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1-8

その日城の国王の執務室で、国王の代わりに業務をしていたのはアルベルトだった。


突然、休むと言い出して全てを投げて行ったのだ。


まぁ、年中無休で睡眠時間を削って真面目に働く王様の珍しいわがままなので

大したことないと送り出した。


だけど、業務の量がはんぱない。

なんなんだこれ。


各部署に振り分けたものの報告書や決済書など続々と帰ってきているので当たり前なのだが。


一年前よりはずっと量がへったけど、まだまだ落ち着くには時間がかかる。


ところで主はどこへ行ったのか。

私情で城の外へ行くなど初めてだった。


そう考えていたときだった。


シュンと目の前に急に、主が現れた。


ぽかんと目の前を見て固まる。


「おっ、便利だな」


レオリオは、はじめての瞬間移動に感動した。そして固まったままこちらを見つめている部下に気がつく。


「アルベルト、どうした?」


「へっ………」


口をパクパクさせて言葉が紡げないようだった。

アルベルトは不敬にも、指をさす。


「どうした?」

「…王様。普通の方は魔法に耐性ないはずなので驚かれていると思われます」

「そうか。アルベルト、大丈夫か?」


「へいか?その、まほう?」

「そうだ。ウチにも魔導士を置くことにした。」

「魔導士」

「他国にはいるだろ?リュベールにいた、あれだ。うちの国にも見つけたから連れてきた」

「あぁ、なるほど…まぁ、いい機会ですね…」


アルベルトはドキドキしながら冷静に答える。

だが、リュベールにいた魔導士は結構な年齢の老人だった。

主と、現れたのはどうみても10代の若い少女だった。


「えっと、魔導士は、いいのですが素性は知れてるのですか?」

「……」

「名前は?」

「…」


レオリオは黙ったまま考え込んでいた。

魔女の素性。

魔女の名前。


「魔女、名前は思い出せないのか?」

「忘れました」

「じゃあ、アレだ。"エルド"にしよう」

「エルド?」


アルベルトはハッとする。


「エルドって童話の魔術師の名前ですよね」


呆れた目で主君を見る。

アルベルトが子供の頃はやっていた童話だ。


「エルドでいいか?」

「なんでもいいです。王様の指示に従います」

「よし。では、魔女は今からエルドと名乗れ」

「かしこまりました」


魔女、改めエルドはすっとアルベルトを見たが、諦めた様子で見ていた。


「大丈夫だ。この者は俺が管理する。

城に住むから部屋を用意しろ」

「えっ?!……かしこまりました」


驚いたが、主の命令には従う。

しかし、この少女、怪しすぎる。


「陛下、エルド様は今までどちらでお暮らしになられてたんでしょうか?お荷物などは…?」

「エルド、荷物は?」

「ない」

「だそうだ」


年若い女の子が荷物なしでどうやって暮らしていたのか…

怪しすぎる。


「服とかは必要にったら出せるし、浄化もできるので。」


「心を読まれた?!」

アルベルトはドキッとする。

「思ってることが顔に書いてある。バレバレだ。」

レオリオがフォローする。


魔法とは便利なものだ。

見たところ、清潔だし顔も髪も貴族並みに美しい。

体のバランスも整っている。


国王所属の魔法使いとしては申し分ない。


「エルド様は何歳なのですか?」

「249歳です」


冗談??????

からかわれてるのかな???

アルベルトは混乱した。


「信じなくても問題ありません。年齢など重要ではありませんから」


エルドはさらっと言う。


「そうですか…」


目の前の少女?に質問が大量に浮かぶが、主の言うことには従わなければならない。

いやそれでも、少しでも情報を得なければ。


「エルド…様は、どちらのご出身で…」


勇気を出して聞く。


「出身…?」


エルドは考え込む。


「忘れました」


「親兄弟は?」


「……忘れました」


「魔法はどうして使えるのですか?」


「魔力が、生まれつきあったから?」


「魔法はどこで習ったんですか?」


「…独学?…独学です」


「…どうして、そんな幼い姿なのですか?」


「ここから成長しないんです。別に自分に魔法をかけてるわけではないです」


矢継ぎ早に質問をしたアルベルトは、ふーっと息を吐いた。


「大事なことを忘れすぎじゃないか?」


ドサっとソファに腰掛けたレオリオが口を開く。


「名前や、親兄弟、出身地は大事なことだろう?何故忘れる」


呆れたような表情をしている。


「名前を呼ばれることもずっとなかったですし。それに、そんな何百年前のこと、覚えてませんよ」


それはそうだ。

とレオリオとアルベルトは納得する。

5年10年前の記憶でさえ朧げになる。

100年前とはどれほどのものか想像もつかない。


だが、名前を呼ばれず生きているなどどんな人生なのか。


エルドはふと、執務机の上に視線をやる。


人差し指をすすっと上へ動かす。


すると、机の手紙の山から一つ封筒がうかぶ。


「この封筒、よろしくないですね」


「これですか?」


アルベルトがその封筒を手にしようとする。


「魅了の魔法が込められてます」


パッと手を引き、触るのを止める。


エルドが手をかざすと、濃い青のもやがでる。

レオリオ達の目にもそれが見える。


もやを手紙からスッと抜き取る。

すると、もやはぼやぼやと消えた。


「はい、どうぞ」


アルベルトへ手渡す。


「もう、大丈夫なのですか?」

「はい。魅了の魔法は抜きましたから」

「なんだ、お前呪いの類はわからないみたいなこと言いながらできるじゃないか」


レオリオが半眼にらむ。


「得意ではないですし。専門でもありません」

「陛下」

「どうだ?」

「これ、ニュンベル辺境伯からのものです」


内容は縁談についての相談だった。


「あの辺はリュベールに近いから魔導士の影響があるんだろうな」


ふむ。

と考え込む。


「エルド、よくやった」

「ありがとうございます」


深々と礼をする。

相変わらず無表情のまま。


「陛下、魔女様の部屋ですが。あの、東の塔はいかがですか?あそこには王室の魔導書の類の書室もあります。」


「そうだな。エルド、魔導書読むか?」

「…命令であれば」

「気が向かないのか?」

「そこまでは」

「ふぅん。意外だな」


窓から見える東の塔を見て、思う。

どこでもいいと。


「王様、私は他の契約があります。現在あと三つあります。私が城を不在にしてる場合で御用がありましたら名前をお呼びください。契約者からは名前で反応いたします」


「名前?他の契約者はなんて呼ぶんだ?」

「魔女と」

「なるほど」

「王様だけは、"エルド"とお呼びましたら参ります」


「わかった」


ふっと笑った。


「それでは魔女様、ご案内いたします」


べこりと頭を下げて、アルベルトについていく。


2人が出て行った後、レオリオは執務室の王の椅子に移動し無言で先程の封筒を見つめる。

はぁ、とため息を吐き椅子になだれかかった。


一抹の不安と謎の高揚感。

ひとまずは、目的の人物を自分の籠の中に入れることに成功した。

ほんとに入ったかはわからないが、呼べば戻ってくる野生の鳥と思うことにしよう。

さて、どうやって手名付けるか。


目の前の、大量の仕事を無視して考えていた。


***

広い廊下や、豪華な甲冑、置物、絨毯。

どれもこれもが馴染みがない。

そこを、黒いローブを羽織った桃色の髪の少女が堂々と歩く。

騎士達、使用人達が驚いて二度見をする。

アルベルトが前を歩いているので立ち止まり礼をするが、やはり後ろの少女が気になる。


エルドは気にもせずアルベルトの後ろをついて行った。

アルベルトはエルドに城を簡単に案内しながら進む。

まだ不信感はあるが、主の命令なのと、先程の呪いの件で少し認めつつある。

それに、怪しい雰囲気をしてはいるが、この、少女からは、王室を脅かすような欲のようなものが一切感じられなかった。

むしろ、なんの感情もないようだ。

何故、主についてきたのか。

王室に使えることにしたのか。

謎はたくさんあるが、害をもたらすような感は感じられない。

注意はしなければならないとは思っていた。


東の塔へ続く廊下を抜け、階段を上がる。

塔の階段の横の一室。

扉をあけると部屋になっている。

机とソファと机。

大きなベッド。

広い部屋に必要な家具が揃えてある。


エルドは部屋の入り口で立ち尽くす。


「どうされましたか?」

「…いえ…」

「?」


アルベルトは部屋の窓をあける。


「ここからはサンザの街が一望できます。あけておきますね」

ガチャと窓を開ける。


「何か必要なものはありますか?」

「ありません」

「何かありましたらお申し付けくださいね」


エルドも窓の外を見る。

夕日がてらす。

なんだろう。

懐かしい気持ちがする。


「わかりました」


「エルド様は何故主君についてこられたのですか?」

「命令されたからです」

「本当にそれだけですか?」

「それだけです。もしもわたしが王様を裏切ったり、邪な動きをすれば私の体は消滅するよう契約をしました。なので安心していいです」


信じるか信じないかはあなた次第ですが。

この臣下の気持ちもわからなくない。


「あなたも、私が少しでもあやしいなら斬り捨てればいいとおもいます」


どうぞ。と手を広げる。


アルベルトはなんともいえない顔で魔女をみる。


「正直、王室を守る身としては全てを信用するわけにはいきません。ですが、今はまだ切りません。様子を見させていただきますね」


「どうぞ」


「それでは失礼します」


アルベルトは退室した。


ドサリとエルドは大きなベッドに座り込む。

後ろに倒れ込む。


「疲れた」


思わず目を閉じる。


この部屋も窓からの景色もどこか懐かしさを感じる。


忘れていたものがどはどばと思い出される。

それはすごく疲れることだった。


抜き取った記憶や感情とは別にただ忘れてただけの記憶は単純に何かのきっかけで思い出される。


思い出しても、疲れるだけなのに。

だけど、あの王様に期待をしている自分がいる。

わたしの願いはいつも一つだけだ。


遠くの空を見て思う。


「きれいな、そら」


いつかそこにわたしも行きたい。


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