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コツコツと夜の暗い城内に響き渡る足音。
執務室で書類を整理していたアルベルトは主君が帰ってきたんだな察した。
すると、バタンと執務室の扉が強めに開けられる。
アルベルトはその物凄い形相に驚いた。
「陛下?何かあったんですか?」
「…湖に行ったら、女がいたんだ」
「え?女ですか?」
そんなばかな、とアルベルトも思う。
あの森に入る女性がいるとは思えない。
それにあの森は城壁で囲んである。
関係者以外は入ることさえできない。
100年ほど前に狩りをする名目で城の領土として当時の王が囲ったのだ。
「魔獣の類では…?」
「魔獣……」
魔獣なのか??
「人の形をしていた。あと、美人だった」
「魔獣率高くないですか?」
「おまけに突然消えた」
「魔獣じゃないですか」
「そうか…」
「明日、討伐隊だしましょうか?」
「いや、花を摘んでいるだけだったし…」
「魔獣が花摘みですか???」
おかしな話だった。
それに、近づいた時、どこかでかいだ匂いがした。どこだ?
「陛下…」
「なんだ?」
「睡眠時間が短すぎて幻覚を見たんです。今日はもうお休みになられては…」
レオリオがアルベルトを睨む。
「うるさい。もういい、仕事する」
ガタンと座る。
黒髪をかきあげて思い出す。
気怠げな薄緑な瞳。
月明かりで、綺麗だった。
彼女は誰なんだろう。
ハッとして、我に帰る。
ふと前を見ると、じっと自分を見つめるアルベルトと目があった。
すぐにパッとバツが悪そうに視線を外した。
***
魔女は真っ暗な月明かりの空の上にいた。
久しぶりに、驚いた。
いつのまにあの湖が城内になっていたのか。
空から見ると一目瞭然だった。
城壁で囲ってある。
いつも瞬間移動だったからきがつかなかった。
そして、初めて人に出会った。
今度から気をつけなければいけない。
もっと遅い時間に来なければ。
あの人間には詐術をかけたから、さっきのことはきれいさっぱり忘れただろう。
驚いて、誰かにあんな風に話しかけられたのは久しぶりだ。
じっと見つめてきたあの顔が妙に頭に残っていて鬱陶しい。
久しぶりの感覚に眩暈がする。
煩わしい。
目を瞑り頭に指を当てて、すうっと引くと紫の光の糸が出てくる。
抜き取ると夜の闇に消えた。
目を静かに開ける。
気怠げな瞳に戻る。
魔女もまた、夜の闇の中で光の粒になって消えた。
***
「建国祭の、中止など絶対に反対いたします」
本日は月に一度の定例会議が開かれている。
議題は様々だが、その中の一つの建国祭の開催についてで、やはり貴族達は反発してきた。
「去年はいたしかたないとしましょう。国中混乱し、建国祭で騒いでいる場合でもなかったですし。しかし、今年はどうでしょう。国の経済も情勢も落ち着いていますし問題ありますまい。」
「同感です。一年に一度の建国祭です。祭りを国民も求めております。」
「…………」
レオリオは黙って聞いていた。
「陛下」
「陛下」
「では、開催するが、全て貴殿たちに一任する。」
笑顔でスパッと言い放つ。
貴族たちはポカンと国王陛下を見ていた。
「後は会議の後でも別日でも話し合ってくれ」
サッサと書類を目の前の建国祭開催でぶーぶー言っていた公爵へ投げる。
「アルベルト、次」
サッサと次の議題へうつろうとする。
「こ、国王陛下!」
「なんだ?」
「ありがとうございます!家紋の名にかけて素晴らしい建国祭にします」
レオリオは、もうどうでもよかった。
祭りなど興味がない。
それに何が重要なのか理解もできない。
自分の時間をそれにさくきもない。
「任せたよ。次」
アルベルトが、次の書類を渡す。
***
今日は雨。
窓ガラスが雨で濡れている。
サンザの街の中心街にある雑貨屋。
アクセサリーや置物などを扱う。
店の奥のレジの机で突っ伏している女がいた。
茶色の長い髪を後ろで一つの三つ編みにしている。
鼻の周りのそばかすが特徴的だった。
ぼうっと店の外を眺めていた。
「ターニャや」
「はい」
呼ばれて振り向くと、店の店主のお婆さんが立っていた。
「今日はもういいよ。こんな日だから客ももう来ないだろう」
「……はい」
「もうすぐ建国祭だね。」
「今年はやるんですか?」
「あるみたいだよ。去年やらなかった分盛大かもしれないねぇ。旗を探しておかなきゃならない」
「…」
「建国祭の日はどうするんだい?」
「…さぁ」
「買い付けに行ってる息子が明日帰ってくるから、うちは大丈夫だよ」
「そうですか」
「いつもありがとうねぇ。あの息子のためにこんなことしてもらって」
「問題ありません。報酬をいただいているので」
女は、店の中の外から見えない位置に行くと、光包まれ姿を変えた。
「明日は息子が、帰ってくるから顔を出しておくれ。」
「わかりました。では。また」
無表情のままピンクの髪をなびかせて、魔女はまた消える。
雑貨屋の店主は、彼女に初めて会った時のことを思い出していた。
妻の跡を追うかのように流行病で死んだ娘の墓標にすがりつきなく息子を憐れんだ店主。
そこから、廃人のように立ち上がれなくなった息子。
後を追ってしまうのではないかと不安だった毎日。
そんな時に魔女と出会った。
病人のような廃人の息子をたまたま見られた。
そこで耐えきれなかったわたしは彼女に話してしまったのだ。
誰にも言えない話だったのに、彼女には話すことができた。
そして、ありえないお願いをする。
娘のフリをしてくれ
その願いを叶えくれている。
彼女はもう10年も娘のふりを続けている。
息子も元気になった。
だけどいつまで続けよう。
彼女は報酬を貰えさえすればいつまででも。と無表情で言う。
それ以外何の見返りもない。
10年の付き合いだが、それ以外に不信なところもない。
彼女はきっとこちらがもういいと言うまで変わらないだろう。
そう思った。