1-6
建国祭からほぼ一年程がたとうとしている。
雨がざぁざあと降っている。
カランカランと客が薬屋に入ってくる。
常連となったあの若者だった。
「いらっしゃい」
「濡れたー、こんな日に店開けてくれてるなんてありがたいね」
いつもの調子で店主の老婆に話しかける。
「いつもの酔い覚ましお願い。あとさ、髪の毛の薬そろそろ入荷した?」
「すまないね。アレの薬草が不作でね。なかなか手に入らないんだよ」
「そうかー。あれすごくきいたみたいでさ。もうあれから一年だろ?結構やばいんだ。入荷したらとっておいてくれる?」
「あの薬を求めてるお客様おおいからね。沢山入荷したらとっててやるよ」
「ありがとう」
にかっと笑う。
「そうそう、先週から国王が隣国のリュベールに行ってるらしいね。国王陛下が国をあけるのは初めてらしいから、なんだか他国が攻めてくるんじゃないかって街がざわついてるよ。まぁ、そんなことしても冷徹国王に返り討ちにされるんだろうけどね」
「へぇ。そりゃ、不安だね。」
「噂だからね。」
「いつもありがとね。ハゲの薬入ったらとっておいてやるよ」
「ありがとさん。じゃまたな」
カランカランと店を出て行く。
老婆はカウンターに、頬杖をつく。
雨の音を聞きながら目を瞑り考える。
国王は、不在。
一年たった。
もう大丈夫だろう。
***
その夜。
雨がすっかり上がった。
今日は満月。
雨雲がどこかへ行き、満月が綺麗にのぞいている。
湖の上に瞬間移動して、あたりを確認しながらふわりと湖畔におりたつ。
久しぶりにここにきた。
こんなにこなかったことは今までなかったけど、久しぶりに来たこともあり花が大量に咲いている。
キョロキョロとあたりを気にしながらカゴいっぱいにつんでいく。
ここにしか咲かない花なんて、本当に不便だな。
とぼんやり考えた。
今までこんなことなかったのに。
すべてあの国王のせいだな。
黒髪の赤い眼。
ぼうっとしていて油断していた。
ガッと腕を掴まれる。
突然のことに目を見開く。
覗き込んできた赤い眼と目があった。
「みいつけた」
ブワッと汗が出る。
国王だ。
間違いない。
腕を引っ張るが、全然解けない。
瞬間移動をしようとする。
何故か魔法が発動しない。
焦る。
そして、恐怖が襲う。
「…っ」
抵抗を続ける。
「誰も取って食ったりしない。落ち着いて」
「〜〜〜〜〜っ」
ぐーっと腕から手を取ろうと力を入れて引っ張ってもびくともしない。
「落ち着けって」
籠がおち、花が散らばる。
「離して」
「嫌だよ。やっと見つけたんだ」
何度も何度も魔法を使おうと試みる。
瞬間移動、空中浮遊。
空いてる手を、男にかざす。
何も起きない。
おかしい。
どうして?
前にかけたはずの詐術もきいていないのか、私の事を覚えているのか?
「それ、なに?詐術か?」
バレている。
しかも、きいていない。
「………」
どうして?この男には効かないの?
焦る。
ダラダラと汗が流れる。
「落ち着いた?」
力も強いし、魔法も効かない。使えない。
降参である。
レオリオはまじまじと目の前の少女を見る。
ピンクの髪の毛に薄緑の大きな眼。
小柄で、すごく細い。
力も弱い。
声も高くてか細い。
「ずっと、探してたんだ。1年間なんどもここで待ってたんだぞ。」
「………」
「お前、俺がリュベールに行ってる話聞いて今日きたんだろ」
ニヤニヤ笑って魔女を見下ろしている。
「残念だったな。リュベールには行ったけど一日で帰ってきたんだよ。行きだけ派手にして、帰りはひっそりと馬で帰ってきたんだ」
「………」
魔女はだんまりを決め込んでいる。
「お前、名前は?」
「………」
「俺はレオリオ、知ってる?」
体があつい。
驚きと、恐怖、それと…いろんな感情がうずまく。
こんな感覚久しぶりだ。
どくんどくんと心臓が跳ねて、痛い。
しばらくこんな感情味わってない。
嫌だ。
早くこんなもの消してしまいたい。
名前……
「おい」
「…名前…」
なんだっけ?
もう何十年と呼ばれることもないし、必要とすることもなさすぎてもうすぐにはでてこない。
「…忘れました」
「忘れた???」
目を逸らして言う。
「そんなことあるわけないだろ」
そんなこと言われても出てこない。
心臓がざわざわする。
「お前、いったい何者だ?」
笑顔で聞いてくる。
「………離して」
「嫌だ」
「離して」
「嫌」
「私をどうしたいの?」
目を見張る。
薄緑の瞳が赤い目をじっと見つめる。
「君のことが知りたいだけだ」
腕を掴まれたまま、熱のこもった目で見られる。
よく見ると顔がキレイだなと、思った。
「……契約者は私を魔女と呼んでる」
「魔女?」
「そうよ。魔女。魔法が使える女だから、魔女」
「ふぅん」
「どうして、あなたには私の魔法が効かないの?」
「それ、考えたんだけど、恐らく、眼のせいだと思う」
「目?」
至近距離に顔を近づけてきて、目を見せてくる。
「赤い眼の中に濃い部分があるのわかる?」
「暗くてよくわかりません」
「あぁそう。王族だから特殊なんだ。魔力系はこれで遮断される」
だから詐術もきかないし、今腕を掴まれてるから魔法が使えない。
納得した。
そして、抵抗を止める。
無表情で目の前の男を見た。
「それで、何が望み?」
魔女はレオリオを、じっと睨んだ。
少し、やけになっている。
「ガリオール男爵とエヴァン侯爵令嬢」
「…」
「あれ、君だろ?」
目を逸らす。
「何故?」
「匂いが同じだった」
「匂い?」
「甘い香りがするんだ…なんの香りかわかんないけど、今も君からする」
くんくんと嗅いでみるがわからない。
「何のために他人になりすましてるんだ?」
「契約だから。言えない」
そっぽを向く。
「言えないけど、別に悪いことはしてない。頼まれたからそうしているだけ」
「頼まれた?」
「王様、私のことを忘れていただけませんか?」
魔女はレオリオを見る。
「忘れられないんだ」
「では、忘れたふりをしてください。契約者以外は私の存在は知りません。この国に"私"の事を知る人間はいません」
腕を掴まれたまま、力のない、気怠げな瞳が揺れる。
「……」
「わかった」
ぎゅっと口を結ぶ。
なんだろう、この気持ちは。
だから嫌なんだ。
他人と関わるといらない感情に振り回される。
「俺も契約者になる」
ニヤニヤと魔女を見る。
「え?」
「俺もお前と契約する」
「なんの契約ですか?」
「決めてない」
魔女は目をいっぱい見開いて目の前の男を見た。
「俺はお前のことを誰かに話したり、利用したりしない。そのかわり、たまにでいい。会いに来てくれないか?」
黒髪がさらさらと夜空に馴染む。
赤い瞳に捉えられて目を離せない。
「何のために?」
「え?ただ会いたいだけ」
ぽかんと、国王を見る。
「変わった人間」
ぽつりと言葉がでる。
瞬間、手首が自由になる。
その隙にばっとカゴを拾って空中浮遊で離れる。
赤い目がおってくる。
チラッと見て、手が届かない場所までとんで、光の粒になって消えた。
やっと、会えたのに。
また消えてしまった。
一年待った。
次はどれくらいだろうか。
ふぅ、とさっきまで掴んでいた細い手首の感覚を思い出す。
ちゃんと存在していた。
どこで暮らしているんだろう。
レオリオは魔女が消えた空を見上げる。
光はないが、そこにたしかにいた。
魔女は真っ黒な空に浮かびながら胸を押さえる。
驚きや、喜び。
名前を聞かれた。
もう何百年と必要としなかった名前。
私個人を示すもの。
ああ、煩わしい。
こんな気持ちがあるから生きづらくなる。
感情は捨てる。
頭から抜き取って捨てる。
いつもそうしてる。
いつものように指を頭につける。
このまま抜き取れば終わる。
喜びなんて。
名前を聞かれて嬉しいだなんて。
それだけ、だ。
頭につけた指を離してぎゅっともう片方の手で包む。
会いに来てくれないか?
なんて、単純。
うつろな目を空に向ける。
さっきしまった指を、頭にもう一度つけてすうっと、動かす。
光の糸が抜かれて、空に消えた。
私は弱い。
でも、それでいい。
いつもそうしてきたじゃない。