表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/50

第15話

 改めて彼女に回復魔法について訊くとしよう。


「ミーナは苦手って言ってたけど、回復魔法はどのくらいまで使えるの?」


 魔法の単位が分からず曖昧な聞き方となってしまう。

 俺のイメージする魔法の単位は幾つかあった。

 回復魔法小中大、ヒールハイヒール、といった魔法名が違う場合。

 それか魔法名は回復魔法のままで、才能であったり込める魔力量によって回復の威力が変わる変動型の場合等。

 この世界の魔法の単位と、ミーナの回復魔法の威力が知りたい。

 苦手と言った彼女の回復魔法とは如何ほどの物なのか。


「……体の損傷なら、殆ど、治せる、と思い、ます……でも、時間がかかってしまう、ので……」


 ……それで、苦手?


「……えっと、体の損傷を殆ど治せるって、すごい事だと思うんだけど」


 思った考えをのまま言葉に乗せた。

 言葉の通りならかなり凄い能力にしか聞こえない。

 いえ……、そう言って彼女は声のトーンを落とした。


「……同じ回復、でも……他の人より長い、時間が、かかっちゃって……」


 落ち込んだミーナを見ていると、回復魔法が苦手だと本気で考えていると判る。

 つまり同じ損傷のタイムアタックではドベになるから、他の人に比べて自分の回復魔法は駄目なんだと考えている様に思う。


「……そっか、じゃあ体の損傷を殆ど治せる人って、ミーナの周りにはどの位いるんだろ」


 ミーナに聞こえる様に独り言を口にした。

 彼女は暫し考える様な素振りを見せ。


「……お母さん」


 俺の独り言に彼女は答えた。


「……お母さんは、すごい、です……」


 ぽつぽつと、今度は彼女が独り言の様に話し始める。


「……一回だけ、お母さん、の、回復魔法を見たこと、あります……あっという間に、致命傷の人を、治しました」


 それに……。ミーナは続けた。


「……お母さん……心も治せるって、言ってました……」


 大好きな母親の話だからだろう、僅かに饒舌になりながら語ってくれた。

 心も治せるって……ミーナママ、凄すぎだろ。

 そして致命傷と言える人を瞬間的に回復させるだけの力量もある。

 まるで聖女の様だ。そんな感想が浮かんだ。

 その後浮かんだ考えは「ヤバい」。それである。

 この場合の「ヤバい」は良い意味ではなく、俺にとっては悪い意味。

 考えたくはないが、考えなければならない。


 俺のイメージする聖女の様な回復チートの母親が治せない自身の状態とは一体どんな物なのか。

 一応幾つか想定しているものはある。

 ミーナママが対処出来ない程、瞬間的な発症で意識を失ったままなのか。

 怪我と心は治せど、病は回復魔法の対象外であって、母親は病に伏せているのか。

 そして、どれも考えたくはないが、その中でも一番考えたくないもの。

 それは病に伏せてしまったのは同じ。

 しかしそれだけではなく「彼女の母親が回復魔法を使えなくなってしまった」という状況。

 偶に創作物で見たりする事もある。

 命や魔力全てを代償として一度限りの奇跡を起こす、そんなシーン。

 もしかしたらミーナが見た一度きりの、母親が回復魔法を行使した場面が丁度それに該当したのかもしれない。無論そうでは無い可能性も十分ある。

 だがその言葉から、現在は彼女の母親が回復魔法を使えない状態だという事は想像に難くない。

 だがいずれも彼女の母親について訊ねる事があった場合は考慮した上で、話を行う必要があるので記憶の片隅にメモしておいた。


「ミーナのお母さんってすごい人なんだね」


「……はい、大好きです」


 彼女の口角が僅かに上がった。

 考えを一旦戻す。

 ミーナ以上の回復能力を持っているのを、回復チートである母親と言った。

 その直前に若干思考している感じがした事から、恐らく母親以外でも自分以上の、重度損傷を治癒出来る人物を検討した筈だ。

 しかし対象者は母親以外にいなかった。

 俺が言った言葉は「体の損傷なら殆ど治せるというミーナと同程度の人は"誰か"いるのか」ではなく「体の損傷なら殆ど治せるというミーナと同程度人は"どの位"いるのか」である。

 即ち人物ではなく、人数を示した。

 それに対するミーナの回答は「お母さん」。

 つまりミーナと同程度の回復スキルを持つのはミーナが知る限り母親しか知らないという事。

 そこから考えると、少なくともこの村では彼女以上の回復スキルを持つ者はいないと考えられ、もしかしたら彼女の回復スキルは実は重宝されているのではないかとも結論付けられる。


 ミーナの雇用主には警戒度を上げて対応する必要があるかもしれない。


 彼女が「他の人より回復速度が遅い」と落ち込んでいた。

 それは彼女は"母親以外の誰か"と回復スキルを比較したからに他ならない。

 比較対象が母親だけであったなら、先ほどの様に「母親はすごい」との賞賛に対して素直に笑みは浮かべないはず。

 そもそも母親が大好きな彼女は元々「母はすごい!」と思っていそうであり、自慢の母が自分よりすごいのは当たり前と考えている節がありそうだ。

 話を戻すと、彼女は母親ではない誰かの回復スキルを見て、その回復速度に自信を無くしたと考えられる。

 そして彼女自身どれ程深い傷が治せるのがすごいのか、そこまで気にしていないという事。

 先程の母親の話も、思い返せばそうだ。

 こちらからすれば彼女の母親が「致命傷の人を治した」という事にすごいと感じる焦点を当てたが、彼女はどちらかと言えば「あっという間に」という箇所に力を入れていた気がしてくる。


「でも、ミーナも殆どの損傷を治せるんだから、俺からすればお母さんと同じ位すごいと思うよ」


 俺の言葉に眉を下げてしまった彼女で確信した。


「…………でも……お母さんみたいに、早く治せない、ので……」


 やはり彼女はタイムアタックで優劣を判断している。

 だが今回のケースも、容姿の問題と同じく俺が幾ら「ミーナの回復魔法はすごい!」と言った所で意識改革が行えない可能性もある。

 無理にその事を言い続けると、より彼女が意固地に「自分の回復魔法はダメだ」と思い込む危険性も出てくるので、その方向での話はしない様にする。

 彼女の回復魔法については、出来ればもう少し掘り下げて聞きたい内容ではあるので、多少アプローチを変えて攻めてみるしかない。


「ねえミーナ」


 俯く彼女に声をかける。

 ゆっくりと視線を上げて、目を合わせてくれた。


「もし今、俺がとんでもない大怪我をしちゃったら」


 ビクッと体を震わせた彼女は、もしかしたらその光景をイメージしてしまったのかもしれない。


「その時俺の近くにはミーナともう一人、回復魔法を使える人がいるとして」


 声の速さを若干落とし、言い聞かせる事を意識して言葉を続ける。


「俺の怪我は深刻で、放っておくともうすぐ死んでしまう。だけど、もう一人の回復魔法では治せない程深い傷だった」


 具体的なイメージを浮かべてしまっているのか俯いてしまい小刻みに体が震え、「もうすぐ死んでしまう」の言葉で一際大きく体が震えた。

 その言葉は敢えて言わせてもらった。


「ミーナの回復魔法でしか俺は助けられない――」


 ――ミーナは、そんな俺を助けてくれる?


「助けますッ! 絶対に死なせないッ!」


 俺の語尾に被る様にミーナの叫びが放たれた。

 俯きながら興奮が収まらないのか肩を上下させて呼吸が荒くなっている。

 ――死なせない……絶対に諦めないから……絶対に……!

 力強く呟いている彼女に、見てはいないだろうが笑みを浮かべた。


「なら、俺にとっては他の人の回復魔法より、ミーナの回復魔法の方が俺にとってはかなりありがたいなぁ」


「――あっ」


 彼女に聞こえる様に呟いた独り言に対し、弾かれる様に顔を上げて目を見開き、俺を凝視したままミーナが硬直した。

 執った方法はシンプルな物。

 言葉で具体的なイメージを描かせ、望む結論へと誘う。

 販売業でも良く使われる手法だ。

 より細かく内容を話し、相手に具体的なイメージを描かせる。

 ――外出した際、携帯の電池が空になる事ないですか?

 ――外出した際、帰るまでにいつもより長い時間がかかってしまい、気付いたら携帯の電池がかなり少なくなってしまっていて、連絡を取らなきゃいけない時に電池が無くて困った経験ってないですか?

 この二者を比べた際、後半のトークの方が「ある」と返ってくる事が圧倒的に多い。

 何故なら「電池が無くなる」という理由を詳細に伝える事で、相手が脳裏に描く自分目線のイメージが具体的になり、それがその人にとって追体験として記憶されて「その状況は確かに困るな」という結論に至りやすくなるから。

 個人的には「電池が無くなる」という表現は伝わるから使うが、厳密には「電池残量が無くなる」だろうと思ったり思わなかったり。

 軌道修正。


 今回彼女に行ったのは正にそれではあるが、内容は明らかに突拍子のないもの。

 普通ならば彼女程の感情移入は、出来たとして幼い子供くらいだろう。

 では何故、彼女はあんなにものめり込んでしまったのか。

 まずは話の冒頭で「俺が大怪我をした」と伝えた事で、彼女の脳裏にはつい先程までの外の光景がフラッシュバックした事だろう。

 あの時にあんなにも取り乱したミーナの事だ、最早トラウマの一つだろう。

 フラッシュバックした光景もより彼女の精神は乱れて、そのまま俺の話と脳内の映像が混同してしまった。

 そこで追い打ちの様に告げられた言葉が「俺はもうすぐ死んでしまう」というもの。

 フラッシュバックした上に俺の言葉のせいで、彼女の脳内では先ほどの俺以上に重症な俺がイメージされていたかもしれない。

 もうすぐ死んでしまうの言葉で、彼女の中に改めて先ほどの絶望感が湧き上がった。

 大切な人の死、その連想は彼女にとってトラウマを超える何かになってしまっている。

 それこそ、言葉で言われるだけで瞬時にイメージしてしまう程に。

 しかし俺の言葉で彼女のイメージには最初から俺たち以外のもう一人、登場人物がいた。

 その者は回復魔法が使える人物。

 俺が言ったのはそれだけだが、彼女が描いた人物は恐らくそれだけでは無いだろう。

 彼女は無意識に「自分よりも回復魔法が優れた人」とイメージしたはず。

 何故なら自分は回復魔法が苦手だと認識しているから。

 この場合母親をイメージする可能性も無くは無いが、その可能性は序盤に言った「今」という言葉で限りなく低くした。

 ――今。

 その言葉を付けられた彼女は、思い浮かべられる人物に制約を付けられてしまう。

 本来なら母親をイメージしたい。けれども今は母親は回復魔法が使えない状態。

 ならば母親以外で自分より優秀と思った人物を代わりに入れる。

 しかし彼女がイメージしているのは結局のところ優秀な回復魔法の使い手ではなく、彼女が治せる傷よりも浅い怪我であれば、ミーナよりも早く治せるだけの人物。

 だが彼女はそれを優秀な回復魔法の使い手と認識している。

 自分より優秀だからその人が俺を助けてくれる、彼女はそう思っただろう。


 しかし更に現れた第二の制約により、それは叶わない。

 もう一人の回復魔法では治せない。

 その言葉に彼女は絶望したに違いない。

 その人が何とかしてくれるという希望を打ち砕かれたんだ。

 同時に思ったはず。何で優秀なのに治せないんだ、と。それが胸に残る。

 そこに飛び込む新たな条件。

 ――ミーナの回復魔法でしか俺は助けられない。

 この展開に彼女は葛藤した筈だ。

 どうにか救いたい、でも自分は回復魔法が苦手なのに本当に彼を救う事が出来るのか、心を痛めながら必死に考えただろう。

 そこで思い出す成功体験。

 つい先ほど、俺が生還したあの出来事。

 ミーナがあの場面で苦手な回復魔法を使い、俺は死なずに済んだ。

 彼女が回復魔法を使わずとも生きていた可能性が無きにしも非ずだが既に終わった今、真相は闇の中。

 ミーナは「死なずに済んだ彼に回復魔法を使った」と認識。

 そして俺は彼女に、回復魔法を使ってくれた事に感謝した。

 それが合わさる事で「回復魔法を使って助けられた」という様な考えがどこかに生まれる。

 そこに「死なせたくない」という強い感情が重なり、あの様な意思に満ちた言葉が返ってきた。


 そして彼女に呟いた最後の独り言も当然、打算を含んでいた。

 今回の目的は彼女の回復魔法について詳しく聞く為に、彼女の回復魔法についてのマイナスな思考を少しでも和らげるという事。

 その"和らげる"というのは何も「ミーナは他の人に比べて回復魔法はすごいんだぞ」と言い聞かせて理解してもらう事ではない。

 容姿の話と同じだ。

 彼女の回復魔法がすごいというのは、彼女が理解しなくとも俺だけが理解していればいい事。

 彼女に理解して貰うのは、局所的なパターンをメインとして捉えるという事。

 局所的なパターンとはつまり、俺。

 対俺の回復魔法はミーナじゃないと務まらないと考える様になって貰うというもの。

 先程の想定の中で彼女には、イメージした優秀な回復魔法の使い手に対して「何故優秀なのに俺を救えないんだ」という気持ちが浮かんだはず。

 そして俺に対してはミーナじゃないと治せないという言葉が付いてきた事で、「俺の回復だけは他の人には任せられない」と考える様になる。そうしないと俺が死ぬかもしれないから。

 つまり、俺に回復魔法を使う事にだけは責任を持って貰えればオッケー。

 この場で言う"責任"とは単に「俺を治療するんだから間違いが無い様に気を付けろよ」なんてクレーマーな内容ではなく、彼女自身が「俺の治療だけは絶対に自分がやらないといけない」という半ば強迫観念から生まれる責任である。

 彼女がそれらの意識を持ってくれれば、俺は患者の立場として質問しやすく、彼女には主治医としての答える義務が発生し、答えてくれやすくなるだろう。

 そしてこれは付随する効果として期待している程度だが、この責任により彼女が回復魔法を苦手とは言っていられなくなり、自主的に回復魔法の苦手克服を行ってくれれば万々歳。


 まあ今回の方法は彼女の性格、環境、精神が乱れる事で精神年齢が落ちる、といった条件があったからこそ成功した訳で、他では中々行えない方法ではあったが。


「…………カズヤさんの怪我、は……私が、治します……」


 初めて見る力強い彼女の目に、やって間違いでは無かったと思う。


「……でも、怪我はもう……しないでくだ、さい」


 ……こりゃ一本取られたなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ