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第11話

「ごめんなさいごめんなさいこんなものみせてしまってもうにどとみせませんほんとうにごめんなさいわるぎがあったわけじゃないんですだけどそもそもこんなわたしがわるいですよねほんとうにどうしようもないぐずでもうしわけありませんごめんなさいごめんなさいごめんなさ――」


 まるで読経の様な、はたまた呪詛の様な一切の抑揚が感じられない声色で、地に伏せながら延々と呟かれる声だけがこの空間を支配する。

 眼前の彼女は俺のすぐ横で蹲り髪の毛で顔面を多いそれを両手で必死に抑えながら、体は延々と小刻みに震えていた。

 それはまるで決して見られたくなかったものを見られてしまった様な、これが人間の本当の絶望なのかと理解してしまう程に彼女は怯え、自分の世界に閉じ籠ってしまった。


 そんな彼女を横目に、状況を把握しようと努める。

 この事態に陥った原因は何か。

 彼女と目が合った事、彼女の姿がハッキリと見えた事。

 そのどちらかである事は明らかだろう。

 呪詛の様に呟かれる彼女の言葉は端々に「こんなもの見せてしまって」や「二度と見せません」といった言葉が羅列されている。


 その時、俺に電流が走る。

 ま、まさか……!

 総合的判断まで行かずとも、ある一つの結論に至る。

 実際は僅かな可能性もあり二つだが。


 一つの可能性は、所謂魔眼系。

 魔眼といってもメデューサチックな異能を使える目、というだけでなく偶に異世界モノに存在する目の色による差別。

 例えば黒目ヤベーやヘテロクロミアこえーといった瞳の色によって差別が行われ、その色の瞳を持つ人はそれだけで人権が無い、みたいな状況に追い込まれる狂気の世界。

 カラコンの技術か魔法が発展しないのっておかしくね? と思ったのは懐かしい記憶だ。

 閑話休題。


 そして二つ目の可能性は。

 視線をミーナに戻せば、彼女は相変わらず蹲り顔を髪で覆って隠している。

 俺の喉に意識を向ける。

 ちょっと喉がかなりヤバい状態だが、十代の頃はカラオケで喉を潰すまでが仕事と言わんばかりに週六で絶叫しまくったりした影響で喉から血が出た事もある経験を思い出す。

 まあ、血が出ても何とかなるっしょ。

 喉声は怖いから腹式発声を意識。

 ――頼むぜ、俺の喉。頼んだぞご都合展開。

 不思議と彼女はこれから行う事に反応してくれるだろうと確信があった。

 息を吸い込み口を大きく開いた。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!」


 俺の絶叫シャウトがミーナの呪詛に代わり、辺りに響く。

 喉に違和感。

 同時に気味の悪い液体の様な物が喉から込み上げる。

 その正体はすぐに分かった、血だ。


「――カズヤさんッ!」


 その声と同時に彼女は先ほどと同じく俺の眼前に現れて先ほどとは違う絶望の表情を浮かべならが俺へと必死に呼びかける。


「――ゴフッ」


 ――あ、やべっ。

 そう思った瞬間には、俺の口から血が零れ出す。


「えっ……血……? ――ッ、いやッ、いやああああッ! カズヤさんッ、カズヤさんッ!」


 口の中である程度溜めていたせいで、口の中には血が意外と溜まっており、結構な量が流れ出た。

 こりゃヒデーや。

 それにしても喉が痛い。


「血ッ……血が、止まらないッ! 止まってよッ! 何で止まんないのッ!?」


 ミーナは顔面蒼白となりながらも必死に俺の口に手を当てて何とか血が流れない様に試みている。

 この状態で万が一鼻を抑えられた時には窒息死待ったなしなので、彼女の行為は俺も落ち着かなくなってくる。

 無意識に彼女を止めようと動かした事で俺は、手は問題なく動く事をやっと知った。

 ちょっと落ち着いてもらおうと、俺の口元に当てている彼女の両手を掴み、少し力を入れて下へと下ろそうと試みる。

 突然触れられて驚かない様に今浮かべられる最高の笑みを添えて。


「ッ」


 彼女は案の定驚いた様に目を見開き、俺を凝視する。

 大丈夫だから、ちょっとこのまま口から手を放してね。

 その思いを込めて今一度笑みを浮かべた。


 その瞬間、彼女の表情に怒りの感情が浮かんだ。

 えっ……?


「……――で」


 ミーナの身体がまた小刻みに震えはじめる。


「……何で……何で諦めるんですかッ!」


 怒声とともに、見た事も無い剣幕で顔を近付けられる。

 ひえっ。


「勝手に死にかけてッ、勝手にまた死ぬなんて絶対に許さないッ! そんな簡単に諦めないで下さいよッ!」


 華奢な体のどこにそんな力がと思う程に強い力で、胸辺りまで下ろしていた腕が持ち上げられる。

 正確には俺の力以上の力でミーナの腕が徐々に俺の口へと近づき、それに付随して何とか引き留めようとする俺の腕が連行させている状態。


「放してッ! 放してよッ! 絶対に死なせない……絶対に死なせないからッ!」


 力の限りを尽くし腕を振り回し解放されようとするミーナと、死に物狂いで彼女の腕を掴み続ける俺。

 必死の形相である彼女に違和感を覚え、腕は必死に彼女の両腕を抑えつつも思考を開始する。

 何故こんなにも彼女は必死なのか。間違って俺は窒息死させられたく無いだけなのに。

 自分目線で分からない事は一旦第三者目線で考えると理解出来てくる事もある。

 傍から見ればどうだろうか。

 正しい方法なのかは定かではないが必死に止血を試みる彼女に対して、止血をやめさせて恐らく満面ではないであろう笑顔を向ける。

 途端に思しき理由に行き着いた。


 止血をやめさせて笑顔を向けてくる。

 ――死を受け入れたと勘違いした。

 そもそも彼女からみればこの血が喉の酷使で起こった出血だとは知らない。

 そりゃあ半狂乱になるのも納得だ。


「そんなにッ、死にたいなら私もッ……私もカズヤさんと同じ事しますからッ!」


 ――えっ、同じ事……?


「――カズヤさんが死んだら私も死にますッ!」


 ちょ、まっ!

 それはマズい! 何がマズいってママンが可哀そう過ぎる!

 暴走モード突入したミーナをどうにかして活動限界にさせる必要がある。

 何をすれば止まってくれるのか。

 喉を開放したお陰か声は出そうだが、生憎と彼女の声量程今の俺の喉のコンディションでは出る気がしない。

 彼女の表情を見ながら方法を練る。

 すぐに思い付いた。


 彼女の両腕を開放する。


「やっとッ……今止めますからッ絶対にあきらめないでくださいッ!」


 止めるのが息ではなく血である事を願う。

 必死の形相のまま、間もなく彼女の手が俺の口に届く。

 その刹那。


「――あっ」


 必死の形相は成りを潜め、呆然自失といった表情へと変わったミーナは腕だけでなく、全身の動きを止めた。

 その要因は何か。

 俺の腕だ。


 正確には俺の両手が彼女の頬を包み込んだからである。

 ゆっくりとミーナの顔を俺の顔へと近付ける。

 現状を認識しきれていないであろう彼女は成すがままに、俺に誘導されている。

 互いの鼻同士がくっつきそうな程に寄せた所で彼女の瞳が一瞬で開かれた。


「あッ……ダ、ダメッ!」


 体を離そうと彼女の肢体に力が入る。

 何が彼女をそこまでさせているのか。

 この世界彼女に厳しい。

 そして彼女は顔を見られる事に酷く拒否感を抱いている。

 更に顔を見られた彼女から発せられる言葉は自虐。

 これらの情報から鑑みるに彼女は容姿に多大なコンプレックスを抱いている。

 いや、コンプレックスという言葉では足りないのかもしれない。

 しかし、俺の目にはどう見ても絶世の美少女然としている。


 つまりこの世界は――。


「見ない――」


 彼女の顔が僅かに離れた。


「好きだ」


「でッ――え……?」


 所謂美醜逆転モノ、という可能性が高い。

 ならば彼女の反応も理解出来る。

 そしてその様な世界の場合、俺は思っても決して伝えていけない言葉がある。

 俺はそれを言わずに彼女を幸せにしてみせる。


「ミーナ、好きだ」


 この子に伝える想いは、この言葉に乗せて伝えていく。

 ミーナの両目が大きく見開かれた。

 しかしそこに絶望の色は無い。

 あるのは混乱と驚愕といった様相。

 そして、それを追う様に一筋の涙が零れた。

 やがて表情が歪み始める。


「………カ」


 微かに彼女の口から声が漏れた。

 それは次第に大きくなる。


「……ばか……ばか、ばかっ」


 既に瞳からは止め処なく涙が溢れ出していた。

 彼女の口から零れる言葉は更に声量を増していく。


「ばかっ……ばか、ばかばかばかばかばかっバカッ!」


 歪む表情はやはり俺の目にはとても美しく見える。

 目の前の少女は、それ程までに可憐だった。


「バカッ、バカッ! ばかああああっ!」


 泣き顔を隠そうともせず、俺を睨み付けた。


「何でッ! 何でそんな事言うんですかッ!?」


 何でと言われても……。


「ミーナの事が好きになったから」


「だからッ! そんな事言うのやめて下さいッ! やめてよッ!」


 やめてと言われると俺が困ってしまう。


「ミーナが好きだ」


 だからお互いちょっとだけ困ろうか。


「やめてッ! 聞きたくないッ、そんな言葉聞きたくないッ!」


 拒絶する様に両耳を塞ぎ、頭を振り、腰までの美しい髪が乱雑に宙に舞う。

 手を上げて半ば狂乱としている彼女の両腕に触れた。


「ミーナと結ばれないなら死んでも良いって思ったんだ」


 ちょっと卑怯な言い方かな、等と考えつつも元々が打算なのだから仕方ないと気持ちを改める。

 それにミーナが俺のモノにならないなら死んでもいいと考えたのもまた本心なのだから。

 俺の言葉にピタッと動きを止めた彼女は鋭い眼光で俺を睨み付ける。

 互いに無言の時間が僅かに訪れる。


「……卑怯者」


 先に口を開いたのはミーナだった。

 睨み付けてくる表情はそのまま。


「……卑怯……卑怯……卑怯ッ!」


 怒鳴る様な声と共にミーナの睨み付けるが解除された。

 そのまま再度顔を歪めて泣き顔となる。


「一緒にいたいって思いました……けれどそれ以上の関係なんか望みもしなかったッ!」


 まるで咆哮の様に声を荒げる。

 それすらも美しいと思った。


「望める訳がないですッ! こんな醜い顔の私なんかにッ! だからそんな希望も期待も一切しなかったのにッ!」


 そこから僅かに彼女のすすり泣く声だけが響いた。

 やがて浮かぶのはこちらに縋る様な瞳。


「…………そんな風、に、言われた、ら…………望みたくなっちゃうじゃないですかぁ……!」


 見つめ合うミーナの瞳。

 そこには俺だけが映っている。


「…………………一生のお願い、しても、いい、ですか……?」


 長い沈黙の後、彼女から放たれた言葉。

 頷きで応える。


「…………もう、いっかい……もういっかいだ、け…………言ってくだ、さい……」


 何がとは聞かない。

 そして俺の答えは決まりきっている。



「やだ」



 彼女が息を呑んだ。

 シリアスは苦手である。


「一生言ってくださいってお願いを、一回だけなら聞いてあげるけど?」


 またもや彼女の表情を大きく歪めてしまった。

 ごめんな、ミーナ。


「ミーナ、好きだよ」


「ッ――――ばかっ、ばかばかっ! ばかっ!」


 俺の言いたい時に言わせてくれ。

 号泣の中に不器用な笑みを浮かべて俺に泣き付いてくる。

 その振動で頭痛が再発したが、空気を読んでそれを黙っていられる男なのだ。

 泣き付く彼女の頭を空いている手でそっと撫でる。

 予想通り、こちらが心地よくなりそうな程に滑らかで柔らかい髪質。

 そんな俺が胸中に浮かべる言葉は三つ。


 ――美醜逆転モノ、最高かよ。


 ――ご都合展開様万々歳。


 そして何より――。


 ――俺の喉、持ってくれてありがとう……!

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