第22話
魔語に関しての考察は一旦置いておく。
それは正直、覚えられるとしても一朝一夕では身に付かないだろうから、今考えても詮無い。
魔語を思考の端に追いやり、改めて考えるのは魔石について。
ミーナの言葉を振り返れば魔石の使い方は魔語の詠唱。
そしてその魔石には魔力を込めておく事で使用出来る様になるという事。
ではその魔力の込め方とは。
「さっきミーナが外でやってた作業が、その魔力を込めるってやつ?」
「……はい……魔脈を使って、魔石に魔力を込め、ます……」
その言葉から、先程の光景を連想する。
青白く迸り地面に線を描いたあの光がその"魔脈"なのだろうと思った。
そしてミーナが詠唱し、行使したタライの中の白い光が、その魔脈から魔石へと魔力を込めるポンプみたいな役割を果たしたという事だろうか。
「へえ、そんな事俺には出来ないから単純にすごいって思うよ」
そんな感想を漏らす俺に、彼女は悲しそうに眉を潜め俺から視線を落としてしまった。
「…………そんな事、ない、です……このせい、で」
「ミーナがその仕事をしてくれたお陰で俺たちって会えたんだから、俺たちにとってみればあの作業は奇跡の作業だね」
ミーナの言葉に被せる様に呟く。
何度目かの驚いた表情でこちらを見上げた彼女に、こちらも何度目かの笑顔を向ける。
ミーナが続けようとした言葉を、何となく理解してしまったから。
理解したなら、彼女の口から言わせる必要は無い。
――このせいで奴隷になった。
そう言いかけたのだと思った。
けれど、そうだとすると確認が必要になる。
「そう言えばあの作業ってミーナ以外には出来るの?」
何と無しに訊く。
またもや表情を陰らせてしまった。
「…………いえ……私だけ、です……」
目を伏せる彼女に僅かな罪悪感を感じたが、それでも笑みを浮かべる。
「そっか、良かったー。もしミーナ以外の人があの作業出来るなら、俺はミーナじゃない人とあそこで会って、ミーナと出会わなかったかもしんないし」
「――あっ」
何かに気づいた様に、俯いたまま目を見開いた。
ミーナが「自分しか出来ない作業」と答えた際に、こちらが返そうと考えていた言葉。
表情に焦りが浮かび、彼女の綺麗な白肌に一筋の汗が流れる。
彼女の脳裏には今、"俺と出会わなかった自分"が想像されているんだろうという事が手に取る様に解った。
そんな"IF"を考えてしまったミーナは、怯えた表情で俺を見つめてくる。
「あの作業をしてくれていたのがミーナで、ホントに良かった」
改めて額を突き合わせ、彼女の後頭部をゆっくりと撫でる。
そして直後に感じる、服への軽い感触。
目線のみを向ければ、彼女の左手が僅かに俺の服の裾を摘まんでいた。
この落ち着いた状況で、初めての自主的な接触に心が暖まりつつも、未だ小刻みに身体を震わせるミーナを落ち着かせようと、変わらないペースで頭を撫でた。
「ミーナが丹精込めて魔力を込めた魔石はどこかに売ったりして、この村は生計を立ててんのかあ」
俺の独り言に彼女が僅かに頷く。
「……村で、使って……余ったやつを、売って、ます……」
ミーナの言葉に思わず「太陽光発電」という言葉が浮かんだ。
家で蓄えた電力の内、使わない分を電力会社に売り払う。
村で使う分の魔石を確保し、余りは他所へと売り払って対価を得る。
そんなイメージをしたらすぐに理解出来た。
そしてそこに活路を見出す事も出来た。
思い浮かんだ路線で行く為に、もう少し深く掘り下げたい。
「魔石って皆使うんだろうし、需要あるから高く買い取ってくれそうだよね」
なんたってミーナお手製だし、と付け足す。
そんな俺に彼女は儚げな笑みを浮かべた後、横へと首を振った。
「……安い、みたい、です……なので、質が下がる、と……殴られ、て……」
知ってた、とは流石に答えられない。
だが、そんな気はしていた。
何故なら庶民にまでこよなく普及している魔石だ。
慰める様に頭を撫で続ける。
彼女から顔を離し、背後の石壁に頭を預けて天井を見上げた。
王政であり、奴隷というカーストまで存在する世界。
圧倒的に貧乏人が多い世界の可能性が高い。
そんな貧乏である消費者としては高いものは買えない。
しかしミーナの言葉を鑑みると、誰でもどこでも魔石は使っているのが当たり前という様に考えられる。
そんな貧乏人が多い庶民が簡単に手に入れられる魔石は、高い訳が無い。
つまりこの村の商売は所謂"薄利多売"の戦略である。
そして魔石が安いという事は、需要に対してある程度の供給が追い付いている証。
それは魔石の採掘はこの村だけの特権ではない、という事に他ならない。
以前、代理店のコンサルタントとして、小規模ではあるが企業の再生に携わった経験から考える。
競合他社がいる場合、自社が何とか負けずに商売を続ける為に取られる選択肢。
一つは、その企業独自の色、つまりオリジナルのサービスや商品を作り、他社と差別化を図れるバリューを生み出す事。ポイントサービスなんかもその一環だ。
もう一つは、他社よりも同等サービスの価格を下げて、一人でも多くの消費者に選ばれやすくなる、という事。値段を下げずともキャッシュバック等で金銭的メリットを出す場合も同様である。
自社に独自のバリューを出すか、金額で釣って利用者を増やすかのどちらか。
魔石の産地ごとのバリューは、今の俺には特に思い浮かばない。
しかしミーナは「質が悪いと殴られる」と言った事から、魔石の質が悪くなると価値が下がるという事は容易に想像出来た。
そこから考えると、この村は安い魔石を質を落とさない様必死にならなければいけない状態。
つまり現状で考えられる商売方法から、産地ブランドがあるとは思えない。
安い魔石を細々と採掘し卸している可能性が高いと思う。
「安いんだったら魔石だけで食っていけないよなぁ……村の人たちって普段、どんな作業してるの?」
頭を撫でながら改めての質問。
俺の服の裾を掴むミーナの指の力が強まるのを感じた。
「…………男の人は、みんな、魔石を採掘に、行き、ます……お、女の人、は……」
不意に、やたらと震えた声で言い淀む。
「…………家の仕事、が、終った、らっ……私、の、さぎょ、う、を、邪魔、して……」
強く嚙み締めた奥歯の音がミーナに聞こえなかったのを願うばかり。
撫でる手の動きを止めて、彼女の頭をこちらへと傾けさせる。
俺の右肩に触れその頭を、自由にしていた左手でも抱きしめた。
それに合わせるかの様に裾を掴まれる力がハッキリと強まる。
「……あ、あれ……なん、でっ、私……泣い、て……」
顔は見えずとも明らかな涙声に、抱きしめる力を僅かに強めた。
俺の両腕に包まれている頭を、彼女は必死に左右に振り続ける。
「……お、おかし、い、ですっ……いま、ま、で、ぜん、ぜんっ……何とも、なか、ったの、に……」
服の裾を握っていたはずの左手は徐々に上がり、やがて俺の右肩を強く掴む。
「何もおかしくないよ。やっとミーナは誰かを頼れるなったんだ」
成長したんだよ。
右肩から肩甲骨、そして左の首筋へとその手が触れた。
後部の襟を握り締め、上半身の体重をこちらに預ける。
初めて彼女から身を預けてくれた。
時折大きく肩を震わすミーナに、悲しみの感情は思った程湧かない。
頼ってくれる事の、感情を出してくれる事への嬉しさの方が大きかった。
しかしそれ以上に。
「俺だけはミーナとずっといるから。俺だけには、ミーナは泣いて、悲しんで、楽しんで、喜んでいいから」
泣きながら何度も頷く彼女の後頭部を見て、「絶対にこの村で一番の影響力を持ってやる」そう心に決めた。このか弱く儚い、尊い存在を抱きしめながら。