。


「……でも僕が驚かせてしまったので、本当に申し訳ありませんでした」


 こちらからも謝罪の言葉を返す。

 ただこれだけでは、相手は次の会話が見つからない可能性が高い為、続けて彼女へ向けて話しかけた。


「……それと、すみませんが気付いたらここにいる状態で、ここがどこかも分からないんですが……ここは何という街でしょうか?」


 薄暗くとも見るからに村といった様相である柵内の景色だが、果たして村という確証が無い以上、街と言葉を濁せばどこでも当たり障り無いと思い、そう尋ねる。大は小を兼ねる、だ。

 彼女は俺の言葉を嚙み砕いて考えているのか、すぐには返答を出さない。

 けれど当たり障りのないこの質問ならば、特段彼女が答え窮する内容でもないはず。

 やがて数秒の後、待ちに待った瞬間が訪れた。


「…………リューラック村、です……」


 望んだ彼女からの言葉は俺に、ここが異世界だという可能性を高めさせた。

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