1-7
ざぁざあと…今日も雨が降る。
雨の降る季節に本格的に入ったため連日の雨だ。
カランカラン
「いらっしゃい」
「久しぶり婆さん!一月も店開けないなんて珍しいな。病気でもしてたのか?」
薬屋にいつもの常連の男がはいってくる。
す
「腰を痛めて立てなかったんだよ。もうそろそろ世代交代しなきゃだね」
「大丈夫かよ。婆さんはあと100年は生きそうだけど、体大事にしろよ」
ぱんぱんと服の雨をはたきながら男は言う。
「それはそうと、コレ」
「!」
棚から出してきたのは例の頭に効く薬だ。
「えっ?まさか入荷したのか???」
男は驚く。
「少しだけどね。買うかい?」
「買う買う!」
「じゃあ銅5枚だ」
「うーわ!値上がりガチだったんだな」
「入荷数が少ないのにとっておいてやったんだよ。感謝の言葉が欲しいくらいさ。」
しぶしぶ、財布を出す。
「しゃあないか」
ジャラジャラと胴を渡す。
「助かるよ」
「まいどあり」
カランカランと、入れ違いで別の客が入ってくる。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
顔が強張るところだった。
黒いフードを被った男が入ってきた。
フードを脱ぐ。
「おばあさん、素敵な香りがしますね」
ニコニコと男は話しかけてくる。
「薬屋だからね。薬草の匂いじゃないかい?」
「いいや、違うね。魔法の香りだ」
「……」
バレている。
この男。
国王陛下レオリオと名乗った男が目の前にいた。
なんでここがわかったんだろうか。
じとりと汗が滲む。
「魔女さん」
はぁ、とため息をつく。
「どうしてここがわかったの?」
座ったまま見上げる。
光が老婆を包む。
本来の姿に戻った。
「この前、追跡粉を体につけて置いたんだ〜」
「!」
ふふんと、レオリオは悪戯っぽくわらった。
追跡粉は、お互いに引き合う性質を持つ対となる宝石の片割れを砕いて粉にしたもので、宝石が光って片割れの方向を示してくれる特殊な石だ。
どんなに離れててもその片割れの方向を指すことができる。
流通量も少ないし貴重なのに…この王様ときたら。
でも、あぁなるほど。
それを辿って見つけてたのか。
「会いに来てって約束したのに来ないから、わざわざ来たんだぞ」
「約束なんてしてないですが」
何を言ってるんだこの男は。
目的が見えない。
政治に魔法を利用しようとしてるのだろうか。
「薬屋もやってるんだな」
「ここの、本当のオーナーとの契約です」
「オーナーは、どこだ?」
「もう、50年くらい前に亡くなりましたよ」
「なんだと?」
「息子との約束があるから店を辞めたくない。だけど病気で店に立てなくなってしまった。そこで、契約しました。」
頬杖をついて魔女はふぅ、とまた息をはく。
くるくると指を動かすと、レオリオの目の前に机と椅子が現れる。
「うわっ!!」
レオリオが驚く。
さらに、くるくると指を回すと、
ぽんぽんとティーセットが現れた。
ふわりとポットが浮かび、勝手にカップに紅茶が注がれる。
湯気まで立っている。
ついでにお皿にお茶菓子までそえてあった。
レオリオはぽかんと目の前の光景を見ていた。
「王様をもてなすにはお粗末ですが」
相変わらずカウンターに座り、頬杖をつき視線は明後日の方向をみている。
一応自分はこの国の王ということがわかっているのかわかっていないのか。
「ところで、50年前に誰が誰と契約したんだ?」
「私と、オーナーです」
「お前、何歳なんだ?」
一瞬、考える。
「見た目は多分10代くらいですかね」
「そうじゃねえよ。生まれてから何年だよ」
「249年ですね」
名前は忘れたけど、何年生きたかは記憶している。
やけになって数えているのだ。
レオリオは少女の頭からじっと見直す。
「冗談?」
「冗談では、ないですが、まぁどうでもいいです」
「どうでもって」
ガクッとする。
「何年も生きてるなんて信じる人がおかしいんですよ」
魔女は気怠げにレオリオを、見る。
「ここに住んでるのか?」
「だいたいはここにいますね。ここには住人はいないし、用もあるので」
「用?」
「薬屋のオーナーは報酬を払って死んでしまって。一向に望みが叶わないのでやめ時がわからないんです」
「オーナーの望みってなんなんだ?」
「息子の帰り」
「オーナーは50年以上前に死んだんだろ?息子生きてるのか?」
「さぁ」
気怠げに空中を見ている。
覇気もやる気もまるでない。
表情も、変わらない。
「報酬分は待ってあげようと思って」
「報酬ってなんだ?」
「全財産と、土地と山と。結構な額をもらってるので。」
ここのオーナーは訳ありの金持ちだった。
「そういうところは現実的なんだな」
「世の中カネです」
「……」
律儀なのか、ただなんとなくここにいる理由にしてるだけなのか。
そして、1番気になっていたことを聞く。
「リリー・エヴァン侯爵令嬢の件、説明してもらおうかな」
魔女は表情を変えずにずっとレオリオを見ている。
「やっぱり、効いてなかったんですね。
はい、どうぞ」
「効いてなかった?」
「魔法で、王様の中のわたしの記憶を消そうと試みました」
「おいおい」
「3度かけましたが、やっぱり無駄でしたね。
そんな気がしたので、世の中のリリーの存在は無かったことになりました」
「どうして、そこまでして、令嬢を消したんだ?」
「これ以上の契約は彼らにとっても危険ですし、面倒ごとになる前に切り上げた方がいいと判断したんですよ」
リリーの事を覚えているのは、私とこの王様だけ。
「しょうがないので、リリーの話をしましょう」
魔女の瞳に初めて光が宿る。
空げだった表情が変わった。
エヴァン侯爵家の美しく純粋な令嬢、リリーエヴァン
国でも有名な美人な娘だった。
なにより、父親に愛されていた。
父親は隠れて愛人を何人もかこっていたが、リリーの存在が1番大切だった。
何人もの愛人よりも娘の事をそれはそれは大事にしていた。
そのおかげで、娘の母親は侯爵夫人というその地位を保っていた。
リリーは12歳の時に不治の肺の病にかかる。
生きられても数年。
侯爵夫妻はあらゆる手を使ってリリーを治そうとしたが、それは叶わなかった。
夫人は恐れた。
侯爵がこのままの状態なら自分の生活が危ぶまれる。
ならばリリーが死んだら全てが終わる。
侯爵は夫人を見捨てて新しい愛人をまた囲い始めるだろう。
夫人は娘の状態を必死に隠した。
ある日、夜、疲れた夫人はふらふらと夜道を歩いていた。
道で途方にくれている夫人をエルドは偶然見つけた。話を聞き、契約を結んだのだ。
それからすぐにリリーは死んだ。
代わりにリリーになりかわったエルドは度々元気な姿で普通に生活しているように振る舞った。
「だけど、あの夜、私の魔法が効かない人間がいることがわかり、エヴァン侯爵家と王様がこれからも関係してくるとしたら、これ以上は無理だと判断して契約打ち切りにしました。」
「報酬にみあった仕事はできたのか?違約金が発生したんじゃないの?」
「夫人の願いはちゃんと叶えましたよ」
その時、魔女が悲しげに見えた。
「夫人は、公爵にちゃんと大切にされています。そう、詐術をかけましたから」
彼女は消えてしまったけれど
「王様、もう、帰っていただけませんか?」
「なんだよ突然。まだ、話の途中だろうが」
「リリーの話、まだ聞きたいですか?」
ふぅ、と、ため息をついてつづけた。
「夫人の一番の願いは、公爵にただ1人愛されることでした。それは、公爵に詐術をかけることで叶いました」
「初めからそうしておけばよかったんじゃないのか?」
「わたしは、基本的に人の感情をねじ曲げることはしません。感情を変えるのは代償も大きいので。今回は特別待遇です」
「結果として、リリーエヴァンは両親や兄弟、国の人間からも忘れられてしまったんだな」
「そうですね。まぁ、しょうがないでしょう。運が悪かったんです」
以上がリリーエヴァンの話だ。
魔女は喉が渇いたのでいつのまにか準備してあったお茶をのむ。
「また、なんでそんな契約をいくつも結んでるんだ?面倒じゃないか。金ならあるだろ」
ずずっと紅茶を飲みながら尋ねる。
「暇だったからです」
ゴホッと紅茶が喉の変なところに入り込む。
「何もすることがなかったから、暇つぶしですよ」
「他にすることないのか」
「長く生きてると、やることないんですよ」
「そうか」
寿命が長いというのはそういうものなのか。
想像がつかない。
「王様、ここでこんなのんびりしてていいんですか?」
「んー。いいんじゃない?たまには。」
けろりと答える。
「魔法使いの話なんて滅多に聞けるもんじゃないし。この国で存在を確認できたことが奇跡なんだ。しかし、魔法使いの存在がこんなに長く内密にされていたとが、問題だな。」
「私は人に言わない制約を結びますから」
「なるほど、やぶったらどうなる?」
「全身の血があらゆる穴から噴き出て死にます」
ゾッとする死に方だった。
「可愛い顔してエグいことするな」
「…今更」
「私は、煩わしい事は嫌いです。なので王様の願いを聞きましょう。だからそれで私を見逃してください」
お願いをしているが、相変わらず頬杖をついて目は虚ろのままであった。
どういう、神経なのか。
図々しい魔法使いに違いないが、この少女はそれが随分と似合っていた。
ふむ、と考える。
まだ細かいことは考えていないけど、とりあえず直球で思った事を伝える。
「お前、城にきなさい」
魔女がぽかんとひらく。
「城?」
「城に住め」
「嫌です」
「そうしたら見逃してやる」
「…」
魔女をぎろりと睨み、指を刺す。
「国王を詐術にかけようとした。立派な反逆罪だ」
「城で、何を?国につかえろと?」
「お前のような得体の知れないやつを野放しにしておくのは問題があるし、興味がある。なので城で暮らさせてやる。城専属の魔導士として迎えよう」
「魔導士?」
「知らないのか?他国では普通だぞ」
「私のような存在は他にもいるのですか?」
「一緒かはわからないが、訳の分からない力を使う輩は存在している。他国では城に魔導士をおき、呪いの類を防いだりする役目を担わせている。」
「…わたしそんなことはできませんが。」
「なら、勉強しろ。」
「…」
不快な思いが心を締める。
なんでこんな目に。
「できるともいえませんけど、一つ、いいでしょうか」
「なんだ」
「王様は私が怖くないのですか?」
「怖い?」
「私は得体の知れない力を使います。人は恐れるものでしょう。
契約者たちは己の欲を満たす為に気にしませんが、
城の人々の目にはきっと私を恐れて、城から排除しようとする者もいるでしょう。それでも、私を城へ置きますか?」
気怠げな目は、それを経験として知っているようだった。
「大丈夫だ。俺を誰だと思っている」
殊勝に微笑む。
その力で現在の地位を勝ち取り、国全土に認められつつある統治を実現している。
死につつあった西南部も、彼の手腕で以前よりはずっと飢餓もなく農業もずっと栄えている。
彼が統治して2年ほどだろうか。
今まで何人もの王がいたが、彼は今までの王に比べ型破りで斬新でずっとマシだと思う。
冷徹と聞くけど、ニコニコして何を考えているのか掴めない。不思議な男だった。
何より、魔女の存在に気がついた。
運がいいのか悪いのか。
だけど、よくわからない予感もある。
彼と出会ったあの夜。
いつものように魔法で感情を消した。
だけど、何故か彼のことは心の片隅に残ったままなくならなかった。他人のように記憶にも残らないように抜き取ったはずなのに。
もしかすると、この男なら私の願いを叶えてくれるだろうか。
すっとエルドは立ち上がる。
レオリオの前にたつ。
「王様と契約しましょう。だけど、他の方とは契約内容を変えます」
「なんだ?」
エルドは無表情のまま、すっと両の手のひらをレオリオに差し出す。
レオリオは不思議におもいながら、その手のひらを握った。
「私は、王を詐術にかけようとした犯罪者です。なので罰をうけます。
これから一生、あなたに忠誠を誓いつかえましょう。」
ぼうっと、握った手が光始める。
魔法で、風が起こる。
髪がふわふわと浮き上がる。
「もしもその忠誠に反したときは、私はこの生を終えましょう」
「……それでいいのか?」
「はい」
もちろん。
それがいいのだ。
「あなたはこの契約に同意しますか?」
きらりと薄緑の瞳がひかる。
「同意しよう」
「あっ」
「なんだ?」
「王様…私に触れていた時、魔法が使えなくなったんですけど。王様には魔法が効かないから無理だと思います」
「あぁ、それな。精神魔法は自動的に反射するんだが、さわってると相手の魔力を封じることができるだけで、触れてなければ物理魔法や契約系はいけると思うぞ」
「…便利なもんですね」
その後、パァッと魔法陣が2人の下に現れる。
ぐるぐると回転してそして、消えた。
「契約完了です」
魔法が効かない国王と契約できるか半信半疑だった。
今回、契約違反の代償が自分だからだろうか。
「では、行こうか」
「はい、それでは王様」
レオリオはきょとんとする。
「失礼いたします」
魔女と王様は瞬く間に消えた。