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第17話

 未だに胸の中で静かにしているミーナを先導する様に、右腕を放し体の角度をずらす事で彼女を横から腰を抱く体勢となる。

 背中に回した腕を軽く押し、共に歩き始める。

 ミーナは恐らく現状認識に精一杯であろう、俺の容態に気が回っていないのは実に好都合。

 さて、ここから彼女との初デートだ。

 とは言っても、純粋な逢瀬という訳では無い。

 彼女と一緒にいると幸せとは心から思う事だが今回は、いや今回もと言った方が正しいのかもしれないが生憎と若干の打算込み。


 先程至った彼女の"堕落"。

 それをより芽生えさせる。

 しかし同時に、彼女には残っている仕事もまた行ってもらうつもりだ。

 それは堕落にはならないと考える人がいるかもしれないが、俺からすれば堕落の範疇。

 何も彼女に「仕事をしろ」と突き放す訳では無い。

 "堕落"を使い分ければ良いだけの話。

 つまりは"飴と鞭"だ。

 だがどちらも枕詞に"堕落の"言葉が付いたもの。

 "堕落の飴"と"堕落の鞭"。どちらにしても彼女は"堕落"に侵されてしまう。

 人によっては"堕落"よりも"依存"とイメージした方が認識しやすいかもしれない。


 狭い部屋はすぐに玄関口へと届き、今度は俺が取っ手を押した。

 建付けの悪そうな軋む音だけが静寂に響き、やがて扉は開かれる。

 扉は狭く、寄り添った二人であってもギリギリ通れるかどうかの幅。

 一歩、俺が先へと進み僅かに頭を下げて頭、右肩、左半身の順番で外に出る。

 その勢いのまま彼女の腰から軽く引き寄せ、俺に続きミーナもまた外へと姿を出した。


 扉を閉めようと体を反転させて気付く。

 魔法によって灯る光の対処をどうするか。

 俺にそれを消す手段は無く、あるとすれば左半身に寄り添ってくれているか細いその人物のみ。

 魔法なら別に電気代がかかる訳でも無いんだし、そのままでも良いんじゃないか。

 そう浮かんだのは一瞬。

 時間が経てど俺に巣食う気持ちは別だった。

 無人の部屋に光る灯りを見ると、どうしても考えてしまう。

 もったいない、と。

 日本人、それか貧乏人の性故なのか、人がいない部屋に電気が点きっ放しの状態をみると「消したい」という感情が浮かんでくる。

 自分の部屋じゃなくともそう感じ、消さないなら消さないで暫く変な違和感が体に残り続ける。

 そんな自分の癖は一旦置いといてと。


「ミーナ、で、灯りはこのままでも大丈夫?」


 危うく"電気"と言いかけたが、口が思い留まってくれた様で何よりであった。

 彼女はまだ後頭部を俺に見せたままだったが、それが僅かに動いてくれる。


「……はい……そんなに長い時間じゃなけ、れば……」


 どうやら気持ちも落ち着いてきた様だ。

 平常だと思える声色に、そう感じる。

 なら、彼女の言葉に甘えるとしよう。


「そっか。じゃあこのまま行こっか」


 その言葉と共に扉を閉めた。

 目の前から今まで照らしてくれていた橙の暖かな光が失われる。

 しかし壁の、石の隙間から点々と同色の光が漏れていた。

 つまり風通しも良さそうだ、と……。

 改めて夜の帳に身を浸し、暗闇から与えられる僅かな寂しさを誤魔化す様に彼女を更に抱き寄せた。

 横目で見やる彼女の話し方は、俺に対して未だにたどたどしく、端から見れば二人の関係に対して正解へと考えを導ける人は恐らく少数だろう。

 しかし今はそれで良い。

 こればかりは時間が解決するしか無いから。

 ミーナが俺を受け入れてくれたとしても、平常時の彼女の態度が急変する事は無い。

 何故なら彼女は他人に自分を見せる事が究極的なまでに苦手だから。

 寧ろ自分の見せ方を知らない、その方が正しいのかもしれない。

 母親に対しては自我が芽生えた頃から同じ方法で接してきたからこそ自分を見せられる。

 けれど母親以外の者へと良い意味で接する方法は持ち得ていないのだ。

 だからこればかりは、これから時間をかけて彼女と接し続ける事で、ミーナ自身が自然と身につけていくのを待つだけ。

 ま、何とかなるだろ。

 その考えを最後に、ミーナを抱き寄せたままゆっくりと一歩目を踏み出す。


 歩みを進める先は元来た道程。

 彼女もどこか違和感に気付いたのだろう。

 訝しげの中に不安を滲ませた様な表情で、恐る恐るといった動作で久々に俺を見てくれた。

 彼女に対して笑みを浮かべると、視界の端に移る異物に気付く。

 土と草と石が一面に広がる地面に突如現れた人工物。

 それとの距離は然程遠くなく、暗闇の中でも輪郭を捉える事が出来た。

 直径約一メートル程のそこまで高さを感じない円錐。

 俺の記憶を辿ると、それは「タライ」と呼ばれる物がかなり類似していると認識した。

 しかし見ると木製であると判り、それが"桶"である可能性も浮かぶ。

 それはさて置き。

 その物体は俺たちが進んできた道中に不自然に置いてある。

 そこから考えて、これが彼女の仕事道具だと考えて良いだろう。

 一体何にどう使うのかは皆目見当もつかないが。


「あれ、これってミーナが最初持ってた道具?」


 そう言って指を差し、彼女の視線を促す。

 視線をそれに向けたミーナが浮かべた表情は驚き、続けて眉が下がった。

 まるで仮病で休んで楽しく遊んでいる最中に、職場から電話がかかってきた時の俺とよく似た感情の動き。

 否定も肯定もせず、僅かに俯いてしまった彼女を見てあれは仕事道具なのだと確信。

 彼女が口を開く前にこちらが言葉を続ける。


「ミーナが仕事している姿を見たいって言ったら、怒る?」


 俺の言葉に顔を向けてきたミーナの表情は困惑。

 偶に眉間に皺が寄っている事から、何かしら感情のせめぎ合い、つまり葛藤が彼女の中に存在している事が確認出来る。

 だが彼女には、決して否定の言葉は出させない。


「仕事してるミーナの姿ってまだ見れてないし、早くミーナの事を全部知りたって思っちゃって……」


 ――ミーナが好きだから。

 本心からの言葉。しかしそこに含まれる打算に罪悪感が湧くが、笑顔を意識して無理やり覆い隠す。

 目を見開き俺を凝視する。

 そして、やがて両頬が朱に染まってくるのが、至近距離故にハッキリと見えた。

 可愛らしい小さな鼻が僅かに膨れては縮まる。

 あ、これはあれだ。


「……ばっ、ばっ……ばかっ」

 ――ばかっ。


 心の声と彼女の声がシンクロする。

 このパターンだけはもう覚えた。いや、あまりに衝撃的な可愛さ故に覚えざるを得なかった、の方がこの場合は正しいのかもしれない。

 相変わらず恥ずかしさで目を潤ませ、少し舌足らずになった声で無意識の言葉を呟いている。

 この光景は一生飽きない自信があると思えた。


「ミーナが仕事してる姿見たいなー」


 お得意の、ミーナに聞こえる様に呟いた独り言。

 両の頬は赤いままに眉を潜めた後、きつく目を瞑った。

 時折漏れ聴こえてくる堪える様な声に、また癒される。うーうーって可愛すぎるだろ。

 やがて、きつく閉じられていた瞼の力が弱まった。


「……分かり、ました……」


 目を閉じたままに呟かれ、得られた了承。

 勝率は高かったが、得られた結果に思わず安堵する。

 ミーナをエスコートし、共に仕事道具へと足を進めた。


 彼女の仕事道具を眼下に捉える。

 見れば見る程に桶かタライ。

 中を覗くとハッキリとは分からないが、中には何やら小さな物が大量に入っている模様。

 未だにミーナの仕事内容は不明。

 そしてよく見ると仕事道具の周りには何やら、中身と同じ小さな物が散らばっている。

 その景色から彼女が俺を助ける際に、これを置いたのではなく落としたのだと考えられた。

 ミーナはそっと俺から体を離してそれへと歩く。

 手前でしゃがみ込み、ゆっくりと持ち上げた。

 初邂逅の時と同じく重そうである。

 こりゃ見てられん……。


「――あっ」


 よっこいせ、とミーナからタライを奪う。

 持ってみて改めて解る、その重さ。

 間違いなく華奢なミーナよりも筋力には自信がある俺でも、そこまで長い時間は持てなさそうと思うその重量に、やはり彼女には持たせられないと決めた。


「……だ、だめですっ……私が持つ、のでっ……」


 取り返そうと必死に、俺の腕には彼女がタライを引っ張る感触が伝わる。


「これを持たせてくれるミーナの方が、俺は好きだなぁ」


 そう呟けば争奪戦は幕を閉じる。

 手は変わらずタライに触れているが、そこから生まれる力は皆無。

 体勢をそのままに、いつぞやの様な三白眼を披露してくれた。


「…………その言い方……ズルい、です……」


 両耳まで真っ赤にしながら。


「そりゃミーナと結ばれないなら死ぬっていう、とんでもなくズルい男だよ? それとも」


 ――嫌いになった?


 俺の言葉にミーナはタライから手を放し俯いてしまった。

 体が小刻みに震えている。

 しかし、俺の目には変わらずに映っていた。


「…………その言い方……ズルい、です」


 ――ばかっ。

 俯いていても見える赤くなった耳と届いた言葉に「いじわる言ってごめんね」とだけ告げる。

 さて、そろそろ真面目にミーナの仕事を拝見しないとな。

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