第21話
「ここから少し真剣な話をしてもいい?」
俺の言葉に彼女の表情がまたも僅かに不安を含む。
「…………は、い……」
肯定の言葉だが、些かも不安は減っていない。
まずはそれを取り除くとこから。
「さっきも言った様に俺は、ミーナを俺だけのものにしたい。ミーナとずっと一緒にいたいんだ。ミーナを置いてどこかに行くなんて事は絶対にしたくない」
俺の本心を乗せて、彼女が欲しいと思われる言葉を伝える。
言葉の度に、ミーナの不安が少しずつ減っていった。
とりあえず間違いではなかったらしい。
少しして見つめ合うその顔が僅かに頷いたのが見えた。
まだ少しだけ不安そうな表情が残っているのは恐らく、俺が何を言おうとしているのか分からないという事が主な理由の可能性が高い。
「だからまずはこの村で、ミーナと一緒にいる事を認めてもらいたいんだ」
彼女の驚き、それをそのまま受け止める。
「それで、その為にもミーナに、この村の事を教えて欲しい」
真剣さを込めた、それがどの程度ミーナに伝わったのかは判らない。
ただそれでも、驚きから微かな喜び、そして真面目な表情へと移ろう彼女は多少なりとも理解はしてくれんだと思う。
前提としてこれをミーナが認識してくれていれば、余程答えにくい質問以外はある程度スムーズに答える様になってくれるはず。
「じゃあまず分かれば教えて欲しいんだけど、この村って近くに他の村や町はある?」
「……歩いて、半日くらいの、ところに、村があったはず、です……」
「そっか、ありがとう」
まずは一つ目の情報を得られた。
厳密には二つ。
近くの村はここから歩いて半日程度の距離。
つまりすぐに行ける距離ではないという事。
そして彼女の言った「歩いて」の言葉。
これはつまり、乗り物よりも徒歩がメインの移動手段となっている可能性が高いという事。
例えば日本でも個人差はあるが半日なんて遠い距離は殆どの場合「車でこの位の時間」といった表現になるだろう。電車や飛行機という選択肢もあるが、その為の個人差。
これは移動時間に対して、ある程度遠い距離からは車で移動の時間で伝えた方が良い、伝わりやすいだろうという"車が移動手段の主"として認識されているからこそ行われる表現方法。
そしてこちらの場合、仮に異世界で良くある「馬車」をイメージした際に、馬車の移動が庶民にも主であれば、徒歩で半日なんていう遠い距離に使われる彼女の表現は「馬車でこの位の時間」となるだろう。
ミーナが奴隷だから徒歩で移動している可能性も考えられるが、それでも馬車が一般的な移動手段なのであれば、彼女の耳にも馬車での移動時間が耳に入っている可能性が高いので、彼女の口から対外的に出てくる移動手段はやはり「馬車」となると思う。
しかし彼女はあくまでも"徒歩"と言った。
その為、庶民レベルでは乗り物が移動手段ではないという可能性が高くなり、基本は徒歩で移動が必要になるという事。
この世界とは言わずとも、この村の文化レベルがある程度そこで線引き出来たのは大きい収穫だった。
「じゃあリューラック村の良い所って何かあるかな? これが有名だよ、みたいなの」
続けて村について更に深堀りする。
この村のおすすめポイントを訊ねたおれに、彼女の表情は陰った。
それは案の定、である。
「…………この、村に……良い所、なんて、なにも……」
俯いた彼女の言わんとする事は、十分に理解出来た。
何せ彼女は奴隷だ、しかも暴力を振るわれている。
そんなこの村の良い所なんて思い付く可能性が低かった。
けれど、そんな彼女の思考を逆手に取る。
「まあそうだよね。俺も今の所この村の印象って、ミーナと出会わせてくれた場所ってくらいだからなあ」
俺の言葉にミーナはハッとした表情で俺を見上げた。
「ここに村があってここにミーナが、今のミーナがいてくれたからこそ、こうして俺たちは会えたんだし」
言葉をイメージしたかの様に彼女の身体が僅かに震える。
もし、を考えてしまったに違いない。
「……は、い……私も、カズヤさんに会えま、した……」
回答の様で回答でない気もするが、彼女の言わんとする事は十分に理解出来た。
少なくとも「二人が出会えた場所」、この点だけは彼女の中でこの村の良い所として認識してくれたはずだ。
何もミーナに「この村を好きになって欲しい」なんて考えは微塵も無い。
彼女には最低限"二人を繋いだ場所"という事だけを理解してもらい、この村に対する「最悪」という印象を「一部を除いて最悪」にしてもらう。
そうする事でミーナが村に対して考える際に、先程の様に「こんな村に良い所なんて無い」とだけ思い込み考えをそこで止めていたのを「こんな村だけど、ここ位は悪くない」と若干でも考えを深く進めてくれる様になってくれれば良かった。
そうなれば今よりもミーナはこの村について今までよりも詳しく話してくれる様になる。
このクッションを挟まなくとも言い方を変えて彼女に訊けば答えてくれたかもしれないが、これを行う事により、より細かく聞く際も彼女はちゃんと考えてくれる様になるから敢えて入れた会話でもある。
「まあすぐに良い所なんて中々出ないだろうしね。この村が何で生計を立ててるのかなって思ってさ」
ざっくりとしているが、つまりまず聞きたかったのがこれだ。
生計というか、この村の産業が何かについて把握したかった。
田舎と考えると、日本で思い浮かぶのは観光業、漁業、林業、畜産業、農業等々。
それらはサイエンスフィクションが高度な世界等で無ければ、どんな世界でもある程度共通な気がする。
そしてこの村は磯の香りがしない事から、恐らく海は近くに無いと考えられ漁業の可能性は低いとみている。
この村が力を入れている産業が知れれば、そこに焦点を当てて自分が出来る事を想定していける様になると考えている。
そしてもう一方で、この村が単に自給自足のみだった場合。
その場合も幾つか取れる選択肢は用意していた。
コンサルタント、その言葉が俺のやろうとしている事にぴったりと当て嵌まる。
ミーナは悩んだ様な表情へと変えており、やがて口を開いた。
「……た、ぶん……魔石の、採掘……だと思い、ます……」
随分と斜め上の答えだった。
魔石の採掘――つまり炭鉱産業といった感じだろうか。
魔石と聞いて視線は彼女の足元へと向かった。
タライの中に入った無数の黒い小石。
「もしかして、これが魔石?」
「……はい……」
ミーナの肯定に浮かぶ魔石への感想は「こんな石炭みたいなのがねえ」。この程度。
先程見た彼女の魔法が印象的過ぎたせいか、ただの黒い石ころは何度見てもいずれの感慨も浮かばなかった。
「へえ、俺の住んでたところってホントに全然魔石なんて見なかったから、こうして見ると何か新鮮だね」
魔石に鮮度があるのか定かでは無いが、とりあえずそんな感想を返す。
「……魔石、無いの……めずらしい、です……」
彼女の言葉に、改めて理解。
つまり魔石は一般的に出回っていて、庶民レベルでも使用出来る様なお手軽な代物という可能性が高い。
魔石を使っていないのはかなり少数派という事だ。
「魔石を使わないのが普通だったからなあ……え、魔石ってどんな風に使うの?」
何気なく会話を続ける。
魔石の採掘が産業という事であれば、この村に認めてもらう為にも必要な情報であり、世界的に普及しているのであれば一般常識としても必要な知識。
「……魔石は……魔力を、込めておけ、ます……それで、灯りを点けたり、出来、ます……」
そう言って彼女は玄関の方に目を向けた。
厳密にはこの空間を暖かく照らしてくれている橙の灯りの光源。
あのランプに魔石が埋まっており、そのお陰でこうして灯りが点いているという事なのだろう。
「……魔石に、魔語を詠唱する、と……使え、ます……」
――まご……孫? 魔、語か。
同音異義語に悩んだが、ニュアンスから判断してみた。
魔石に対して魔法の言語。孫なんかよりもよっぽどしっくりくる。
「そうなんだ。俺、魔語なんて使った事ないんだけど、俺でも使えたりする?」
俺の言葉に、彼女は頷いた。
「……魔語、を、話せれば……誰でも使え、ます……」
あの音の様な言語を理解出来れば俺でも魔石を使えるらしい。
ただ俺の脳裏には漠然と「無理かも」という考えが浮かんでいた。