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第2話

 突如視界全体に現れた薄暗い木々に、その場で呆然と立ち尽くす。

 という事はなく、ここがどこか分からないが何となく進みやすそうと思える箇所を進む。

 普通の遭難ならば無暗に動かない方が良いかもしれないが、今回は動く事にした。

 明らかに夜の帳が降りきった状態の現在。

 ズボンのポケットに入れていた携帯を取り出した。眩しい。

 直後に自動調整機能で光度の下がった画面を見ると、時刻は一四時三〇分との表示。

 案の定、電波は圏外マーク。

 バッテリー残量は九六パーセント。

 ふむ、携帯はまだ大丈夫と。

 取り敢えず使い物にならないので、電池残量温存の為に電源を切る。


 何故こんなにも動揺しないのか、心当たりはあった。

 元々天変地異に対してどうするか日頃から考える事が多かったからではないか。

 それは懸念等ではなくただの妄想かもしれない。

 誰しもが大なり小なり考えた事はあるんじゃないだろうか。

 例えば街中を歩いている時、ここで突如大地震が発生したらどうするか、隕石が自分の真上に落ちてきたらどうするか。その際に近くにいる人で誰を助けてその後どんな行動をしようか。

 電車に乗っていて突如脱線したらどう行動しようか等妄想の種類は様々だろうが、妄想だからこそ浮かぶ自分がヒーローとなる物語。

 恐らくそんな妄想を人よりも多く、細かく考えている事が多かった。

 そしてそんな事が起こる訳が無いと考えつつも、起こってみて欲しいという思い。


 現在独身一人暮らしのしがない社会人だが、離れて暮らす実家の家族とは別段仲が悪いという事もなく、偶に連絡を取ったりする程度には普通に仲が良い。

 しかし、それでもこんな非日常的な環境の変化をどこか自分は、やはり望んでいたのかもしれない。

 実際にその対象となると家族との思い出に一抹の寂しさは湧いたが、まあ仕方ないと切り替えられる程度であった。

 現実をどうにかしないといけない、という喫緊の課題があったからかもしれないが。

 改めて自分の心境を分析しつつ、目的もなく若干の向かい風の中足を進める事数分。

 ここが地球なのか、はたまた異世界なのかと考えつつも歩き続けていたら、鬱蒼と茂る木々の合間から微かに、橙色の光が差し込んでいるのが見えてきた。

 それは夕日と考えるには弱弱しく、火事と考えるには、向かい風に乗って匂いが届いてこない。

 詰まる所人工的な灯りの可能性が高く、それは喜ばしい事であり同時に新たな不安を脳裏に過らせた。

 この先にあるのが仮に街ないし村等人間の営みがある拠点だったとして、そこで受け入れて貰える保証はあるのか。

 そもそも善良な人間がいてくれるのか、盗賊といった犯罪者の拠点だったらならばどうするのか。

 そしてそこにいるだろうと考えている前提が、そもそも人間で合っているのか。

 一度出た不安は足取りを徐々に弱める。


 急いで姿を現す必要も無いのではないか、そんな考えが浮かんでくる。

 それはもしかしたらこの、異界とも知れぬ場所に来て然程時間が経っていない故、孤独感や様々な飢えといった感情が現れていないからかもしれない。

 だけど、と同時に思う。

 仮にこのまま一人でいたとしても、自給自足出来る自信もない。

 料理の際は死んだ魚ですら、頭を切るのに多少の抵抗感があるのに生きた動物を殺すなんて出来る気がしない。

 そもそもそんな動物を捕まえる為の、狩りなんてスキルが自分には無い。

 そんな事をしなくても衣食住を整えられてある程度の生活が出来ていたからこそ、以前までの環境や世界が、幸せとまでは思えなくても満足していたんだから。


 この先にある灯りの下に姿を現すのは不安、しかし自給自足なんてしたくない。

 そんな二律背反な考えが、頭の中で止めどなく湧き起こる。

 だが結局は、どちらか選ばなくてはいけない状態にある。

 そして仮にここを所謂異世界と考えた時に、そもそもこの世界の人と話が通じるかも分からない。

 ただ言語問題に関しては、ここが例え地球で日本以外だったとしても日本語以外話せないし同じか、と自己完結に至り思考から放棄する。

 そこでやっと紛うことなき堂々巡りに陥ったのを自覚した。

 しかし堂々巡りの理由は今までの自分の経験則から分かっている。

 単純にどちらも選びたくないから。

 めんどくさい、しんどそう、どちらを選んでもそれらの言葉に尽きる事を認識している為に、決めたくないというのが本音である。

 そして楽観的な自分が現れて「このままご都合展開でも起きないかなー」なんて考えまで浮かんできた。

 そう思うと、どちらを選ぶという考えも徐々に弱まる。

 座右の銘とまでは言わないが、自分の本質を言葉にするならば"当たるも八卦当たらぬも八卦"、"なるようになる"これらに尽きる。

 つまりは事なかれ主義なのだ。


 足を止めて考え始めてから数分が経った。

 そこで思う。

 人間は考える葦である、と過去の偉人は言っていたが、だからと言って考え過ぎるのもどうなのか。

 色々な創作物を今まで見てきた弊害だろう。

 ここが異世界だと仮定した場合、嫌になるほど悪い点ばかりが浮かんできて、もう何でもいいや、という回答が自分の中で権力を増していく。

 先ほど挙げた懸念点はもちろんの事、そもそも自分が物語の主人公な訳でもなく、もしかしたら物語でいうモブのポジションの可能性もある。つまりはただの一般人。

 その場合モブというのは、役割はなく活躍する事もなければ、最悪一瞬だけ現れて即死といった場合だってある。

 それに万が一この現実が何かの物語の世界と考えた場合、主人公は別にいて、その主人公が同じく異世界から転移してきたなら。それかヒロインが転移してくる立場なら。

 創作物の見過ぎのせいか、こんな大自然にふと放り出される転移モノも見た記憶がある。

 多くの場合その主人公は、そこで偶然ヒロイン等と出会いその後物語を進める。

 そして偶にあるのが、その主人公がちゃんと保護された理由が、この様に稀に転移してきてしまう人が無残に魔物等に殺される事が多く、そんな被害を減らす為に現地の人や騎士等が定期的に巡回していたから、という様な場合。

 それに当てはめると、自分が主人公的ポジションでは無い場合、最悪俺が魔物等に襲われて殺される被害者の可能性だって、否定出来ない状況でもある。


 そんな最悪な状況ばかり考えつつも、悲観になり切れないのが俺という人間であるらしい。

 仮にここが異世界というのであれば、どちらにせよ死ぬ可能性があるのなら、この世界の美少女や美人を見てみたい気もする。

 楽観的な俺の感情はそんな思いを湧き起こさせる。

 それもこれも全て、そこまで絶対的に死にたくないという思いがある訳ではないからだろう。

 死ぬほど頑張らないといけないのであれば逃げた方が、死んだ方がマシというのが自分の中にずっとある人生観であり死生観。

 人の死は別として、自分の死に対してはそこまで抵抗を持てない。

 人の死は嫌だからこそそれを回避したく最悪を考えがちだが、同時に自分が小さな範囲で活躍し死ぬ所までを妄想してしまう、ヒーロー願望もある。

 そして自分の死にそこまでハッキリとした拒否感がないからこそ、こんな状況でも楽観的な考えが多く出てくる。

 物語みたく、仲間になる美少女や美女が優しく声をかけてきたりしてくれないかな。

 それか自分にはすごい力があって、それを求めるこの世界か国の人が捜索してて見つけ次第敬ってくれないかな。

 そんな、創作物にある様なご都合展開が多く頭の中に浮かんでくる。

 その反面、そんなの起こる訳が無いと冷静な自分がすぐにツッコミを入れた。


 そしてまた十分程度の時間が無駄に流れた。

 その頃にはとりあえず程度で、自分の考えもまとまり始めていた。

 考えがある程度まとまった事もあり、若干心持ち軽く足を進める。

 自分の中で決まった考え。

 それは、とりあえず姿を出さずに灯りのある場所を覗き観察する、というもの。

 人工物を見つけてすぐにそんな考えが浮かび実行出来る人もいるかもしれないが、それでもいつもと変わらず行動する事が面倒であり、考えは浮かんでいたが実行しなかった。

 そしてついに動き出したのは色々と考えた結果、これが一番労力が少なくて済むから。

 何せ覗くだけだ、他に思い浮かんだ方法よりも結局お手軽で楽だった。

 徐々に橙の灯りが視界の中で大きくなってくる。

 それに合わせ無意識に、足音を立てない様に忍び足となっていた。

 少しずつ心臓の鼓動が大きくなってきているのを感じる。

 どうやら、やはり緊張しているらしい。

 歩みはゆっくりとなっていたが、灯りへと近付くにつれて視界は見やすくなり、どうやら灯りの光源となる箇所は開けた場所の様だ。

 

 静かに歩みを進める事数分。

 開けた場所に出るまで、残りは木が三本分。

 最前線で眺める勇気も無い為、この辺りで広場の観察を始める。

 これならこちらから広場は見えても、向こうからは暗くてこちらの視認は難しい可能性が高そうではあるが、一応身を木の陰で伏せながら顔だけ出して広場を一望。

 広場は、俺のいる場所から少し手前に身長以上の高さはある木の柵があり、地面に刺さる直立の木はかなり太く頑丈そうに思える。

 しかし縦と横そして縦と縦、横と横それぞれの間隔は広くとってあり、そこまで太っていない俺くらいならギリギリ頑張れば入れそうかもといった空間がある。

 その先には如何にも田舎然といった、あばら家よりは少し住宅感のある家が点々としている。

 各家の玄関であろう付近に松明が掲げられており、橙の灯りはこれかと納得。

 柵の中は広く、広場というより村といった方がしっくりときた。

 夜だからだろう、外に人気は全くない。

 このままならワンチャン、村の中に忍び込むのも可能そうだと考えていると――。


 一番手前にある、小さくかなりボロそうな建物から人影が現れた。

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