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第24話

 変わらず頭を撫で続けて、ミーナは静かにそれを受け入れている。

 そんな緩やかな時間が流れた。


「ミーナ」


 呼びかければ目を合わせてくれる。

 相変わらずの可愛さに思わず笑みが浮かんだ。

 これから彼女に計画を話す。


「俺さ、この村でまずは影響力を持とうと思ってるんだ」


 小首を傾げられる。

 そりゃそうだ。


「この村をコンサルタントとして盛り上げて、影響力を持てる様にするから」


「…………こ、こん、さる……」


 聞き慣れない用語なのだろう。

 たどたどしくとも何とか言おうと頑張る彼女に萌えた。

 甘やかしたい衝動を堪えて話を進める。


「そう、コンサルタント。より良くするにはどうすれば良いのか相談される仕事って感じかな」


「……相談、ですか……?」


 噛み砕いた説明で何となくイメージしてくれたのだろう、ミーナの表情で分かった。


「村で困っている事や、もっとこうしていきたいって相談を受けて、それに対してこうすれば良いかもって解決策を提案するんだよ」


 俺の言葉に、彼女は小首を傾げつつ思案顔を浮かべる。

 やがて口を開いた。


「…………なん、だか……むずかし、そう、です……」


 如何にも消化不良といった表情に苦笑が浮かんでしまう。

 そう思うのも無理はない。

 村の主な産業は魔石の採掘。

 それを男たちが総出で行っている。

 女性陣は総じて家の仕事を担当。

 つまり肉体労働が殆どの作業ばかり。

 ミーナもまたジャンルとしては肉体労働の仕事が、奴隷としてメインなのだろう。

 正反対のデスクワークを提示しても、それで果たして仕事になるのかイメージが湧かないに違いない。

 まあ、そこに関して言葉で理解して貰うのは難しいので、行動で示していくしかないだろう。


「そんな感じの仕事をしてきたから、ここでもそんな仕事を出来ればいいなって思ってね」


「……なるほど、です……」


 ミーナの返事に、思わず懐かしさを感じた。

 ――なるほどです。

 正しい言葉遣いと勘違いして多用してしまう人が多い言葉。

 "ファミコン言葉"と呼ばれたりする、その言葉は研修をする際に気を付ける様に伝えても、無意識に使ってしまう人が多い。

 ファミレスとコンビニで使われる事が多い間違った言葉遣いを総称してそう呼ばれたりする。

 特に多いのは「お会計の方が〇〇円になります」に含まれる二つ。

 「〇〇の方」とは何かと比較する場合や方角を示す場合に使われる言葉で、お会計という言葉は何とも比較対象は無いし、方角を示してもいないからここで使うのは正しくない。

 例えば二つの物を比較した場合、そして売り場やトイレの場所等を聞かれた際には「〇〇の方」と使うのは正しくなる。

 そして「〇〇になります」という言葉は、何か変化がある場合に用いる言葉。

 例えば「さなぎが蝶になります」であったり「昼から夜になります」といった様に、変化がある事を伝える場合に用いられる。

 マニュアル敬語なんて呼ばれたりもするが、それに出てきやすい言葉の一つだった。

 因みに上記の場合、言い方に悩むのであればシンプルに「お会計は〇〇円です」が正しい。

 久々に聞いた言葉遣いに、前職の懐かしさに浸ってしまった。


「それで、この村で影響力を持ったら……さっきも言った様に、ミーナを俺だけのものにする」


 ミーナは驚きの表情を浮かべる。

 予想外の言葉だったんだろう。


「ミーナを奴隷から解放する」


「……えっ?」


 呆然と呟き、やがて大きく目を見開いた。

 正に驚愕、そんな表情。


「だからまず教えて欲しい」


 ――ミーナの主は誰?

 回りくどい言い方をせず、ストレートに伝える。

 ここは彼女にとって、現状の環境が生まれてしまっている核心の話。

 ミーナにとってはかなり触れられたく無い内容だからこそ、こちらも逃げる事無く話す必要があった。

 それが例え、ある程度お膳立てをした状態での会話だとしても。

 仕事以外で真剣な話は、やはり緊張してしまう。

 彼女の口から言葉が出るまでのこの時間が、やたらと長く感じる。

 ミーナは見開いた目を忙しなく左右に動かし、表情は顔面蒼白といった様相。

 焦りの感情が、考える必要も無く理解出来た。

 目を一瞬こちらに合わせては刹那に逸らし、また暫くしてから目を合わせる。

 その繰り返しを何度か行う間にも、彼女の口からは絶えず声にならない声が漏れていた。


「大丈夫、落ち着いて。言えたらで良いから、そんなに深く考えないで」


 若干過呼吸気味になりつつあった彼女の背中を摩りながら伝える。

 彼女が何故そんなにも、雇用主の名前をいう事を苦しむ程に戸惑ったのかが理解出来ない。

 まさか、奴隷は雇用主の名前を言えない様、何か施されていたりするんだろうか。

 それなら聞けなくても仕方ないし、先程の状態も納得出来てしまう。

 しかし真相は彼女に訊かない事には、これは解らない。

 背中を摩り続けながら、ミーナの様子を伺う。

 過呼吸になりそうだった呼吸は、幾分か落ち着いたのか、短い呼吸は無くなっていた。

 深呼吸の様に、肩を動かし大きく息を整えている。


「……いえ……だいじょう、ぶ、です……」


 声は明らかに消耗を感じるが、そう言われてはこちらは待つしかない。

 無理に彼女の意見を否定して、もし「大丈夫だ」と意固地になられても困る。

 とりあえずは背中を摩り続ける事しか出来ず、ただそれを繰り返していた。

 やがて一段落ついたのか、大きく一息を吐く。


「……え、えっと……その、私の、ごしゅじ……あ、主は……村長、です……」


 村長かあ、という感想が浮かぶ前に思わず嫉妬の感情が浮かんだ。

 ミーナの言いかけた言葉は恐らく「ご主人様」。

 彼女もそう呼びたい訳では決して無く、それでも呼ばなければいけないんだろう。

 俺だって「ご主人様」と呼ばれたい願望は特に無い。

 メイドにも多少の興味はあるが、それは主という立場で従者に興味がある訳では無い。

 単純にメイドは綺麗な人な多いと勝手に思っている、という邪な興味だけ。

 言わば「白衣の天使」と呼ばれる看護師や、保育士に男性が興味を持つのと近い感覚だろう。

 なのに彼女の言った「ご主人様」という言葉は、反射的に「ミーナに他の人をそんな風に呼んで欲しくない」という考えを浮かばせた。

 それは俺の独占欲。醜い嫉妬心。

 だが同時に、そんな自分を「おお、嫉妬してんじゃん」と他人事の様に考える思考もあった。

 マルチタスクという訳では無く、自分を第三者視点から見ている様な感覚。

 以前からこんな感覚になる事は偶にあったが、思い返せばいずれも過度に感情が昂りかけた時だ。

 自分の感情をコントロールする術、と言えばかっこいいかもしれないが、実際は感情を剝き出しにするのが恰好悪い。楽しい、嬉しい以外の感情をハッキリと表す勇気が無いだけのヘタレな自分が生み出した処世術なんだろうと、この感覚を認識していた。

 久々にこの感覚になったな、なんてどうでもいい事を考えられるだけの余裕が、もう自分の中に生まれている。

 いつか誰かに言われた言葉「あなたは何を考えているのか分からない」その言葉が俺を象徴しているなと、改めて認識。

 気付けばあったはずの嫉妬の感情は心の奥底へと鳴りを潜め、彼女がそう呼ぶのは仕方の無い事と自分に言い聞かせては自己解決をしていた。

 そしてミーナの主として知る事の出来た「村長」について考え始める。


 村長がミーナの雇用主である可能性は、事前に思い浮かんでいた。

 というよりも、村の長たるその人物が彼女の主だとは真っ先に思い浮かぶ選択肢だった。

 それよりも気になったのは、ミーナが何故そんなにも「村長」という言葉を俺へと伝える事に躊躇し苦しんだのか。

 それをまず知らないといけない。


「村長なんだ。教えてくれてありがとう。」


 まずは教えてくれたお礼。


「でも、かなり苦しそうだったけど、ホントに大丈夫?」


 そして告げる心配の言葉。

 そこに含む聞きたい内容のニュアンス。

 殆ど落ち着いたであろうミーナの姿に安堵しつつも、表情に浮かぶ不安に、こちらもつられそうになる。

 はい、と小さく言った彼女に耳を澄ませた。


「……む、村の人、以外、に……村長が……その、主って、言ったら……殺され、る、かも、しれないか、ら……」


 ……えっ、と……どっちが?

 何よりも先に浮かんだ感想。

 かなり言い淀む様な口調で教えてくれた新情報に、もしかしたら自分が想定している以上に早く立ち回らなければいけないんじゃないかと、思わず焦りが込み上げた。

 一瞬「めんどくさい」という元来からの自分の性格が現れかけたが、何とか押し戻す事に成功。

 ミーナの為。"恋は盲目"の麻薬によってめんどくさがりが自分を消せてしまったからには、何が何でも良い方向に持っていける様に考え動かなければならなくなった。

 もしかしたら話したとバレなきゃ何とかなるんじゃないか、という最高の考えは検討に値せず、最悪を想定して動かない事には乗り切れない、そう自分に思い込ませて思考を巡らせる。

 ミーナか俺が死ぬかもしれない、俺たちが離れ離れになってしまうという恐れを思考で誤魔化し、夜が明けるまでに更に情報を、そして方法を纏めないといけないと改めて決意した。

 

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