プロローグ
どうも、ころこです。
お読み頂きありがとうございます。
あらすじでもお伝えしました通り、当作品は時間の流れがかなりゆっくりとしておりますので予めご了承ください。
タグにある要素は、後々出てくるかもしれないため保険として記載している項目もあります。
「おはよう、明くん!」
明るい声色と共に、俺の左腕に柔らかな衝撃が伝わる。
視線を向けなくともその声の人物は容易に想像できた。
「おはよう、絵里」
挨拶を返しながら顔を向けると、俺の腕に抱き付きながら可憐な笑みを浮かべていた。
俺が挨拶を返した事か抱き付けている事か、はたまたその両方なのか、彼女は幸せそうに笑っている。
そんな折――。
「……絵里さんっ! お兄ちゃんに抱き付かないでください!」
俺が絵里と呼んだ少女とは反対側から、別の少女の声が響き渡る。
絵里は笑顔のままだが表情から幸せの成分を減らし、俺越しに大声を出した人物へと視線を向けた。
「あれ、詩音ちゃんいたんだ!」
「いたも何も最初からいました!」
絵里さんよりも先にっ、先程と声量をそのままに多少の苛立ちを含んだ声が、絵里の言葉に対して即座に返された。
剣呑ではなくとも、多少の圧迫がこの空間に現れ始め思わず小さな嘆息を溢す。
「絵里も詩音も仲良くしてくれよ」
いつも仲良くして欲しいんだけどなあ、なんて考えが脳裏に浮かび思わず口を開いた。
「私は詩音ちゃんと昔みたいに仲良くしたいんだけどなぁ」
「絵里さんがお兄ちゃんを諦めてくれればいくらでも仲良くしますよ」
「それは無理な相談かな?」
彼女らの言葉の応酬を目の前に、自分の失態を悟る。
本心からの言葉ではあったが、それは今の彼女達には寧ろ燃料となる言葉だったらしい。
互いに俺の腕に抱き付きながら表面上の笑みを浮かべ、牽制と呼べる視線を向け合っている生まれた頃からの幼馴染である絵里と、義妹の詩音。
小さな頃は寧ろ俺をおざなりにする程二人で遊んでいたのに、などの感傷が不意に浮かび、短時間ながらに二度目の嘆息が漏れた。
しかしながら、現在は自分達の通う高校へと登校している最中。
残念ながら、ゆとりのある時間を確保した出発ではなかった為、生憎このまま足を止めたままという訳にもいかない状況。
相変わらず視線で喧嘩をしている二人に声をかけようと口を開きかけた瞬間。
俺の背中に、とても柔らかい衝撃が伝わる。
同時に首の両側から、胸元にかけて腕が伸びてきた。
「絵里も詩音も明の相手をしないのであれば、私が明を頂くが異論は無いな?」
絵里とも詩音とも違う、僅かにハスキーな声が背後から届く。
『異論しかない!』
同時に、視線で喧嘩中の二人から異口同音の声が、その人物へと返された。
途端に喧嘩をやめた二人は、対象の相手へと不満を込めた表情を浮かべる。
顔を向けずとも背後にいる女性が誰か、判別は容易だった。
「いくら先輩でもそれだけはないかな?」
「響子先輩、寝言は寝ていうものですよ?」
笑顔を浮かべつつも返される彼女らの批判にも、俺の背後から伝わる雰囲気に変化はない。
「なに、二人とも互いの相手で忙しそうだからな。そんな二人のせいで明が遅刻なんて事になるのは、明にとっても私にとっても不都合しかないではないか」
ならば私が明を貰うのは自明の理。その言葉で締めると同時に、俺の両腕に伝わる圧迫が僅かに強まった。
自信に満ちた背後の女性、詩音から響子と呼ばれた彼女は俺と絵里の一学年上の先輩。
彼女は俺の背中に押し付けている、俺の両腕に抱き付いている二人にはそこまで無い圧倒的な柔らかい圧力を、微かに強める。
それを感じ取ったのか二人は笑みを引き攣らせ、俺の両腕の圧迫が更に強まった。
「明くんはそんな自分勝手な人は苦手だと思うんですけどねー」
とは絵里の言葉。
「いくら優しいお兄ちゃんでも、流石に脂肪だらけの人は無理だと思います」
何が脂肪だらけ、とは言わない詩音。
「まあ何故か胸だけは脂肪が落ちなかったが、この脂肪は無いよりもあった方が良いと思う人が多いのだろう?」
「そ、そういう人もいるかもしれないけど、明くんは違うもん!」
「お兄ちゃんはそんな差別をする人じゃありません!」
天然なのか疑問を持ちたくなる程に純粋な疑問として返す響子先輩に、二人は語気を強めて言い返す。
そこから始まった三人の言葉の応酬をどこか遠くに感じながら、頭に浮かんだ一つの言葉。
女が三人集まると姦しい、その通りである。
しかし、この異なる三人の少女の声が耳に届く限り、浮かぶ思いは変わらない。
このまま四人で、ずっと仲良くしていきたい。
勿論、彼女達は互いに仲が良い、普段は。
しかしながら、偶にこうして軽く言い合いになる事がある。
理由は一つ、俺を巡って。
三人の声を背景音楽に何故こんな事になったのかと、ふと自分の歴史を振り返る。
響子先輩とは中学からの付き合いだが、俺を含めた四人は仲が良かった。
去年までは少なくとも、俺を巡って言い合いなんかしている記憶は無い。
そもそもこうなってしまった、彼女たちが友情ではなく異性として俺の事を好きになった大きな出来事。
「ねえ明くん」
「お兄ちゃん」
「明」
異音同義語な言葉が俺に向けられて、意識が自分から周りへと戻る。
見渡すと、笑みを浮かべながらも真剣味を帯びた絵里と詩音。
背後で表情は分からないが、雰囲気から二人と同じ表情を浮かべているんだろうと想像出来る、響子先輩。
何故、彼女らはそんな表情で俺を見るのか。
三人は同時に声を、俺に届けた。
『私を選んで?』
それもこれも全て、魔王を倒した事――魔王を倒す為に、俺達四人が異世界へと召喚された事が全ての始まりだろう。
ぱたん。
そんな微かな音と共に俺は手に持つ本を閉じた。
小さなため息を吐いた後、静かに眼下の積まれている本の群れへとその本を戻す。
『異世界に召喚されたら幼馴染と義妹と先輩が俺を取り合いはじめている』
最近良くある異世界もの、ハーレムもの。
そんな作品だろう。
最近良くあるという事は、それを望む人が多いという事に他ならない。
御多分に漏れず、俺も好きだ。
好きなジャンルでもある小説のプロローグを読んだばかりだというのに、俺の心は晴れない。
寧ろ、もやもやとした言い表せない感情が心を支配する。
表紙にある絵は可愛く、描かれたキャラクターも好み。
設定も嫌いではなく、プロローグを読んだ限り主人公に嫌悪感を抱くという事も無い。
未だに悶々とした微妙な感覚が残りつつ、視線は台へと戻した小説に向けたまま。
その小説の周りには似た様なタイトルの本が並んでいる。
『転校して幼馴染と再会してから俺の女難は尽きない』
『好きだった乙女ゲームに転生したからには悪役令嬢を救いたい』
『月髪のレイナ』
等々多種多様で、中には良く思いつくものだとも思えるタイトルもあった。
しかし目に付くタイトルを一瞥し、思わず零れるのは感嘆の声では無く、再度の溜息。
胸中の纏まり切らない感情の名前は分からないが、これだけは言えた。
「タイトルやプロローグで結末が分かったら見る意味ないだろ……」
こぼれた言葉は誰に聞かれる事もなく、本屋のライトノベルコーナーの中で静かに溶けて消えた。