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第19話

 どの位こうしていたんだろう。

 体感としては結構長い時間、幸せを享受していた気がする。

 ミーナも身じろぎせず、この状況を受け入れているらしい。

 まだまだ堪能したい思いも多分にあるが、ミーナと話をしたい気持ちも段々と大きくなってきていた。

 まだ夜は明けず、もう少しこのままいても問題は無い気はするが、それはあくまでも平時の場合。

 現在の俺の立場は非常時のそれであり、これから平時になる為に出来るだけ早い内に情報を収集する必要があった。

 だがつい自分、そしてミーナに甘えて楽な方を選んでしまう場面も多々あったが、そろそろ知らなければいけない。

 俺とミーナの今後の幸せの為にも。


 改めて状況を整理すると、気付けばこの異世界へと降り立っており、紆余曲折あってミーナに受け入れられて彼女と同棲出来る様になった状態が現在。

 しかしながら俺はこの世界の事を、こちらの価値観からすると恐らく美醜逆転した世界、そして王都が実権を握っており奴隷制度という立場のカーストが確立しているという事。

 そして魔法があり、ミーナは回復魔法が使えるという事。

 俺はこの世界の常識をまだ全くと言っていい程に知らない。

 彼女を幸せにするには、俺がこの世界を理解し上手く立ち回る様動かなければいけない。

 それこそ世界が動き出すであろう、この村が明るくなる前に。


 情報が全く手元に無い状態ではあるが、今のところ俺が検討している今後の動き方がある。

 あくまでも目先の目標だが、それは奴隷にはならずにこの村に認められるという事。

 具体的な内容はまだ情報が足りず定まらないが、それでもやろうと考えているのは「実績を上げて、俺がこの村にはいた方が良い存在だ」と思わせる作戦。

 前職の販売業でもそうだったが、そこでは理由が「楽に仕事をする為に」ではあったが、やった事は同じ。

 色々な店舗に数か月から長くて一年程度だけ入る様な事が役職柄多く、新しく入る店舗は最初、やはりこちらの実力を測りかねており、どうしても距離感がある。

 そこで行うのは最初の一、二か月で圧倒的な数字を叩き出して、店舗側に「この人は獲得してくれる。来てくれて良かった」と認識してもらう。もちろんスタッフとはなるべくコミュニケーションを取っておく事も重要。

 数字が獲れておりある程度コミュニケーションが行えていると、他のスタッフの対応中にインカム等で「この様に提案すればより良い」と指示を出しても受け入れられる様になってくる。

 この様な行動をしている事で次に生まれやすくなるのは、店側が"個人の獲得以外でも協力して欲しい"と思う様になってくる考え。

 個人で獲得はしてくれる。それと同時に店側が考えるのは「この人のスキルやノウハウが他のスタッフも扱える様になればもっと数字を獲れる」であり「この人がもしいなくなったら大変」という希望であり懸念だ。

 その為店長などから突然「空いた時間に他のスタッフの教育や研修をしてくれないか」と依頼される事となる。

 獲得力の高い人でも、中には「他に教えるのが手間であり面倒」と感じる人もいるが、俺は寧ろそれを望む。

 スタッフ育成を名目に率先して接客に行かなくとも違和感を持たれなくなるからだ。

 そして行うのは他のスタッフが接客している内容を離れたところから聞き、提案の仕方を提示する事、他のスタッフが提案に自信が無いと思う商材の際に呼んでもらいその提案だけを俺がするという事。

 つまり自然と俺が一から十まで接客しなくても良くなり、接客時のリアルタイムでのサポートや暇な時に知識やスキルの研修を行う事で勝手に店舗の数字が上がる様になる。

 俺の場合は販売業をしていた癖に接客をしている間が一番面倒だったので、そういった後方支援で接客をメインとする突撃部隊と同じ給料をもらえるのが、楽であり性に合っていたからこそ、自分で気付けば行う様になっていた仕事のやり方だった。


 話が大分逸れてしまったので戻す。

 俺はこの村でも、同じやり方をしようと考えている。

 全く別の環境で変に新しい事を考えるよりも、その方がその時々での自分へ向けられている評価が認識しやすい。

 村である程度認められる様になれば、俺がミーナと一緒にいてもそれに対する非難は生まれにくくなり、そこから「ミーナを害する事は俺の気分を害するからやめておこう」という空気に少しなってくれれば良いという狙いもある。

 俺の立場を確立でき、彼女の環境の改善にも繋がる見込みがあるのであれば、それをやらない理由は無い。

 だからこそ、より初手で有利に近付ける為にも知識が必要だった。

 その為にミーナから情報を得る。

 ならば、まずは彼女が話しやすくなる環境を作るとこから。


「ミーナ」


 俺の声に反応して、触れている頭に彼女が微かにこちらを向いた感触があった。


「俺、やっぱミーナを俺だけのものにしたいわ」


「――えっ……?」


 まるで物扱いみたいな言い方になってしまった事に罪悪感が生まれるが、どうしても他に良い言い方が思いつかなかった。

 彼女の頭が更に動く感触に合わせて、俺もまた顔を動かす。

 気付けば互に前髪同士が触れ合い至近距離で見つめ合っていた。

 後数センチだけ顎を動かしたなら互いの唇が触れてしまう、そんな距離。

 至近距離で見ると彼女の瞳は微かに紫がかっている事に気付いた。

 まるでアメジストみたいだな、そんなありふれた感想が思い浮かぶ。


「誰の奴隷でもない、俺だけのミーナになってって言ったら」


 嬉しい? 最後は訊ねた。

 彼女の表情が大きく変化し、驚愕へと変わる。

 そんな顔もやっぱり可愛いと思った。

 彼女の見開かれた瞳に僅かな潤みが生まれ、触れるおでこは若干温かさを増した気がする。

 しかし彼女の眉が僅かに下がった。


「…………は、い……でも」


「じゃあさ」


 ミーナの言葉を遮る様に、若干声量を上げて言葉を被せた。

 でも、に続く言葉を彼女の口から聞きたくなかったという自分の甘えから。


「俺は絶対に俺だけのミーナに出来る様にするから、ミーナも絶対に、俺だけのミーナになってね」

 ――約束。


 そう言って彼女の顔の前に左手を持ち上げて小指を立てた。

 改めて驚いた表情を浮かべたミーナだったが、その手を見て不思議そうなものへと変わる。

 ミーナに日本の文化を押し付ける事となるが、この位は許してくれ。


「これは"指切りげんまん"って言ってさ、俺の生まれ育ったとこでは絶対に約束を守るって誓う時にやるんだよ」


 ミーナも手を上げて小指を合わせて、そう伝えると少し悩んだ結果、彼女はおずおずと左手を上げて、俺を真似て小指立てて触れてきた。

 小指を絡めて握りしめる、指切りげんまんの基本姿勢になる。

 大人になってからあのメロディを口ずさむのは何だか気恥ずかしい気にもなったが、ここはミーナの為だと我慢する事にした。


 ――指切りげんまん嘘ついたら。


「針千本飲ーます。指き――」


「ダメェッ!」


 驚愕し焦り、悲鳴と共に必死に小指を放そうと左手を激しく動かしたミーナ。


「――った」


 小指に力を入れて彼女の手の動きに合わせて左手を動かしたお陰で、最後まで途切れずに言い切れた。

 彼女の反応はありうるかもしれないと考えていたからこそ対応出来た。

 指切りげんまんが終ったと彼女も理解したのだろう、途端に静まり手は動きを止める。

 その顔は変わらず眼前の小指へと向けられており、そこに浮かぶ表情は絶望とまではいかずとも喪失感を感じさせた。

 やがてその顔は動き出し、俺と視線を合わせるに至る。

 彼女から向けられる瞳には、過度の睨みが含まれていた。


「…………んで……」


 小さく零れた彼女の声。

 それはすぐに大きくなるだろうと感じさせた。


「……なんで、何でっ……何で自分を傷付ける約束をするんですかッ!?」


 至近距離だからこそ感じるミーナの迫力、気迫。

 しかし、それを見てを俺は笑みをやめない。


「もう怪我しないって言ったのにッ! 約束したのにッ!」


 そう、彼女と少し前に約束した「もう怪我をしない」があったからこそ、もしかしたら彼女が罰の内容を聞いてやめさせようとするんじゃないかと予想も立てられた。


「あーあ、ミーナとの約束の為にも絶対に針千本飲む訳にいかないから、絶対に叶えなくちゃいけないなー」


「ッ、だからッ! 何でそんな無茶を――」


 能天気な俺の声にカチンと来たんだろう、更に声量が増した。

 その声を遮る。


「絶対にミーナを俺だけのものにするから、絶対に。だからミーナも絶対に俺を信じて待ってて」


 息を呑む音がハッキリと聴こえた。

 直前までの前のめりな姿勢は一瞬で無くなり、驚愕の限りに目と口を開いている。

 その驚きの中にはもしかしたら、珍しく強い声色で話した声に対しても含まれているのかもしれない。

 ミーナの反応を待たずしてこちらから声をかける。いつも通りの声色に戻して。


「じゃあもう一回言うね。絶対にミーナを俺だけのものにしたい、いやする。だから、ミーナも俺だけのミーナになってくれる?」


 今度は質問としてミーナに声を届ける。

 あえて答えて欲しいと思う自分に内心苦笑が生まれた。

 答えはほぼ分かっているというのに。


「…………は、いっ……」


 今度はもう、指切りげんまんはいらないだろう。

 そんな彼女を見ながら次へと思考を巡らせる。


 これでミーナから、情報を得る環境が整った。

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