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第25話

 普通に考えればミーナが殺されてしまう可能性が高い。

 隠し事を知った者とばらした者、どちらの方が悪いかと言えば、ばらした方が悪いと思われる事の方が多い。

 そして彼女は奴隷であり、隠し事を知った得体の知れない者に対峙するよりも、手の内を知っている身内の方が処分もまたしやすいだろう。

 だがここで浮かぶ疑問。

 話したら殺されるかもしれない内容を俺に話したミーナ。

 彼女はそんな命に関わる内容を話してくれた。

 しかし視点を変えて考えてみる。

 その場合"ミーナが話せた"と捉える事も出来ないだろうか。

 そちらの可能性から考察してみると、見えてくるのは奴隷の制約。

 彼女が雇用主が誰か伝えたら殺されるかもしれないと考えている。

 つまりそれを話す事で雇用主に殺されるかもしれない、という情報をミーナは知っているのだ。

 しかし今の彼女を見る限りは無事。

 そこから考えると、雇用主としては「自分がミーナの主だ」とバレたくないと考えていても、それを奴隷に強制させる術が無いという事。

 創作物に良くある、奴隷契約の際の奴隷に行わせない制約。

 ご主人様には害をなせない、隠し事は出来ない、絶対服従等々。

 まるでテンプレとも言える"奴隷契約"、それを執行する為の魔法は無いのではないか。

 そんな風にも考えられた。

 もちろん奴隷化する魔法が存在して、偶々今回の様な命令が出来ないというだけ、という可能性も無きにしも非ず。

 しかしながらそんなピンポイントNGを懸念するよりは、強制力を持たせる魔法が存在しないと考えた方が合理的である。

 何せ、雇用主が殺したくなる程にバレたくない情報であれば、強制力を持たせて決して発言させない方が安心だから。


 だが、今は無事でも彼女が雇用主について話したという事が、もしかしたら伝わるという可能性も同時に考えなくてはならない。

 奴隷に対して強制力のある魔法は無い、と仮定していても、奴隷が雇用主の意に反する言動をした際に雇用主へと伝わる方法。

 そんなものがあってもおかしくはない。

 何せ魔法がある世界だ。

 矛盾しそうになる内容でも、片側は無理でも反対側は出来る可能性だってある。

 俺が魔法に対して持っているイメージは"何でもあり"。

 使い手次第、使い方次第ではあるが、概ねそのイメージで固定されている。

 創作物でも良くあるが、主人公側は一般的にイメージ出来る正統派な魔法しか使えない。

 しかし敵側は人を操る、人を生き返らせる、戦略兵器級の火力がある、圧倒的な魔力差で最終盤までダメージを無効化する。そういったチート級がいたりする。

 それらを一つの世界として考えた場合、そんなチート染みた魔法も存在する世界という事。

 つまり第三者からすればそういった世界の魔法は"何でもあり"と思ってしまう。

 だからこそ奴隷に強制力を持たせる魔法が無いと考えた場合でも、雇用主の意に沿わない言動をした際に雇用主に伝わるといったピンポイントな魔法が存在しても何ら不思議ではないという事。


 そしてもう一つ考えられるのは、現実的な視点。

 奴隷化の魔法は存在するが、それを実施するにはあまりに費用が高い、という事。

 そして、奴隷化魔法を使わなくとも奴隷に出来る方法がある、という事。

 奴隷化の魔法が高いというのは、俺の価値観からすれば当然といった印象。

 何せ人を強制的に縛り付ける事が出来るんだ。

 それを行える人は、その作業を仕事として行うだろうし、出来る人も少ないからこそ単価を上げられる。

 まあもし奴隷化の魔法は簡単で使える人がめちゃくちゃいる、なんていう世紀末な世界で無ければ、自分の価値を上げる為にも報酬はより効果にするはずだ。

 更にそんな奴隷化魔法が使える人が、ターゲットに狙う消費者層はどこか。

 それは奴隷を欲しがる人が多い層、つまり使役する側の人間に対して商売を行う。

 言わば権力者に対しての商売をメインとしやすくなる。

 そしてその権力者が集まりやすい場所は、王都。

 王都という事は王族がおり、それに連なる貴族がいる。

 貴族という事はその下に雇われる、または働かされる従者、労働者がいるというのは地球上の歴史から考えても明白。

 貴族からしても裏切られる心配の無い下人の方が安心だろう。

 何せ寝首を搔かれる心配が無いのだから。

 故に奴隷化魔法を使える者を重宝する。

 その為、奴隷化魔法を商いとする者は多く王都へと集い、地方にはそんな貴重な人物はほぼいない状況になるだろう。

 そんな貴族をメインターゲットにしているならば、対価として求める報酬の基準が、必然的に貴族の支払うラインとなってくる。

 貴族が支払う報酬分を、たかが一奴隷の為に払える庶民はどれ程いるだろうか。

 この村の村長、この村の権力者。

 しかしその人物とて王都の貴族から見れば、そこら辺の貧乏庶民と何ら変わらないに違いない。

 田舎然としたこの村の光景を見ていて、この村は金が潤沢にあるとも思えない。

 故に奴隷化魔法があったとしても、出来なかったと考える事も出来た。


 では魔法以外の奴隷化とは何か。

 単純に、書類で申請し奴隷と出来る制度があるかもしれない、という事。

 書類として奴隷申請されてそれが受理された場合、晴れて奴隷となる。

 その場合はお役所仕事に近くなるだろうし、費用は奴隷化魔法と比べて安くなる可能性も高い。

 しかし、安かろう悪かろうでは無いが、その分奴隷化魔法に比べて奴隷に対する強制力が伴わなくなる。

 だが奴隷証明書的な物を発行する事により、この者はこの人の奴隷だと公的に証明出来る様になり、奴隷として扱っても周囲から何も言われる事は無い。

 しかしながら奴隷証明書的な物がもしあるのだとすると、公的に一人ひとりを日本で言えば"戸籍"の様なもので管理していないと実現は難しそうであり、反対に戸籍管理なんかせずとも奴隷にする際に魔法的サムシングで身分の強制力を持たせているのかどうなのか――。


 不意に服を軽く引かれた感触に、深く沈んていた思考から戻る。


「……あの……だいじょう、ぶ……です、か……?」


 そこで見たのは、小首を傾げつつも不安げに眉を潜めるミーナの愛らしい姿。

 彼女の表情に、思ったよりも長く思考に耽っていたらしい。


「ごめん、ちょっと考え事してたわ。大丈夫だよ、ミーナとは絶対に離れないから」


 そう言って頭を撫でる。

 少しは安心してくれたのか、僅かに表情を和らげてくれた。

 ついつい考え込んでしまう癖があるが、時間は有限。

 ミーナから情報を得なくては。


「えっと、村長ってそんなに怖い人なの?」


 俺の言葉に彼女は改めて言い淀む。

 これも、もしかしたら奴隷として言わない方がいい内容なのかもしれないが、既に言い辛い内容を聞いてしまっているんだ。

 ここまで来たら、どんどん情報を聞けるだけ聞いて、攻めの手を考えるしかない。

 やがて、おずおずといった様相でミーナは口を開いてくれた。


「…………その……村長は、元々冒険者だった、みたい、なので……気にいらない事が、あると、暴力を振る、ので……」


 頭の中に思わず世紀末の荒くれ者が浮かんだ。

 そしてもたらされた新情報。


 ――冒険者。

 それは異世界物の創作において定番中の定番である仕事。

 肉体を駆使して危険に挑み、報酬を貰う。

 ギルドという職業案内所に登録している日雇いの人々の総称。

 そんな定番のワードが現れ、異世界らしいと思わず気分が上がりかけるが、すぐに下がった。

 冒険者、それは地球での仕事に置き換えれば"傭兵"に近いというイメージ。

 つまり傭兵が俺と敵対する可能性があるという事。

 普通に考えれば勝てる訳が無い戦いだ。

 肉体戦で勝てるなんて微塵も考えられず、可能性があるとすれば頭脳戦のみ。

 創作物によく出てくる冒険者は、所謂"脳筋"が多い。

 しかしその反面、頭の切れる冒険者もまた少なからず出てくる。

 村長がどちらに該当するのかが分からない現状に、思わず緊張が俺を襲った。


「……そっか、冒険者だったら力も強いだろうしね。でも村長って役割もしてるくらいなんだから頭も良いんじゃない?」


 何気無しに彼女の知る範囲での、村長の頭脳レベルを聞く。

 視線を右にずらしたミーナは、村長について考えている事が想像出来た。

 やがて結論が出たんだろう。


「…………それは――」


 至近距離にいるはずの彼女の声を掻き消す轟音が、それを遮る。

 俺の視界からは、正面の扉が砕け落ちたのが確かに見えてしまった。



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