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第18話

「これ、どこに運べばいい?」


 短時間だが意外と腕にくる重さに、彼女へと訊ねる。

 こちらが望んで持った手前、途中で一旦下ろすなんて事はあまりしたくない。

 それをしてしまうとミーナがまた、申し訳ないと思い込んでしまうのもある。


「……こっち、です……」


 彼女が先導し、俺が付随する。

 足取りはそこまで早く感じず時折振り返っては俺を横目で見ている事から、かなりこちらに気を使ってくれているのが伺えた。

 歩く先はやはりというか、我らのキューピッドである木の柵の方向。

 二人が出会った場所だった。

 最初に彼女がこちらに向かってきていた事から、予想はしていたが。

 縦の支え木に括り付けられている三本の地面と水平に並ぶ三段の添え木。

 キューピッドを目の前にミーナが立ち止まった事で、俺もまたその背後に立ち止まる。


 そして、先程も見た夢の様な光景がそこに現れた。

 目の前に見えていたはずの三本の添え木が、瞬きすらもしていないというのにその姿が消える。

 そこで彼女が"結界"を解いたのだと理解した。

 二度目という事もあり驚きはあるが、前回程の衝撃までは無い。

 それよりもミーナがこの"結界"を解いてどうするのか、という事の方が気になった。

 彼女は解いた結界を越えて先に歩みを進めるでもなく、その場にしゃがみ込む。

 一体どうしたのか。


「――――――」


 再び脳を混乱させる感覚が苛まれた。

 ミーナの声だと思っているのに、何故か"声"では無く"音"だと認識してしまう矛盾した感覚。

 違和感が無いと感じそうになるあまりの違和感に脳が考えるのをやめようとするおかしな現象。

 その直後に訪れる、この現象に対する自分の結論。

 ――魔法。

 この、ここが異世界なのだと俺に確信させた三文字の単語が脳裏に浮かんだ。

 その刹那。


 ここまで幻想的な景色は、未だかつて見た事があっただろうか。

 暗闇の中、彼女の足元からその先にある木々の合間を沿う様に、青白い光が迸る。

 その軌跡を示す様に同様の青白い光が淡く地面に線を描く。

 闇夜に浮かぶ一筋の淡い光は俺に、まるで映画みたいだという陳腐な感想しか抱かせない。

 しかし同時に、そんな物では言い表したくないというもどかしさに苛まれる程に、脳へと鮮明に記憶させた。

 あまりの現実的ではない光景に呆然と立ち尽くす俺へと、彼女は振り返った。


「……ここから、は……もう大丈夫、です……」


 ミーナが仕事道具を地面の光の上に置いたところで、漸く思考が自分の意識に戻ってくる。

 彼女が俺からタライを取った事すら気付かなかった。

 それ程までに先の光景は、俺へと衝撃を与えていたらしい。

 こんな不可思議な現象を前にこれ以上俺が手伝える事は無いと確信し、今の俺に出来る事はこちらに背を向けてしゃがみながらタライを覗くミーナを、ただただ見下ろす事だけ。

 ここから何をするのか。

 それだけが気になって仕方なかった。

 彼女は静かにタライへと手を翳す。


「――――――」


 そしてまた脳に届く、彼女の声と思しき音。

 タライの中が白い光で満たされる。

 再度の魔法を使ったのは解ったが、相変わらずどんな魔法なのかは皆目見当も付かない。


 どの位時間が経ったのか判らないが暫く呆然と眺めていると、その光景に変化が訪れる。

 タライの中を満たしていた光が徐々に動きを見せ、中にあった小さな個体をそれぞれ纏う様に小さな球体の群れへと姿を成していった。

 ミーナは微動だにせずしゃがみながら手を翳し続けており、それはまだ作業が終らない事を俺に認識させる。

 複数の白く輝く球体に満ちたタライ。そして変わらず青白い淡く光る地面の線。

 その光景は突如終わりを見せる。

 まずタライの中の光が段々と弱まり完全に光が無くなる。そしてそれに追随し地面の青白い光の線もまた、徐々に姿を消していった。

 視界がまた暗闇に覆われると、少ししてミーナは静かに立ち上がり俺へと振り返った。


「…………終わり、ました……」


 声色は若干の疲れを孕み、先程までより幾分かか細く俺の耳に届く。僅かに俯いたまま。

 色々と言いたい事は生まれてくるが、とりあえずは。


「お疲れ様。ミーナが仕事をしてる姿を見せてくれてありがとね」


 労いと感謝の言葉を届ける。

 その言葉を受け取ったからなのか、少し固くなっていた表情が和らいだのが見て取れた。


「他に何か残ってる作業はある?」


 訊ねると、返ってくるのは首を横に振るリアクション。

 つまりこれで彼女の仕事はこれで終わりだと。


「じゃあ帰ろっか」


 今の光景に関しても訊きたい事は色々とあるが、それは彼女の家で聞いても変わらない。

 ならまずは帰る事を先決しよう。電気も点けっぱなしだし。

 そう頭の中で締めてまたタライを持とうと一歩進むと、それよりも早くミーナがしゃがんでタライを持ち上げた。


「あ、また俺が持つよ」


 そうは言ったが彼女は首を横に振る事で拒絶する。


「……魔法の、効力が落ちない様、に……魔力を、込め続けないといけない、ので……」


 ……そりゃ、俺には無理だ。


「手持ち無沙汰で申し訳なさを感じちゃうけど、それなら仕方ないね」


 重い荷物を持つ女性の隣を手ぶらで歩く事に心苦しさを感じるが、こればかりはしょうがないと、明るさに努めてミーナへと言葉を返した。

 示し合わせも無く同時に歩き始めた二人。

 やはり重そうに歩幅の狭い彼女に対して、どうしても心苦しさが強くなる。

 けれどこれは俺が我慢しないといけない事。

 ミーナの作業を手伝える能力が俺には無いのだから。無能の責任として、この気持ちは耐えなければいけない。

 ふと思い出し、軽く振り返る。

 そこにはいつの間にか、三本の添え木が姿を見せていた。

 結界も閉じたのだと理解する。

 先程の光景などフィクションだったかと思う程に、違和感の無い自然な景色がそこにあった。

 それも訊けたら訊こうと思考にメモし、彼女との帰り道を満喫しようと思考を振り払って前へと向き直した。


 ミーナ宅までは目測二〇メートル程。

 帰り道デートはあっという間に終わりを告げた。

 俺よりも低い扉を開けると、改めて暖かな橙の灯りがこちらを包み込んでくれる。

 タライをどうするのか気にはなったが、彼女を先に入れる素振りを見せるとミーナは軽く会釈をこちらに向けて、タライを持ったままに自宅へと入る。

 それに続いて俺も僅かに頭を下げて入り口を潜り、やがて扉を閉めた。


 彼女は右側の、石が剥き出しの床へと歩いてはタライを置き、自分もまた石壁に凭れる様に両膝を立てて座り込んだ。

 俺は左側の藁が敷き詰められるベッドスペースへと歩き、腰を下ろしてミーナを見る。

 麻袋の様な彼女のワンピースは両膝を立てて座る彼女を護る様に、大切な部分を正面の俺から見事に隠してくれていた。ありがたい様な残念な様な。

 無言で俺を見つめてくれる彼女に対し、右手で藁のベッドを軽く二度叩いた。


「ねえ、ミーナとくっついてたいんだけど、こっちに来ない?」


 大袈裟なまでに両肩を震わせ目を見開く。

 徐々に頬は赤くなり、小刻みに身体が震え出した。

 また言うかな?


「――っ……ッ……」


 頑張って耐えられたらしい。

 ぽんぽん、ともう一度藁を叩けばハッとした表情となり、少し慌てた動作でタライを持ち上げて俺の右側へと歩いてくる。

 石壁へと背中を預ける俺に倣う様に、ミーナもまた先ほどと同じく両膝を立てながら座り壁に背中を預けた。

 少しばかりじっとした後、ほんの僅かに空いた二人の距離を偶然を装っては縮め、肩が触れた瞬間に慌てて離してくる。

 俯きながらも偶にこちらへと顔を向ければ、俺と目が合い急いで視線を地面に戻した。

 そんな一挙手一投足がいじらしく、愛おしく感じる。


「ッ」


 腕を上から回して、右肩に触れた俺の手にビクついた彼女の反応は何のその。

 そのまま僅かにこちらへと力を入れれば、いとも簡単に俺たちの肩が触れ合った。

 勢いがあったのか、彼女は俯いたまま頭が軽くこちらに寄る。

 俺の右手は彼女の右肩から少し動き、ミーナの側頭部を包む様に触れた。

 こちらも頭を傾け、互いの頭がそっと触れ合う。

 その体勢のまま特に喋る事はせずに、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。

 またもや借りてきた猫の様に大人しくなってしまったミーナに、やはり可愛らしさが込み上げて、気付けば表情から笑みを消せなくなっている事を自覚する。


 結界の事、魔法の事、彼女の仕事の事。

 聞きたい事は山ほどあるが、今は。

 この"堕落"した幸せな空間を壊したくないと思い、無言でいようと自分を甘える。

 もう少しだけ、そう思い浮かべて静かに目を閉じた。

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