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第20話

 さて、ここからミーナに色々と聞いていく事になるが、何から訊いたものか。

 自分の中で知るべき優先順位を立てていく。

 そしてあくまでも彼女が知っていそうと思われる情報に関する質問を抽出していく必要がある。

 この世界の常識。

 この村の常識。

 ミーナの立場である奴隷について。

 そして彼女の雇用主である人物について。

 魔法について、結界について。

 結界に関してはもしかしたら魔法とは別で考える必要があるかもしれない。

 万が一この村の秘伝で禁足事項に当たる可能性が無きにしも非ず。

 そして俺が彼女に対してこれらの質問をする根本の理由もまた、考える必要がある。

 俺がミーナにとって異世界人である以上、本来のそれを理由に彼女に伝えても良い気はするが、考える必要があるのはやはり悪い、そして最悪の場合のパターン。

 万が一この世界が俺の様な異世界人――宇宙人や外来人と言い換えてもいいかもしれない、これらの存在に対して排他的思考があった場合。

 この場合、ミーナもまたその様な思想が少なからずあれば今後の関係に支障をきたす恐れがあり、それ以上にもし彼女の口から他の人間にその情報が漏れたのであれば、俺の立場が一気に危うくなる可能性が高まり、その時にある程度の立場になっていたとすれば足元を掬われる原因となりかねない。

 それらの懸念からミーナに対して、俺がこの世界の住人で無いという事を伝えて良いものか悩む原因となっていた。

 ならばやはり"相手が勝手に予測する曖昧さ"で伝えるのがベストか。


「ミーナ、何個か訊いてもいいかな?」


 目線を逸らしていたミーナが合わせてくれる。


「俺とミーナの未来のためにも、分かる事があれば教えて欲しいんだ」


 俺とミーナの未来のために、敢えて枕詞を足した。

 要領を得ない言い方だったからか僅かに困惑の表情を浮かべていたが、やがて静かに頷いてくれる。


「ありがとう。じゃあ分かればでいいんだけど」


 まずは異世界人に対する印象から。

 しかしダイレクトに聞く事はしない。万が一が怖いから。


「俺、魔法の事は良く分かっていないんだけど、どこか遠くに人を移動させる魔法ってあったりする?」


 まるで他人事の様な純粋な疑問として訊ねる。

 ミーナは小首を傾げた。俺の質問の意味を理解しかねるからだろう。


「……え、と……その、ごめんな、さい……分からない、です……」


 やがて呟かれた申し訳なさそうな声。


「いや、もし分かるんならなあって思っただけだから大丈夫だよ」


 ありがとう、改めての礼を告げる。

 彼女の言葉で今の質問に対し二つの可能性が浮かんだ。

 一つはミーナの知識の範囲が狭いという可能性。

 これは奴隷という立場を考えれば、動ける行動範囲、そして得られる情報の範囲が狭くなる事は仕方の無い事。

 店頭で働く下々のスタッフからすれば、本社でどんな予算が組まれて施策が走ろうとしているのかギリギリまで分からない、そんなイメージに近いかもしれない。

 その立場に合った情報しか得られない可能性が高いのであれば、致し方の無い事だ。

 そしてここはリューラック村。つまり都会では無く田舎という部分も併せて、更に情報が遮断されやすいと考える事も出来る。


 もう一つは、転移や移動の魔法がそもそも一般的では無いという可能性。

 テレポートやワープといったファンタジーには良く出てくる魔法だとしても、この世界では使えても一握りの人のみ、そういった可能性も十分に考えられる。

 その場合はこれらの魔法があるという事自体が一般には浸透されていなくとも納得出来る。

 更にそれらの魔法を軍事利用として国家機密に指定しているなら尚の事。

 人や物、つまり物資を一気に遠くへと運べるのであれば、それに勝る戦略の優位性は少なそうだ。

 遠くに素早く届けられるという時間効率に合わせ、移動という消耗もまた軽減する事が出来るのだから。

 軍事や戦略といったミリタリー系はそこまで知識は無いが、素人目線でもテレポートやワープを使える方が戦争時に取れる選択肢の幅が増えるのは簡単に理解出来た。


「……な、なんで……そんな、質問、を……?」


 意識を現実に戻せば、彼女もまた純粋な疑問といった表情でこちらを見ている。

 まあ確かに何の脈略も無い質問だった。

 だが彼女から訊き返してくれたのは僥倖。


「え? ああ、いやミーナと出会った時さ、俺って森? の方にいたでしょ?」


 何とも無い様な声で返す。

 俺の言葉に彼女は頷いた。


「俺、気付いたらあの森にいてさ……何かそういう魔法でもあったらそれの影響かな、って思ってさ」


 ミーナは驚いた表情を浮かべて俺を見る。

 彼女の中には俺が「遠くからこの地に来たのかもしれない」という認識になっている可能性が高く、俺は異世界から来たとは伝えずとも嘘では無い言い方。

 この様な伝え方にするのが得意だった。

 販売職の時もそうだ。

 何か提案のマニュアル等では「個人的には何々」という言葉が自己体験を通じて相手に信ぴょう性を与えると良く書かれていたりはするが、俺からすればそれよりも統計的に伝えた方が信ぴょう性が増すと考えている。

 日本人相手なら更にそうだ。

 "自分"を主体に考える傾向にある海外の人は比較的「他の人はこうでも自分はこれ」と考える事が多いが、日本人の場合は「自分はこうでも良いとは思うが、一般的にはこの方が良さそう」と考える傾向が強い。

 つまり日本人は特に、多数決で多い方へと意見を変えやすい、という特性がある。

 そこから「個人的には」と伝えるよりも「何々の方が選ばれる方が多い」と"一般的にはこっち"の言い方にする事で、その商材が選ばれやすくなる。

 そして統計として伝える事で、万が一その人にはその商材が合わなかった場合でも、それは俺がおすすめしたとはならない。何せ"一般的には"という意見をしているだけだから。

 個人的にはと伝えた場合、あまり無いが「この人が良いって言ったから選んだのに」と矛先を向けられる可能性もゼロでは無い為、そこも防ぐ事が出来る。

 こちらとしてはおすすめしているが、相手からすればおすすめされたと感じずに「これの方が良さそう」と感じやすい話し方。

 それらの経験から、こんな言い回しが自分の中では気付けば普通になっていた。


 驚くミーナは二の句を継げない。

 まあシンプルに何と言っていいのか分からないという可能性もあるが。

 そして驚く表情の中に微かな不安を感じた。

 彼女の言葉を待つ必要も無かった為、こちらから言葉を続ける。


「まあもし分かれば良いなぁ、くらいの感じだったから大丈夫だよ」


 お陰でこうしてミーナと出会えたしね、寧ろ感謝かな。と笑う。

 その言葉を聞けたからだろう、ミーナの表情が僅かな安堵へと変わった。

 恐らくだが、不安が浮かんだ原因は「自分よりも帰りたいという気持ちが強いんじゃないか」という"離れてしまう"という危機感を抱いたからではないか。

 しかし「ミーナと出会えたから感謝」という言葉で、彼女の中では「急に遠くに飛ばされたけど、帰りたいよりもミーナと会えて良かったと思う方が強い」という認識になったのだろう。

 少なくとも離れてしまうという不安は大分減ったと、彼女の心境を予想出来た。

 もしかしたら彼女は既に、俺がこの辺りの人間ではないという事は何となく感じていたのかもしれない。

 何せ俺の恰好は灰色の薄手のロングTシャツに黒のチノパン。

 ファッションという意識が限りなく少ない俺の定番の恰好だが、それでも彼女との服装の差は違い過ぎる。

 彼女の麻袋ワンピースは奴隷だからという可能性も高いが、それでも村での服飾技術が似た水準なのであれば、彼女ももう少しまともな服装になっているに違いない。

 そして彼女が仮に、俺がここいらの住人ではないと気付いていながらもそれを訊ねなかったのかというと、訊ねる事で万が一俺が帰る、ここから去るという可能性に恐怖したのかもしれない。

 最初はそもそも俺が誰で、どこから来たのかも興味は無い。

 けれどその興味を持った頃には既に俺は彼女の中で「一緒にいたい人」となってしまっていた。

 だからこそ今二人でいるこの空間以外の事に目を向けてしまい、それが原因で離れてしまう可能性に恐怖を感じて、彼女自身聞かない、というよりも考えない様にしているのかもしれない。

 その気持ちは何となく理解出来る。

 俺は友達や恋人と遊んでいる時に、あまり自分から「じゃあ帰るか」と言えない質である。

 それを言ってしまい、自分からこの楽しい時間、空間が終ってしまう事を躊躇してしまうから。

 だからこそ、勘違いの可能性も無くは無いがミーナの感情についても、ついそんな風に考えてしまう。

 いや、本質的には俺と性格が近い彼女だからこそ、そう考えられた。


 思考を戻し、彼女の質問を再考する。

 俺が異世界人という事はすぐ無理に言う事は無い。

 ミーナが転移的な魔法の有無を知らないのだから、これ以上深堀も出来ない。

 そもそも俺が異世界人であるという事を彼女に伝える必要性を然程感じていないというのも大きい。

 これはミーナを軽視している訳では無く、単に俺が異世界人だと思われたいという気持ちが湧かないからだ。

 異世界人である方がメリットがあるのであれば明かしたいとは思うが、それは今ではない。

 現状は俺の味方が奴隷であるミーナしかいない。

 つまり異世界人であるメリットが何かしらあったとしても、今の俺にはこの世界にそれを活かせるだけのバックボーンが無く、無暗に明かせばメリットがあればある程権力者により操られるだけとなってしまう。

 それこそ奴隷と変わらない様に。

 その場合、何かしら確実な後ろ盾を得てから明かす必要がある。

 ……まあここまで考えておいて、そもそも異世界人というバリューが何も無いのであれば明かす際の懸念なんて水の泡になるんだが。

 ただ、始める前に可能な限りの選択肢と、それに伴う結果を想定しておけば、それだけ想定外の事態が減る事になる。

 考えすぎと言われる事も多いが、後で後悔するよりは先に考えすぎていて損は無いと思っている。


 とにかく俺がこの世界に来た事への確認は一旦終わり。

 ここからまずこの村で俺が認められる様になる為の情報を集める作業へ、本格的に入るとしよう。

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