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第13話

「ミーナ、落ち着いた?」


 俺の喉はまだ頑張ってくれるらしい。

 少し掠れてはいるが、ある程度普通に出てくれた。

 暫しの沈黙が流れる。


「…………はい……」


 漸く口を開いてくれた。

 そこから出たのは肯定の言葉。

 ゆっくりと上げられた顔にはまだ涙が流れており、やはりその顔はとても綺麗だった。


「好きだよ」


 思わず出てしまった言葉に彼女の表情がまたしても歪む。

 そして口角が上がりそうになっては下がるを繰り返す。

 それはまるで必死に何かを堪えている様で――。


「――――ばかっ」


 目線を下げて僅かに俯かれてしまった。

 小さく呟かれた言葉に俺は、彼女とは違い抑える事無く笑みを浮かべた。

 それに釣られた様に彼女の口角が少し上がったのが見える。

 どこか初々しいその姿に、ついほっこりとした気分になった。

 嬉し恥ずかしのボキャブラリーがまだこれしか無いらしいのが何とも可愛い。

 だが本題はこれではない。

 口をもにょもにょさせていたミーナが可愛らしく、もう一度見たい気持ちになったが何とか抑えて、話題を変える事にする。


「このままでも良いんだけど、もし良ければミーナの家で休んでもいいかな?」


 その言葉に他意は無い。

 ミーナが体を大きく震わせた。

 どうしたのだろうか。


「……あ、あのっ……わ、私の、家はっ……そのっ……」


 視線は左右に忙しなく移動し、明かな挙動不審。

 偶にちらりと顔を後ろに向けては俯き俺を見る。

 ……ふむ。


「ミーナの家って一番手前の家でしょ?」


 軽くそちらを指さしながら言う。


「え!? な、なんで、知ってっ……」


 目を見開き俺を凝視する彼女に、予想が当たった事を確信する。

 これは家に招待したいけど理由があってしたくないパターン。

 俺も経験がある。こんなあからさまではないが昔ボロアパートに住んでた頃、友達に遊びに行って良いか訊かれた時の感覚だ。

 知り合いが似た反応をした事があるのを思い出した。

 そして残るは家がバレたくないか、部屋の中に何らかの理由で招けないかのどちらかだが、彼女の反応を見る限り前者に近い。

 俺を受け入れてくれたミーナだが、やはりあの小さくボロい家に住んでるとバレるのは恥ずかしいと考えている可能性が高そうだ。

 何となく自分とミーナとの類似点を感じ、微かな嬉しさが心に生まれる。

 目を瞬かせているミーナに答え合わせをしとかないと。


「ミーナがその家から出てくるのが見えたからね」


 そう言って彼女に笑みを浮かべる。


「ずっとミーナを見てたんだ」


 変態でしょ? 良いながら軽く笑ってしまった。

 ずっと見られていた事に彼女は恥ずかしくなったのか再び軽く俯く。


「……へんたい」


 恥ずかしい時のボキャブラリーがもう一つ増えた瞬間だった。

 相変わらず俺の視界からは、彼女の口角が微妙に上がっているのが見える。

 どうやら彼女にとっては「自分をずっと見ていてくれた」の様な考えになっていそうだ。

 それは今だからこそ思い浮かべられる気持ちであり、出合い頭に同じ事を言っていたら警戒度が更に上がるだけだった。

 そして恥ずかしがっている彼女は、先ほど「自分がすぐに家を教えられなかった」という事で患っていた罪悪感が消えた様だ。


「じゃあミーナの家に行こうか」


 よいしょ、と体を起こす為に動く。

 未だに頭痛は健在であり、頭を僅かに上げると血の巡りが変わったからなのか、ぶつけたであろう側頭部からまるで心臓の鼓動の様に痛みの心音が頭に鳴り響く。


「あっ、む、無理しないで、ください……」


 その言葉と共に後頭部が優しく包まれる。

 彼女が手を添えてくれた。

 ありがとう、お礼を告げて肘を地面につきながらゆっくりと上半身を起こしていく。

 ミーナは途中から反対の手で背中を支えてくれた。

 彼女のサポートを受けながら、時間をかけて何とか上半身を起こし終えた。

 貧血気味なのか、一瞬だけ意識を失いかける感覚があったが、それ以降は特に何も無い為少しこの状態で休んで後、立ち上がるべく片手を地面につけて伸ばしていた膝を曲げる。

 立ち上がる途中、彼女は俺の脇の下から首を入れて全身で支える様に立ち上がる為の力を分散してくれる。

 三〇秒程かけて漸く立ち上がれた。


 彼女の支えの許、少しばかり棒立ちとなるが特段立ち眩み等は起こらず大丈夫だと判断。

 ミーナにもう支えは大丈夫そうと伝える。

 首を横に振られた。


「……いつ倒れるか分からない、ので、このままでいますっ……」


 静かに、しかし力強く言われてしまった手前、断りにくいので「ごめんね、ありがとう」と答えて足を進める。

 そこで気付いた。

 俺と彼女を結び付けてくれたキューピッド、木の柵が目の前に無かった。

 どういう事だ、辺りを軽く見渡す。

 そして気付いた。

 何故か既に柵の中、つまり村の中に入っている。

 これは流石に原理が分からない。

 彼女が柵の中に入れてくれたのか?

 一応俺がギリギリ通れるか通れないか位の空間が柵にはあったが、流石に死ぬかもしれない人をそんな無理やり入れるだろうか。

 この場合、俺を中に入れたというよりもミーナが柵の外に出てきてくれたと考えた方が可能性が高い。

 では何故、既に柵の中に入っている?

 この堂々巡りで答えが出ない。

 ならばこれは聞くしかない。


「そういえばミーナが俺を柵の中に入れてくれたの?」


「……はい」


 腕などを引いて無理やり柵を通したんだろうか……?

 先程まで頭と喉しか痛くなかったが、何故か今になって全身が痛くなってきた様な気がする。


「えっとー……迷惑かけちゃったと思うんだけど、どうやって入れてくれたの?」


 俺の言葉に彼女は顔を軽く動かして、俺たちがいた場所から少し離れた柵の方を見た。

 つられて俺も顔を向ける。


「……これ、です……」


 彼女の言葉を数秒遅れて認識した。

 それ程までに目の前の光景に見入っていた。

 だが広がる光景は相変わらず夜の帳と先ほどから見ている木の柵。


 地面から水平に括られていた三本の添え木が、縦の支え木の間三メートル程姿を消していた。


 何だ、これは。

 そう思った次の瞬間には、三本の添え木は地面から水平に縦の支え木に括りつけられていた。

 目の錯覚か、はたまたマジックか。

 見た全員が初見でそう思える程に不可解な現象だった。


「……結界を、解きました」


 彼女の言葉が頭に響く。


「……けっ、かい……?」


 何とか絞り出した声に力は無かったがこの至近距離だ、ミーナには届いただろう。

 結界。それは聞いた事のある言葉。

 創作物に偶に出てくるワードだ。


「……私も、一部の結界なら解ける権限、ありますので」


 彼女の言葉に思考が漸く動き出した。


「……へえ、結界を使えるなんてすごいね」


 俺には使えないよ、そう言って言葉を締める。

 結界の詳細に関しては後で確認する事として、彼女の言葉を振り返ると「一部の結界を解く権限がある」と言った。

 つまりそれは言い換えれば一部しか解けないという事であり、そもそも結界解く"権限を与える者"がいるという事。

 このリューラック村で何か権限を持っていそうな存在と考えれば、まず最初に思いつくのは村長。

 村の長たる村長が一番の権限を持っていて何らおかしくない。

 だがこれはミーナの雇用主が村長だと、直接的に結び付けるだけの材料には至らない。

 ミーナの雇用主に関しても早めに知る事が重要であるから、彼女から色々と聞いていきたいところ。

 しかしながらここで長々と話す必要は無い内容でもある為、まずはミーナ宅に入る事を先決とする。

 横目で彼女を盗み見ると俯いており、何やら暗い雰囲気。

 もしや結界を解く権限があるというのは、ミーナにとって望ましい事ではないのか。

 それか、俺を助ける為に結界を解いた事が問題だったのか。

 後者の可能性はどちらかと言えば低いと思える。

 何故ならその場合、彼女が二度目の結界を解くパフォーマンスを行わないだろうから。

 しかし前者としても、落ち込む理由がハッキリしない。

 個人的には権限が無いよりはある方が良い気もするが。

 ともあれ。


「……ま、どんなミーナでも好きだから良いんだけどさ」


 独り言の様に小さく呟いた。

 すぐ近くにいる彼女には聞こえてしまったかもしれないのは仕方ない。



「………………ぁか」


 若干彼女の進むスピードが速くなったのを体に感じながら、彼女の家へと向け足を進める。

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